新世界の夜明け ~変容の兆候~
18時11分 エルニア王国エルパレス 南側物資集積所(マンドラ商会大蔵)
「おい、この黒い煮込みは最高だな!牛の肉をこんなたらふく食ったのは初めてだ!」
「そもそも、煮込んでいるとはいえ牛の肉が柔らかすぎないか?」
「なあ!西側だと鶏肉と牛酪の白い煮込みがあるらしいぞ!」
「…そっちもうまいに決まってるよなぁ!?」
非常に仲の良さげな2人組が、シチューをガツガツと頬張りながらその美味しさに感嘆の声を上げる。そこへ、別の仲間が来て西側で空自の炊事車により提供されているチキンホワイトシチューの情報を持ってくる。
3人組へと進化した彼らは、その情報に心が躍り、いざ行かんと足早に移動を開始した。
「はい、シチューを食べたい方はこちらにどうぞー!」
「シチューを受け取った方は、こちらでパンをお受取り下さーい!」
「シチューはおかわり自由ですが、パンは一人2個までとさせていただきます!」
一言で言えば、”大好評”。押すな押すなの大騒ぎだ。列をさばく隊員の声にも若干の焦りが見える。
ただ、険悪な騒動や不満が爆発するというのではなく、単にこの様相を楽しんでもらえているという平和な雰囲気に包まれていた。言ってみれば、年末のアメ横のようなものかもしれない。
おいしい食事に、優しい笑顔。これで接してもらって悪態をつく人はそうそう居ない。幸せが連鎖して膨れ上がるその空気感は、悪い知らせにさらされ続けて荒んだ王国民の心を少しずつ癒やしていった。
一方で、その光景を複雑な心境で見守る輩もいる。人だかりの出来た通りから一本外れた路地に屯する彼らがいた。
「…なあ、どう思う。」
「確かに気前はいい。だが、やはり気に入らん。」
「もう一刻以上連絡がない。我々だけで…」
「覚悟を決めるか…」
商業組合の下級職員達。彼らはある目的のために行動していた。が、その”指導者”から連絡が途絶え、焦りと苛立ちが募っていた。
あの目的は非常に数行で心が満たされた。だから協力したが、いざ行動を始めるときになって唐突に全てが止まってしまった。
彼らは末端であったために実情を知らない。だが、知らないがゆえに黒い決意を心に秘めて、行動を起こそうとしていた。
「…じゃあ、行」
「はい、ダメー。」
「「えっ?」」
下級職員たちが一歩だけ動き、人がひしめく通りへと移動しようとした時、どこからともなく声が聞こえる。それは彼らの背後からだ。
それに気づくと同時に、禍々しいまでの雰囲気…あまりに強い魔力が放出されようとしているときに発せられるそれが、彼らの周りをゆっくりと覆っていく。
一気に冷や汗を吹き出した彼らは、その声の主を確認した。
狼顔に相応に鍛えられて見た目のいい恵体、そして豊かな獣毛に覆われた尻尾が揺らぐ。
ここには居ないはずの”王国軍魔法大隊長”、その人だった。
彼女は唖然とする彼らに、やや不機嫌さを感じさせる口調で淡々と”状況”を説明してあげた。
「あなた達、ホランド一派でしょ?残念、ホランドさん達は捕縛されましたー。」
「なな、なんでフェルデンがいるんだ!?あんた西方領へ…!」
「行ってませーん。だからここに居ますー。」
感情のこもっていない返答を返すアミナ。なぜこんな不機嫌なのか?
