新世界の夜明け 〜予想外の団体様〜
午前11時36分 エルニア王国エルパレス 王宮広場
王宮広場。読んで時のごとく、王宮前に広がる石畳の大きな広場が、そう言われている。
この広場は、王宮が何らかの催しを行う際には、必ず利用されていた。
例えば、新年に行われる国王勅語の読み上げ。
このときは、王宮前面にあるバルコニーに国王一族と各領主が勢揃いし、王国の安寧と繁栄を誓うお言葉を披露する。
これは国王が民衆の前にその姿を現す数少ない場面であり、当日は全国から国民が大挙して押し寄せる。
最近では、帝国との戦争に向かう王国軍第一次先遣隊の出陣式でも使われた。
広場に王国軍兵士が整然と並び、国王に対してその忠誠と献身を固く誓う。
それに応えた国王は、王宮の門扉を出て、先見隊長と握手を交わしたのだ。
この行動は異例中の異例であり、民衆の間ではその様子は未だに語り草となっている。…このように、王宮広場は王都にとって、そして王国にとっても重要な意味を持つ場所だ。
さて、今の広場の様子はどうだろうか?
一言で言ってしまえば、それは異様だった。
かなり暗い緑をした、得体の知れない素材でできた車輪を持つ、精巧な鉄鋼で作られた大型の鉄車。その後部には、大人の背丈と同じ高さを持つ、これまた鉄製の素性の知れない籠が引かれている。
このようなものが数台、所狭しと広場に展開しているのだ。
一見すれば、”他国の軍勢に占領された”としか思えなかった。
一人の市民は、静かに王宮の門扉を見つめていた。
先程、明らかに王国ではない人間が、王宮警備兵に守られながら入っていた。
その身のこなしから、相応の教育を受けた者たちであることは明らかだった。
何か重要な事象が進行している。
王都の人間で、その発想に至らなかった人間は誰一人としていない。
午前11時49分 エルニア王国エルパレス 国王宮殿1F 特別謁見室
「国王陛下、本日は我々の申し出を快くお受けいただき、感謝の念に耐えません。」
「…うむ。」
国王の前に片膝をつく女性。彼女は官房長官の天城菊花だ。
首相の女房役とも言われる官房長官は、日本という国家組織全体の統括を行う長であり、その激務故に遊説や外遊には滅多に出ないことで有名だ。
つまり、この場に彼女がいるというのはかなり異例であると言える。
なぜそうなったのか?それは今回の作戦行動が形になってきた頃に遡る。
今回の行動では国王にも相応の対応を重ねて依頼する必要があった。
そのため、依頼ばかりでこちらが顔を見せないのはあまりにも非礼ではないか?
という声が政府内のあちこちから聞こえてきたのだ。
それもそうだと思った政府は、行動計画は完全に防衛省と自衛隊に任せ、今回の行動に付随して帯同し、国王陛下に謝意を表する人間の選定に奔走した。
しかし、国家と認めていないとはいえ、相手は一国一城の主たる国王だ。
生半可な地位の人間ではそれだけで無礼になってしまう。そして調整は難航した。
中田副大臣が防災担当大臣に上申し、防災担当大臣が議題に上げる、
王国対応で責任所在の押し付け合いをしている外務相と総務相が火花をちらして、計画を担当する役所である防衛相に押し付けられそうになり…しびれを切らした総理大臣が、官房長官と副大臣数名を指名してなんとか形を整えた。
この経緯を久慈屋たちが聞いた時、政治屋の権力ごっこが嫌いな彼らはそれは酷い顔をしていた。
唯一にして最大の救いは、総理の人選が最適解だったというところだ。
天城官房長官は、現政権成立の立役者とも言われる知恵物だ。
敵味方ともにその能力を評価されている。
故に、このような場に突然放り込まれても全く気後れしていなかった。
この滑らかな口上と乱れぬ態度こそがその証明だ。
国王の短い返答の後、少しだけ沈黙が場を包む。
再び口を開いたのは、国王だった。
「…して、昼食会の準備はどうだ?」
「はい。我々の海上自衛隊給養員が、宮殿厨房をお借りして誠意準備しております。このような柔軟な対応も、国王陛下のお気遣い合ってのことと、深く謝意を申し上げる次第です。」
「それは結構。」
再度短い返答をした国王は、おもむろに椅子から立ち上がった。
そして、言葉を続ける。
「…今回の計画、最初に耳にしたときは驚きに満ちたぞ。そして、同時に喜びに打ち震えそうになった。このような奇怪な策をして、平和的に全てを解決しようというその理念に、儂は感動を覚えたのだ。だらかこそ、王国のすべてを持って協力することを、国王として誓った。」
「…重々承知しております。」
「王国と貴国を取り巻く環境は、未だに深い霧の中と言えよう。しかし、儂は、貴国の中に現れたことを天啓だと確信しておる。」
「天啓、ですか?」
天城の返しに、国王はその顔を綻ばせる。
その顔は、希望という言葉がぴったりだった。
「ああ。王国がこの先どうなるかは正直わからん。ただ、王国の民が、不必要に不幸となることはないと感じている。これを天啓と言わずして、なんと言えるかの?」
「…そのご期待に添えるよう、日本国は一丸となって国王陛下率いる王国を”支持”致します。」
