他領訪問~西方領~ 美保、移動、到着
10時32分 鳥取県境港市 航空自衛隊美保基地(米子空港)
「これに乗るの?」
「ああ、そうだ。」
「…いつもクジャ君たちが乗ってるのと形が違うね?」
「大人数向けだからな。」
飛行機から降りた久慈屋たちは、1台のマイクロバスの前に立っていた。これは人員輸送車2号というのが正式名称らしい。ただ、実際の自衛隊員は別の名前で呼んでいた…が、よく聞き取れなかったし、名前なんて些細なことだ…と、久慈屋は意識を切り替える。
この後の移動はこいつに乗る。元々は、美保基地からさらにヘリに乗り、西方領都にほど近い観測地点である美保関灯台駐車場までひとっ飛び…のはずだった。しかし、前線の通過により風向きが不安定なため、民間人や”重要人物”を多く乗せてのヘリ移動は危険と判断されて変更となった。
リリーたち王国人は、マイクロバスを見るのは初めてだ。彼らが見たことのある”車両”は、久慈屋たちが調査のときに移動に使うランドクルーザーと、物資輸送用の小型トラックだけだった。初めて見る別の車両に、リリーは興味津々だった。
ただ、いつ終わるかわからない観察に協力している暇はなかった。
「では、皆様速やかにご乗車ください。」
圃場が再び音頭を取って、全員をまとめてバスへ乗せる。今日何度目かわからない仕切りなので、圃場もその他も速やかに動けた。
程なくして乗車も完了し、出発可能の合図を待つだけだ。それまでに、全員で最後の移動の確認を行うことになった。
「これより、西方領の領都と目される”集落”の観測地点である美保関灯台駐車場へ向かいます。所要時間は35分…半刻程度です。」
「…集落、ね…」
「あ…すいません、なんといいますか、便宜上、集落としか今は呼称できなくて…」
「いえ、問題ないです。私も”役所”の人間ですから、理解しています。」
「…お気遣い、感謝致します。」
現時点では、王国を国家としては認めていない。しかし、日本の行政区や、自治区のような扱いも軋轢を生む可能性がある。その結果、王国の都市や村はその規模いかんに関わらず、しばらくの間は”集落”と呼称されることになった。
いわゆる役所的な気遣いだが、領主の娘であるリリーには少しだけ引っかかるものがあったらしい。圃場はすぐに詫びを入れ、リリーもこちらの事情を汲んでいることを示してくれた。ただ、少しだけ雰囲気は微妙になった。
「では、出発致します。」
出発可能の連絡が入り、圃場が指示を出す。各々が複雑な感情を抱えつつも、バスは”目的地”へと動き出した。
10時54分 鳥取県境港市
「ねー、クジャ君?」
「なんだ?」
「”首都”に比べると、穏やかな風景よね、この都市。」
「そりゃあ、首都と比べたらな…」
先程の緊張感が解けてきたのか、リリーは久慈屋と無駄話をでるようになっていた。緊張が緩んできた理由には、この一帯がいわゆる地方都市で、東京のようなどこまでも際限なく続く巨大都市という、異様な風景から開放されたのも一因かもしれない。
久慈屋がリリーと他愛もない会話を続けていると、ジルが話しかけてきた。
「…ねー、クジャ?」
「なんだよ?」
「”お客様”みたいよ?」
「…わざわざ山陰までご苦労なことで…」
久慈屋はジルの言葉に車窓を見て、顔をしかめた。
久慈屋たちが乗るマイクロバスに並走するように、3台のバイクが並走してきた。天下無敵な”情報稼業”に勤しむ方たちのご登場だ。
そして彼らは、しきりにまばゆい光を浴びせかけてくる。そう、フラッシュだ。久慈屋たち一行の姿を必死に収めようと頑張っていらっしゃる。リリーは、初めて見る彼らの姿に興味津々だ。
「へー、あれが”情報で糧を得る人たち”?」
「そうだ…圃場君、あれ”大手”じゃないよね?」
「ええ。大手マスコミとは協定を結んでいるので…週刊誌、ネットメディア、フリージャーナリストかと…」
「つまり、”ハイエナ”と”コバンザメ”ねー。」
「相当な言い方ね。」
久慈屋は圃場に確認を取る。大手のマスコミ…テレビや大新聞社は、政府が取り仕切って協定を結んだため、こういう取材はしてこないようになっていた…今のところは。ただ、その範疇に入らない方たちは、協定を結んでも旨味がないし、そもそも声もかからない。なら、その”使命(笑)”を命がけでも遂行することに執念を燃やすのだ。
「しかし、どっから情報が漏れたのかねー?」
「ここまで大規模な行動だと、”知っている人間”も数十人以上になる。それだけ拡がれば、漏れるのは時間の問題だろ?」
「そういうものなの?」
「そうさ。情報化社会って、面倒くさいぜ?」
彼らには情報源がいる。ただ、それが何かはわからない。このご時世、情報源なんて多種多様だ。それこそ、たまたま知ることができた末端の人間が流したというのも考えられるし、自衛隊の車両オタクが、普段見ない車両が基地にいることを、自慢のためにSNSに流したのかもしれない。
