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他領訪問~西方領~ 親子、再会、報告

11時44分 島根県松江市 ???

広く、深くて暗い色味の木製机と、知り合いの敏腕木工師に作らせた”回転する椅子”に腰掛ける、筋肉質の無骨な中年男性。彼の前には、妖麗な雰囲気をまとう女性が、身動き一つせず立っていた。中年男性は、そんな彼女に話しかける。


「状況は?」

「はい、全体としては小康状態です。」


彼は西方領主のゴードン・ウェスト。答えた彼女は彼の長女で領都の行政運営を担うアビー・ウェスト行政官だ。彼らが直面しているのは、ひと月前に突如として見たことのない深い青みを持つ海岸へと街ごと飛ばされてしまい、自身の領地に存在する都市や村とも連絡が取れなくなってしまった、未曾有の危機だった。

西方領の領都であるウェストポートは、連合国との貿易を中心に、商都として栄えてきた。とりわけ交易と流通に関しては王国随一のノウハウを持ち、王都の王宮御用達商会も研修と称して奉公を送り込んでくるほどだった。

ただ、その利点もこの状況では何も役に立たなかった。

自慢の港湾は、断崖絶壁に張り付いて、その姿を保つだけの哀れな存在になりはてて船も出せない。西方領が地政学的に防衛の必要が薄かったことも有って、軍備は防衛に必要な最低限しか持ち合わせていない。よって、領都は四肢をもがれたような状態となってしまった。

ただ、何もせず手をこまねいているわけにも行かない。なので、数少ない領都防衛隊から、動きの素早い者たちをあつめて即席の斥候部隊を組織して情報収集に当たった。

ただ、それが混迷をさらに深めた。領都から程ないところには、見たこともない程黒い小石で覆われた”広場”に、これまた見たことのない染料と技術で作られた鉄柵、そして随所に見られる未知の言語…領都に詰める学者は、”我々が生きてきた世界とは別のところに飛ばされた”と仮説を立てる始末だった。そんなこと、おいそれと信用できるわけがない、と、ゴードンは思っていた。


「…”彼奴ら”への対応は?」

「領都内での調整を行っていますが…」

「まだ難しいか…」


乏しくとも確実に手にある情報をもとに、領主をトップとして対策会議を幾度となく開催した。しかし、領都の重要人物や大商会、たまたま領都に訪問していた他領の貴族や王宮の執政官さえも交えて知恵を出し合ったが、決定的な判断は一切下せていない。

交易の中心という性格上、物資の豊富さはことを欠かないのが唯一の救いだった。しかし、それも無限ではない。


「備蓄の放出もあと1週間が限界です。状況を動かすには…」

「”行動”しかないか…」


備蓄が尽きれば、緩やかな死を待つのみとなってしまう。その前に、何らかの行動を起こさなければならない。その行動は、大まかに分ければ二択となる。


「”協力”か、”行軍”か…」


未知の黒い小石が敷かれた広場には、”あちら側”と思われる組織の拠点が出来ていることは確認済みだ。そちらに使者を出して、協力を申し出る。或いは、防衛隊を再編成して臨時の遠征軍を立ち上げ、彼らには脇目も振らずに王都を目指して行軍を強行するか…

計画は容易いが、実行には二の足を踏んでしまう。成功するのか、失敗するのか、はては破滅するのか…結果の予測が何も出来ないことが原因だった。

なにか、”天啓”とも言える、決定的な一打が欲しい…ゴードンは、苦虫を噛み潰したような顔をして、思考の海でもがき続ける。そんなときだった。


「し、失礼します!」


防衛隊二等兵の青年が、領主の部屋…政務室へと駆け込んできた。相当慌てているためか、名を名乗り、入室の可否を問うという最低限の礼節を取り繕う余裕もないようだ。

アビーは少しだけ表情を固くして、礼を欠いた彼の行動を戒めようとした。ただ、ゴードンはそれを表情と手振りで静止する。そして、顔を二等兵の青年へと向け、速やかに報告することをう促した。


