158 虹を越えて
空から大精霊たちが降りてくる。
『終わったんだね』
頷いて、リリーと一緒にヴィエルジュの方へ行く。
「あの……。あなたの名前を教えてください」
「∀0Λ0Ⅳ†∈」
相変わらず、上手く聞き取れない。
「今では失われた発音だ。好きに呼ぶと良い」
「……アルテア?」
「構わない」
アルテア、か。
「エイルリオンを見せてくれ」
「エイルリオン?」
言われた通り、エイルリオンを見せる。
あれ……?
輝きが失われてる。
「なんで……?」
「どうして……」
「内に秘めるジュレイドを私に返し、その力を失っている」
アルテアが、目の前で剣を生み出す。
「代用となる剣だ。これを、エイルリオンに」
目を閉じて。
ジュレイドを引き抜いた時の感覚を思い出して、ゆっくりと剣を鞘に納めるイメージで、エイルリオンと新しい剣を重ね合わせる。
引き抜いた時に似た感覚。
新しい剣の重みが消えて。
目を開く。
目の前にあるのは、前と同じ輝きを持つ美しいエイルリオン。
……上手くいった。
けど、アルテアが急にふらついて、その場に膝を付く。
「アルテア?」
「∀0Λ0Ⅳ†∈!」
ヴィエルジュが、大樹の洞からアルテアに向かって落ちる。
「∀1∈」
アルテアが、膝を付いたままヴィエルジュを受け止めて、抱きしめる。
「最後に、君と話せて良かった」
最後……?
そのまま、アルテアがヴィエルジュを離して倒れる。
まさか……。
アルテアに触れる。
呼吸をしてないし、脈も……。生命兆候が一切ない。
「なんで……」
「リンの力を使い果たしたの……?」
「どういうことだ?」
リンの力が関係ある?
「巫女は……。神の力を得た巫女は、神の力をすべて使い果たせば、死んでしまうって……」
それを知った上で、残りの力のすべてを注いで、エイルリオンの為の剣を作ったのか?
……気づけなかった。
止められなかった。
アルテアが、自らの滅びを望んでいたなんて。
「ヴィエルジュ」
ヴィエルジュが顔を上げる。
その頬には、涙が流れている。
「エイルリオンは、ヴィエルジュがラングリオンの初代国王に託したんだろ?だから、この剣は……」
ヴィエルジュが首を振る。
「その剣は、もう自由。……望む場所へ、連れて行って」
望む場所……。
「わかった」
エイルリオンを背に戻す。
望む場所がどこかなんて知らない。でも、まだ人間と共に居たいと思ってくれるなら。エイルリオンが帰る場所は、アレクの元だろう。
泣いているリリーを抱きしめる。
……俺たちは、こんな結果を望んだわけじゃない。
アルテアは話し合いに応じ、俺たちの勝利を認め、勝者の願いを叶えた。
決闘なら、それですべてが終わりだ。
なのに。
こんな結末になるなんて……。
「!」
急に、大地が揺れる。
一体、何が……?
「エル、虹が……」
「虹?」
見上げた空には、いくつもの大きな虹が架かっている。
全部で、四つ?
でも、大きさと言い、太陽との位置関係と言い、おかしいことだらけだ。
すべての虹の光が目指す場所は同じ。
『光が目指す先は、竜の山のようだな』
竜の山?
「この光、精霊が浴びても無事なのか?」
「この光って、神の力なの?」
え?
精霊は、自分を生んだ神からしか恩恵を受けることは出来ない。
じゃあ、レイリスは……?
