新世界の夜明け ~悲劇と人選~
14時29分 王都防衛隊西部詰め所
「というわけだ。お前は俺に”脅されていた”ということにしておけ。」
「…承服できません。」
「してもらわなきゃ困る。お前まで投獄されたら、赤子を抱いた奥方になんて詫びればいい?」
エゴンはかつての部下が務める詰め所へ足を運んでいた。
エゴン自身、協力者は何人か募ったが、基本的には自分の身は自分で守れと考えるタイプだった。
ただ、目の前の彼は例外だ。彼はエゴンが初めて持った部下であり、かつて自分が軍曹にしごかれたように、自分も彼を同じようにみっちりとしごいたのはいい思い出だ。
その中では失敗もしたし、苦労も会った。だが、正面から全てを受け止めた彼を、エゴンは特別かわいがっていた。だからこそ、所属が変わったとも顔を見せ、結婚や子供の誕生には私財を大量に投じて祝った。そして、エゴンがホランドの計画に協力し、自身の手で協力者を集めようとしたときに、様子の変容を察知して自ら協力を申し出たのも、彼だけだった。
「エゴンさん、我々は、間違っていたのでしょうか。」
「…恐らくな。しかし、一番の過ちは、生き急いだことではないかと思う。」
「生き急いだ…」
「ああ。帝国との戦争、こちらの世界への転移、それらの状況に対して何も行動出来ない自分への歯がゆさを、王政への怒りに転嫁していたのかもしれない。」
全ては最悪な形で失敗した。にもかかわらず、エゴンはどこか晴れ晴れしい顔をしていた。
全てを失うことが決定した結果、自分自身を見つめ直す余裕が、ここ数年で初めて出来たのかも知れない。
ただ、そんな彼を見つめる元部下の青年は、沈痛な面持ちだった。
「…エゴンさんは、この後どうするつもりですか?」
「そうだな…王都を出るよ。」
「え…でも…」
「北に広がる山にこもるんだ。なに。私はエルフだ。自然の中での生活は、朝飯前だよ。」
勝手もわからない土地で、一人生きていくなんて自殺行為だ。
そう、青年は言いたかった。だが、エゴンの意志が固いことも、その表情を見て察してしまった。
元部下の青年は、顔を下に向けて涙を落とすしかできなくなった。
そんな彼をエゴンは優しい表情で見つめる。ただ、時間は残されていない。
静かに立ち上がると、最後の別れの言葉を言った。
「…じゃあな。奥さんとお子さんを大事にしろよ。」
「…待ってください。」
別れを告げて、出口へ向かおうとしたエゴンを、元部下の青年は静かに引き止める。
まだ、彼を助けようとしているのか。
…いや違う。エゴンは、彼の言葉に乗るその感情から、些細な変化を感じ取った。
そして、あえて歩みを止めて振り向き、彼に続きを言うように促したのだ。
「なんだ?」
「…エゴンさん、申し訳ありませんが、”連行されてください”。」
元部下の青年の言葉と同時に、詰め所には兵士が一斉になだれ込んできた。
彼らは王都防衛隊、隊長班の隊員だった。
エゴンと青年を防衛隊が取り囲むと、少しだけ沈黙が場を包む。
そして、エゴンは短く青年に確認した。
「…通報したのか?」
「…」
青年は何も言わない。
膝においた手を力の限り握りしめつつ、目から雫を垂らすのみだ。
静かに黙り合う二人の間に、一人の男性が割って入る。
王都防衛隊の隊長、その人だ。
「エゴンだな。国王への反逆未遂疑義に際して、貴様の身柄を拘束する。反論はないな?」
「…ああ、無い。」
「そうか、なら一緒に来てもらおう。」
簡潔にすべてを認めたエゴンは、隊長の前に歩み出た。隊長の合図で、彼の部下がエゴンの身柄を素早く拘束する。そして、詰め所から連行しようとした。
「…すみません…」
彼らの背後から、小さくかすれるような声が聞こえてきた。
エゴンの元部下の青年は、その方を震わせながら、うつむいたままだった。
その様子を見たエゴンは、隊長に最後の願いを聞いてもらうように頼む。
「…少しだけ、待ってくれないか?」
「…いいだろう。」
隊長も何人も部下を持つ。エゴンという軍人も、所属は違えどその名を聞いたことがあるほどの武人だった。せめてもの情けと、エゴンの願いを聞き入れた。
エゴンは、青年の前に静かに佇む。そして、務めて優しく名前を読んだ。
それに彼は、理由を嗚咽混じりに語り始めた。
「…ウアイラ…」
「すみません…私には、養わなければならない、家族がいるんです…!」
