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新世界の夜明け ~結束する組織~

13時14分 エルニア王国エルパレス 国王宮殿3F 王の大食堂

「いやぁ、実に美味であった。貴国の兵士は、このような技能も持ち合わせておるのだな。」

「お褒めに預かり光栄でございます、国王陛下。」

「恐縮です。」


国王からのお言葉に、努めて真摯に謝辞を述べる天城官房長官。

その後ろでは、今回昼食会の料理を用意した海自の給養員が脱帽時の10度の敬礼をしていた。

昼食会は滞りなく進行した。それも、今日までの日本と王国の昼夜を問わない密な打ち合わせがあってのことだった。当初は自衛隊といえばカレーだろうという安直な発想があったが、香辛料の風味が受け入れられるかという問題が提起された。

なので、短期間のうちに調理を担当する給養員は調査に内密で同行。

王宮厨房の調理員たちと協議を重ねた。

コース料理という文化が王国には無く、一品料理でも問題ないということから、1週間程度という短期間でも準備が可能だったのは不幸中の幸いだろう。

結果、出されたハヤシライスは大好評だった。

参加者数には少し多いかと思われたハヤシソースが、全て空になっているのがその証拠だろう。


「では、食後の甘味に移りましょうか?」

「ほう?甘味とな?」

「ええ…もしや、食後に甘味を口にするのは…」

「うぬ。儂らの文化には無いな。しかし、それは良いことを聞いた。これからは、儂らの食事会でも食後の甘味を基本としよう。」


国王の言葉に、王国側の列席者は大きく頷く。

この頷きには二種類の意味があった。一つは国王の意見に賛同する、ある種のイエスマン的行動。もう一つは、素晴らしい料理を提供してくれた日本の甘味を味わいたいという、根源的欲求を満たしたいという願望からだ。

印象では、欲求を満たしたいという意志の方が強く見えるのは内緒だ。

甘味も事前打ち合わせで決まっていた。甘味はあるが、食事会の流れで出されるものではないという情報から、では是非にと日本から提案した。


「では、甘味は隣のテラスルームでお楽しみください。」


天城の言葉に続いて、全員が席を立ち部屋を移動する。

王の大食堂の隣には、歓談やささやかな応接に使われる部屋があった。

部屋の四辺のうち、二辺は非常に広いテラスが備えられ、王都の喧騒と、中庭の平穏を一度に味わえる。この景色の良さから、ここで茶会を行うことも多いという。

食後のご歓談と美味しい甘味にお茶を楽しむには、うってつけの場所だ。


「今回は、立食形式にてご用意いたしました。甘味は我が国伝統のものと、他国様式のものを揃えております。飲料も種類がございますので、給仕の方へお申し付けください。」


食事が相応に受けるということを予想して、用意された甘味は一口サイズのこぶりなものだった。立食には似つかわしくないかも知れないが、羊羹、ねりきり、こなし、桜餅などの和菓子も用意した。せっかくなので日本の文化も知ってもらおうという目的だ。もちろん、ケーキなどの洋菓子もある。


「ほう、これは豆を甘くしているのか…なんとも興味深い…」

「なんということだ!この牛酪の濃厚な風味!支援品の甘味にも驚かされたが、これは次元が違う!」

「こんな新鮮な果物は見たことがない…!」


これもまた大好評だった。

さて、この昼食会に参加しているのは、国王と天城たちの他には、主席王宮政官のクロム卿を始めとした王宮政官数名、政務の実質的な責任者となっている第一王女、さらに王位継承権を持つ王子、その他王都に滞在していた各領の重要人物が10名ほどという内訳だ。

