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新世界の夜明け ~新しい隣人を歓迎スル~

16時05分 埼玉県秩父市 エルニア王国エルパレス 南側物資集配所(南部中央広場)

「冷たっ!?」

「…やられたな。」


車両付近を警備する2人の自衛隊。

その周りに、王都の子供たちがチラチラと集まっていた。

最初は近からず遠からずな距離を保っていたが、警戒心が薄れた子供は徐々に距離を詰める。

相手が子供なので、ピシャリと断ることも出来ないし、かといって任務中に相手をして遊ぶことも出来ない。そこで、子供が近づくと2人は少ししてから急に振り向く…という”軽い気遣い”をすることで、彼らの好奇心を満たしてあげることにた。

さらに警戒心が薄れた子供は、一層距離を詰める。

そして、ふとした瞬間に、一気に距離を詰められる。

そこで一人が振り向くと、近づいてきた子供が小さな手のひらに溢れそうになりつつも出した”水の玉”を、振りかぶって顔にぶつける。

あとはヒットアンドウェイ。一目散に笑いながら逃げていった。

よくあるイタズラに、彼らは苦笑いしか出来ない。


「ああ、手酷くな。しかし、無邪気すぎて怒る気になれねぇな。」

「全くだ。しかし、魔法なんておとぎ話の世界かと思ってたんだがな…」


彼らは見ていた。その子供が、何もない手のひらから水を紡ぎ出していたところを。

しかし、初めて見る魔法はそれは平和なものだった。

大作戦中にしてはいささか平和すぎやしないかと思う彼らの態度。

最初こそ緊張していたが、時間が経つに連れそれが杞憂だったと全体に知れ渡った結果だった。

なにせ、しばらくしたら王都の誰かが支援の礼を彼らに言うのだ。確かに、彼らは開始直後の大空輸任務に関わったものもいる。だが、王都民にとっては、最初に出会った一番近い日本の関係者が彼らだった。となると、その謝意を伝えたがる人が出てくるのも当然だ。

親がそう接するのだから、その子供も同じ。

こうして、甘ったるいほど平和的な雰囲気が醸成されていた。

そんな時、定時報告のみだった無線から別の言葉が響いてきた。


「””総員、作戦行動P1を開始。繰り返す、作戦行動P1を開始。オクレ。””」

「…来たか。」

「よし、荷物を出せ!もたもたするなよ!」


この駐留地点以外でも、一斉に行動が開始された。

彼らは”大型”の荷台から積んでいた荷物を一斉に下ろす。

その手際は一流だった。大量のコンテナに器具が外に整然と並べられていく。

一方で、設置されていた仮設テントの下でも作業場構築が速やかに行われていた。

そこに、先程冷たい悪戯をかましてくれた子供がゆっくりと近づき、準備に追われる一人の自衛隊員に話しかけてきた。


「…ねぇねぇ、ニホンのおっちゃん?」

「オッ!?…い、いや…なんだい?」

「これから何かすんのか?」

「ん?あ、なんだな…」


子供の爛々とした表情に、おじさん呼ばわりされた彼はやや悲嘆を感じながらも優しく接する。ただ、残念ながら詳細を話すことが難しい。”どんな内容”であれ、外様に”作戦”の話をするのは気が引ける。しかし、子供は返答を今かと待っている。

困り果てた彼のもとへ、もう一人の隊員が近づいてきた。


「おい、どうした?」

「分隊長、その、子供が…」

「…私が変わろう。」

「はい、お願いします。」


分隊長と言われた隊員は、その様子を見てすぐに状況を把握した。

最初に質問された隊員はこれ幸いと準備作業に戻っていく。

そして、子供は再び分隊長に同じ質問を投げかけた。

分隊長は、子供でもすぐに判るであろう、ざっくりとした言葉で答えてあげた。


「でさでさ、なにすんの?」

「ああ、そうだな…”お祭り”だよ。」


誰かが言っていた”お祭り”という言葉。分隊長は、今回の作戦を聞いてからそれがぴったりだとずっと思っていた。こういう例えを使うなら、今が適切だろうという判断だ。

その言葉を聞いた子供は、満面の笑顔を浮かべながら言葉を続ける。


「お祭り!てことはさ、飯とか作るのか!?」

「作るぞ。それも沢山な。出来たら知らせるから、友達にも教えてあげなさい。」

「うん、わかった!!」


分隊長の言葉に大きく頷いた子供は、一目散に走っていった。

その方向には、彼らの友達らしき集団が居た。恐らく、彼が先程の内容を話したのだろう。

その集団にも、彼の”楽しさ”が伝染していくのが面白かった。


「…”世界”は違えど、子供は変わらんな…」


分隊長は、彼らと自身の息子を照らし合わせ、一言だけつぶやいた。


16時16分 北側物資集積地(ミーヤ女王記念公園)