久慈屋はリリーに”今のこの世界”の苦労をやんわりと伝えていく。彼自身、世界でも類を見ない機構を開発したチームの一員として、マスコミ対応に苦労させられた経験が多分にあった。
ただ、バスの車内の空気は、情報ハイエナの終劇を受けているにしてはどこか牧歌的である。なぜか?こちらには完璧な対策法があった。
「リリー、魔法は?」
「展開済み!私達は外から全く見えてないわ。」
「つまり…彼奴等は”ただのマイクロバス”を撮ってるのか…いい気味だ。」
ジルが後先考えずに知識を授けた結果、あちらが開発してしまった姿を見えなくしてしまう魔法だ。これは、”光の動き”を感覚で曲げてしまうという、なかなかにチートで規格外なことをやっている。この技を見せるたびに、防衛省の役人である圃場は落ち着きがなくなる。下手したら安全保障のバランスを崩しかねないものだから、無理もないだろう。
ただ、ここでは大いに活用させてもらう。この魔法により、このマイクロバスには乗員は運転手しかいないように見える。つまり、仕事熱心な情報稼業の皆様は、ただのバスの写真を熱心にとっているのだ。
その光景に、彼らに怨嗟を抱く久慈屋は、道中の間ずっと笑顔を絶やさなかった。
11時16分 島根県松江市 美保関灯台駐車場
「皆様、目的地に到着いたしました。」
道中にちょっとした”余興”を楽しみつつ、久慈屋たちはいよいよ目的地へと到着した。
歴史ある美保関灯台がある島根半島の東端。その日本海側の海沿いには、周辺とは全く地質の異なる土壌とともに、石造りの外壁と港湾を有する近世の西洋都市のようなものが現れていた。
この光景、奥秩父山塊一帯に出現した王都と全く同じだ。ただ、出現の仕方に無理があったのか、港湾は落差20m程の断崖絶壁となってしまい、その機能を失ってしまったようだ。
圃場の先導でバスを降りた一行は、バスの周りに集合して打ち合わせを行う。
「…では、今後の行動は…」
「はい、”私達”が引き継ぎます…クルト!」
「はっ!」
圃場の言葉に答えたリリーは、すぐに使いに指示を出す。これで、久慈屋たちの行動は、新たなフェーズへと移行した。
指示を受けた使いは。バスに積み込まれていた動物の皮を雑多に縫い合わせた似袋を運び出す。荷を解くと、赤と緑の外縁に、中央に金色の猫と犬が刺繍された布が出てきた。これは、王宮旗と言われる。王宮の使いであることを示すものであり、実質王国の国旗となっているらしい。
これを掲げながら領都に入ることで、リリーは王宮からの使者としての扱いを受けるのだ。
その他にも、小物類などの準備が着々と進められていく。ぱっと見は順調そうだが、久慈屋たちは初めて見る装備類なので、その様子を見ているだけでは進捗がわからなかった。そこで、久慈屋は念の為確認を取る。同時に、ちょっとした気遣いも見せることにした。
「リリー、どうだ?」
「ん?万事順調!もうすぐかな?」
「なら結構…だけど、”君”はどうだ?」
「え?どうって…」
「こんな騒がしい里帰り、落ち着かないだろ?」
リリーは、王国の重要人物として王都にいることが多かった。特に、帝国との戦端が切られた後には、里帰りなどする余裕はどこにもなかった。
それが、こちらの世界にまるごと飛ばされた結果、普通であれば任命されるはずのない王の名代にされての、奇妙な里帰りとなったのだ。普通であれば動揺するだろう。
久慈屋の気遣いをよそに、リリーは濁りのない表情で答えてくれた。さらに、久慈屋自身も凹んでしまうような悲しい現実を添えてくれた。
「まあ…ね。1年半ぶりの故郷と言っても、平穏は程遠いし、感慨を抱く余裕もないわ。」
「最もだ…落ち着いたら、休暇でも取って帰省すれば?」
「…休暇?いつ取れるのかしら?…”お互いに”。」
「…数年は無理だろうな…」
久慈屋もリリーも、今の状況に最前線で対応に当たっている。そんな彼らが、長期の安息を得られる時は来るのだろうか?全く先はわからない。その現実をふと思い出した二人は、非常に暗い表情となった。
その雰囲気を察したのか、または察してないのかはわからないが、ジルが二人の間に割って入ってきた。
「なーに、二人で黄昏れてるのー?」
「…ちょっと、”労働環境”に関する愚痴をね…」
久慈屋の一言に、ジルも少しだけ表情を曇らせる。彼女も同じ立場だった。
少しだけ憂鬱になった3人。その空気を嫌ったジルは、リリーに言葉をかける。
「そうだ、リリーちゃん。久しぶりの里帰りでしょ?感想は?」
「…そうね…」
久慈屋がした話を、再びリリーに振るジル。ただ、リリーもこの空気を変えたかったのか、少しわざとらしさを感じさせる表情で、はっきりと言った。
「”風景”は変わったけど、”愛しい故郷”には変わらないわ。」