それはこの作戦で、彼女がデコイを引き受けた交換条件が関係している。
最初はノリノリで、日本の各都市を見れて、ヘリだ飛行機だに乗る気満々だった彼女。
だが、王宮の”高度な判断”により王都残留が決定した。しかし、それに”駄々をこねまくった”。
この調整は難儀した。その真っ只中な状況に運悪く出くわした久慈屋や官僚達が、苦心して”デコイ”作戦を立案し、それを伝えた。そのときに、研究所に事が起こるまで待機し、その間”何を質問してもいい”という条件を提示した。それを二つ返事で彼女は了承した。
では、実際はどうだったのだろうか?確認してみよう。
彼女が研究所についたのは7時半の少し前。そこから挨拶と研究所の案内。
そして、まず彼女に携帯させる”無線機”の説明…ここで無線機の原理を知りたいと言い出して脱線。
軌道修正したのかお昼前で、研究所が用意したハンバーガーにドハマリする。
お腹が膨れる頃に西方領組から目標達成の報告が来たので、食べながらその打ち合わせ。
そして、13時を過ぎたあたりでやっとお望みの”講義”開始となったが、最初に質問したのが量子力学という物理学の鬼門だったために難航。理解するために必要な初歩的な物理学の説明が四分の一ほど終わったところで、王立研究院経由でホランド一派の検挙開始の報告があり、最後の自衛隊車列に放り込まれて王都帰還となった。
つまり、彼女の希望は5%も叶えられなかったということだ。
教養主義者的な側面のある彼女が、その知的好奇心を満たせなかった原因の一派を目の前にして不機嫌にならないわけがない。その有り余る魔力と、右に出る者がいないと言われる攻撃魔法技術を炸裂させ、彼らを消し炭にしないだけでも理性が働いていると言えるだろう。
「まあ、そんな気を落としなさんな。国王は首謀者以外を罰する気はないってさ。」
「…国王の知るところなのか…」
「はい、暗い顔しない!日本が用意してくれた料理でも食べてくれば?おいしいよー?」
努めて明るく振る舞うアミナだが、その目には一切感情がこもっていない。怒気でも出してれば判りやすいが、その不気味さだけが残る雰囲気に下級職員たちは圧倒されていた。
ただ、一人だけ跳ねっ返りがいた。その掴めない感情が気に食わなかったのかもしれない。やめておけばいいのに、アミナに突っかかった。
「だ、誰が…!」
「あ、そうそう。賛同者や協力者は罰されることはないけど、”全員把握”してあるからね?明日から真っ当に生きよう!ね!?」
「「…」」
だが、アミナは意に介さず、さらっと流す。
そして、そのままの雰囲気で彼らが”置かれた状況”をしっかりと説明してあげた。
流石に察した彼らは、意気消沈して路地の奥へと消えていく。
どうするかは彼らの気持ち次第だが、その様子からするとまず行動する気は失せているようだ。
アミナは彼らの後ろ姿を見送った後、懐から与えられた無線機を取り出して通信する。
相手は”王宮”。もちろん、今回の作戦に伴って、通信設備もしっかりと設営されている。
でなければ、大規模な連携などできるはずもない。
「…こちら”北の魔狼”。商業組合の一分派説得完了。」
「””了解した…そろそろ、”ほっつき歩いて”いい頃だろう。””」
「承知。存在感出してきますよ。」
魔法に長けた者で、さらにその上位のみが着任できる王国軍魔法大隊長。狼人で初めてその任についたアミナはもちろん有名だ。王都を歩けば、その姿見からして否応にも目立つ。それが今回は非常に有用だ。彼女が王都にいるというのは、普通の人にとっては”安全”を意味していて、一部の人間には”脅威”を意味する。
指示通りに人が犇めく通りに向かって歩き始めたアミナは、ふと自分に与えられた無線機を見つめてつぶやいた。
「…これ、多分作れるんだよなぁ…」
前々から気になっていて、今回は”自分用”の子機を与えられたのをいいことに、その原理を洗いざらい聞き出した”無線通信”。
アミナが興味を強く惹かれたのは、これを魔法で利用できれば維持も製造も難しい魔木に頼らなくて済むと気づいたからだ。
