新世界の夜明け ~狼狽する組織~
13時01分 エルニア王国エルパレス アイヒマン商会3F 会長執務室
「…なぜなのだ?」
「…」
ホランドに会長、そしてエゴン、エーメリッヒ。王宮で昼食会のお使いに忙しいギュンターを除いた、この計画の中心人物が、会館に一同に介していた。
もはや、会館には来ないという規則も機能しない。
今の状況で、そんな細事にこだわる余裕は一切なかった。
この部屋の雰囲気は、ただただ痛々しいの一言に尽きる。
希望に満ち溢れていた朝は過去の話、天辺に達した陽光は、彼らをあざ笑うようにその顔をのぞかせていた。
ただ、何らかの策を講じなければならない。
ホランドは、責任者としてその考えを実行に移し、発言を始めた。
「…まずは、現状判明している事実だけで、対応を考えるしかありません。」
「何をわかりきったことを!見れば判るだろう!?王国は、日本の隷属化に入ったのだ!」
「落ち着けエゴン!彼らはまだ”そこにいる”だけではないか!」
「だけだと!?これだから商人は!動いたら即死なんだぞ!?」
ホランドは失敗したと思った。血気盛んな軍人であるエゴンは、強硬策を提唱して会長と大げんかを始めてしまった。会長も相応に感情の起伏が激しいので、一度激昂してしまうとしばらく埒が明かなくなる。
仕方なく、ホランドは努めて冷静に振る舞うエーメリッヒと、静かに話し始めた。
「…エーメリッヒさん。民衆の様子はどうでしょうか?」
「…半々といったところだな。期待半分、恐怖半分。」
「なにか、不穏なことは?」
「…まずこの状況が不穏だろう…しかし、だ。不安があるとは言うも民衆に”彼ら”へ楯突こうという輩はおらんよ。支援物資の恩義を感じているものは少なくないからな。」
日本の”自動車”と言われる鉄車は、馬もなにもないその未知の動力源と、王国が100年経っても作れそうにない丸みのある鉄板に覆われた様相から、その姿を怖がる王国民は相応に多かった。
ただ、1ヶ月前から始まった日本の支援、大量の食料に、市井のものが今まで手にすることが出来なかった甘味も含まれるそれに、大衆の心は完全に奪われていた。
そんな彼らの軍勢に、楯突く人間がいないというのは、火を見るより明らかだ。
「王宮の動きがわからないのが痛いですね…」
大衆扇動が難しいとあれば、王宮を動かしたい。
しかし、王宮を担当しているギュンターはここにいないし、来れるはずもない。
そして、そこにいて計画が破綻しないように行動してほしい。
ただ、今後を決めるための情報が一つでも欲しい。
ホランドはある種のジレンマに陥りそうだった。
そんな彼を、エーメリッヒが助けようとする。
「…いい内容ではないが、王宮の立場を推し量る情報ならあるぞ?」
「本当ですか?ぜひ教えてください。」
エーメリッヒは街道で見た光景を詳細にホランドへ教えた。
王宮を守る警備兵が異例の街道警備を行い、日本の軍勢を出迎えた。
彼らの第一陣は、その警備兵の先導により王都入場。
そして、現在王宮広場にて羽を休めている、という内容だ。
「王宮警備兵が、日本の軍を出迎えていたとは…」
この情報だけで、王宮は”日本を受け入れる”という判断を下したことを物語っている。ただ、問題はその受け入れ方だ。今の状況では、エゴンの言うように隷属化に入ったと思われても不思議ではない。
ホランドは、やはりもっと情報がほしいと考えた。
「だから!俺は今から王国軍の協力者をまとめ、彼奴等に鉄槌を喰らわせるべきだと思っている!」
「何を言っておる!そんなの自殺行為ではないか!?」
一方で、エゴンと会長の喧嘩も佳境に入っていた。主に、悪い意味で。
会長は顔を紅潮させ、エゴンは額に何本も青筋を立てている。
このまま放置すれば、恐らくエゴンが会長を殴り飛ばしてから部屋を飛び出し、自殺行為を単独で始めるだろう。
その前に、ホランドは軌道修正を行うことにした。
「エゴンさん、会長の言うとおりです。」
「な…貴様、王宮に仕える執政官でありながら、王国が得体の知れない蛮族に飲み込まれるのを黙って見ていろと言うのか!?」
「…お言葉ですが、エゴンさんの案を実行したほうが、その結果を早く達成してしまうと思います。それも、最も破滅的な流れで。」
「ふ、ふざけたことを…!」
エゴンはまだ怒りに震えているが、その先の行動や発言をすることが出来ない。
あのホランドが、半ば感情を顕にして彼を戒めたからだ。
この光景に、ホランドをよく知る会長やエーメリッヒは固唾をのんだ。
ホランドが感情を顕にするなど、十年以上で1度も見たことがなかった。
一方のホランドは、ワナワナと震えるエゴンを押し付けるために、窓のほうへと歩みを進めた。
そして、窓を乱暴に開けて、底から見える景色を指さして、彼に説いた。
「…戦いますか?彼らと。」
「うっ!?…」
「エゴンさんは、彼らの武力の一端を目撃しているはず…ですよね?」
ホランドが見せた光景。
会館からほど近い広場に展開する、日本の軍勢の車両だった。
大人の背丈の倍はある大型の車両は、簡易的な天幕をつけている。
あれは物資を運ぶ車両であると、ホランドは睨んでいる。
しかし、その後ろについている鉄車はなんなのか全く見当もつかない。
