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領地安心化計画と… ~何卒宜しくお願い申し上げます~

午前9時9分


空気が凍りました。雰囲気は最悪です。

クロム卿は優しい表情と、それに似つかわしくない鋭い目線をこちらへ投げかける。それは、先程の発言が確信を持ったものであるということの証左に思えた。

国王の右腕たる彼のことだ。その意思決定には、国王自身が介在していることは言うまでもないだろう。最も、主導権がどちらかまでは知る由がないが。

しかし、クロム卿はかなりの熟練した事務方だと感じる。それは、日本が最初に行った実務者協議でもほぼ主導権を握られたためによく知っている。その時久慈屋は、同席したことを心底後悔したものだ。

久慈屋はふとリリーを見る。すると、彼女もこちらの視線に気づいた。そして意味ありげな表情を返す。これは…”説得してみろ”ということか。

よくわかった。やってみようじゃないか。しかし、クロム卿は下手に話すと厄介な方向に持っていかれるから用心しないと…と、久慈屋が思考を巡らせようとした時だった。圃場がうろたえてしまったようだ。


「そ、それは困ります!日本政府としては、可及的速やかに実施していただき、王国の安定を確実なものにしていただかないと…」

「…本日こちらにおいでになったのは、恐らくクジヤ様など我々の国の”現状”を報告されてのことでしょう?であれば、訪問こそが”混乱”を早めるというのも、理解していただけてると我々は考えておりますが?」


ああ、圃場君。この老兵はがっついたら駄目なのよ。

現に理詰めで言いくるめられてるじゃない。


「理解しているからこその提案です。今のままでは遅かれ早かれ反乱が起こります。であれば、早期に決着を図ることが先決だと思うのです。」

「それはつまり、反乱を誘発させろということでしょうか?お言葉ですが、そうなれば我々は血を流し、”あなた達も”多かれ少なかれ代償を払うことになります。日本には、”国として”、その資格と覚悟がお有りなのですか?」


眉一つ動かさずに淡々と、しかし凄みのある弁舌は、自分より年下の若い官僚を黙らせるには十分すぎた。しかも情緒的な言葉の端々に、役人のような人種が一番嫌がる組織としての責任論も織り交ぜている。これに勝てる公僕はそうそういないだろう。

さて困った。期待を抱いたとはいえ、流石に首尾よく全て順調に進むとは思っていなかったが、最初からマイナスに突き抜けた状態から始めると言うのも難儀な話だ。

久慈屋は、一度説明の役割を変えて仕切りなすことにした。


「…圃場君、変わるよ。」

「あ、す、すいません…」


…こういうときは一度引くか…それとも…駆け引きは苦手だがやるしかない。

圃場君にはもうちょっと肝を冷やしてもらうか。

覚悟を決めた久慈屋は、”舌戦”を挑むことにした。


「…国として、覚悟があるのか…ですか?」

「…?ええ、そうです。今の王国情勢は脆弱です。この状態で謀反が起これば…」

「ええ、理解してます。しかし、重々承知した上で、申し上げます。訪問を行い、”反乱を起こしやすくしてあげましょう”。」


久慈屋の一言に、今まで表情を一切変えなかったクロム鏡が目を見開いて驚いた。

この問題の核心とも言える部分にバカ正直に言及したのだから無理もない。

官僚であれば、責任の所在が頭をちらついてこのような発言はできないだろう。現に官僚コンビは目を白黒させている。ただ、そこでも冷静に推移を見極めようとしている雰囲気のある和泉は外務省という組織の違いか、個人の素質か…ジルはそのニヤケ顔やめようか?”慣れないことをしてどうするのか”という感情が滲めでていて胸糞悪い。

ともかく、この場にいるほとんどの人間は協議の進め方がわからなくなったと言える。

例外は、傍観者を決め込んで状況を楽しんでいるジルと、この爆弾を投下した久慈屋本人だ。


「…提案を聞くだけならば、いいのではないでしょうか?」

「…わかりました。拝聴しましょう。」


決まり手、押し切り…かな。

こうして久慈屋たちは他領訪問とそれに付随する作戦の概要を説明し始めた。



訪問は西方領で、王国側の同行者はリリーとアミナを想定。これに久慈屋とジル、それに外務省官僚が帯同する。ヘリで王都から入間へ行き、そこから空自のU-4で美保基地へ。美保基地からは再びヘリで西方領都市と目される地帯へ移動する…という流れだ。

並行して、王都でも別作戦が同時遂行される。こちらがメインとなるものだ。


「…人道的配慮に基づく大規模支援活動計画…ですか?」

「ええ。このまま口頭にて説明させていただきます。」


無理くりながらも協議の主導権を取り戻した久慈屋たち。先程青ざめていた圃場も、だいぶ調子を取り戻して説明を続けていた。

この作戦には陸海空の全自衛隊が”総力”を持ってあたる。これは王都に入場して行う必要がある。つまり、王国側の全面的協力が必須となる。さらに、この行動を成功させるために、こちらが作った”シナリオ”を了承してもらう必要もある。このシナリオをどう受け取るか…


