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旧作3-1  作者: 智枝 理子
終章
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149/149

Fleue de primevere

 ラングリオン王都。

 ウエストストリートにある花屋。

「いらっしゃいませ。……あら、エルじゃない」

「フローラ。花は出来上がってるか?」

「わざわざ取りに来たの?後で届けようと思ってたのに」

「ついでに持っていくよ。……可愛い花があったら別に包んで欲しいんだ」

「そっちが目的だったのね。誰にあげるの?」

「ルイスとキャロルだよ」

「わかったわ」

 

 今日は、新しい屋敷でルイスとキャロルが主催するパーティーが催される。

 花屋の裏手にある彼らの新しい家では、ルイスとキャロル、そして、リリーシアが、その準備を進めていた。料理を担当するデュグレも、新しい台所で腕を振るっている頃だろう。

 家を飾る装花は先に届けられており、すでに会場を彩っていたものの、ホール中央に飾る花は、後でフローラが届ける手筈になっていた。

 エルロックは、メインの花を取りに行くことを口実に、主催の二人への花束を用意しに来たのだ。

 

「プリムラの花束よ。二つで良かったかしら」

「ん。良いよ」

 可愛く仕上がった花束をエルロックが受け取る。

「こっちは、花瓶に生けたのよ。ちゃんと持てる?」

「大丈夫だよ」

 エルロックが答えたところで、来客を告げるベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

「久しぶり、フローラ」

 扉を開いて入って来た客の姿を見て、エルロックが驚く。

「ポリシア。それに、ソニア?」

「エル!丁度良かったわ。新しい家がフローラの店の近くって聞いて、ここに来たのよ。もう、王都の端から端に引っ越しなんて、聞いてないわ!」

 改装と修繕を終えた屋敷に彼らが引っ越したのは、つい最近のことだ。

 引越しの話を一切知らなかったポリシアは、サウスストリートの果てにある看板の消えた薬屋跡を訪れた後、周囲の人々から情報を得て、ウエストストリートまで引き返してきたのだ。

「新しい家は、フローラの店の裏だ。……っていうか、グラシアル一行と帰ったんじゃなかったのか?」

 半月以上に渡る大陸会議が終了し、会議の参加者たちは全員帰国した。

 メルリシアを代表とするグラシアル一行も、エルロックとリリーシアは見送っている。彼女たち姉妹が、笑顔で再会を約束したことも。

 それが、まさかこんなに早く再開することになるとは。

「私も、グラシアルに帰る予定だったんだけど、」

「ポリシア様は、途中でご予定を変更し、私の案内を買って下さったのだ」

「だから、様っていうのは、やめてくれる?そろそろ、ソニアも今のやり方に慣れて欲しいわ」

「しかし……」

 ポリシアは、グラシアルへの帰路の途中でソニアに会い、彼女の一人旅を心配して付き添うことにしたらしい。

 どこで会ったにせよ、船旅で引き返すとなれば、それなりの時間がかかるはずだ。大陸会議を終えて、そんなに長い時が経っていただろうか、とエルロックは思う。

 しかし、今日は、サジテイルの十五日。

 エルロックとリリーシアが帰ってから、すでに一月が経過していた。

 

 勇者としての務めを果たした二人は、大陸会議の参加者に世界の脅威が去ったこと、アンシェラートの封印に成功したことを報告した。

 最も、彼らの敵がどうなったのか。詳細な内容についてはラングリオンの国王と皇太子にのみ報告している。世界で共有すべき内容については、いずれ彼らから伝わることだろう。

 その後、凱旋の宴を断った二人は、それぞれの立場で大陸会議に参加することとなる。半月を越えて行われた会議は、ようやく、スコルピョンの二十九日に閉会宣言が行われたばかり。大陸会議後に残された山のような雑務の傍ら、新居の改装と修繕、引っ越しの準備を進めていたことを思えば、ひと月などあっという間に過ぎる。

