他領訪問~西方領~ EC-225LP、五月蝿い、裏切り者
2025年5月8日 7時14分 埼玉県秩父市 国道140号線付近 上空
「ねえねえ!飛んでる!飛んでる!!」
「ああ、見ればわかるよ!」
「だって飛んでるんだよ!!これがどれほどすごいがわかるの!?」
「うっさい!ちょと落ち着け!」
王都郊外から離陸した陸自のEC-225LPは、リリーやアミナたち王国人7名を乗せて上空を進んでいた。しかし、離陸直前からリリーたちは落ち着きをなくした。興奮、恐怖、緊張。各々が別々の様々な感情を抱いた結果の落ち着きの無さ。久慈屋はそれを宥めようとするが、効果は今ひとつのようだ。
窓にへばりつきながら騒ぐ、興奮に侵された王国人筆頭であるリリーを引き剥がそうとする久慈屋。すると、顔に何かが勢いよく当たった。それはその後も断続的に久慈屋の顔を撫で回す。それは豊かな獣毛。こんなものを持っているのは一人しかいない。久慈屋はその対象の肩をたたいて怒鳴った。
「おい、アミナ!尻尾が当たってるんだが!?」
「…?」
久慈屋の言動に一呼吸送れて振り向いたアミナ。しかし、その表情は”何を言っているのかわからない”ことを物語っていた。
…ああ、そうだった。と、久慈屋は思い出し、アミナの尻尾を指差し、次に自分の顔を指差し、そしてそれが顔を触れ回る様を身振り手振りで示した。
ヘリコプターはその構造上、乗員が乗る空間にその駆動音が響き渡る。その音量たるや、乗員同士が快適に会話することは難しい。なので、ヘリの乗員は全員インカム付きの防音性に優れたヘッドセットを装着する。これで会話や無線通信を円滑に行い、安全にヘリに乗る。
しかし、ヘッドセットはあくまでも”人間用”。耳の位置が全く異なる狼人のアミナは装着できない。しかし、装着しなければヘリには乗れない。それでは計画が進まない。
そこで考えた対応策が、耳栓だった。アミナは今、高い遮音性を持つ軍用耳栓を装着している。その副作用として、ヘリ搭乗中の会話はできなくなってしまった。故のボディーランゲージと言うわけだ。
久慈屋の抗議を理解したアミナは、同じく身振りで詫びを入れると、すぐに窓にへばりつく仕事に戻ってしまった。久慈屋は本当に理解したのかどうか疑問だった。
そこへ操縦士が状況を告げる。間もなく”経由地”到着だ。
「皆さん!あと数分で研究所に一旦降ります!」
「了解!リリー、アミナに伝えろ!」
「わかったわ、”白板”をちょうだい!」
圃場の報告に各員が…と言っても事情を知っているものだけだが…一時着陸に備えて準備を始める。会話ができないアミナには、小さいホワイトボードを用意して、リリーが筆談で状況を伝える。リリーがその準備をしているとき、一人の王国人が久慈屋に質問した。
「あの、クジャ様。もう到着なのですか?」
「いえ、経由地へ一旦着陸します。私達が本営を構える研究所です。」
「…なぜクジャ様たちの研究所へ寄るのでしょうか?」
その理由を知っているのは、久慈屋とジル、リリーにアミナ、そして圃場と和泉の6人だけだ。なぜなら、この行動が、今回の作戦行動の”要の一つ”となっているからだ。
久慈屋はその真意を頭の中で反芻しながら、質問を投げかけてきた王国人に答える。
「…今回、アミナ・フェルデン大隊長は、我々の研究所に滞在します。」
「えっ?じゃあ、大隊長は西方領へ…」
「行きません。」
久慈屋は質問してきた王国人に断言した。1つ目の要が、アミナの研究所滞在だ。
アミナは西方領へ行かずに研究所に滞在。そこで、彼女が望む、”こちらの知識”の講習を受けてもらいつつ、王都で現在進行している不穏な動きに即時対応できるようにするのが目的だ。
なぜアミナが、反乱勃発時の即応隊のような役目なのか?それは彼女が王国でも随一の魔法の使い手であり、国王側に属する貴重な戦力の一人だからだ。
反乱が起これば嫌でも戦闘が発生する可能性がある。その場合、少しでも”力”があったほうがいい。この力には、戦力と同時に”抑止力”という意味も含む。王国側がこの方向性を最初に示し、”紆余曲折”を経て今の計画と相成った。