国王の演技がかった独白に、天城は”恐らくほしいであろう言葉”を入れて応えた。
その反応に、国王はさらに満面の笑みを浮かべて返す。
「…それは、日本の”政府”としての言葉と捉えてよいのかな?」
「ええ。私は、総理大臣より全権を与えられてここに馳せ参じておりますので。」
笑顔の国王と、強かな表情を浮かべる天城。2人は再び沈黙を演出する。
「…大変結構!では、謁見は以上だ!」
国王は大声を張り上げると同時に、手を二回叩いて政官を呼び出した。
呼び出された政官は、謁見の終了を告げるために、いつものセリフを言おうとした。だが…
「…謁見は完了いたしました。国王陛下のご退」
「ああ、よいよい。このままここで”実務”を始めてよかろう。ジョージを呼べ。」
「…えっ、あの、陛下…?」
「ん?聞こえなかったかの?はよジョージを呼べ。」
「は、はい!承知しました!」
国王の思い付きにより、謁見室で全てを進めることとなった。
首席政官を呼ぶように言われた政官は、慌てて退室する。
天城は目の前の光景に、流石にあっけにとられていた。
そんな彼女に、国王は言葉をかける。
「おお、すまんすまん。もう膝を上げて良いぞ。」
「え?…ああ、はい、ありがとうございます。」
国王に促され、立ち上がる天城。その様子を見た国王はどこか楽しげだった。
先程までの、どこか態とらしさのある厳かな雰囲気はとうに消え失せていた。
「そして、汝も自身の部下を呼ぶがいい。ここで詳細を詰めようぞ?」
「…承知しました。少々、お待ち下さい。」
続けて言った国王の言葉に、一呼吸置いてから天城は返事をして、扉の外で待つ副大臣や自衛官を呼び込むために退室しようとした。そこで彼女は、ふと一つ質問をしたくなった。おそらくは、”彼”の様子からするとそれは問題ないだろうという判断からだ。
「…国王陛下、お一つよろしいでしょうか?」
「ん?なんじゃ?」
「今の振る舞いが、陛下のお人柄であると捉えてよろしいでしょうか?」
天城はどこか優しさを感じさせる融和な表情で、国王に言葉を投げた。
それに対して、国王はまた笑みを浮かべて返してくれた。
「…ああ。儂は堅苦しいのは好まぬ。この”王冠”も、重くてな?」
そう言うと国王は、自身の頭に乗る王冠をひょいっと取って、手の先でフラフラと揺らした。
午後12時17分 エルニア王国エルパレス
第二次移動開始の号令が下った。
現在、王宮広場に展開している数台の車両や隊員たちは、第一次派遣隊という位置づけだ。
つまり、今回の行動に参加する全ての、ほんの一部にしか過ぎなかった。
白泰山検問所前には、号令によって移動を開始した車列が連なる。
特別支援団は第32普通科連隊を中心に編成され、東部方面隊と、東北及び中部方面隊の一部も参加する大規模なものになっている。
さらには、空自の支援部隊も一部入り、海自も人員を展開する。
まさに、陸海空の統合運用による作戦だった。
第32普通科連隊は、白泰山検問所の警備任務に当たる第4普通科中隊を除く中隊が、その他の連隊や師団からも2〜4の中隊が動員され、王都へ入場するときを今かと待っていた。
王都に入場した車列は、予め決められていた所定の地点へと展開していく。
その地点には共通点があった。それは”物資集積地に近い”という点だ。
元々、物資集積地は大量の物資を置く必要があることから、広大な空き地や広場、公園だったところが多かった。なので、大型である自衛隊の車両が乗り入れるのにも好都合だったのだ。
王都は馬車の乗り入れも盛んだったために、都市内の交通網が比較的整備されていた。舗装状況がよろしくないとされる石畳ではあるが、自衛隊の車両が悪路走行など問題になるはずもない。自衛隊の王都内への展開は、非常に速やかに行われていった。
突然の車列の出現に、王都の人間の反応は様々だった。
元々威圧感がある自衛隊車両のため、恐怖心を感じてしまうものもいた。
ただ、これまでの支援活動により、王都の対日感情は良くなっているのが功を奏し、大した騒動は発生していない。
停車した車両には子どもたちが集まり、それに自衛隊も笑顔で接する。
この光景からも、破滅的な事態が起こらないことを保証していると言える。
一方で、この車列に対して薄暗い視線を投げかける者たちも居た。
「…16…17…18…まだ入るのか…?」
「エーメリッヒさん!!北部の車列は6です!」
「何!?一体何台入れる気だ!?」
「それが…街道にも車列は続いています。恐らくあと10台以上は…」
王都内の状況を確認させた手代の報告に、エーメリッヒは顔を青くする。
これでは、王都は日本に占領されたも同然だ。この状況では…
「…私は、一旦商会へ戻る。ホランドと、会長の判断を仰がなければどうにもならん。後は任せたぞ…」
「エーメリッヒさん…」
消沈したエーメリッヒは、おぼつかない足取りで会館へと歩いていった。
手代の少年は、その様子を心配そうに見つめる。
彼らは、”詰み”の状況へと追い込まれた。