ここで特筆すべきなのは、王宮政官や各領の重要人物の中に、ホランドたちの計画に協力、または賛同したものがいるというところ。

しかも、表面上は国王への忠誠を誓っているのだから質が悪い。

そこで、国王は昼食会が始まるときにこう発言した。

”自身の尽力により、日本と王国は友好と共存のための第一歩を踏み出した”と。

それに続く天城官房長官の言葉が、日本政府による現国王体制への支持発言というわけだ。

つまり、この昼食会は、国王の権威を改めて確認し、派閥の結束を強固にすると同時に、邪な考えを持つ者たちへの戒めを行う場だったのだ。

そして、結果は日本の食卓攻勢もあり、国王の勝ちは揺るぎないものとなった。


もっとも、昼食会開始時の国王と天城のやり取りにより、勘のいいものはすぐに国王派へ”完全に”戻ることを決意していた。

ただ、その決意がよくわからないものもいる。例えば…そこの、”たわけ者(東方領主)”とか。


「…のう、ローディア。ちと二人で話さんか?」

「ぬっ!な、こ、国王陛下!ぜひとも!」


ハヤシライスを意地汚くも一番多く食べた東方領主のジョン・ローディアは、今度は用意された甘味を取り皿に山のように盛り、そして獣のように貪っていた。

一言で言えば、見っともない。体躯に恵まれやすいと言われるローディア家の人間にしては小柄な彼の体格から、そのみすぼらしさはさらに増されて見えてしまう。

ただ、国王はそんなものは全く気にせず、ローディアに声をかけた。

ローディアは国王直々の声掛けに驚きながらも、その申し出を快諾する。

こうして、二人は少しだけ人気の少ない中庭側のテラスへと足を運んだ。


「どうだ?ここはあまり人が訪れないんだが、宮廷の中庭がよく見えるだろ?」

「は、はい!これは絶景ですな!」


テラスに着いた国王は、中庭を指さしながらローディアに問う。国王の言うように、よく手入れされた中庭は、色とりどりの花々に爽やかな新緑の木々が非常に綺麗に配置されている。均整の取れたそれは、自然と人工が織りなす演舞のようだ。

問われたローディアは、その風景を褒める口上を述べた。

だが、心はこもっていない。

国王の言ったことにただ肯定を示す、絵に描いたようなイエスマンだった。

ローディアの返答を流した国王はすぐに本題へと入る。


「…さて、どうじゃったかの?日本の用意した食事は?」

「存外にも、その出来は中々でしたな。」

「ほう?がっついていた割にはなんとも慎重な意見ではないか。」

「そ、そんな、がっついていたなど…!」


意地悪に笑いながら、先程までのローディアの行動を皮肉る。

ローディアは、多少は恥じているのか、申し訳なさそうにしつつも否定をする。

このままではバツが悪いと思ったのか、ローディアは高説を垂れ始めた。


「…し、しかしです。今回用意されたのはおそらく一級品です。日本は、自分たちの豊かさを見せつけたいのかもしれませんが、彼の国の国民が日常的に口にできるものではないでしょう。」

「さて、どうかな?食事の間あのアマギ女史とずっと話しておったが、今回提供された料理は日本の”一般家庭で”食されるメニューに近いものらしいぞ?」

「はっ、日本も大層な見栄を切りましたな!」


国王が天城と話した内容をそれとなく伝えるが、ローディアはそれを見栄であると切り捨てる。そのうち看破される見栄など意味がないのは常識だが、ローディアはそんな発想にならない。

なぜなら、彼自身が筋金入りの見栄っ張りだからだ。

そこで、国王は彼が喜びそうな話をしてあげることにした。


「もっとも、彼女は日本にも貧困にあえぐ層は少なからずいると、それは恥ずかしそうに語っていたがね。」

「やはりですな。我が国にも貧困者は大勢います。実情は王国と大差ないでしょう。」


やはり。そう思ったのは国王の方だった。

ローディアは、貧困者が日本にもいるという事実を、自身が考える筋書きの根拠と捉えているようだった。

国王の真意は、そうではない。


「…1600人。」

「は?」

「日本の貧困層。細かくは異なるが、大体1万人の日本人がいたら、1600人が貧困層という話だ。」

「はぁ…」


国王の真意を問うための話の続きに、ローディアは気の抜けた返答しかしてこなかった。

これには国王もその目に落胆の色を隠せない。

こいつは、曲がりなりにも領民を抱える領主ではないのか?

