米国騒乱 ~事例:サンタ・ローザ~ 1
14時15分(JST-13) ニューメキシコ州(サンタ・ローザの北西22㎞)
米国自動車社会の象徴とも言える国道66号線。その歴史ある道路に沿うのが、その役目を取って代わった州間高速道路40号線だ。枯れ草しかないだだっ広い砂漠寸前の荒野を貫くこの道を、1台のダッジチャージャーをベースにしたパトカーが東へと爆走する。アメリカ車がこよなく愛するV8エンジンの咆哮と甲高いサイレンを響かせるこのパトカーに乗るのはマーティンだ。
先ほどの光の壁により、無線、テレビ、スマホ、PC…サンタローザにある通信機器はことごとくダメになった。それはおろか、電子機器満載の”新しい車”でもお釈迦になったものがあるほどだ。マーティンが愛用するダッジチャージャーのパトカーが無事だったのは運が良かったと言えるだろう。(もちろん、無線機は動作不能だ。)
サンタ・ローザ警察を始めとした各所を這いずり回って状況を認識したマーティンは、経験豊かな警官として現場をまとめ、市外に”伝令”を送ることを提案して了承された。
”やつら”の出現地点が道中周辺にないことを考えると、西は比較的安全と言える。よって、マーティンは、西には経験の浅い新人警官を中心に割り当てた。途中にある小都市がだめでも、付近で最大の都市である州都アルバカーキまでたどり着けばなんとかなるだろう。
問題は東だ。それなりの規模がある出現地点が、40号線の北北西20マイルほどにある。さらに東に行けば最大の拠点である首都と思われる不気味な都市が現れてしまう。それに、光の壁は東から襲来したところを考えると、東の都市で動作する機器を手に入れる望みは薄い。しかし、40号線の途上にあるニューカークという小さな町には、やつらを監視する州兵と陸軍の合同拠点が設けられている。軍が持つ機器であれば、あの光の壁をやり過ごせたかもしれず、情報から隔絶されたこの状況は打破できる可能性がある。もっとも、先に言った通り、望みがあるとは言えず、やつらと接敵する可能性も高いことを考えると、東は危ない。よって、発案者であるマーティンが単独で向かうことを志願した。なんの引き留めもなく了承されたのには、少し複雑な感情を彼は抱いていた。
すでに一般車両は規制されている40号線に障害物はなく、マーティンは時速60マイル以上の猛スピードを出し続けていた。どこまでも続くかのような平坦な40号線は、時間の感覚を奪うほどに変化に乏しい。ただそれは、小さな変化も目に付きやすいとも言える。カアーボという小さな町を抜けてすぐ、マーティンの視線の先に、パトランプの回転が見え始めた。
「あれは…?」
マーティンは少しアクセルを緩めてスピードを落とす。と言っても時速50マイル程度は出ているので、パトランプの元まですぐに近づいた。
SUV型のフォード・ポリスインターセプターやフォード・エクスプローラーベースの警察車両が、40号線全体を塞ぐように一列になって止まっていた。
マーティンはすぐに規制線が張られていることを理解してさらにスピードを落とす。
規制線の近くまで来ると路肩に寄せて、この規制線を統括している者が乗っているだろうフォード・ポリスインターセプターの後ろに停車した。
マーティンが降車すると、前方のパトカーからも一人の警官が降りてくる。眼鏡をかけてインテリっぽい顔立ちをしているが、確実にアメフトをやっていたとしか思えないほどのガタイを持つ30代前半くらいの男性白人だった。
「サンタローザ警察のマーティン・エーカーだ。」
「州警察のマッケンジーです。」
マッケンジーとマーティンは簡単な握手を交わしてさらりと自己紹介を終える。彼はここからさらに数十分ほど進んだところにあるトゥクムケアリの州警察署から来ていた。