「報告致します!領都前門に、”王宮”の旗を掲げた1団を確認しました!!」

「何!?それは本当か?」

「は、はい!可及的速やかに王政令の発布を行うための訪問ということです!」

「政令だと!?」


二等兵の青年の報告に、ゴードンやアビーは目を見開いた。王宮旗を掲げた1団…それは、王宮からの使者であることを示す。さらに、その目的が王政令の発布とくれば…王国は、この状況に対応するための行動を開始したということだ。さらに、吉報的な要素が多分に含まれる。政令を出せるということは、国王や王政は健在であり、使者が来れるというのは、移動が可能であることを示す。西方領がどんな行動を取るにせよ、その結果を予測するのに必要な要素が一気に増えたのだ。

ただ、不安要素が未だに過分なことも変わりない。王宮の旗を掲げているが、本当に王宮が出した使者なのか?そもそも王国人なのか?もしその姿を偽っているのであれば…不安と期待に溺れるゴードンをよそに、二等兵は報告を続けた。


「申し訳ありませんが、小官は報告のために速やかに参りました故、詳細は把握致しかねます。ですが・・」

「なんだ?他にもなにか?」

「…王政令発布の”名代”は、リリー様です!」

「な…!」


王都に詰めている次女が、政令発布の名代である。その事実も十分に想定外なのだが、ゴードンにとってはもう一つの事実が重要だった。

しばらく会っていない自分の娘が…そこまで…


「お、お待ち下さい!…マーカス、領主を追って警護にあたれ!」

「は、はい!!」


脱兎の勢いで部屋を飛び出したゴードン。その後ろには、突飛な行動を抑制する、或いは援護しようとするアビーや二等兵の声が響く。ただ、領主の耳には何も届いていない。

彼の表情は、領主ではなく一人の父親のものだった。



11時51分 島根県松江市 エルニア王国西方領 商都ウェストポート門前

「私は、国王の名代として馳せ参じた!西方領主である、ゴードン・ウェスト伯爵への速やかな取次をお願いしたい!!」


石造りの巨大な門の前で、リリーは済んだよく通る声を張り上げて、その目的を伝えていた。ただ、その重厚な門扉は微動だにしない。そして、人も出てこない。その部分だけ時が止まったようだった。


久慈屋たちは、その様子を遠方から監視していた。最初からリリーたちに帯同すると、いくら西方領主の娘と言えども、懐柔されたと認識されて事態を複雑化させるかもしれない。なので、複数の観測点を設けてモニタリング。久慈屋たちはその映像をつぶさに見守っていた。


「…なんで反応がない?リリーの故郷だろ?」

「多分…警戒してるんじゃないかなー?」

「領主の娘を警戒って…いや、この状況じゃあ、何も信用できないか…」


配慮しても状況が動かないことに、久慈屋とジルは少し不安を感じていた。ただ、その不安も最もだ。王都との交流が曲がりなりにも速やかに始まったのは、それこそ運が良かったと言えるだろう。

ただ、その成功体験は、久慈屋たちに少しの楽観論を提供していたようだ。そして、目の前の状況は、その楽観論をゆっくりと解体していくような感覚を久慈屋たちに与えていた。それに侵された圃場が、緊張感を持った言葉を発した。


「…もしかしたら、長引くかもしれませんね…」

「順調に行くかと思ってたんだが…ん?」


長期戦への覚悟を決めようとしたときだった。突然、門が少しだけ開いた。ただ、そこからまた少し間が開いた。気になった久慈屋は、端末を操作して監視モニターのズーム等倍を上げる。すると、開いた門の隙間に人影が見えた。

…なにか、揉めてないか?