「レイリス!来てくれ!」
名前を呼ぶと、レイリスが現れる。
「エル」
来てくれた。
でも、レイリスが虹の光を見上げて眉をひそめる。
「この光はなんだ?何が起きてるんだ?」
俺にも、詳しいことはわからない。
「神の力なら……。棺が開かれたってことか?」
あれが、リリーの言うように本当に神の力だったとしたら。
虹の光の始まる場所に封印の棺があって、虹の光の先に竜の山があるってことなんだろうけど……。
「エル、棺を開こう」
「あぁ」
そうだ。ここにあるのを開けば、はっきりする。
地面の揺れでふらつくリリーと一緒に大樹に向かって。
大樹の洞から棺を引っ張り出して。
棺を、開く。
すると、中から光が飛び出した。
その場でしゃがんで、光の伸びる先を見る。
……これも、他の虹と同じ場所を目指してる。
「神の力が、神々に還ってるのか?」
「たぶん……?」
この光も、遠くから見れば虹に見えるのかもしれない。
『レイリス、竜の山の状況は?』
「大地が揺れて、神の力が増幅したのは感じた。……神の力を持つ剣だけは置いて来たけど。今、どうなっているかはわからない」
俺が呼んだから、急いできてくれたんだろう。
「その剣って、イリデッセンス?」
「そうだよ」
封印の為に、イリデッセンスは置いて来たのか。
『神の力が還っているなら、アンシェラートも封印可能だ』
『私たちも、外から封印を手伝いに行こうか』
『そうだな。余計な力を発散するのに丁度良いだろ』
『確かに』
『じゃあ私たちは行くよ。またね』
五人の大精霊が、一斉に飛び立つ。
「余計な力って。地上の大精霊に、そんな力が残ってるのか?」
「皆は、俺たちを手伝って、あいつから神の力を奪ってくれたんだ」
「……そういうことか」
今、大精霊たちは充分な力を持ってるはずだ。
「俺も封印を手伝いに行ってくる。二人とも、ここから帰れるのか?」
遠くで、熱気球が大樹に繋がれているのが見える。
「帰れるよ」
「大丈夫」
「なら、行ってくる。困ったことがあったら、すぐに呼べよ」
「わかった」
「気を付けてね、レイリス」
レイリスも竜の山に向かって飛び立った。
……大地の揺れは続いてる。
「エル。私に封印されてる力は、返せないのかな」
リリーの中に封印されている神の力。
「やってみよう。リリー、封印を解いて」
「え?どうやって?」
「大丈夫。自分にかけられた封印を解くイメージで。封印解除って言ってみて」
「……わかった」
リリーが頷いて、呼吸を整える。
「スタンピタ・ディスペーリ!」
リリーが叫ぶと、リリーの体から虹の光が溢れた。
その光は、大樹の洞から伸びる光に絡まって、竜の山へと向かう。
……きっと、これでリリーの中の力も神へと還るはずだ。
リリーが、俺にもたれかかる。
具合が悪そうだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫……」
「大丈夫じゃないだろ」
「少し、酔いそうなだけ……」
確かに、この長い揺れは乗り物酔いを誘発しそうだ。
すぐにでもここを離れたいところだけど、まだ、リリーが持つ神の力も抜け切れていない。
かと言って、乗り物酔いの薬がすぐに効くかもわからない。
リリーが俺の頬に触れて、微笑む。
「大丈夫だから、こうしていて?」
……揺れが収まるまで、大人しく待つしかないか。
リリーを膝に乗せて、抱きしめる。
大樹から飛び出した神の力は、まだ光を放ち続けている。
……すでに開かれている棺は、二つ。
一つ目は、神の台座で本体を封印していたコールポの棺。……この中に封印されていた神の力は、氷の大精霊と契約した女王からリリーに引き継がれ、今、外に放出されている。
二つ目は、フォルテが持っていた棺。中身はアルテアが回収し、今、大精霊たちの力となっている。
残りは五つ。空に架かる虹の本数と同じだ。
ここでリリーが開いたコッロの棺。
ロマーノにある、ハラーロの棺。
ラングリオンの王都にある、ナイリの棺。
クエスタニアの光の間にある、プピーオの棺。
そして、セントオの棺。
そのすべてが、同じタイミングで開かれた?
どの棺も、今は月の力で封印されている。封印を解けるのは太陽の大精霊だけだ。
太陽の大精霊が協力したとして……。
棺を開けるのは人間。
ロマーノ、王都、クエスタニア。
人間が近くに居る場所なら、人間に開かせる方法はいくらでも存在するか。協力を頼むことはもちろん、誰かに強行させることも可能だ。
でも、セントオの棺だけは無理。
太陽の大精霊が封印を解いたとして。
どこにあるかもわからない棺を、誰が開けるって言うんだ?
「揺れが収まったな。……すべての力が神に還った」
え?