マーティンが早速通信手段の有無を聞くが、予想通りトゥクムケアリの通信も全滅だった。通信機器以外の被害も大きく、この規制線を張っているパトカーを除くと、稼働できるものは2台もないという有様だ。マッケンジーたちは、西なら大丈夫だろうとの考えをもとに進んできたと言う。
サンタローザの状況も大差ないことを聞いたマッケンジーは目に見えて気落ちした表情を浮かべる。しかし、悪い状況ではあるが、ある程度想定していたので、マーティンは大した動揺もなく話を続けた。
最大で唯一の目的が果たされない以上、今気になるのはこの規制線だ。
「この規制線は?」
「州軍の”依頼”ですよ。我々は、さっさと西に行きたかったのですがね。」
トゥクムケアリを出たマッケンジーたちがニューカークで通信手段を探していると、州軍から40号線を完全封鎖するように依頼があったという。ここでマーティンは希望の光を見た気がした。軍がまだ組織的に動いているということは、彼らには通信手段がある可能性を示唆した。マーティンは努めて冷静に軍の行動を聞いた。
だが、返答は芳しいものではなかった。
「…軍は通信ができてるのか?」
「…実のところ、ここに非常線を張る様に伝えてきたのは伝令役のペアだけでした。」
「軍も似たり寄ったりッてか。これはいよいよだな。」
「伝令の顔色を見る限り、”何かを”確認したようですね。」
「…何が出てくるかな…」
軍でさえも、今自分たちが行っている泥臭い”伝令”による情報伝達に頼っている。これにはマーティンも事態の深刻さを改めて理解させられ、暗い表情を浮かべた。
マッケンジーの語るところでは、軍人の顔色も全く優れたものではなかった。さらに不気味なことに、マッケンジーたちがニューカークを出る時には、拠点に最低限の人員だけ残して移動してしまったらしいという話まで出た。
元軍属であるマーティンには、それがどれだけ異常か嫌と言うほど理解できた。残された人員の数からするに、拠点を放棄したも同然だったからだ。拠点にある戦力を、”やつら”の元に移動…いや、”出撃”させたのだ。
マッケンジーたちには従軍経験のある者はいないらしく、知らずに理解できないことからくる漠然とした不安の表情を浮かべるだけだ。だが、マーティンは理解できてしまったことからくる焦燥を孕んだ恐怖を一人だけ必死に打ち消そうとしていた。
そんな彼らの元に、散発的な破裂音が聞こえ始める。その方角はほぼ北側。つまり、拠点に詰めていた軍人たちが向かった、奴らの拠点だ。
マッケンジーはなぜか勇ましさを感じさせる表情でその方向を見て、力強く叫んだ。
「おっぱじまった!」
銃声の間隔は徐々に短くなり、その様子を知ることができるはずもないマーティンたちの元にも、その戦闘の激しさを忠実に教えてくれた。
しかし、マーティンは気が気ではなかった。なにせ、その銃声の聞こえ方で、どういう戦闘の状態か、そしてどこで戦闘が行われているのかが、彼にはある程度把握できてしまったからだ。
聞こえてくる銃声は、最初は散弾的だった。ただ、射撃されているときとされていないときの差がしっかりと感じ取れていた。つまり、攻撃に統制があると言えた。
だが今では、大小入り乱れた銃声が絶え間なく聞こえるようになっている。これは完全に統制された攻撃ではなく、個々の兵士がそれぞれの判断で発砲せざるを得ない状況を匂わせた。
そして、米軍が主に使用するアサルトライフルは、M16 ライフルをベースにしている。アサルトライフルの完成形と言われるM4カービンもそうだ。このM16ライフルの射撃音は160デシベル以上と、離陸するジェット機のエンジン音以上に大きい。20マイル弱ほどの距離があるなら、その音量は半分以下、言ってみれば賑やかな事務所程度で聞こえてくる。ただ、今聞こえている音はそれよりも明らかに大きい。例えるなら電車の中くらいだろう。つまり恐らくは、ここから10マイル程度しか離れていないことになる。
