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新世界の夜明け ~執政官は時を知る2~

午前10時17分 エルニア王国エルパレス 郊外 王都と郊外集積地の中間地点

「以降の物資の配給は、”ホランドの書付”に準ずるように。いいな?」

「はい、承知いたしました…いよいよですね。」

「…ああ。これで我々は自由を得る。険しい道程だが…その先は黄金の未来だ。」


エーメリッヒは自身の手代の青年と計画を確認していた。

物資の流れは重要だ。特に、今回のような神経をすり減らす大計画においては。

いまや、支援物資の流れはアイヒマン商会のさじ加減で決められると言っても過言ではない状況だ。

これを利用して、今回の行動では、急進的王国派演じる協力者が鎮圧されたことろで、さっそうと大量の物資を持って王都に参上する。支援物資の価値が高まった王都では、かなり効果の高い演出だと彼自身も思っていた。なにせ、支援物資は王都の闇市場でエル金貨1枚単位で取引されていたのだから。もちろん、その闇市場はホランドと協力して叩き潰したが。


この物資運搬には人手が必要だった。そのために、アイヒマン商会の留保を大量放出して、郊外集積地付近にドヤ街を立ち上げ、大量の労働力を雇った。

…彼らの出自?なにせ、悪徳商会や闇市場を潰したのだ。

仕事にあぶれた人間は想像以上に多い。


エーメリッヒとホランドは商会では同期だ。

商会時代から、ホランドの変人ぶりは話題だった。

回りくどい間合いに、詩的な言動、そして病的なまでの先見性と計画性…

エーメリッヒは、天才とは凡人と相容れないものであるとホランドを見て理解した。

ホランドが商会を離れ執政官になった後、商会の中では彼は出世できないだろうと言われていた。

しかし、エーメリッヒは、彼の成功を確信していた。なので、今回の計画を会長とともに持ちかけられたときも、その行動理念をすぐに納得できたし、成功する可能性が高いと思った。

だから全面的に協力したのだ。


…昔に思いを馳せるのは悪い兆候かもしれない。

そう思ったエーメリッヒはすばやく意識を切り替えて計画の確認に戻ろうとした。

一つだけ、見慣れない光景が視界に入ってきたのが気になった。

彼はとっさに、手代の青年に確認する。


「あれはなんだ?」

「え?ああ。新しく配置された警備隊ですよ。集積地から王都までの街道警備を強化するとか。」

「…いつの話だ?」

「えーと…来たのは半刻前くらいかと。」


今になって街道警備の強化?タイミングの良さに気味の悪さを感じるエーメリッヒ。

そもそも、王都防衛は少数精鋭と言えば聞こえはいいが、その実は多大な国力を注ぐ価値があるのかと、一部の執政官が増強に反対していたと聞く。今回の計画で関わりを持ったエゴンはよく愚痴をこぼしていたから内情はよく知っている。


そんな防衛隊が、街道の警備に割く余力があるのか?

これがエーメリッヒの最初の疑問だった。そして、その疑問は、ある人物の顔を見たところで、恐怖心を孕んだものへと変化してしまった。


「…あの隊長…」


エーメリッヒは、街道警備に従事する部隊長の顔に見覚えがあった。

アイヒマン商会は、王都でも指折りの大商会だ。会長腹心の部下としてその大商会で日夜業務をこなすエーメリッヒは、会長に帯同して王宮へ足を踏み入れたことも幾度となくある。

そこで見たのだ。”王宮警備兵”として勤務していたはずの、彼の姿を。


なにか失態をやらかして王都警備隊に飛ばされた?いや、ギュンターやエゴンの話では、王宮や王国軍で異動や問題が起こったなんて話は聞いたことがない。ということは、”彼らは王都警備隊ではない”という可能性が一番高くなってしまう。

では、王宮を守るはずの彼らが、なぜ、街道を警備しているのか?

しかも、普段着込んでいる王宮警備兵の豪華絢爛な装備ではなく、警備隊の兵卒が着ける軽装備なのか?