「皆様、少々離れてください!」


質素ながらも中々の広さを誇る公園に、整然と展開した73式大型トラック。

その後ろについた大きな鉄籠…”野外炊具1号(22改)”の周りには人だかりができていた。

なにせ、王国の人々にとってはそれが何をするものなのか全くわからない。

しかしながら、自衛隊員の雰囲気を見るに、何か恐ろしいことをするのではないと察したのか、物見遊山な野次馬がそれなりに集まっていた。

ただ、これから”火”を入れるため、万が一があってはならない。それに自動点火式バーナーの始動音なんて日本人でも聞いたことある人は少ないだろう。

なので、野外炊具1号を扱う隊員は、同時に群衆の制御も行うことになってしまった。

灯油バーナーに火が入り、あたりにやや緩い雰囲気を纏うあの油の匂いがかすかに香る。


「…よし、いいぞ!」


炊事長の合図と共に、大量のバターが入る。

バターが溶け、その芳醇な匂いが漂ってくる頃に、これまた山のような牛肉が入れられる。

あたりには、更に食の欲をそそる魔的な香りが漂い始めた。


「…すげぇ、あんな大量の肉始めてみた…」

「あれが”日本”なのか…しかし、いい匂いだな…」


それを見る王国人は、それはもう羨望や欲望に満ちた様々な視線で見つめる。


「そちらのタンク…えーと、”鉄筒”は危ないので触らないでくださーい!」


調理を見るのに集中しすぎたか、その道具が気になったか。

群衆の何人かが、周辺に置かれている灯油タンクに触れそうになる。

流石に危ないので、注意せざるをえない。


このような光景が、王都のあちらこちらで繰り広げられていた。

今や、王都の中には20台以上の野外炊具1号と、同数以上の野外炊具2号が展開している。そして、それらの全てで調理が同時に開始されていた。


野外炊具1号は200人分、2号は50人分が同時に調理可能と言われている。この数字は主食と副食の同時調理時で、尚且、日夜過酷な訓練と課業に励む自衛隊員たちがもととされているものだ。なので、炊き出しなどの一般向けでは、野外炊具1号でも300人分前後に増える。さらに、今回はシチューしか調理していないため、提供量はさらに増える。


俗に言う”炊き出し”は災害時の対応として行われる。ただ、それを提供する規模は数ヶ月に及ぶ災害派遣での累計だ。


今、ここで行われているのは、24時間という短期間で、3万人分の炊き出しを行う前例のない”作戦”だった。


16時55分 王宮広場

「できたか?」

「はい、完成しました。」

「よし、報告を上げる。」


王宮広場に展開しているのは第1普通科連隊第3普通科中隊。中隊長が炊事長に確認を取る。すでに調理はほぼ完了。あたりにはビーフシチューの濃厚な香りが漂っていた。

炊事長の返答に、中隊長は”上”へ報告をあげる。

展開している他中隊や分隊からも、”完成”の声が聞こえていた。


「…支援物資のパン配布準備!」


完成すれば、あとは配るだけ。上からの指示を受けた中隊長は、各分隊に配膳準備開始の指令を出す。

周辺に集まる王国民は、その様子を見て、自分たちがもうすぐそれを手にすることができることを察していた。先走った何人かは、配膳準備を始めた自衛隊員に声をかける。


「…なあなあ…」

「ん?あ、はい、なんでしょう?」

「それ、配るんだろう?」

「ええ、そうですよ。もう少々お待ち下さい。」


丁寧に対応したものの、まだ”配膳開始”の号令は出ていない。なので、質問された自衛隊員はきっぱりと答える。声をかけた王国民は、爽やか差の中にある謎の固い意志を感じ取って理解する。

ただ、彼も我慢していることを、再び自衛隊員に伝えた。

なにせ、王都は今、それまでの彼らが体験したことのないような”美味の香り”にすっぽりと包まれてしまっていたのだ。正しく、生殺しに近い状態となっている。


「そんな美味そうな匂い撒かれて待てって酷だなぁ…!」

「申し訳ありません、直に”合図”があると思いますので…」

「…合図?」


改めて丁寧に対応した自衛隊員の言葉に、王国民は疑問を抱く。

一体、なんの合図を待つのか?