国王は仕方なく、その真意を説明せざるを得なかった。


「のうローディア、我が国にも貧困者は大勢居る。だが、その割合を正確にはじき出しておるかの?」

「そ、それは…」

「ないだろう。さらに、その話をするときに、”恥ずかしそうにする”施政者は、おるかの?」


貧困者がいる。それは王国も重々承知だ。

ただ、それが王国民全体のどれだけいるのかなど、正確に把握している人間は誰ひとりとしていない。そもそも、それを正確に認識するには、国民がどれだけいるのかというのを、確実に把握しなければならない。

日本にはそれが出来ている。それだけで、王国との隔絶の差を物語っていた。

さらに、国王にはその話をする天城が恥ずかしそうにしていたことも重要だった。

王国では、領主や施政者となるものは、相応に恵まれたものだ。

彼らは貧困者を認識すれど、その存在を自分の恥のようには感じない。

どこかで他人事だと思っている。それが、自身の抱える民だったとしてもだ。


ローディアは、なんとなく国王の真意を理解したようだった。

ただ、”恥”という部分に関してはピンときていない。

しかし、この話題は国王にもローディアにとっても少々耳が痛かったようだ。

なので、国王は話題を変えることにした。


「話を変えるか。」

「え、ええ!」

「お主は、王国に生まれて幸せか?」

「…そ、それはもちろんです!」


話題を変えて早々、突飛な国王の質問に、ローディアはあっけに取られつつも肯定の意を返した。

国王は、その様子を静かに見据えた後、話を続ける。


「儂はな、新しい生命がその産声をあげる時、どこで最初にそれあげるのかという時点で、”選別”が始まっていると思うのだ。」

「…選別、ですか?」

「そうだ。例えば、王国に生まれたとすれば、格式ある伝統と高い魔法技術に触れられる。連合国に生まれれば、多種多様な民族が織りなす数多い価値観で、聡明な人格を形成される。そして…」


国王の弁舌は止まるところを知らない。

話しながら、国王はローディアを真っ直ぐに見据えた。

その様子に、流石のローディアも口の渇きを覚え始める。

そして、話題はいよいよ本質へと迫っていた。


「帝国では、生まれてすぐ皇帝へとなるための競争に放り込まれ、脱落すれば厳しい生活を余儀なくされるが、栄華をつかめば世界を相手に我を通せる。」

「…ひ、非常に的確で簡潔です…!」


国王の弁舌が一段落すると。ローディアはすぐさま称賛の言葉を投げかける。

ただ、その様子は先程までとは少し違うようだ。

まるで、隠れてした悪戯を咎められる寸前の悪童のように。


「…改めて聞く。お主は、王国に生まれて幸せか?」

「…はい!それは疑う余地もありません!」

「そうか、なら、”いいのだが”。」


流石のローディアも勘付いた。国王は、自分たちの行動を全てご存知だと。

だからこそ、先程までの無駄に偉ぶった様子は消え去り、冷や汗を垂れ流す中年の男性へと成り果てているのだ。

だが、国王はまだ言葉を止めない。ここでトドメを刺しに来た。


「…そうそう、そういえば、お主はなぜ王都に滞在しておったのだ?」

「そ、それは…その…!」

「なにか、儂に言いたいことがあったのでは、無いかな?」


東方領主でありながら、帝国の軍勢が目前に迫る自領を出て王都に滞在。

尚且、国王への面会を申し入れてきた。

そこまでして、何を話したかったのか?国王は興味津々だ。

もちろん、何が話したかったのかは知っている。

しかし、今国王が聞きたいのは、彼の”意志”だった。

それを察したローディアは、すぐに姿勢を素早く正し、国王に大きな声で宣言してくれた。


「め、滅相もございません!!このローディアと東方領は、国王陛下のお導きに粉骨砕身、身を挺して従うことを、改めてお伝えしたかったのであります!」

「ほーぅ。ならよい。」


ローディアの”手のひら返し宣言”を聞いた国王は、小さく返事を返す。

そして、話は終わりだと言わんばかりにテラスを後にしようとした。

ただ、ローディアの傍らを通り過ぎる時、彼の肩に手をおいて一言だけ付け加えた。


「ああ、そうそう。うちのクビツェクがお主に話があるようじゃ。できればその”全て”を話して欲しいのだが、構わぬな?」


国王がそう言うと、ローディアが直立不動で見据えていたテラスに、ゆっくりと人が現れた。

それも、その場から染み出してくるように、じんわりと。

この様子にローディアは更に縮み上がり、国王の”お願い”に割れんばかりの大声で再び答えてくれた。


「ははい!!私が知ることであれば、全てお話致しますっ!」

「うむ、大変結構。」


再び国王は短く返事をすると、甘味のある室内へと戻っていった。

テラスでの様子とはうって変わり、それはいい笑顔でねりきりを口にしていたと言う。


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