↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/110

新世界の夜明け ~悠然と錯乱~

13時59分 エルニア王国エルパレス近郊 郊外集積地

「そ、そんな、エーメリッヒさん!」

「騒ぐな。お前には私の後釜を務めてもらわなければならん。だから言うとおりにしろ。」

「な、納得できません!」


手代の青年は、目に涙を浮かべながらエーメリッヒにすがる。

しかし、彼は断固としてその願いを聞き入れない。

ホランドたちは計画の失敗を完全に認識し、解散することを決めた。

その後の行動は、各々に任せる。これは、今の状況では賛同者や協力者に計画の終了を伝えるために動くのも危うく、彼らの身も危険に晒すこととなる。

友人や腹心の部下を説得したものもいたため、それは全く本意ではない。

だからこその自由裁量となったのだ。

ただ、本当に大事に思う相手であれば、全てを伝えようとするのが普通だろう。

例えば、このエーメリッヒのように。


「納得してもらわなくて結構。ただ、アイヒマン商会はこの先大きな危機に直面する。その時に私はいない。であれば、私が手塩にかけて育てたお前だけでもいてもらわなければならん。」

「わ、私に、そんな大役は荷が…」


普段は厳しい指導を行うエーメリッヒが、手代の青年を多大に評価した言葉を捧げた。

しかし、青年の表情は沈んだままだ。自身に降りかかる危険、のしかかる重責、そして恩師の消失。あらゆる事実が、彼に言葉を紡がせようとする気力を削いでしまう。

そんな青年にエーメリッヒは優しく微笑み言葉をかける。

その表情は、まるで父親のようだった。


「最後だが、苦労をかけたな。後は任せた。」

「い、嫌です!そうだ、私の知り合いが裏町で番人をやっています!頼めばかくまってもらえますよ!」


青年の必死の懇願。しかし、エーメリッヒは首を縦には絶対触れなかった。

裏町に、裏社会に大打撃を与えたアイヒマン商会の人間が行けるわけがない。自分たちが正しいと思っていた行動が、自分たちの退路を断つ結果となったことに、エーメリッヒは自嘲を覚える。

それに、もう”お迎え”が来たことを、彼は察していた。


「…裏町は、アイヒマン商会が潰した裏市場の人間が多い。王宮に囚われたほうがよっぽどマシだ。それに、”もう遅い”。」

「…えっ?」


青年が気の抜けた声を上げるのと同時に、彼らの周りに4人の男女が突如として現れた。

現れた彼らは、全員が黒い装束に身を包む。その雰囲気はまるで死神だ。

エーメリッヒは彼らに心当たりがあった。本当に存在していたとは思わなかったが。

王政の実務を実質的に取り仕切る王女。その王女は、自身や国王が日々の執務を円滑に遂行できるため、まさに自身の手足となり情報収集や実地対応を行う組織を立ち上げていたという。