それに気づいた久慈屋は、つぶさに様子を観察する。そして、入念な観察の結果、一人の男性が門の外に出ようとして、警備を担当している兵隊に止められていることがわかった。

異様な風景にお互いの表情を伺う久慈屋たち。一体、この後どうなるのか…と、全員の考えが同調した矢先、とうとう男性が兵隊の手を振り切って門外へと飛び出した。

その様子を見た久慈屋とジルは話を続けた。


「どなただろうね、あの中年男性。」

「知らないわよ…領都の門番が慌てて帯同してるのは、すんごい気になるけど。」

「…まかさとは思うけど…」

「そのまさかかもねー?」


門の前に飛び出した男性は、ゆっくりとリリーたちを見据えながら立ち尽くしていた。その様子を観察し続ける久慈屋たち。ただ、予想は付き始めた。まず男性の服装は、リリーたちのような”上流”が身につける、こちらの世界の基準で見てもできが良いものだった。そして、その男性が飛び出した後に、慌てて門番の警備兵も帯同している。つまり、相応に警護される対象であることを匂わせる。西方領でいい服を身に着け、警護の対象になるような人物…可能性が一番高いのは…

その予想確度を上げるため、久慈屋は端末を操作して、リリーの様子を捉えた。そして、久慈屋はリリーの様子も変わっていることに気づく。


「リリーも慌ててないかあれ?」

「うん、結構慌ててる…あ、おじさん走り出したね?」


リリーは、映像では後ろ姿しかほとんど映らない。ただ、先程までのしゃきっとした勇ましい姿勢から、目の前の状況に戸惑い、狼狽えていることがひしひしと伝わってきた。

そして、リリーの狼狽ぶりを確認したと同時に、男性は脇目もふらずにリリーのもとへと駆け出した。場合によっては警戒すべきなのかもしれないが、その必要はまったくない。これは、そういう場面ではないことは、ぞこにいる全員が確信していた。

その期待に答えるかのように、男性はリリーのもとにたどり着くと、力強く彼女を抱きしめてくれた。


「これはもしや、感動の再会ってやつか?」

「正しくね!いやー、ぐっと来るなー!」

「…ここ数年で最も心が感じられない台詞だな…」


仕事が忙しく、顔を見せられていない親子。その二人が、未曾有の大災害をキッカケに、感動の再開を果たす。ハリウッドあたりのパニック映画にありそうな一場面だ。今この場面にBGMがあるとすれば、無駄に荘厳で感動的で、泣きの旋律を奏でるストリングスが主役のオーケストラが流れているのは疑いようがない。

ただ、科学者二人はやけに冷めていた。ジルは表面上は感想を述べているが、それに感情を感じられない。それをツッコむ久慈屋もどこか他人事だ。

そんな二人は、感動の場面を脇において、”観察結果”に対する会話を始めた。


「そういや気づいたんだけどさ?」

「ん?なーに?」

「似てないよな?”お前の”親父さんと。」

「あー、たしかに。」


ジルとリリーは、クローンかと思うほど姿見がそっくりだ。よって、2つの世界に共通性があるという仮説が、久慈屋率いる研究所内でも有力視されている。

その仮設をもとに更にある仮説が立てられた。姿見が似ている対象の近親者も、類似性を持つのではないかという説だ。ただ、この節は今の所外れそうだ。リリーの父親は、ジルの父親とは似ていない。久慈屋もジルの父親とは何度も会ったことがあるのですぐに理解した。ただ、共通性が全く無いわけではなさそうだ。


「あ、でも待って…従兄弟にそっくりだわ。」

「え?海軍将校の?」

「うんうん。やっぱ”共通点”あるねー?」


と、やっぱり血縁者に似ている対象がいたらしい。つまり、2つの世界に共通性があるという仮説はまだ生きていることになる。

久慈屋とジルは、その点に関する考察を重ねている。科学者二人に取っては、感動よりも好奇心のほうが価値があった。


その”無駄話”は、程なくしてリリーから集合の合図が出されるまで続く。



14時55分 西方領政局1F 特大会議室

「…信じられん…何もかも。」

「最もな感想です。ただ、これが現実なのです。」


王政令の発布が完了し、本格的な協議に移った一行。ただ、一筋縄では行かなかった。まず、リリーとジルの姿に混乱が起きて、次に”彼ら”が出現した経緯。さらに、現在王国が置かれている状況…全てが荒唐無稽で滑稽な冗談のようだった。

