米国騒乱 ~事例:アマリロ~ 1
14時44分 アメリカ合衆国テキサス州 アマリロ 前線統括司令部
「サリンスキー補佐官!到着しました!」
「ああ、ありがとう…」
アダムは砂ぼこりにまみれたハンヴィーから、おぼつかない足取りで降りる。蟻の子を散らしたように人が居なくなり逆に静かだったボーイズランチに比べると、アマリロは騒がしすぎるくらいだった。あらゆる組織の人間が集まり、そして一斉に右往左往しているのが今のアマリロなのだ。
一番見かけるのは陸軍だが、警察や消防、それにFBIも混じっている。さらにスーツ姿も何人か見かけるが、彼らは大方CIAかNSAだ。
アダムが心もとなく辺りを見回す。程なくして見知った顔を見つけ声を上げた。
「リー軍曹!」
名前を呼ばれた軍人、リー軍曹はアダムの姿を確認すると非常にいい姿勢で素早く走り寄ってきた。
「補佐官…やっと到着されましたか。」
「想像以上に時間を食ったよ…」
「避難指示が南部一帯に出されましたからね…もう…」
「…すでに都市部はパニック…か。」
アダムがボーイズランチを出たのは1時間以上前。アマリロ近郊まではすぐについた。だが都市内に入ってからが大変だった。帝国の突然の侵攻開始にすぐさま避難指示が出されたのだが、統制が取れたものではなかった。結果、道路には車と人が溢れ、裏道でさえも前にも後ろにも進めないという状況になってしまったのだ。
これはアマリロだけではなく、米国南部一帯で共通の状態となりつつあった。
アダムは疲れ切っているが、自分の仕事はしなければいけない。頭を切り替えてリー軍曹に尋ねた。
「連絡手段はあるか?」
「いくつかの固定電話は繋がるようです。」
「ッ!案内してくれ!」
「いえ、その前に…」
リー軍曹は姿勢を正し、アダムに向き直る。そしてよく通る声で言った。
「サリンスキー補佐官。非戦闘員に対する避難命令が発令されました。」
「…では私は…?」
「はい。即時退去願います。アルタスまでお送りします。」
すでに民間人向けの避難指示は出されているが、リー軍曹が伝えたのは関係者向け。つまりアダムを含んだ戦闘能力は持たない政府関係者も、全て引き上げろとのお達しだった。アダムはその言葉に理解を示す。ただ、周りの状況が、理解を納得まで引き上げることを許さなかった。
彼は周りを見ながらつぶやいた。
「この中を一人だけ逃げ帰るのは、なんとも気が引けるな。」
リー軍曹はその言葉を聞いて少しだけ口角を上げる。
「…まるで軍人のようなことを言いますね。」
「まあ、身内に多いからな…」
「しかし、心配はご無用です。彼らは我々が…」
軍曹が言葉を返そうとすると、周囲に重い破裂音が響いた。その音を聞いた軍人や政府関係者は一斉に身をかがめる。アダムも咄嗟に身を守る体制を取った。
遠くからは悲鳴も聞こえる。恐らくは、避難している民間人だろう。
少しの間様子を見て、とりあえずの安全が確認できるとアダムは軍曹に問いた。
「なんだ今の音は!?」
「わ、わかりません!…少し、失礼します!」
「指揮所に行くのか!?私も連れて行ってくれ!!」
駆け出すリー軍曹の後をアダムもついていく。
誰もが状況が改善していないのではないかと思い始めていた。
14時57分 アマリロの西18㎞地点
「交戦中!現在敵と交戦中!!」
「気色悪い技使いやがって!これでも食らえ!」
避難誘導にあたっていた米国陸軍第8騎兵連隊に所属する1部隊が、帝国の先遣隊と思われる集団に接敵。そのまま戦闘状態に遭遇した。敵は初弾で爆発のような攻撃を繰り出し、部隊を混乱に陥れていた。
だが、彼らも訓練された軍人である。すぐに態勢を立て直し、反撃に打って出た。
「おい、”ランチャー”だ!」
部隊長が若い兵卒に指示を出す。ロケットランチャーによる攻撃で、帝国の動きを鈍らせようという目的だ。兵卒の行動は早く、すぐさまランチャーが発射される。その後数分間のうちに装填と発射を数回繰り返すと、帝国の集団は沈黙した。
「みたか!これが合衆国だ!!」