「…いい、わかっている。」
かつての上司と、未来を作らなければならない家族。
その2つを天秤にかければ、どういう行動を取るかは、当然の理だろう。
もちろん、エゴンはそれを望んでいた。
「…だから、本当にすいません。」
「ああ、”それでいいんだ”。私が望んだことだ。」
短く、そして確かに。その意を青年に伝えるエゴン。
あとは彼の中の問題だ。エゴンは再び隊長の元へと戻る。
「…失礼した。行こう。」
「わかった。」
エゴンが後にした詰め所からは、静かな嗚咽のみが聞こえていた。
14時33分 アイヒマン商会会館3F 会長執務室
「…いつ、来るだろうか?」
「そうですね。恐らく、遅くともあと…四半刻のうちには。」
「だよな…全く、私もヤキが回ってしまったな。」
アイヒマン会長とホランドは、静かに佇み、お茶を飲んでいた。
死罪の可能性が高い反逆未遂をしでかしたにしては、転移後で最も平穏な時を二人は過ごしていた。
もしかしたら、この計画は荷が重かったの知れない。そう、二人は考えていた。
カップをテーブルに置いたホランドは、ふと改まり、会長に言葉をかける。
「会長、今のうちにお詫びをしたいのですが…」
「いらん。儂も全面的に賛同したのだ。今更言い逃れも何もあったもんじゃないだろう。」
「…潔いですね。」
「この状況では、全てを受け入れるしかあるまい。」
自嘲気味に笑う二人。全てを受け入れた彼らは、どこか清々しい目をしている。
再び、二人同時にカップを持ち上げて、お茶を口に含む。
「…この貢茶、美味しいですね。」
「ああ。商会自慢の取扱商品だからな。」
「…商会は、どうするおつもりですか?」
「…見てくれ。」
ホランドの心配を含んだ疑問に、会長は懐から羊皮紙数枚を取り出して彼に渡した。
ホランドは会長から受け取った羊皮紙に、丁寧に目を通す。
そこには、アイヒマン会長亡き後の商会運営計画が書かれていた。
アイヒマン商会は、会長に番頭と手代数名が関わっている。
つまり、組織的関与と判断される可能性が高い。
そうなれば、商会は資産取り上げの上取り潰しとなるだろう。
「…細分化の上、商会連合として再出発、ですか。」
「お前には悪いが、最悪の失敗をした場合のプランはいくつも練っている。」
「いえ、至極当然の行動です。詫ていただく必要は全くありません。」
「まあ、番頭や手代は何人も育てておる。儂の理念は、そうそう消えんよ。」
自分がいなくなっても問題のない組織を作る。アイヒマン会長は、先代から商会を継いだときに、その目標に苦心していた。その結果がエーメリッヒやホランドだ。他にも、規模の大小はあれど事業を任せても問題ない部下がたくさんいる。
彼らがいれば、アイヒマン商会の精神は途絶えることはないと、会長は胸を張っていた。
その様子に微笑みを返すホランド。会長からもらった羊皮紙を、テーブルの上に置く。
…置いた瞬間、風で羊皮紙が滑り落ちた。
窓は開けているが、今日の風はそこまで強くない。
これを見た二人は、時を悟る。
「…おいでのようですね。」
「…みたいだな。」
二人の発言と同時に、彼らの周りに4人の黒装束が現れた。
空間の裂け目から這い出すように現れた彼ら。その様子に会長は流石に固唾をのむ。
一方で、ホランドは予想通りとも言える表情で、静かにその様子を見ていた。
黒装束の集団のうち、一番老齢にかかっているとみられる男性が、一歩前に出て二人に質問した。
「アイヒマン、そしてホランド…だな?」
「ああ、そうだ。」
「右に同じく…おや、あなたはクビツェク様ではないですか。」
会長は恐怖を感じながらも、なんとか態度を作って返事を返す。
ホランドは全く表情も変えず、いつもの融和な雰囲気で同意を示す…と同時に、その老齢の男性を”知っていた”ようだ。
老齢の男性は、さすがに自分の”名前”を呼ばれるとは思っていなかった。
「…貴様、私の名前を知っているのか?」
「ええ。”王女の四肢”の要とも言えるあなたのことを知らないなぞ、王宮に務めるものとしてその程度が知れてしまいます。」
「お、王女の四肢だと!…実在したのか…!」
「おや、会長はご存知なかったのですね。」
ホランドの飄々とした言葉に、会長は驚きとともに頷いた。