 今回のパーティーの趣旨について、ルイスとキャロルは親しい友人を招いた家のお披露目会と称していたが、実際は、勇者としての務めを果たした二人を労う目的もあることを、エルロックとリリーシアは知らない。

 

 大きな花が生けられた花瓶を抱えたエルロックが、ポリシアとソニアを連れてフローラの店を出る。

 フローラの店の隣にあるアーチ状のトンネルを抜けた先。

「こんなところに、こんなに広い場所があったなんて」

 ポリシアが、目の前にある給水塔、そして、右手にある花畑や古い建物を見渡す。

「俺の家はこっちだよ」

 この広い土地の左手にある屋敷が、新しい家だ。

「今日は、ルイスとキャロルが主催したパーティーもあるんだ。二人も参加するだろ?」

「良いわね」

「いや。私は、リリーシア様に大切なものを届けに来ただけで……」

「良いじゃない。ソニアが来たらリリーも喜ぶわよ」

「大切なものって何だ?」

 ポリシアは、楽し気に鼻を鳴らす。

「ソニアは、リリーの為にジョージを連れて来たのよ」

「ジョージだって?」

「あら。ジョージのこと、知ってたの?」

「どこに居るんだ」

「どこって……」

「ソニア!」

 大きな声を上げて、リリーシアが玄関から飛び出して来た。

 新しい屋敷の玄関は、以前と違う顔をしている。柱だけだった古いエントランスは、壁と大きな窓で覆われた風除室に変わったのだ。

 暖かい陽の差す窓辺でエルロックの帰りを待っていた彼女は、彼と共に懐かしい顔を見つけ、思わず玄関から走り出たのだった。

「リリーシア様」

 ソニアに、リリーシアが抱き着く。

「久しぶり。まさか、ラングリオンに来てくれるなんて」

『なんだ。ポリーは、また、とんぼ返りして来たってわけ』

「しょうがないでしょう。ソニアったら、危なっかしいんだもの」

「ありがとう、ポリー」

 ソニアから離れたリリーシアが、彼女の姉に笑顔で礼を言う。

「良いのよ。でも、エルにジョージのことを話してるなんて意外ね」

「えっ?……話してないよ?」

「え?」

 噛み合わない話に、リリーシアとポリシアが首を傾げる。

「ソニアが連れて来たって言ってたぞ」

「え?連れて来たの?」

「はい。こちらに」

 持っていた大きな袋から、ソニアが彼女の大切なものを取り出す。

「……なんだそれ」

 渡されたものを、リリーシアは抱きしめた。

 懐かしい感触に彼女は幸せを感じる。

『そろそろ観念して、教えてあげたら?』

 もう、言い逃れは出来ない。

 リリーシアはエルロックの方に、抱いていたものの顔を向けた。

「あのね……。この子が、ジョージなの」

 これが、ジョージ。

 長い間、彼を悩ませてきた恋敵の正体に、エルロックがため息を吐く。

「なんで、隠す必要があったんだよ」

「えっと……」

『しょうがないんじゃない?エルは、しばらくこれの代わりにされてたんだから』

 複雑な思いで、エルロックが頭を抱える。

「あの……。ごめんなさい」

「別に、怒ってないよ。でも、それとスピカがベッドにあったら寝る場所がなくなる」

「大丈夫。スピカと一緒に飾っておくから」

 スピカは、ポリシアがリリーシアの為にプレゼントした大きなぬいぐるみだ。

 よく見ると、ジョージは、それと同じ大きさをしている。

 彼女の姉が、わざわざあんなに大きなぬいぐるみをリリーシアにプレゼントした理由を、ようやくエルロックは理解した。

「なら、それで良いよ」

「ありがとう」

 リリーシアが、つぶらな瞳のぬいぐるみを愛しそうに抱いて微笑んだ。

 

 ※

 

