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新世界の夜明け ~執政官は時を知る1~

2025年5月8日 午前7時47分 埼玉県秩父市 エルニア王国王都エルパレス 

王都内東部集積地詰め所

「…発ちましたか。」

「はい、集積地警備担当より、”朱玉の気付け”を確認したと報告がありました。」


協力者の王国軍二等兵から報告を受けるホランド。それは、”行動”に必要な絶対条件が達成されたという内容だった。

アミナ・フェルデンとリリー・ウェスト。この2人は王国随一の魔法の使い手だ。アミナは風に炎に鉄砲水と、自然の息吹を完璧に操る”畏怖の攻撃魔使”と、リリーは目潰しから感覚歪曲による精神操作までを行う”妨害魔の令嬢”と言われる。この2人が共に行動する場合、攻撃は愚の骨頂だ。

王国軍内で、魔法や腕っぷしに覚えのあるもの50人と模擬演習を行った結果、二刻の後には2人しか演習区域に立っていなかったという”伝説”もある。


その2人が居ない今の王都はどうだろうか?

しかも王国軍の三分の一が賛同か協力を申し出ている。

これ以上の好機が存在するだろうか?


「…来たな、この時が。」

「し、しかし、本当にいいのでしょう…か?」

「…ギュンター。今更何を言っておる。」


いざ行動に移そうとした時、恐れるものはかならず出る。例えば、このギュンターのように。

彼は非常に臆病だが、その小心振りも突き抜けると、誰からも警戒されないが、それなりに仕事ができる人間と言う、工作活動にはうってつけの人材となった。

ただ、恐怖心というのは注意しなければ自身も他人も全て蝕んでしまう。だからこそ、エーメリッヒは苦言を呈した。今、それに潰されるのは許されない。

アイヒマン会長はあえてギュンターには言及せず、行動の可否を促した。

相手はもちろん、”指導者”だ。


「…どうする、ホランド。」

「ええ、わかっています。」


会長の一言に短く返したホランドは、目をつぶって思考の中へと潜り込んだ。それは、行動に際しての自問自答のためだ。

開始した場合の流れ、考えられる障害、柔軟な対応策、成功した場合の処理、失敗した場合の代替案、今日までの日々、計画を思いついた朝、自分の行いに対する自責と正当化・・


ありとあらゆる思考を纏めた彼は、顔を上げて目を開けた。それは決断の表情だ。


「…本日の日没より、最終計画を開始します。エゴンは王国軍、エーメリッヒは物資集積場、ギュンターは王宮へ。そして、賛同者たちに”行動”を促してください。報告は半刻おきです。いいですね?」


ホランドの淡々とした指示。これは全てを終わらせ、新たに始める行動を促す狼煙を上げたことを意味する。

その言葉を聞いた各々は、静かに、あるいは勇ましく、または怯えつつ席を立ち、自身の最後の役目を果たすために退室していった。そして、残ったのは会長と、ホランドだけだった。


「ホランド…私は何をしようか?」

「…商会の代表ですから、いつも通りでいいのではないでしょうか?」

「そうか。なら、帳簿の確認でもしていようか。」


このときは冗談を言う余裕もあった彼らであった。…本当に、この時までは。




午前8時33分 エルニア王国エルパレス 国王宮殿1F 政官局東方課

「そうか、今日始めるのか…確かに、あの二柱の魔法狂が居ない今しかないだろうな…」

「はい。鷲の眼は先を見据えています。その航跡を辿ることをお望みです。」


ギュンターは自身の職場にいた。そして、彼の直属の上司と話す。上司はこの行動の賛同者だ。

ギュンターは自身の能力と性格を正しく認識していた。さらに、臆病故に人の言動を観察する癖もあった。だからこそ、自分の足りない部分を補い、この計画を完璧に遂行できる賛同者や協力者を狙い撃ちで引き込むことが出来たのだ。