あれがもし、周囲に爆煙でも撒き散らす兵器であれば、王都は一夜にして瓦礫と化すだろう。
ホランドはさらに、エゴンだけが見た日本の装備を思い出させる。
騒乱が起きれば、空飛ぶ鉄籠も動員されるのは間違いない。かつては支援物資を届けるために使われたそれがその時運ぶのは、騒動の首謀者を抹殺する兵器であることは言うまでもない。
現実をまざまざと見せられたエゴンは、不服であることを一切隠そうとしない乱暴さで、椅子に腰を下ろした。
それを見たホランドも窓を閉め、自分の席へと戻る。そして、呟いた。
「…しかし、やはり、王宮の状況が一切わからないのが痛いですね…」
結局、最初の問題に戻ってしまった。情報がない。それも、中枢たる王宮の情報が。
ギュンターが使いや書付でもよこしてくれないだろうか…そう全員が思っていたときだった。
「し、失礼します。あの、ご来客が…」
「後にしろ!今はそれどころではない!」
「いえ、それが王宮政官のギュンター様が…」
秘書の女性が来客の報せを持ってきた。
それも、ギュンター本人が来ているという。
会長たちはすぐに通すように指示を飛ばす。
これで、王宮の状況がわかると、一筋の光明にすがりたかったのだ。
ただ、ホランドはその報告に、瞳から光を失っていた。
13時25分
「す、すいません…急いで来たもので…」
「いや、構わん。それより、早く王宮の状況を!」
「は、はい…」
ギュンターは水を一口飲んでから、王宮の状況を話し始めた。
その内容は、現在行われている昼食会の様子だった。
昼食会に出される料理は、その全てが日本が用意したものだ。
なんでも、調理を専門に行う”兵士”を連れてきて、宮殿の厨房にて調理させたという。
その料理は、”ハヤシライス”というものだと、ギュンターは語った。
炊き蒸した穀物に、多様な食材を溶かし込んだソースを掛けて食する日本の家庭料理の一つだという。その未知の見た目に、昼食会に参加した面々は最初手を出すのを躊躇していた。だが、日本の重要人物である”官房長官”が最初に食べ始め、それに続いて国王が口にしてその味に感嘆の声を上げるとあとは早かった。
まろやかなコクと酸味、そして芳醇な香りのする穀物…国王でさえも食したことのない美味に、参加者は虜になっていたという。つまり、昼食会は大成功だ。
ただ、会長たちが重要視したのは料理ではなかった。
その”官房長官”が昼食会開始時に言った一言だ。
”日本政府は国王率いる王国を支持し、その安定のために全力を持って支援致します”…と。
「…その、官房長官とは、日本の国家においてどの程度の地位にいるのだ?」
「2番手か、3番手だと聞いています…」
「ということは、その女の言葉は…」
「はい。日本の意志と見て間違いないです。」
国王率いる王国を支持する。つまり、これは日本政府は現国王がいる王国だけを支持すると言っているのと同義である。
ここでもし、ホランドたちの計画を実行して国王を強制的に退位させたらどうなるだろうか?日本は”支持”と”支援”をする義理を失うことになる。
こうなっては、ホランドたちの行動が支持されない。よって、計画は破綻する。
「これはまた厄介なことに…」
「…どうしますか?計画は中止したほうがいいのでは?」
「一度動かしたものをナシにしろと?士気も支持も消え失せるわ!」
エーメリッヒは頭を抱え、ギュンターは計画の中止を提案する。
しかし、エゴンは遂行を強く要請する。実は、エゴンの意見にも一理ある。
せっかく行動を始めたのに中止しては、ホランド達チームの求心力を疑われ、支持や協力をなかったことにされる可能性が高い。
ただ、問題はこのまま遂行しても成功率は低い。言ってみれば、八方塞がりだ。
この状況をそれぞれが改めて認識した時、その視線は自ずと会長とホランドに集まった。
その雰囲気を察した会長は、短く言った。
「…ここは、ホランドに従おう。」
「…」
指示を仰がれたホランドは、沈黙する。それは、思考を続けているように見えた。
だが、その実ホランドはすでにある結論に達していた。
それを皆に言うのかどうかを、迷っていたのだ。
しかし、この状況でも打開策を求めてくるのであれば、残念ながら、結論を断言するしかなかった。
決心したホランドは、この空気に似合わない柔らかな表情を浮かべて、全員に宣言した。
「…大変申し訳ありませんが、この計画は”失敗”です。」
「「「なっ!?…」」」
「それには3つの理由があります。これから、説明しましょう。」
ホランドの発言に絶句する面々。しかし、彼は気にせず説明を続ける。
気にしたって仕方がない。そういう状態なのだ。
「まず1つめ、日本の軍勢に王都内の要所を抑えられていること。」
「そうだ!だからこそ横っ面を叩いて、先手を打てと!」
「打った後は?あなた言いましたよね?先程、”彼らが動いたら即死”だと。わざわざこちらから動かす理由を与えるのですか?」
「…くそが!」
何度めかわからないが、まずは軍事的な理由。
日本の軍勢は王都の要所を完璧に抑えて展開していること。
”こちらの世界”でわかりやすく説明するなら、チェスや将棋でチェックメイトや王手の盤面を作った上で、「はい、始めましょ?」と言われているようなものだ。
そんな勝負、誰がしたいと思うのだろうか?