そんな彼は運が良かったのだろう。すぐに、その”合図”が発せられた。


「これより、国王陛下より”お言葉”がございます!!」


王宮の方角から、誰の耳にも届くほど通る声が聞こえてきた。

ただの大声や大音響という耳を突き刺すようなものではない、なんとも不思議な声。

これは、王都内に張り巡らされた魔法伝網と言われる機構により発せられているものだ。


原理としては、適当な大きさの木材に”特殊な加工”を施す。加工された木材は、”魔木”と呼ばれる、魔力を充填することができる魔道具へと変貌する。王国が成立した頃から存在する道具であり、発光させるようにすれば簡易照明になるなど、長い間小さく利用されてきた。


それが大きく変動したのは300年前、希代の天才魔法学者が、魔木を三角形に加工すると、充填された魔力が角に移動してから発散されることを発見した。これを利用して、2つの魔木で魔力を伝達させる方法が確立された。

これに目をつけた当時の国王は、王宮広場のみでしか聞けなかった国王勅語を王都中に響かせたいと考え、王都にこの魔木を網の目のように張り巡らせた。

こうして出来た魔法伝網は、”国王の肉声のみ”を発することに特化して改良が重ねられ、現在に至る。

その原理や使用法は、防災無線やケーブルテレビ網を利用した緊急警報システムに近いだろう。

ただし、魔木は数十日程度で交換が必要になるため、そのランニングコストは相応に大きく、取り回しも非常に悪い。魔力の充填には相当な技術も要するため製造も大変で、結局は王宮くらいしか数を用意できないという側面がある。


それはさておき、この魔法伝網により王都に響いたこの言葉は、国王直々に何らかの談話を発表することを知らせたものだ。王都の国民は、我先にと王宮広場へと移動し始めた。

広場から遠いものは、近隣の魔法伝網中継所で、その言葉をしっかりと聞き取ろうとする。


先程までの喧騒は夕暮れの空に溶けて消え、王都は国王の言葉を待つために静寂に包まれた。



17時02分 国王宮殿

「…陛下。」

「うむ。始めよう。」


準備が完了したことを報告する、主席王宮政官の極々短い呼びかけ。

返答を返す国王は、その腰を上げてゆっくりと歩き始めた。

王都を一望し、その姿見を面前の前へと出せる場所。国王のテラスへ。

国王が扉をくぐると、日没が近いことを物語る赤い陽光がその顔を伝う。

日光に目が慣れると、王宮広場が目に入った。そこには、様々な表情で国王の言葉を待つ国民の顔があるのだろう。国王のテラスからでは、その一つ一つを伺いすることは難しいが、その時の国王にはなぜか、その顔が手に取るように浮かんできた。


本来、このように国王が言葉を発する時、それは大きな歓声に包まれていることが多いだろう。ただ、それは”予め予定されていた”場合だ。今回のように突然の催しには、ある種の緊張感が漂う。それに、凶報を知らせる言葉であれば、歓声は不敬となってしまう。

だからこその、静寂だった。

国王は手すりの前に立ち、ゆっくりと息をする。そして、足元に集中して魔力を流した。これで国王の言葉は魔法伝網に乗り、王都中に響き渡る。

全てが整った。あとは、全てを伝えるのみだ。


「…親愛なる国民よ!」


緩やかではあるが、荘厳で存在感のある第一声。それに王国民は、姿勢を正して傾注する。その面持ちは、一様に緊張に包まれていた。


「先日まで、我が国は未曽有の危機に瀕していた。帝国の蛮勇なる行為に、勇敢な王国民たちが無残にも散っていったのだ。私は、それを聞いて慚愧の念に耐えなかった。なぜなら、私には王として、国民を幸福にする義務があると、確信しているからだ。」