ランチャーを持った若い兵卒は一人で拳を上げ叫ぶ。敵に対する攻撃という行動は、人の闘争本能を煽り、脳内麻薬を過剰に分泌することの表れだ。
一方で、敵の観測を怠らない冷静な隊員もいた。彼はその視界の端にさらなる脅威と思われる影をとらえ、すぐに声を上げた。
「…新たな敵影確認!…えっ?」
観測をしていた隊員が息を呑む。部隊長はその様子に彼の傍に向かい、状況を聞いた。
「どうした?」
「…推定、1師団以上の軍勢です!」
「なっ!?」
部隊長もすぐに観測していた隊員が見ていた方向を確認し、その報告が偽りないことを確認する。その状況に全員が緊張した表情を浮かべる。今ここにいるのは小隊にも満たない極々小規模な班だ。
「…隊長…!」
「…撤退だ、くそったれが。アマリロまで戻るぞ。」
部隊長の判断は早かった。至急迎え撃つ準備をしなければならない。
15時26分 アマリロ 前線統括司令部 中央指揮所
「…1師団相当…」
「我々の武器は有効ではあります。ですが、彼らも”相応の攻撃能力”を有していることは、この肌身でしかと理解できました。」
「…具体的には?」
「簡易的な遠距離攻撃装備の有効射程は、約3マイル(5km)程度と推測します。」
「…我々とそう変わらんな…」
「人的リソースも向こうが上だ。今こちらには2大隊しか…」
米国陸軍第8騎兵連隊第2大隊の幹部が顔を突き合わせ対応を協議している。問題は敵の数だった。ここに展開するには2大隊で、相手は1師団相当。ざっと数倍の差があったのだ。
判断をしかねる状況に沈黙がそれなりに挟まれる。そこに、交戦から戻り報告を終えていた部隊長が、実際の感触を伝えた。
「しかし、誘導弾といったたぐいのものはないようです。それに…」
「アパッチあたりを突っ込めば、案山子も同然でしょう。」
「テクノロジーの優位性を示すか…」
非常に難しい決断と言える。敵は歩兵と機甲中心で、ざっと見る限りは対空兵器は存在しない。つまり、空からの攻撃は非常に有効であると言える。だが、戦いは数と言うのは絶対的な教義でもあり、装備の質が数倍の兵力を凌駕できるかどうかはわからなかった。
しばしの沈黙の後、先任大隊長が口を開いた。
「30分後。反抗作戦を行う。ただし、アマリロの司令部機能はフォートワースへ移管だ。」
「…司令部の後退ですか…」
「致し方あるまい。」
ここで撤退を決断することも可能だったが、その場合後方への影響が現在では測れない。それに、対空兵器のない地上部隊と言うのは案山子も同然である。大隊長はその可能性に賭けたのだ。
大隊長が机に手をつきながら勢いよく立ち上がり、全員に檄を飛ばした。
「よし、時間が無いぞ!お客は待ってくれない!使える装備は全てかき集めろ!起動できるアパッチも全部投入するんだ!」
迷彩服に身を包んだ者たちが一斉に方々に走り出す。軍というものは方針が決まれば後は行動あるのみだ。アダムは政府責任者としてこの意思決定の場に居合わせ、その様子を指揮所テントの片隅で見ていた。彼の傍にはリー軍曹が付く。
軍曹はアダムの表情を伺うように言った。
「…補佐官。もうここは安全ではありません。即時退避してください。」
「ああ。わかった。」
先ほどの命令で、アマリロの指揮機能はフォートワースの総司令部まで後退する。展開する軍としても、安全地帯ではなくなるという判断からだ。そうなれば、いよいよアダムが居座ることは出来なかった。それを重々承知している彼はリー軍曹の言葉にすんなりと肯定を示したのだった。
2人は指揮所テントを出て速足で移動する。リー軍曹は避難の手はずをアダムに説明し始めた。
「稼働可能なCH-47がありました。それでフォートワース経由にてDCまでお送りします。」
「フォートワース?アルタスではなく?」
アダムはふと抱いた疑問を何も考えず口にした。それにリー軍曹は言葉を選ぶように答える。
「…アルタスは補給輸送地点から前線扱いになります。つまり…」
「安全ではない。か。」
指揮所の後退は戦線の整理も兼ねている。先ほどまでの安全地帯はすでにないというのが今の状況だった。




