他領訪問~西方領~ 入間、U4、首都圏
8時16分 埼玉県狭山市 航空自衛隊入間基地
EC-225LPが、ゆっくりと地表に近づいていく。
研究所でアミナを降ろした後、すぐに飛びだった久慈屋たちは入間基地に着いた。
早い段階で裏切り者が陥落したおかげで、研究所から入間までの空中散歩は実に愉快だった。小心者の彼は、久慈屋が頭を掻くためにに手を上げただけで怯えるほどで、ちょっと言い詰めれば計画のあれやこれやを全て話してくれた。
その内容は、ジルが自身のスマホで研究所の古湊へ、EC225-LPの乗員である陸自隊員が朝霞へ概要を連絡。同時作戦を展開する部隊へも情報が共有された。直に王国側へも伝わるだろう。つまり、全て筒抜けだ。
「では、頭を低くして降りてください!ローター…あー、回転翼がまだ動いていますので!」
ヘリが地表にその足をつけると、乗員が全員に降車の指示を出した。次に乗るのは空自の多用途支援機U4だ。
U4はリリーたち王国人を衆目に晒す時間が少なくなるように、ヘリからそう遠くない位置に駐機されていた。
各々が自身の手荷物を持ちヘリを降りていく。久慈屋や官僚たち”こちらの世界”の人間は、それなりに慣れた感じで準備を行い、次の移動へ備えていた。一方、リリーたち”あちらの世界”の王国人たちはそれどころではなかった。
ヘリの機内では”渦中の人物”に関する情報を聞き出すことに集中していたため、それほど騒ぎにはならなかったが、研究所を離れ、奥秩父の山々を超えるためにヘリが高度を上げ、窓から首都圏の全容が見えるようになったときには、その風景に気づいた王国人は落ち着きがなくなっていた。その感情は、”圧倒”という一言がぴったりだ。
最初にヘリを降りた圃場は、基地に待機していた別の自衛隊員から状況を聞いた。そして、あらかじめ用意されていた拡声器を受け取り、全員に呼びかけた。
「はい、では皆さんは別の移動手段へ乗り換えてもらいます。搭乗準備を行いますので、数分ほどお待ち下さい。」
圃場の指示に対する反応はいまいちだ。大まかに分けると、初めて目にする日本の都市圏の様相に畏怖の念を抱くもの、入間基地に所属するC-1やチヌークなどの航空機をつぶさに観察するもの…少数ではあるが、哀れな間者の情報をふまえて、今後の行動を考えるものもいる。全員、それぞれが受け取った情報を処理するので手一杯という感じだ。圃場が呼びかけを重ねても、王国人の動きはまだどこか緩慢だった。
こういうときは、”彼らの代表”に取り仕切ってもらったほうが速やかに事が進むだろう。そう考えた久慈屋はリリーを探す。しかし、彼女は都市圏の様相に目を奪われる者の一人となってしまっていた。久慈屋は彼女のそばにより声を掛ける。
「リリー、集合をかけてくれないか?」
「ん?え?…ああ、ごめんごめん。」
出発直後は車に乗せて興奮する犬のような好奇心に溺れた姿を。一方、ヘリの中では哀れな間者に問い詰める冷酷な知恵者の側面を見せた彼女。しかし、今の表情は久慈屋が見たことのないものだ。どこか遠くを見つめ、神妙な面持ちで静かに佇む。
「…珍しいな?」
「え?何が?」
「君とは出会って1ヶ月かそこらだが、そんな表情をするとは思わなかったな。」
久慈屋は率直な感想をリリーに述べる。それにリリーは、涼し気な微笑みを返しながら向き直り、応えた。
「…どこまでも続く市街地、そのすべてが堅牢で、荘厳で、新鮮…目を奪われない”私達の世界”の人間がいるかしら?」
リリーの返答に、アンニュイな仕草と表情を見せる久慈屋。彼らの世界からすれば最もな感想だ。それ以外に言うことはなにもない。そんな久慈屋をよそにリリーは、久慈屋の後ろを見ながら言葉を続ける。
「あれが、次に乗る…”飛翔する船”ね?」
「ん?あ、ああ。そうだ。」
「…渡された精巧絵と全く同じ…本当に綺麗な”白”ね。」
久慈屋の後ろには、駐機されていたU4があった。リリーはそれを意味ありげな表情で見つめている。
「…私ね、アミナが王宮でたった一人で日本との協調と協力を説いたとき、最初は半信半疑だったの。」
「それは…以外だな。」
「だって、話す内容が荒唐無稽だったもの。信じる要素が皆無だし。」
アミナが日本との協調を訴求し始めたとき、彼女はその理由としてこちらの世界の進んだ技術力を挙げていた。ただ、そこまでに繋がる技術体系がなければ、それを想像することも難しいだろう。
それは、王国随一の見識と頭脳を持つリリーでさえも同じだった。
「でもね、最初の実務者協議で、クジャ君やジルちゃん、日本政府の人々にあって、観察して…アミナの言っていることに現実味を初めて感じたの。その後、支援活動で初めて空飛ぶ鉄籠を見て…アミナたち協調派に与するようになった。友としての感情は別にしてね。」