この声……。
全然、気づかなかった。
目の前に、見覚えのあるローブ姿の人間と、赤髪の人間が立っている。
「炎の大精霊……?」
リリーが呟く。
赤髪の方は、炎の大精霊か。
見上げると、虹がすべて消えている。
リリーから伸びる光も。
まだ揺れているような感覚が残っているけど、地震も収まったらしい。
「ポラリス。セントオの棺を開いたのは、お前なのか?」
ポラリスと炎の大精霊が振り返る。
「私ではないよ」
『セントオの棺を開いたのは、僕の相棒だよ』
「相棒?」
「あなたは、セズディセット山に居た炎の大精霊なの?」
『ご名答。僕の名前はルビー。ポラリスから頼まれて、人間の相棒と一緒に棺探しをしてたんだ』
―デルフィが人間と居るところを見かけたらしい。
って、誰かが言ってたな。
まさか、人間と一緒にセントオの棺探しをしていたなんて。
「まさか、ここまで仕事が遅いとは思わなかったが。何とか間に合って良かったよ」
『失礼だな。褒められる覚えがあっても、愚痴られる覚えはないよ。だいたい、誰がここまで連れてきてあげたと思ってるのさ』
ポラリスをここまで連れて来たのは、ルビーらしい。
「アンシェラートの封印は、完了したのか?」
「もちろん。地下の神々と大精霊たちが、アンシェラートを地下深くへ押し戻し、完全に封印した。お前たちが、ここの棺を開いてくれて助かったよ」
そっちこそ。
俺たちの知らない所で、神の力を返す為に暗躍していたくせに。
「リリー、調子は?」
「平気だよ。もう大丈夫」
良かった。
「こちらの体も戻ったか」
ポラリスが、ヴィエルジュが抱いているアルテアの瞳を開く。
さっきはなかった左目がある。
髪も長くなってるし、棺に封印されていた体の部位が元に戻った?
「肉体が元に戻ったとしても、魂はない」
「魂なら私が持っている」
ポラリスがヴィエルジュに小箱を見せる。
「私がここに来たのは、これをお前に届ける為。ここに、かつてリンの巫女だったものの魂が入っている。これを、そこの死体と交換してくれないか」
「魂があったところで、肉体が無ければ復活させることは出来ない」
「妖精の女王とは思えない言い草だね。種を取り返したのだろう。お前は新しい命を作り出せるはずだ。さぁ、やってごらん」
ポラリスが小箱を開く。
あの箱は、前に見たことがある。
魂を閉じ込める箱。
ヴィエルジュが箱から出てきた光を手に包んで祈りを捧げると、そこから、妖精の羽を持つ人間が生まれた。
「∀0Λ0Ⅳ†∈」
「……∀1∈?」
「上手くいったようだね」
人間と同じ大きさの妖精。
「ポラリス。何故、私を地上に残した」
「お前が世界に与えた影響は、良いものばかりとは限らない。簡単に眠れると思わないことだ」
アルテアがため息を吐いて。
ヴィエルジュを見る。
「∀1∈。君の目指す世界を手伝おう」
「……それは、あなたの意思?」
「もちろん。この生命は君と共にある」
「ありがとう。∀0Λ0Ⅳ†∈」
人間の体を捨てて、ヴィエルジュと同じ存在になったのか。
「エルロック、リリーシア」
ヴィエルジュがこちらを見て、微笑む。
「ありがとう」
……なんだ。
笑えるんじゃないか。
妖精のアルテアがヴィエルジュを抱いて、大樹の洞に戻す。
「エルロック、リリーシア。もう、ここに用はないだろう。大樹を使って、ラングリオンに送り届けるか?」
あれを使えば、ラングリオンの王都に一瞬で帰れる。
でも。
「俺たちは、人間のやり方で帰るよ」
立ち上がって、リリーの手を引く。
「行こう」
「うん」
※
熱気球が、風に流されて進む。
長く閉ざされていた世界は、太陽の日差しに照らされて、明るく彩り良く輝いている。
「綺麗だね」
「あぁ」
見渡す限り、雲は一切ない。
これなら進むべき方向も確認しやすい。
風も東に向かって吹いていて、順調に帰れそうだ。
……今のところは。
「ジオ、風向きが変わったら教えて」
『良いよー』
風向きが変わったら、早めに修正しないと。
あのいい加減な風の大精霊は、案の定、俺たちと帰る約束を忘れているらしい。
「美味しい」
リリーが、キャロルの作ったサンドイッチを美味しそうに頬張っている。
「水筒に温かい飲み物でも淹れてくれば良かったな」
「じゃあ、今度来る時は持って来ようね」
今度って。
『また、神の台座に行くつもりなの?』
「えっ?あの、そうじゃなくって、今度、ピクニックに行く時とか……」
『どこにピクニックに行く気?』
「えっと……」
まぁ……。
これも、ピクニックみたいなものか。
『僕は、もう少し温かい場所が良いな』
『そうだな』
『そう?私は、グラシアルでも構わないわ。オーロラもきれいだし』
『そおねぇ。綺麗だったわねぇ』
『グラシアルはピクニックに行くようなところじゃないだろ』
『人間には遠いねー』
『なら、グラム湖は?』
『それが丁度良いだろうな』
グラム湖か。
「春になったら行こう。桜が綺麗なんだ」
「うん」
リリーが微笑む。
……その笑顔が見られるだけで、幸せ。
穏やかな空を気球が飛んで行く。
海を越え、山を越え、森を越え、国を越えて。
帰りを待ってくれている人々の元へと。