説明が終わり、西方領主のゴードン・ウェストの最もな第一声。

ただし、納得してもらわなければならない。久慈屋の言う通り、これが現実なのだ。


「とりあえず…支援に関しては全面的にお願いしよう。王都ほどではないとは言え、我がウェストポートも小さい街ではないのでね…」

「ありがとうございます。すでに近隣にて集積地を立ち上げております。日の入頃には最初の搬入が可能です。」


受け入れられる、られないに関わらず、まず現実的な対応をする必要がある。そう判断したゴードンは、政府の申し出である支援の受け入れから決めることにした。備蓄の枯渇が問題だったため、願ったり叶ったりと言ったところだ。

詳細の詰めを行うのは、行政官のアビーだ。


「して、搬入量は?」

「そうですね…1便につき大体3万食ほどでしょうか?」

「…そんなに?」

「…もしや、受け入れが難しいのでしょうか?」


西方領都は、かなり近くまで車両の乗り入れが可能だ。なので、王都よりは遥かに容易に大量の支援物資を運び込める。その量は、アビーの常識を遥かに超えたものだった。大量の配給をこなすには、相応の労力がいる。その算段を彼女は静かに考えた。


「…いえ、ウェストポートは商都です。物流に関しては、王都にも引けを取りません…お父様、私が陣頭指揮を執ります。」

「アビーなら問題ない。全てを任せる。」

「承知しました…では、早速取り掛かりますので、お先に失礼致します。」


そう言うとアビーは速やかに席を立ち、部屋を後にした。それに続いて、支援実施の連絡をするために支援担当の日本の役人も退室する。

しばらくして、この部屋にはリリーとゴードン、圃場と和泉、そして久慈屋とジル…”全容”を知る資格のあるものしかいなくなった。


「…さて、では”この件”について話そうか?」


いつの間にか、ゴードンはリリーから書付を受け取っていた。内容はもちろん、今一番の話題だ。


「全く…東方の愚図はそこまで落ちよったか…」

「滑稽なのは、自分がいいように使われていることに気づいていないことです。」


まず出た感想は、哀れな看板となっている東方領主に対してだった。

ゴードンの表情から察するに、彼はそういう扱いの人物らしい。思ったとおりだ。

口元に手を当てながら考えをまとめるゴードン。次の発言は、慎重に言葉を選んでいた。


「そうだな…して、国王は?」

「…日本国と連携して行動を開始しました。」

「…”した?”」


ちょっとした言葉尻。ただ事実だ。すでに”行動”は開始されている。

しかし、この行動の中身がゴードンには気になった。


「…もしや、貴国の武力が介入するのか?」

「いえ、”武力”は行使しません。ただ、国防を担う組織が行動を開始しています。」

「…ん?」


説明にゴードンが疑問を示す。”そういう組織”が行動するなら、”そういうこと”をするのじゃないのか?


このあたりの説明は、以前王都で実施済みだ。この世界と、この国の概略を説明する。


「貴国にも様々な事情があることは認識できたが…武力を用いずに王都でなにをするのだ?」

「いえ、ちょっとした”お祭り”を開催しようかと思いまして…ね?圃場君。」

「…ええ。しかし、”祭り”とは言い得て妙ですね。」

「…訳がわからん…!」


さらに疑問を深めるゴードン。確かに、すべてを知る人間じゃなければこの行動を理解するのは難しいだろう。

そこで、久慈屋たちは”設備”を用意していた。あとは設営するだけで、全てを確認できる。


「”百聞は一見にしかず”という言葉があります。どんな伝聞も、実際に見たことには敵わないという意味です。」

「…真理だな…もしや、王都の様子が見れるのか?」

「はい…我々も、準備をしてもよろしいでしょうか?」

「…ああ、ぜひお願いしたい。そして、できれば私も見たいな…”全て”を。」

「ええ、構いませんよ。」


こうして全員が、各々の役目を果たすために退室した。

準備が完了すれば、あとは”見るだけ”だ。


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