例えば、彼の直属の上司のように。


ギュンターは上司と小声で行動に際しての注意事項を確認する。事務能力に長ける二人であったため、確認は滞りなく完了した。

そこで、ギュンターはふとあることに気づく。


「…そういえば、東方領主は何処へ?」

「それが今朝から姿が見えんのだ。領主には”最後”まで”立っていて”もらわなければならんのに…」


普段であれば東方課の応接室でふんぞり返っている東方領主の姿が見えない。

彼は転移後に王都に缶詰にされた。そこで、王都内でできる東方領のための仕事を、東方課で日夜励むため、同課の応接室を臨時の執務室として使っている。

…こんな名分はあるが、実のところ目下の人間に威張り散らして精神の均衡を保ちたいだけなのは、この課はおろか全ての王宮政官にとって周知の事実である。

ただ、今朝はそのただただ邪魔と言える存在がいない。そのせいか、同課のある空間は平和そのものとなっていた。

しかし、ギュンターにとっては少し面倒だ。

彼はこの行動計画でも重要な”デコイ”である。だからこそ、行動の障害とならないように手綱を握り続けていないといけない。

いらないときに現れて、肝心なときにいない。いくら従順な政官であるギュンターと言えど、そろそろ東方領主を見限るときが来たと考えてしまう。

この行動が成功したら、自身の身の振り方も考えよう。そう、ギュンターが小さく心に決めたときだった。東方課の課長が入室してきた。

彼は国王と親しく、行動に賛同する可能性が一切なかったため、この話はしていない。ギュンターは感づかれないように表情を必死に変えた。

しかし、課長はギュンターのもとへと歩み寄ってきた。

ギュンターは少しだけ緊張する。

ただ、臆病な彼が緊張するのはいつものことなので、課長は全く意に介さずギュンターに言葉をかけてきた。


「おお、ギュンター。東方領主が探しておったぞ。」

「ほ、本当ですか!すぐ向かいます!…それで、領主様は…?」

「中央御前だ。なんでも、本日中刻より、国王主催の特別昼食会が催される。その準備を手伝ってほしいらしい。」


課長はギュンターが知りたかった東方領主の居場所を知っていた。

しかし、その場所と、そこにいる理由が問題だった。

国王主催の昼食会。これは政官にとっては非常に厄介なものである。

権力をもつ人間が主催する食事会というのは、ただ単においしい食事を平和に食べるような催しではない。そこに参加する人間たちは、”ご歓談”によって自身の利害や懸案を調整する、いわば非公式の殴り合いのような場所なのだ。

なので、食事会自体は平和に終わっても、その中で行われた”ご歓談”によって、後々面倒な事態が起こる可能性がある。そのために、政官は食事会が行われるときはあらゆる調整のために奮闘する。


さて、そういった事情があるため、食事会が開催されるときは、立場が上になればなるほど、計画や事前準備は長期にわたる。調整に奔走する政官もそれに比例して増えていく。国王主催ともなれば、ほぼ全ての政官が関わり、準備には最低でも一月が費やされる…はずなのだ。


ただ、今回の昼食会は一切情報が来ていない。つまり、”様子がおかしい”。

その事実に、ギュンターはどっと冷や汗が出るのを感じていた。しかし、今は情報を集めなければならない。平静を装って、ギュンターは課長へ質問した。


「国王主催の食事会…いつ決まったんですか?」

「ん?昨晩らしい。異例だよな。政官は全員上へ下への大騒ぎだぞ。しかもな?」


課長のもったいぶった態度。それがギュンターには最悪の間合いに見えて仕方がない。長期な準備が必要な国王主催の食事会実施の決定が昨晩。さらに、全体への周知は今朝という異様さ。

これだけでギュンターは膝が震えるのを抑えられなくなりそうだった。

同時に、ギュンターはこの異質な催しに、ある力の介在が脳裏をよぎる。

そして、この予感は的中する。ここで一番聞きたくなかった”名詞”が出てきてしまったのだから。


「驚くことに、昼食を用意するのは”日本”らしいぞ?」




午前9時21分 エルニア王国エルパレス 王国軍王都防衛隊 西部詰め所

「ミカエル、”備蓄”の移動は手筈通り日没までに。よろしくな?」

「はい。命に変えてでも、遂行してみせます。」


エゴンは王国軍の王都防衛隊に所属する装備管理担当兵と話す。もちろん、彼は行動への協力者だ。

彼らの手はずはこうだ。まず、王都内の要所に行動に備えた”装備”を運び出す。この装備は、東方領主が帝国と通じていた頃に、アイヒマン商会を介して王都内に運び込まれたものだ。そしてこの装備は、ある2つの行動のために使われる。一つは、”急進的国王派”の暴走を演出する。


国王に忠誠を誓う派閥は、実は一枚岩ではない。彼らは”平凡王”と言われる現国王と似通った性質を持った、理知的な言動により緩やかだが確かな統治を目指す”漸進的”と、国王という”存在”に忠誠を誓い、その栄華を誇示するためには積極的な権力行使も持さない”急進的”という2つの分派が存在する。


ホランドはこの急進的国王派の性質に目をつけた。彼らは、日本からの支援受け入れや、その物資配給を王宮以外の手に委ねることを、国王の存在や権威を著しく損ねるものだという感情を持っていた。

そこで、まず王国軍の協力者は二手に分かれる。片方は、この急進的国王派の過激一派として、王都内の集積地を”襲撃”してもらう。もちろん、”その体”なので、実際に破壊するのは”空箱”だ。日本の支援物資が入っていた紙箱は頑丈なので、改めて封を閉じればまた未開封に見えるのが好都合だった。

そして、この襲撃に際してもう片方の王国軍協力者は”鎮圧”を開始する。その手際は予め作られた”計画”どおりに進められるので、非常に効果的で勇ましい行動に見えるだろう。