国王は、まず転移前に王国がさらされていた気機に関して、率直な感想を述べる。その内容は、ざっくり言ってしまえば一種の謝罪とも取れてしまう、異様なものだった。

国王は頭を常に高くするという、封建社会的な雰囲気のある王国で、それは国王の権威によからぬ影響が出ないとも言えない。現に、一分の国民は衝撃を受けていた。


一方で、その言葉に涙を流すものもいる。帝国との戦争に駆り出され、遠い戦地で命を落とした出征兵の遺族達だ。自身の悲しみを分かち合うのは残された家族だけ。疎外感を感じていた遺族には、国王の言葉は表現のしようがない感情を抱かせた。


お言葉の出だしは、それまでの苦渋の日々を思い起こさせる、悲嘆に満ちたものだった。もちろん、国王はそれを織り込み済みでこれらを述べている。

なので、動せずに言葉を続けた。


「故に、不幸の連鎖を断ち切るべく、帝国の毒牙に対抗するため、王国の全てを持ち対応しなければならないと考えていた。その時、”融合”が起こった。あとは皆の知るとおりだ。我々は混乱の局地にあったと言える。」


亡国の危機に対して、王国はそれまでにない総力戦を挑むことを決意していた。それが実行されていたならば、王国は多大な損害を被り、たとえ勝利できたとしても貴重な人材が数多く失われていたことだろう。そして、勝利できる確証も全く無かった。

ところが、そこへこちらへの転移が発生する。数日の昏倒から目を覚ました彼らは、何も出来ない赤子同然の状態へと突き落とされた。

状況を冷静に把握しようとするもの、自暴自棄になり破滅的な行動に走るもの、帝国へ振り上げた拳の下げ所を迷うもの…普通であれば”なんてことはない”と強がるであろう場面だが、国王はあえて”自分たちも何も出来なかった”ことを認めた。

同じように混乱し、絶大な不安を抱えてた王国民に、寄り添った言葉と言える。


「そこへ、手を差し伸べてくれたのが”日本”であった。彼らは、我らが立ち直るべく、最大限の助力を惜しまないと、断言してくれた!私は、ここで彼の国に最大限の感謝を述べたい!」


ここで日本を出す。こうして、自分たちに手を差し伸べてくれる存在がいることを出す。これは、様々な思惑が絡んだ結果とはいえ、今日までに実施された支援活動への最大限の謝意と見ていい。


「現在、王国は分断されておる。未だかつて、このような事態は起こりえなかった。しかし、それも直に終わるだろう。本日、王国の弛まぬ努力と日本の多大な助力により西方領との連絡を復旧することができた!我々は、また一つになるべく、動き出すことができたのだ!」


さらに、その日本が王国の体制を維持することに全面協力をしていることをしっかりと宣伝してくれた。国同士の駆け引きに無縁な民衆にとって、支援活動は利益しか無い。よって、良い感情が生まれていた。そこにこの情報があれば、信頼度は跳ね上がる。

合わせて、王国も確実な行動を行い、成果を上げていることをアピール。

政治宣伝の常套手段だ。


「私は確信している!この危機を、新たな友国日本と共に、乗り越えていけると!国民よ!我が王国は、再び輝き出すのだ!皆の手のもとで!」


そして、新たな局面を切り開くために、”国王を先頭に”、全てを率いていくことを宣言する。これでお言葉はほぼ終わりだ。無難な締めではあるが、国民は好意的に受け止めて歓声を上げた。このような国体においては異例な内容ではあるが、不安を払拭することを目的とした内容には、現国王の人柄から納得しているようだ。


「今日は、その第一歩として、日本がささやかな宴を催す!我々が食したことのない最上の美味を、皆に無償で分け与えると!さあ、感謝と希望を胸に、ともに心ゆくまで味合うが良い!」


トドメに、とっておきのご褒美のお知らせだ。言葉だけで不安は払拭できない。

であれば、行動で示そう。


民衆の力を立てにした反乱を潰すために、逆に民衆を取り込もうとする目的もあった。

だが、根源的な目的は、たった一つの、単純な感情だった。

”新しい隣人を、歓迎しよう”という、純粋な善意である。


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