王宮に出入りしたこともあるエーメリッヒは、その噂は耳にしていた。

現れた者のうち一人が、エーメリッヒに声を掛ける。


「…アイヒマン商会のエーメリッヒだな。国王に対しての反逆未遂の疑いにより連行する。抵抗すれば命はない。」

「…”王女の四肢”か。」

「ほう、私達の存在を知っているとは。姿をあらわす前に気づいた所と言い、貴様存外に有能のようだな。」

「…これでも、アイヒマン商会の重役なものでね。」


もとより抵抗する気は彼にない。身振りでその意を彼らに表す。

それを見た王女の四肢は、エーメリッヒを素早く拘束した。

そして、彼を連れて王宮へと歩き出す。


「…任せたぞ。」


エーメリッヒは、最後に青年に短く言葉をかけた。

青年は、エーメリッヒの背中を声を殺して泣きながら、ずっと見つめていた。



14時03分 エルニア王国エルパレス 北居住区332番地

「うわあああああああ!!来るなああああ!!」

「お、おい!抵抗をやめろ!さもないと命の保証はしないぞ!」

「い、嫌だああああ、死にたくなああいいいい!」

「畜生、まるで駄々っ子だな…」


ギュンターは自宅に戻り、文字通り”籠城”した。

”王宮の上層部”から、ギュンターを反逆未遂で拘束するようにとの命令を受領した王都防衛隊副隊長班は、彼の自宅へと急行。そのまま突入した。

が、恐怖心で錯乱状態になったギュンターは家具を投げつけ、手当たり次第に魔法を炸裂させた。

その暴発した花火のような様相に、王都防衛隊は近づくことも出来ない。

このままでは近隣住人への被害も出てしまう。副隊長たちは手をこまねいていた。


「どうしますか?近隣の住人に退避命令を出して建物を囲みます?」

「いや、可能な限り隠密にことを進めろと王宮からのお達しだ。特に、市民には騒動を感づかれるな、と。」

「しかし、これじゃ埒が明きませんよ。あいつドワーフのくせに魔力も多いし…」

「…なら、俺らがやろうか?」

「「えっ?」」


副官と話していた副隊長の間に突然割って入ったのは、優男な雰囲気を纏う兎耳を持つ男だった。

彼は突然、副隊長たちのもとに現れた。まさに、そこから湧き出たように。

しかも、よくよく周りを見てみれば、兎耳を持つ優男と同じような黒装束に身を包んだやつがあと3人いる。これには副隊長もその副官も戸惑いを隠せなかった。


「な、なんだ貴様らは!」

「ん?あなた達と同じような仕事をしているものだよ。まあ、普段表に出ないけどね~?」

ヘラヘラと笑う兎耳の優男に、副官は苛立ちを隠せない。

ただ、彼の発言で副隊長はピンと来たようだ。

「…まさか、”王女の四肢”か?」

「お、あたりー。流石だね、王都防衛隊の副隊長さん。」

「…全て把握済みか。」


副隊長の吐き捨てるような言葉に、兎耳の優男はニヤニヤとした表情を返す。

王女の特殊部隊たる彼らには、秘匿情報など意味がない。

副隊長たちにすれば突然降って湧いたような国王への反逆未遂騒ぎから、副隊長の個人情報まで、彼らは全て知っている。

兎耳の優男の顔は、それを肯定するものだった。

しゃがんでいた彼はすくっと立ち上がると、テーブルを盾にしてその影に縮こまるギュンターを見据えた。


「じゃ、すぐに始めますんで。」

「ま、待て。殺すのか?」

「いや。可能な限り生きて捕らえろと、王女からのお達しでね。」

「王女直々か…」


王女の四肢と言われる彼らだから、王女からのお達しで動くのは当然…というのは素人考えだ。そもそも彼らは公にされない、噂の存在だ。

そんな彼らがわざわざ指揮系統の情報を出すという点で、この事態が意外に切羽詰まったものだった事を物語る。そして、それを察した副隊長はそれ以上発言することを控えた。

兎耳の優男は、控える他3人に目配せで合図すると、一瞬で副隊長たちの目前から姿を消した。

と思ったら、すでにギュンターの後ろへと回り込んでいた。

彼らはにとってそれは赤子の手をひねるようなもの。速やかに、ギュンターを拘束する。

床に押し付けられ、突然身動きが取れなくなった彼は、状況を把握しようとするだけの余裕もなかった。


「な、なんだ!?なんだこれ!?」

「はい、動かないでね、ギュンター君。君には国王反逆未遂の疑いがあるから、おとなしく来てもらうよー。」

「い、嫌だ!投獄は嫌だ、死罪も嫌だああああ!」

「あ、お、おい!暴れるなって!!」


兎耳の優男が少しミスを犯した。

ギュンターは罰せられることに酷く怯えていた。その恐怖心の大きさを、低く見積もりすぎたのだ。

結果、ギュンターは火事場の馬鹿力的な最後の大暴れを始めてしまった。

これには兎耳の優男も慌てる。おもわず、ギュンターを拘束する力を強めてしまう。


「くそっ、ドワーフ印の馬鹿力出しやがって!」

「は、離して!!離してえええええっ、えっ、えぐっ!?ぁかっ!…」


兎耳の優男がその力を最大限発揮した時、突然ギュンターが動かなくなった。

様子を見ていた副隊長たちは、その変化に気づいて警戒しながらも、彼らのもとへ近づく。

彼らには、最悪の結果が頭をよぎっていた。


「…あれ?」

「おいおい、まさか殺っちまったのか?」

「い、いや、急所は締めてないぞ!?」

「じゃあ、まさか毒を…いや、待て…」


兎耳の優男は、自身が致命傷を与えていないと言う。

副隊長は、体術の心得があるからか、彼の拘束する形を見てそれが事実だと認識した。

では、ギュンターが毒を飲んだ?いや、それはない。

彼は投獄よりも死ぬことに対して、死ぬほど怯えていた。

そこで、副隊長が拘束を続ける兎耳の優男に変わって、ギュンターの様子を確認する。

脈は触れるし、弱いながらも呼吸をしている。つまり…


「…恐怖で失神したのか。」

「みたいだな…うわっ、くっせぇ!?」

「あーあ、体から出るもん全部出しちまってる。」


ギュンターの姿はそれも無残だった。

涙、鼻水、涎、脂汗。冷や汗、吐瀉物、尿、大便。

出せるものは全て出し切ってしまっていた。

兎耳の優男が慌てるのも無理はない。

王宮政官が身につける淡い白色のローブには、その痕跡が徐々に現れていた。

…非常に芳しい香りと共に。


「じゃあ、こいつは俺らが処理するんで、あとは任せた…」

「ああ、それは俺らの本分だ。もっとも、今のそいつの状態を見たら、それを連行するあんたに同情するよ。」

「…お気遣いどうも。帰ったらすぐ湯浴みしてやる…」


副隊長の心遣い溢れる言葉に、兎耳の優男は投げやりに応えるだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。