さらに、久慈屋が以前ふと言っていた、”どちらの世界も同じ物理法則が適用される”という可能性。
これが事実なら、魔法でも問題なく実用化できるはずだ。
彼女は歩きながら、そのための基礎理論を頭の中で組み立てていた。
18時32分 王宮広場 日本側仮設事務所
「報道関係の方はこの範囲内での取材をお願いします!」
官僚が声を張り上げ、ある一団を必死にまとめようとしている。彼らは、政府との報道協定をもとにした交換条件として今回の作戦行動に帯同が許された報道関係者だ。
彼らには、初めて王都に入場した政府とはほとんど関係のない一般人として、作戦行動を含めた全てを記録し、自由に報道することを許した。内訳は、政府がある程度”パイプ”を持つ在京キー局や、大新聞社が中心となる。
彼らは、今まで極々断片的な情報しかなかった”得意物群”と称される王国を、初めて目の辺りにしている。その様子は、誰から見ても緊張の色が隠せなかった。
さらに、王国人への無理な接触は厳禁とされている。このお達しは、国会記者クラブ自体も二つ返事で了承している。なにせ、安全が高らかに叫ばれるご時世のため、なにか問題を起こせば彼らの所属する”会社”が責任を問われる。そうあんれば、記者クラブでも白い目で見られるのは間違いない。なんやかんやで、彼らとて体裁と関係が大事なのだ。
そういう取り決めや警戒、緊張感も功を奏してか、取材活動において問題や不満は表面上出ていない。さらに、王国人からしたら何をしているのか全く分からない彼らに、興味を抱くものも少しずつ出てきた。
「…なあ、兄ちゃん?」
「ん?なんだ?」
「兄ちゃんたちは、何かしないのか?」
「ああ、俺らは違う仕事でいるんだよ…これを見てみな?」
大和放送網のカメラマンに、一人の青年が近づき声をかけた。王国人からすると、得体の知れない黒い筒をそこかしこに回しているだけにしか見えない。疑問を抱くのは当然だった。声をかけられたカメラマンは察しが良かった。だからこそ、確認用のモニターをわざわざその青年に向けて、見せてあげたのだ。彼らが初めて目にする、”映像”を。
「…えっ!?これ俺か!?」
「そうだよ。こういうのを記録して、色んな人に何があったのかを伝えるのが、俺らの仕事だ。」
「…色んな人って、日本人全てか?」
「いや、世界中だよ。」
説明された青年は、全く理解が出来ていなかった。一体どうやってそんなことができるのか?彼とて魔法は扱えるが、魔法伝網に携われるような技術はないし、地位や資産もない。だからこそ、その方法に関して何も発想が浮かばなかった。
そんな彼に、説明を行ったカメラマンは笑顔を絶やさない。青年は、必死に処理を行う脳みそのおかげで、愛想笑いを返すくらいしか出来なかった。
方や、別の取材エリアでは一人のカメラマンが、自身のデジタル一眼で撮影した写真を確認していた。彼は万場敏和。帝報新聞社と契約を結んだフリーランスのジャーナリストだ。
フリーランスのような零細報道関係者は、このような場に入れることはまず無い。
ただ彼は非常に強かで、大手新聞社と深い関係を築いて自身の取材を可能にしていた。
彼は、隣りにいる同新聞社の記者に、小さく話しかける。
「…なんか、現実味が沸かないよな…」
「でも、さっき子供が手から小さい火の玉出してたぞ?…その後親に怒られたようだが…」
彼らも、王都に入場してからその光景を幾度となく目にしていた。
まさに老若男女が、水だ火だを自由に出しているのだ。
RPGの中の世界のような光景に、夢でも見ているような気になっていた。
記者も目撃した、火の玉を出して遊んでいた子供が、それを見た母親らしき女性に怒られて落ち込んでしまうという場面。それを聞いた万場は、カメラを操作してある連続写真を記者に見せた。
それは、今しがた記者が語った場面の一部始終だった。
「…撮ったのか?」
「ばっちり。」
記者の短い確認に、万場は爽やかな表情で自信満々に返す。
こうして、”王国の日常”が少しずつ、衆目のもとにさらされる流れが確実に出来ていく。