マーティンは苦虫を嚙み潰したような顔になるのを必死に堪えていた。一方でマッケンジーたちは軍の勇猛な戦いぶりを想像して勝利を確信しているようだった。
そんな彼らの元に、今度はひと際大きい爆音が聞こえてきた。その発生源と思われる場所には、マーティンたちでもわかるほど大きな土煙が濛々と上がっている。
ニューカーク拠点の軍にあった唯一の重装備と言ってもいいM1128自走砲が砲撃を行ったのだろう。
「…聞くところによれば、相手は魔法が使えるだけの野蛮人らしいと…文明には敵いませんよ。」
マッケンジーは握りこぶしを作り、強力な米軍を自身の強さと重ねるような雰囲気でマーティンに言った。どうやら、マーティンの硬い表情を彼は和らげようとしていたらしい。だがマーティンの動揺は一層大きくなっていた。射撃だけではなく、自走砲という大物の攻撃まで加えるというのは、戦況がよっぽどひっ迫している可能性を示唆していたからだ。
ただ、自走砲の砲撃直後から、あれだけ聞こえていた銃声がピタリと止んだ。
これにマッケンジーたちは勝利を確信して笑顔を向け合う。マーティンだけは全ての状況をつぶさに観察しようと、戦闘地点と思われる方向を必死に見つめていた。
しかし、この三者三様の感情は、マーティンの悪い予感が的中してしまう。
赤みの強い閃光らしきものが見えたかと思うと、戦闘地点と思われる一帯が一斉に土煙と爆炎に包まれた。その上空には衝撃波によって生じた水蒸気の輪が幾重にも現れて、一瞬のうちに消え去る。
「なっ!?」
マーティンはその光景に思わず間抜けな声を上げてしまった。マッケンジーたちはその光景をすぐに理解することが出来ずに棒立ちするしかない。程なくして、体の中から殴られたのかと思うほど重く苦しい轟音と、少し踏ん張らないといけない程度に強い爆風が彼らの間を通り抜けた。
ようやく事態を把握したマッケンジーが、先ほどとは打って変わった恐怖に支配された表情で喚きだす。
「な、なんなんだあの爆発は!?」
彼の言葉に返答できるものは誰もいなかった。大体の人間が困惑と恐怖に支配され、行動を取れずにいる。ただ、あの攻撃が軍の者ではないことだけは確かだった。あんな大爆発を起こす兵器を使用する場合、その領域に友軍が居ては戦況を悪化させるだけだからだ。つまり、敵の攻撃であるという判断しかできない。
ほとんどが立ちすくむだけの中、マーティンだけは違った。彼は必死に状況を把握し、自分たちが今何をするべきかを考えだす。彼が導いた答えは一つ、戦略的撤退だ。
「…おい。すぐに後退だ!」
「えっ!?どうして!?」
「今の俺らの手数じゃ、あのバカみたいな火力は耐えられん!」
彼らの装備はベレッタなどの小銃を一人一丁と、各車両に備え付けているライフル、またはショットガンが数丁。ちょっとした気化爆弾くらいはある攻撃を繰り出す奴らには、手数と火力両方の面で不足しかない。
マーティンの怒号にも似た命令に、マッケンジーを始めとした州警察の面々もやっと動けるようになった。彼らはすぐにそれぞれのパトカーに乗り込んで西へと進路を取る。敵の勢力圏に掛かり始めているだろう東に行くのは悪手でしかない。
マーティンも同じように自身のパトカーに乗り込んで、激しいスキール音を響かせながらUターンしてサンタローザへと戻り始めた。
V8エンジンを積んだやけにうるさいパトカーの走行音とサイレンが荒野に響く。
その先頭を走るマーティンは、その後の算段を考え、そして呟いた。
「…これは、”規則”だけじゃ対処できんな…」
全てが異常事態。それに正攻法で対抗できるわけがない。彼はそう確信していた。