この事実に、エーメリッヒは自身の口腔から水分が急速に失われていくのを感じていた。

そして、彼を奈落の底へと叩き落と音が響き始めた。その音に最初に気づいたのは彼の手代だった。


「あれ?なんでしょうか、この音?」

「え?何だって…言う…ん…」


手代の発言に反応して振り返ったエーメリッヒは、南東に土煙が上がっているのを確認した。その発生源は、”彼らが来るはずがない”と考えていたものだった。




午前10時57分 エルニア王国エルパレス アイヒマン商会会館3F 会長執務室

「おい誰も来ていないのか!?どうなんだ!?」

「は、はいっ!来客や言伝はございません!」

「なっ…!…いいか!?紙切れでも小間使いでも、私宛の何かが来たら、最優先で回せ!わかったか!?」

「し、承知しましたっ!失礼します!!」


会長は珍しく声を荒げていた。滅多に見せない会長の怒気に、秘書の女性は酷く怯えてしまい、震えながら部屋を後にする。

会長自身も、この行動が芳しくないものであるといのは百も承知だった。

ただ、半刻ごとの報告を義務付けたにも関わらず、一と半刻を過ぎてもなにも知らせが来ないのだ。

自分たちが行っている行動の重さから、流石の会長も焦りを隠せなくなっていた。

一方で、ホランドは静かに待っていた。彼は感情に飲み込まれるような人間ではなかった。ただ、会長の狼狽ぶりは、落ち着けなければいけない。


「…会長、彼女に当たっても仕方がないでしょう…」

「そんなことはわかっとる!!しかしだなぁ!?」

「お気持ちは察しますが、あなたらしくもない。今は待ちましょう。多少の遅れやズレは織り込み済みですから…」


そう言ってホランドは、紅茶をすする。それも、少しわざとらしく音を立てながら。

一見すると行儀が悪い。が、ホランドがそれを知らないはずもない。

それは、感情を抑えきれなくなっている会長に、お茶でも飲んで落ち着くようにと、行動で示していた。

それを察した会長は、ホランドの向かいに腰を下ろし、自身も紅茶を飲もうとカップに手を伸ばしたときだった。

秘書の女性が慌てて部屋へ入室してきた。それは、彼らが待ちに待ったものが来たことを意味していた。


「か、会長!王宮政官のギュンター様より書付が届きました!!」

「み、見せろ!」


秘書の報告に、会長はひったくるように書付を手にとった。秘書の女性はその様子を見ると、小さく会釈して速やかに部屋を後にした。

ホランドは、彼女の気持ちが理解できた。上司の機嫌が悪い時にそばにいたいと思う人間はいないことは明白だった。同時に、彼は退室できる彼女が羨ましくもあった。

なにせ、会長の顔が赤くなったかと思ったら、想定外である書付の内容を言葉に出し始めたのだから。


「…”東方領主は本日中刻に国王主催の昼食会へ出席、その後終日、国王の側に仕えることを命じられた”…」

「よりにもよって、今日昼食会をやらなくても…」

「問題はそこじゃない!!」

「…見せていただけますか?」


会長の怒鳴り声は大きく、ホランドでさえも少しだけ驚いてしまうほどだった。さらに厄介なのは、その怒鳴り声に恐怖心が感じられたことだ。

会長の精神を気遣いながら、書付を見せてもらうように優しくお願いするホランド。

会長はその願いに、乱暴に書付を突き出した。ホランドはゆっくりと手に取り、そして入念に目を通した。たしかに、会長が狼狽するのも納得だ。


「…昼食会の料理を、日本が…」

「どういうことなのだ!?」

「…情報が少ないため、なんとも…」


国王主催の昼食会が急遽開催される。この事実だけでも、ホランドは警戒心を抱かずにはいられなかった。さらに、その料理を用意するのが日本とあれば、疑念と警戒は累乗で膨れ上がる。ただ、情報が少ないことが、彼らの判断を難しくしていた。

苦しい表情を突き合わせる二人は、部屋の外が騒がしいことに気づく。


「お、お待ち下さい、エゴン様!」


会長の秘書の声が聞こえる。どうやら、また一つ報告が来たようだ。

しかし、”本人”が来ることは全く想定していない。それだけで、事態がより深刻になっていることを物語っていた。

程なくして、部屋のドアが乱暴に開かれ、装備に身を包んだエルフが飛び込んできた。


「ホランド!会長!王国軍が勘付いている!」

「な、なんだエゴン!?貴様、会館には直接来るなと…!」

「お待ち下さい、会長…エゴンさん、”王国軍が勘付いている”とは?」

「…王国軍王都防衛隊が再配置された。北部と西部の兵員を、東部や南部、そして王都内警備にほとんど割り当てたんだ!この配置は完全に”治安維持”を目的としている!!」


エゴンは怒鳴り散らすように報告してくれた。会長は、”会館には来ない”という規則を破ったエゴンをたしなめるが、ホランドにとってはもう一つの情報のほうが重要だった。

エゴンは防衛隊の再配置を、関係各所を駆け回り、さらには王都内を這いずり回って確認した。結果、外敵からの防衛を目的としたものではなく、王都内で賊や輩が行動しづらくように配備されたものであることを突き止めた。

”賊や輩”には、例えば反乱を企てる一派(ホランド達)も含まれていることは言うまでもない。


この報告には、ホランドも会長も目を見開いて黙った。

痛々しい静寂の中で、各員は情報を整理する。

国王主催の昼食会が急遽開催される。その料理は日本が用意する。

そして、王都内の治安維持を目的とした配置に、防衛隊が再配置された…

ホランドや会長は、ある一つの可能性を考え始めた。


「…嫌な欠片が揃い始めましたね…」

「どういうことだ…なぜ…」

「…いえ、まだ状況を冷静に見極め…」

「し、失礼します、会長!」


なんとか言葉を絞り出して対策を練ろうとしたホランドたち。そこへ、一人の青年が部屋へ飛び込んできた。ノックもしない非礼は本来咎められるものだが、この部屋にいる人間は、そんな余裕など当に持ち合わせていなかった。


「き、貴様はエーメリッヒの…」

「は、はい…エーメリッヒ様は、関係各所への調整を行っているため、私が言伝を預かってまいりました…!」


エーメリッヒからの言伝を預かったという、手代の青年。

彼は郊外集積地に詰めているため、王都まで全力疾走してきたのか呼吸が相当荒くなっていた。

しかし、ホランドたちには呼吸を整えてもらう時間も惜しかった。

ホランドは青年を気遣いつつも、言伝の内容を教えるように催促する。


「…息を切らしているところ悪いですが、言伝の内容は?」

「は、はい…!」


ホランドの言葉に返事した青年は、呼吸を整えるために少しだけ間をおいた。

そして、深く息を吸い込んで、よく通る大きな声で言伝の内容を教えてくれた。

それは、ホランドたちにとって最悪の答え合わせと言えるだろう。



「日本の”軍団”が、王都へ入場します!!」




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