「エル。そろそろ時間だよ」

「ん。わかった」

 呼びに来たルイスに答えると、エルロックは読みかけの本を閉じた。

 パーティーが始まる時間だ。

 普段から、暇さえあれば図書室に居ることが多い彼だったが、今日の目的は、地下の隠し通路を抜けてくるはずの客人だった。待っていれば会えると踏んでいたが、どうやら、彼らの到着は遅れるらしい。

 

 装花に彩られたホールには、大勢の招待客が集まっている。招待客を選んだのはルイスとキャロルだったが、知っている顔ぶればかりだ。

 エルロックはバイオリンを手にすると、ピアノの前に座るリリーシアの元へ向かった。

「リリー。やる曲は決まったか?」

「えっと……。もう少し待ってもらっても良い?」

 今日のパーティーに合わせて、エルロックとリリーシアは主催の二人から演奏を頼まれていた。二人は、一曲ずつ好きな曲を選ぶことにしたのだが。

「あの、愛の挨拶が終わるまでには考えるから」

「わかったよ」

 彼女は、その時の気分で決めることにしたらしい。

 リリーシアが一目ぼれしたピアノが屋敷に来て以来、忙しい中でも、二人はピアノとバイオリンの演奏を楽しんでいた。一緒に合わせた曲は多くある。その中から彼女の気に入っている曲を頭に思い浮かべていると、エルロックの傍に、愛らしいピンク色のドレスに身を包んだキャロルが来た。

「エル、リリー。準備は良い?」

 エルロックとリリーシアが顔を合わせて頷く。

「良いよ」

「大丈夫」

 二人の返事に頷くと、キャロルはルイスの元に走って行った。

「みなさん、今日は、私たちのパーティーにお集まりいただき、ありがとうございます」

「お集りの皆様方、まずは、ピアノとバイオリンの演奏をお楽しみください」

 拍手を聞いた後。

 バイオリンを構えたエルロックは、リリーシアと視線を合わせ、演奏を始めた。

 愛の挨拶。

 優しくて穏やかな曲だ。

 

 バイオリンとピアノが織りなす柔らかな音色が響く。

 

 そこへ、遅れて到着した客が現れた。

『アレクだ』

 王城から繋がる地下の隠し通路を抜け、更に図書室二階の隠し扉を通り、階下を見渡せる二階の廊下に並んだのは、皇太子一行だ。

 アレクシスの傍らには、ロザリーが。近衛騎士のツァレンとレンシールも随行している。更に、もう二人。不自然に顔を隠したローブ姿の男女も同行していた。

『レイリスも居るね』

 顔を隠した一人はレイリスらしい。

 彼が今日来ることを、エルロックはアレクシスから聞いていた。パーティーが始まる前に会いたいと思っていたのも、レイリスだったのだから。

 では、もう一人は?

 一曲目の演奏を終えたエルロックは、拍手を受けながら顔を上げる。

 そして、その瞳を大きく開く。

「やだ。本当にそっくりね」

 黒髪に紅の瞳の女性が、楽しげに微笑んで彼を見下ろしていた。

 その姿が誰のものかを彼は知っている。

 レイリスと共に居る彼女は。

 間違いなく、レイリスが愛した女性。

 

 

 それは、誰も知らない遠い約束。

 彼の母親が神と交わした契約。

 神は、約束の果てに彼女を復活させたのだ。

 

 

「次は、何を弾いてくれるの?」

 呆けたままでいる彼に、紅の瞳の女性が声をかける。

 彼らが顔を隠していたのは、二人の演奏に水を差さない為だったのだ。

 エルロックは頷いて、リリーシアを見る。

「リリー、次の曲を弾こう」

「うん」

 リリーシアが、にこやかに頷く。

 言葉を交わさずとも、選ぶ曲が何かは決まっている。

 頭の中に好きな曲を思い浮かべて……。

 音楽が、始まる。

 


 


 


 

Fin


読んで頂き、ありがとうございました。

 

序章:「Fleue de Lune」月の花。

終章:「Fleue de primevere」プリムラの花。西洋サクラソウ。


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