「2つめ、王宮に日本の重要人物が滞在していること。」
「…それがなぜ、失敗の理由に?」
「…王国に置き換えて考えてみてください。重要人物が他国に滞在中、そこで騒乱が起きれば、王国はどうしますか?」
「…救助するために全力を尽くす、な。」
もし滞在しているのが軍人であれば、騒乱時に”そのような事態”になっても仕方がないという判断ができるかも知れない。
…彼らが軍人であっても非戦闘員であれば戦闘を禁じているこちらの国際法を知る由がないのは仕方がないので、それは置いておこう。
ただ、今王宮にいるのは、日本政府の重鎮だ。
たとえ友好国といえども、自国の幹部が騒乱に巻き込まれて命の危険があるとなったら、どういうことになるだろうか?考えるまでもない。
「そして、最後の理由。これが最も大きなものです。」
ホランドが最後の理由といって、突然席を立った。
そして、彼はある一人のもとへと歩みを進める。
その対象の面前に彼は立つと、それは鋭い眼光で、彼の顔を睨んだ。
「えっ?」
彼…ギュンターの顔面を、ホランドが裏拳で弾き飛ばしたのだ。
素っ頓狂な声を上げて、壁まで転がり飛ばされるギュンター。
突然の出来事に他の面々は呆気にとられ、なにも行動できなかった。
そんな雰囲気はお構いなしに、ホランドは痛みにうずくまる彼のもとへと歩いて行く。
そして、胸ぐらを掴み上げ、壁に乱暴に押し付けた。
ここでやっと正気にもどったギュンターは、抗議の声を上げる。
ただ、ホランドにはそれは届いていない。
「な、何をするんですか、ホランド!?」
「…今、あの愚図の手綱はだれが握っているんだ?」
「な、何?」
ホランドの質問。それにギュンターはピンときていなかった。
だが、会長とエーメリッヒはすぐに気づいた。ある人物のことを。
「だから!あの東方領主は誰が見ているのかと言っているんだよ!」
ホランドが今までにない怒鳴り声で、ギュンターを問い詰める。
その気迫に押されながらも、ギュンターはホランドの意図を理解し始めた。
哀れなデコイとして、この計画の矢面に立ってもらおうと顔を立てた東方領主。
その立場と地位もあり、計画の全容を話さないわけには行かなかった。
ただ、それはギュンターが”制御”できるからこそ、成り立つ行動だった。
意図に気づいたギュンターだが、流石に反論の声を上げる。
ただ、ホランドは的確な表現を用いて、それを自己弁護だと切り捨てた。
「わ、私がいないからと言って…!」
「じゃあ聞くが、あの知恵も度胸も持ち合わせていない、世襲で領主になれた小童が、たった一人で国王陛下に正面から詰め切られて、何もしないと考えているのか?」
「…そ、それ…は…」
今の状況ではホランドたちの計画は国王も全容を知っているだろう。
そんな国王と東方領主が1体1になれば、もちろん話さないわけがない。
そんな時、あの東方領主がどうするか?
悲しいかな、ここにいる面々は確実にその場面を想像することが出来た。
ホランドは少しだけ落ち着きを取り戻し、ギュンターから手を離す。
ギュンターはそのまま壁際にへたりこんでしまう。
彼は自身がしでかした最大の失敗に、衝撃を受けていた。
「…申し訳ありません。この計画は失敗です。それも、”最悪な”形で。」
「わ、我々は…どうなる?」
「運良く投獄、普通は死罪でしょう。」
肩を落として静かに語るホランド。その内容に、誰もが顔から生気を失わせる。
なんとかして新たな言葉を発したのはギュンターだが、それもホランドに一刀両断された。
「そ、それなら、今から逃げ…」
「どこに?王都は各王国領と分断されていますよ?」
「そ、そんな…」
創業240年を誇るアイヒマン商会。
その中枢である会館の会長執務室が、これほど沈痛な雰囲気に包まれたことはなかった。