…調整は久慈屋や圃場がかなり骨を折ったのは、また別のお話。
久慈屋の説明に、質問してきた王国人は不安を示した。彼は先程からいまいち落ち着きに欠ける。
「そ、それは不安ですね…もし道中や西方領で賊の襲撃があった場合、戦力が…」
「それは無いでしょう。移動の殆どは空路です。それに、一部の陸路は市街地なので、少なくとも危害が加えられるような妨害は可能性が低いです。」
「し、しかし…」
久慈屋の即答に近い返しに、質問した王国人はたじろいだ。しかし、なおも否定的な態度を崩そうとしない。ただ、”不安”にしては違和感がある。これは、もう一つの目的が早速達成されそうだ。その雰囲気を感じ取ったリリーは、アミナに状況を記したホワイトボードを手渡しながら、久慈屋たちの会話に参加する。なんとも素晴らしいブラフを添えて。
「…私の戦力じゃ不安?」
「い、いえ!滅相もない・・!」
「なら、いいじゃない。何が不安なの?それとも…」
リリーは先程までの興奮ぶりが嘘のように冷静で、または残酷な表情を浮かべながら、狼狽える王国人を静かに見つめる。そして言葉を続けた。
「なにか、”不満”があるの?」
「ひっ!」
その王国人は気づいたようだ。周りの視線が、自分に集中していることに。
この行動には、副次的と言える目標が一つあった。それは、今回の訪問団に紛れ込むであろう間者の炙り出し。そのために、限られた人員のみしか作戦の全容を知らせなかった。先程からアミナの”デコイ”に意義を唱える彼は、その馬脚を晒してしまった。
ヘリの重厚な駆動音のみが響き渡るこの空間は、かなり異様な雰囲気に包まれた。
そもそも、彼は王宮側から帯同するく候補としてねじ込まれた人員だった。リリーたちの”身体検査”の結果は真っ黒だった。あまりにもわかりやすいため、逆に裏を洗ったが、ただの”小心者な間抜け”と言うことを裏付けただけだ。
彼は王宮の政官だが、実務能力は低くうだつが上がらなかった。それが受け入れられなかったのか、東方領周りの雑務をこなす中で、その謀略に加担して一発逆転を狙った。しかし、能力の低さが補えるわけではないので、結局は小間使い程度の扱いしか受けていなかった。ただ、東方領主に気に入られたおかげで、その策略の全容を知ることはできているという点がその価値をある程度上げていた。
東方領主の”素晴らしい人選”には感謝しよう。絵に描いたような四面楚歌という場面で、一蓮托生な死なばもろともという行動に走る度胸も無ければ、口八丁で自身に有利になるように場を作り出すだけの知力もない人間に、あらゆる情報を与えていたことを。
つまり、こういうところで吊るし上げるにはもってこいの人間だった。
さて、ダメ押しの一撃を放ったのはリリーではなくアミナだった。彼女はいつの間にかホワイトボードに自分の質問を書いていた。沈黙が支配するこの場で、わかりやすいようにアピールしていた。久慈屋とリリーはそれに気づく。
「…なあ、リリー。アミナはなんて書いてるんだ?」
「え?うーんとね…”出発前に落とした赤い実は何?”だって。」
「うっ!?」
なんだかんだでアミナは目ざとい。怪しい彼の不可解な行動をしっかりと見ていた。この一言に、彼は観念したように項垂れた。そして、説明を始めようとしたとき…
「…盛り上がっているところ悪いですが、間もなく研究所へ着陸します。”御用”の方は準備をお願いします。」
操縦士からのお知らせだ。なんとも間が悪い。これこそが彼の持つ運の無さを表しているのかもしれない。
久慈屋は溜息を付き、憔悴してしまった彼の肩に手をおいて言った。
「…まあ、西方領までは相応に時間がかかります。話の続きは、道中ゆっくりと聞きましょう。」
「ええ、それがいいわ。”いい暇つぶし”ができたものね。」
久慈屋とリリーは、それは恐ろしい微笑みを携えながら彼を見据える。その対象は、言葉を発さない状態で、最大限に消えてしまいたいと表現しているようだ。
もちろんだが、内部の状況からの影響は全く受けず、ヘリは無事に研究所に到着した。
19/1/27:体裁修正