「お待ち下さい!国王に!?」

「…はい。失礼は重々承知ですが、ご提案を。」

”予想通り”、度肝を抜かれたようだ。ただ、この後の反応は賭けの要素が強い。この提案を国辱と取るか…

クロム卿の表情が明らかに怒気を含んだものになり固唾をのむ。が…


「あははははははっ!…いいじゃない!!」

「な、ウェスト嬢!」

「いやぁ、まさか国王陛下に芝居を打ってくれなんてねぇ…」

「そうです!そんなもの上申できるわけが…!」


リリーの高笑いが響き渡る。それに驚いたクロム卿は、断固拒否するという意思表示をできず、さらにペースを崩されたのか口調も乱れがちだ。

テンションも上がったリリーは、彼女を諭そうとさらに口を開いたクロム卿の口元に人差し指を当てる。

そして、今までの雰囲気をガラリと変えて、彼に一つの質問をした。


「…クロム卿、今王国は”危機”に瀕していると思う?」

「な、何を…それは自問する余地もなくそうでしょう!」

「であれば、形振りかまってる余裕は、ある?」

「うっ…!」


リリーの一言に、クロム卿も言葉をつまらせる。

言うまでもなく、王国は危機的状態だ。はっきり言って、亡国となるかの瀬戸際である。

クロム卿はそれを重々理解している。そのうえで、王宮の番人でもある彼は、王国のメンツも保つ必要もあるのだ。

ようはその天秤で、どちらを優先させるのかという所が問題だ。

姿勢を正したクロム卿は、深呼吸をして表情を戻す。それは先程までの、静かに全てを見つめ、掌握しようとする敏腕の表情だった。


「…王国には選択肢がありません。国王に提案しましょう。」


クロム卿の発言に久慈屋たちの緊張も少し融けた。官僚たちはその言葉にすぐに御礼を述べる。

後は詳細を詰めるだけだ。お互いの組織で”根回しするために”


「では…いくつか質問があります。まずは移動に関してですが…」



午前11時11分 埼玉県秩父市 国道140号線


「…詳細の詰めのほうが時間食うとはね…」

「いいじゃん。大体は官僚君たちが進めてくれたんだから。」

「いやまあそうだけどさ…」


話し合いというのも重要な仕事でありそれなりに疲れるのだが、なぜか仕事をした気にならない。結果、余計疲れる。そのけったいな倦怠感を久慈屋は気持ち悪がっていた。

とにかく、王国が覚悟を決めて、日本の提案を前向きに検討した。つまり、本日の協議は大成功となる。

さっきから官僚たちは資料作成に省内調整の再確認と大忙しだ。行きより遥かに大変そうなのは気のせいだろうか?

2人をなんとなく眺める久慈屋。ちょうど電話連絡が終わった防衛省官僚がその視線に気づく。


「…久慈屋さん。」

「はい、なんでしょう?」

「ご助力、誠にありがとうございます。」

「いえ…ちょっと無理やりでしたが、なんとかなってなによりですよ。」


ええ、全くです。という表情を防衛省官僚は浮かべる。まあ、経験の浅い公僕には少しつらい場面だったことは否めない。久慈屋自身も雰囲気だけのゴリ押しで行けるとは思っていなかったが。

…そうだ。一つ気になることがあった。


「おい、ウィンストン。」

「…なにか?」


久慈屋がジルをラストネームで呼ぶときは、”ある種の強い感情”を持っているときだ。

そんな久慈屋にジルはとぼけた態度で応える。…煽られてはいけない。


「先程の件、説明していただけるかな?」


先程。スマホを取り出して暇つぶしに入る自由人ぶりを発揮し、なおかつ真面目な話をしている面々の中で突然吹き出した、あれ。その原因を聞きたい。

鬼気迫る表情で見つめる久慈屋に、ジルは静かにスマホを操作し、ある画面を出して差し出した。


「…じゃあ、これ見て。」


差し出されたスマホには、一枚の写真が表示されていた。…そこには、研究所の親元である次世代研究財団の理事長で、久慈屋とジルの親友でもあるエリーゼが写っている。問題は、エリーゼの隣りにいるナイスミドルと、その撮影地。撮影地はすぐに分かる。少しだけ小さく見えるが、実際には170mほどの高さがある”白いオベリスク”。そのオベリスクの見え方からして、二人がいるのは、”偉大な解放者”と言われているある人物の名を関した”記念館”だろう。それは、ある国の首都にある。…ほとんど答えのようだ。

まあ、核心はこのナイスミドルだろう。


「…ジル、エリーゼの横の男はどなた?」

「ん?それはわかんない…というか思い出せない。でも、そこがどこかわかるでしょ?なら、”関係者”じゃない?」

「だよなぁ…」


まさか、あの国に乗り込んでいるとは思わなかった。今回の作戦が動きやすくなったのはそれも要因か。…よく交渉できたな。


…さて、この男性の正体は、そこの官僚’sに聞けば十中八九判るだろう。ただ、彼らの精神的な安寧と職務への集中を考慮して、それは自重することにした。


19/1/27;体裁修正

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