感情の起伏が表に出ない、”白石の美女”と言われる王女の雰囲気と、王政の実務を実質的に取り仕切るその立場から、彼女の意のままに動く影の組織がいるのではないかと、度々噂が出ていた。
しかし、その噂に過ぎなかった存在が、今目の前にいる。
ホランド会長はその事実にただただ驚くしかなかった。
一方で、ホランドはその存在を知っていた。
ただ、その責任者と目される人間の名前まで知っているのは、ホランドを含めても本当にごく一部しかいないだろう。
それは、彼が政官としては下のポジションである執政官という立場には不釣り合いな有能さを持っていることを表していた。
その様子に、名前を呼ばれたクビツェクは憮然とした表情でホランドに語った。
「…やはり、気に入らんな。」
「…はて、気に入らないとは?」
「”王女の四肢”の存在を知っているものはそれなりにいる。しかし、私の名前を知る人間は決して多くない。貴様が知らないと程度が知れると言ったとおり、それを知っている貴様は誰の目に見ても”有能”だということだ。」
「それは…お褒めに預かり光栄です。これでも私、働き者なんですよ?」
クビツェクの批判的な褒め言葉に、ホランドはその雰囲気を全く崩さず冗談で返した。
その様子に、クビツェクはさらに理解に苦しむと言った雰囲気で、言葉を続ける。
「だからこそ、このような軽率な行動をしたことが、少々理解に苦しむ。」
「…私も、普通の人だったということでしょう。自身の理想に侵される、愚かな一般人です。」
「…それが自称できるだけでも、いくらでも道はあっただろうな。」
厳しい表情は崩していないが、それはクビツェクの正面からのホランドに対する評価だった。もし、真っ当にその能力を発揮していれば、王宮でかなりの地位に行けたはずだ。それこそ、主席王宮政官や、王女に仕える特別政務班、そしてクビツェク達”王女の四肢”の情報調査官としても。
クビツェクも、完璧な組織を作るために有能な人材を欲している。
だからこそ、このような形でそれが浪費されるのは、良い気分ではない。
ホランドは、そんなクビツェクの感情を知ってか知らずか、彼らに対して、彼らの”仕事”を遂行するように進言する。
「…そろそろ、お時間ではないですか?」
「ああ、そうするとしよう。アイヒマン並びにホランド。貴様らを国王への反逆共謀の疑いで連行する。抵抗はしないように。」
クビツェクの言葉に、会長とホランドは静かに立ち上がり、その身を委ねた。
すぐに拘束された二人は、会館を後にする。
連行される道中、ホランドは一つだけ気になっていたことをクビツェクに質問した。
「そうだ、クビツェク様。一つお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「…なんだ?」
「我々の計画、今朝の段階で露呈していたと思うのですが、いかがでしょうか?」
「…ああ、そのとおりだ。」
ホランドは、失敗が確定してからというもの、どこで決定的な破綻が始まっていたのかを考えていた。準備の良さから、全てを勘付かれたのは数日前だろうが、それにしても行動を始めるタイミングに狙い撃ちされるのは不思議だった。
そこで、今日の流れと照らし合わせると、今朝の段階で行動開始を悟られてなければおかしい。と、ホランドは考えていた。
そこで、その情報源が、彼は気になっていたのだ。その目星もあった。
「情報源は、東方領主でしょうか?」
「…いや、東方領主は”裏付け”だ。最初の情報提供は、西方領訪問に帯同した政官の自白だ。」
「…政官?」
「東方領主が懇意にしていた政官だ。調査により疑義があると判断され、あえて訪問団に組み込んだのだ。彼は計画の全容を知っていたよ。西方領訪問の道中で、リリー嬢や日本のクジヤ様たちに問い詰められ、という流れだ…貴様、そいつが関わっていたのを知らなかったのか?」
「…ええ、初耳です。」
「ぬかったな。」
ホランドの予想は外れた。いや、半分正解と言える。直接原因を作ったのは東方領主だ。だが、そもそもの問題は、ホランドが全てを把握できない状態になっていたことだ。
つまり、自身の落ち度である。クビツェクの言うとおりだ。
「…私は、やはり普通の人でしたね。」
”己を知りうる者は賢者なり”
ホランドはその言葉の意味を考え、穏やかな心境で自問自答を繰り返した。