肝心なのは、この鎮圧を指揮するもの。王都の西側は東方領主、東側はホランドだ。もちろん指揮をしている体だ。


迅速に襲撃を鎮圧した後、東方領主とホランドは、それぞれで演説を行う。その内容は、国王の後手に回る対応を案に批判するものである。そして、最後には国王に対しての意見具申を目的に、王宮へと大行進することを発表する。民衆には参加を呼びかけ、群衆の力で国王に物申すという下地を醸成する。

多勢に無勢となれば、国王もその門扉を開かざるをえない。あとは王宮になだれ込み、国王を平和的に退位させる。


これが全てのシナリオだ。エゴンは最初、このシナリオに反対していた。

一番の問題は、最初に急進的国王派に化けた王国軍協力者の処遇だった。ホランドは最初の演説で彼らを許すことを盛り込み、一部の兵士にはホランドたちに賛同したように声を上げる追加シナリオを作った。さらに、自身が権力を掌握した後に、全面的な恩赦を行い、支援物資をもとにした”退職金”まで用意するとの話だった。

軍人であるエゴンは、泥をかぶってくれる同僚や部下に対しての手厚い援護を条件に、この行動を承認した。一度決めれば、彼はその決断に従う。それが、軍人として確かな心情だと信じている。

最後の行動に向けた詳細の詰めを行うエゴンたち。ただ、エゴンは先程から詰め所のある雰囲気が気になっていた。

詰めが一段落したところで、エゴンはふと協力者の担当兵に話を聞いた。


「…ところで、詰め所の兵員が少ないな?」

「ええ。実は先程軍営より通達がありまして、本日は西部詰め所の割当人員を減らし、東部や南部、そして王都内の警備任務を中心として割り振るようにと…」

「…何?」

「あ、取り立てて気にすることはありませんよ。今や王都の北部と西部は”巨大な山脈”しかありませんから、将来的な戦力再配置を見越しての通達だと思います。」


非常に嫌な予感がする。それがエゴンの感想だった。

たしかに、担当兵が言うように王都の警備は大きく変わった。かつでの王都は、始原平野のど真ん中に位置する都市だった。平野の中央という、防衛には非常に厄介な立地に、王都防衛隊はその警備計画を入念に作っていた。

しかし、転移後は北部と西部はただただ巨大とも言える山々が鎮座していた。この山を越えるには、王国軍では装備が全く足りない。技術革新により得体の知れない兵器を運用し始めた帝国でさえも、容易ではないだろう。しかし、それは北部と西部の防衛にさく兵力をほかへ回せるということを意味していた。


転移して以来、エゴンは南部と東部に王都防衛の兵力を集中させるように上申していた。しかし、王国軍営や王政は一向に動かなかった。この行動の遅さに加え、古来から王都防衛は最小限で済ませようとする執政官の一派もいた。これらが、彼が計画に賛同した理由になってしまっていた。


だからこそ、再配置が行われるというのは、本来であれば嬉しいはずなのだ。

だが、なぜ今日なのだ?それがエゴンの一番の疑念だった。


「…なあ、その通達、俺にも見せてくれるか?」

「…管轄的に危ないですよ?」

「構わん。”たまたま目に入った”だけだ。な?」


エゴンはその疑念を払拭するために、担当兵に通達書を見せるようにお願いした。

本来であれば、エゴンは所属が違うため、その通達書を見ることはよろしくない。だからこそ担当兵も一旦渋った。しかし、エゴンの静かな気迫と、真面目な彼の普段では見られないような規則を逸脱する言動に押され、担当兵は渋々ながら、通達書をエゴンに手渡した。


「…この書き方は…!」


エゴンは昔のある記憶を鮮明に思い出していた。彼が王国軍に入隊した時、彼に軍人としてのイロハを叩き込んでくれた軍曹の言葉だった。

軍曹は、王国軍営からの命令書と通達書の読み方や対応の仕方を熱心に教えてくれた。そこで言っていたのだ。


”軍人が書いた通達書や命令書は、軍人同士の暗黙の規則や言外の意味を理解しているので、詳細はそこまで書かれていない。しかし、軍人以外からの書面は、頭が痛くなるほど細かく指示が書き込まれている”…と。


それに照らし合わせて、この通達書を読み解くとどうだろうか?

北部と西部の兵力を、東部や南部、そして王都内に”細かく”配置している。特に、王都内の配置は目抜き通りを中心に、王都内の交通要所を抑えている。さらに特筆するべきは、各小隊や班の行動時間が、四半刻単位で決められている。


(これが防衛のための再配置?ふざけるんじゃない、これは…!)


ある一つの結論に達したエゴンは、脱兎のごとく詰め所を飛び出した。

まずは偵察、そして報告だ。急がなければ、”全てが終わってしまう”。

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