「…協調派?」
「アミナが作った派閥よ。最初は少数派だったのよ?」
「そうだったのか…」
リリーの独白に、久慈屋は神妙な面持ちで聞き入る。政治活動が苦手なアミナ。そんな彼女が派閥まで立ち上げて行動したということは、それほど強い意志を持っていたことの証左と言える。
「疑問を持ち、実証を経て、確証を得る。これが私のモットーよ。それに基づいて、アミナの説にはすぐに飛びつかず、自分で証明となる確認をしてから行動に移した。ただそれだけのこと。でもね…」
「でも?」
「実は、”完全な確証”は得られてなかったの。今日までね。」
そう言うと、リリーは大げさに手を拡げ、滑走路の方へ向き直った。その目線の先には、再び首都圏の雑多な風景が広がる。
「これが、”完全な確証”よ。これだけの巨大な”都市”。こんなものを作り、維持するあなた達に敵対するなんて愚の骨頂だわ!」
リリーは高らかに言った。これは、アミナたちの協調論に同調してから、鎖国や武力闘争を叫ぶ強硬論に正面からぶつかってきた苦労を労い、自身の脳裏の奥底に眠るひとつまみ程度の疑念を払拭するために放った、自身に対する戒めのようだった。
久慈屋は、先程からのリリーの浮ついた感情の全てを理解した。そして、少しの間を経てから、リリーに再び話しかけた。
「…落ち着いたか?」
「うん。ばっちり!」
「よし、仕事に戻ろう。時間はあまりないからな。」
久慈屋の言葉にリリーは見慣れた笑顔で返す。そして、集団のもとへと歩を進めようとした。
「あ、聞きたいんだけどさ?」
「え?なんだよ突然…」
リリーが唐突に質問をした。あまりに唐突な切り替えに歩調を乱される久慈屋。この切り替わり、圃場の傍らでグラサンをかけてほうけた顔で待ちぼうけている、同じ顔を持つ”同僚”にそっくりだ。そんな久慈屋の戸惑いは露知らず、リリーは再び滑走路の方へ向き直り。その向こうを指さした。
「あれが、日本の”王都”だよね。いつ行けるかな?」
「…首都だ。今の調子なら、そう遠くないうちに行けるさ。」
好奇心に溢れた表情で、遠くに薄っすらと見えるビル群を指差すリリー。久慈屋はそれにサラリと返す。ただ、リリーは好奇心に火が付き始めたようだった。
「えー、だって、ここからでもあんなに大きな”城”が見えるんだよー?」
「城か…あれはビルと言ってだな…都市の管理を行う組織や、そちらでいう”商会”なんかも持ってるよ。」
「商会が!?…やっぱ、私達の常識は通用しないなー…」
久慈屋の説明に、リリーはさらに爛々とした表情を見せる。
ちょっと話題を反らしたいな…あれ?待てよ…
「あ、ちょっとまってくれ…」
「ん?なになに?」
久慈屋はなにかに気づいた。リリーに一言断りを入れて、自身のスマホを取り出す。
…そうだな、地図アプリでいちいち探すのも面倒だし、”方位磁石”でいいだろう。そして、久慈屋は”方角”を確認して、ちょっとした”事実”をリリーに説明する。
「あー、リリー、訂正していいか?」
「え?訂正?なにさ?」
「君が見て、指した方角にあるの、”首都”じゃないや。」
「…え?」
リリーは滑走路に向いて、その先にあるビル群を見て、”首都”と言った。ただ、その方角にあるのは、”東京都心”ではなかった。
久慈屋の親切な訂正に、リリーは素っ頓狂な表情を見せて固まってしまった。
そんなリリーに久慈屋はさらに”親切心”を見せて、彼女の肩を持って、”正しい方角”を説明した。
「あっちに見えるのは、”さいたま”って言う、首都の北にある別都市の中心部だ。首都である”東京”はこっち。」
そう言って久慈屋は、東京の方角…リリーが最初に向いた方向からやや南よりに体を向けてあげた。そちらには、新宿や品川の高層ビル群がある。それを見たリリーは、あっけに取られつつも、必死に言葉をひねり出した。
「…つ、つまり、同じような城の集まりが、他にも…?」
「城じゃなくてビルな。日本政府の中枢はあのビルの向こう側あたりにあるぞ。」
「えー……えー?」
久慈屋の続く説明に、痛い質問をされて言葉に詰まる官僚みたいな声を出すリリー。さすがに、彼女の頭脳でも理解できる範疇を超えたらしい。久慈屋は、発破をかける目的で、リリーの軽く背中を叩いた。
「よし。呆けてる時間は無いぞ。出発だ。」
そう言うと、久慈屋は圃場たちのもとへと歩き出した。ワンテンポ送れて、正気に戻ったリリーも久慈屋の後を追う。
「え、ちょ、ちょっと!あっちは別の都市?こっちが首都!?ちょっと!?」
こんな叫びと共に。




