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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅶ.紅血の源
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147/149

157 月の弦

 相変わらず。

 紅の剣を持って、平然と立ってるな。

 さっき張られていた氷の盾は、すべて消えてる。

 あれだけの災害が地上に降り注いだはずなのに。

 大樹には傷一つない。

 けど、空からは雨が降り始めた。

「まだやるのか?」

「私の勝利条件は変わらない」

 彩雲を構える。

「諦めないんだな」

「疾うに忘れた言葉だ」

 リリーが、リュヌリアンを構える。

「約束は守ってもらいます」

「ならば、越えてみせよ」

 ……意地でも、勝つ。

 勝たなきゃいけない。

 リリーと一緒に走って、彩雲を振る。けど、止まらずに滑る。

『エル、足場が悪い』

 雨を降らせたのは、この為?

 滑り止め用に、辺りに砂の魔法を散らす。

 これで少しはましになったはずだ。

 

 ……自分が。

 何の為に戦ってるのか、わからなくなってくる。

 相手を消滅させる為だけに戦うなら、何も考えずに戦えるのかもしれない。

 相手が、意思も感情も持たない完全な敵だったら良かったのに。

 戦う対象は、自分と同じように意思を持ち、誰かを愛し、信念の為に戦う者。

 自分と何も変わらない。

 分かり合えない相手じゃない。

 ……だめだ。

 自分の意思を曲げた方が敗北する。

 越えてみせる。

 

「神なんて要らない」

 鍔迫り合い。

「俺たちは、自分の意思で前に進める」

 ……押し勝てない。抑え込むので精一杯だ。

「生き物は弱く不完全だ」

 リリーが相手の背後からリュヌリアンで攻撃を加えると、わずかに表情がゆがんだ。

 彩雲を弾いて、相手がリリーの方を向く。

 弾かれた勢いで体を回転させて……。

「どれだけ弱くたって、」

 リリーが紅の剣を抑え込んでいる。

「私たちは、強くなれる」

 回転の勢いで、リリーと鍔迫り合いをする相手の背後を彩雲で斬り上げる。

「不完全で悪かったな」

「私たちには、力を貸してくれる人が、たくさん居る」

 一人じゃない。

 二人だけでもない。

 もっと、たくさんの人に支えられて、ここまで来た。

 一歩引いたリリーの隣に並ぶ。

「たった一人の力で勝てると思うなよ」

 リリーに合わせて、二人で斬り払う。

 良い手ごたえ。

 振り返ると、相手が膝を付いてる。

 リリーに目配せすると、リリーがリュヌリアンを振り上げ、空に向かって光を放つ。

 振り返りざまに仕掛けられた攻撃を防ぐ。

 まだ、動けるのか。

 魔法を使うのをやめたリリーが、そのままリュヌリアンを振り下ろす。

 目の前に氷の盾が現れたけど、魔法の光を帯びたリュヌリアンは、盾ごと破壊して攻撃を通した。

 流石だな。

 その場から離脱した相手を追いかける。

 次は、炎の魔法。氷の魔法で相殺して、右手から斬り上げる。……だめだ。紅の剣が回転して、下側についていた刃に襲われる。腰から抜いた逆虹で防いで、更に追って彩雲で斬る。

 続けてリリーが攻撃した瞬間。

『来るよ!気を付けて』

 リリーに向かって地面から氷の刃が飛び出した。

「リリー、」

「大丈夫!」

 リリーを乗せた氷の柱が空に向かって一気に伸びていく。

 けど、そっちを目で追う暇はない。

 ……リリーなら、大丈夫。

 相手の攻撃を防いで、攻撃を加える。

 すると、目の前に降ってきた巨大な黄金の剣が相手に突き刺さって、足元が砕けた。

 今の、リリーの魔法か?

 いつの間に使えるようになったんだ。

 怯んだ隙に攻撃を続けると、目の前に炎が舞う。

『エル、後ろ!』

 轟音と共に、氷の柱が倒れてきた。

 器用な真似しやがって。

 炎の玉を氷の柱に放ち、砂の魔法で加速して斬りかかったところで、周囲に白い氷の壁が現れた。

 不透明な氷?

 変だな。魔法で出した氷なら、透明のはず……?

「アンジュ、彩雲に宿ってくれ」

『うん』

 炎の力を得た彩雲を振り回して氷の壁を斬り裂くと、周囲に煙が溢れ出した。

 ……なんだ、これ。

「アンジュ、戻って」

『わかった』

 呼吸が苦しい。

 砂の魔法で飛び上がって、風の魔法で一気に煙を散らす。

 純粋な炎の魔法だけで、ここまで濁った煙を出すことは難しい。逃走用の煙幕だって、不純物の濃度を高める異物を入れて初めて、あれだけ色のついた煙になるのに。

 ……いや。さっきの透明じゃない氷。

 あの中に不純物が多量に入ってたとしたら?

 だったら、それを燃やすことで害のある煙を作り出せる。

 あいつ、そこまで計算して魔法を使ってたのか。

『リリーだ』

 居た。

 あいつと鍔迫り合いをしている。

 月の魔法で作った剣を複数浮かべて放ち、リリーの元へ。

 紅の剣の攻撃を防御する。

『氷で上まで連れて行かれちゃったけどぉ。大丈夫だったのぉ?』

『空まで吹き飛ばされたけど、余裕だよ』

 流石、リリーだ。

『地面が揺れてる』

 あちこちから不純物の混ざった氷が飛び出して。

 それが、燃える。

『また煙だ』

 風の魔法を使う。呼吸を楽にする魔法は、前にジオから少し教わった。

 でも、魔法に集中してると、剣の扱いがおろそかになる。

 ……氷の魔法と炎の魔法。ここまで厄介だなんて。

「エル。呼ぼう」

「呼ぶって……」

 まさか?

 リリーが俺の手を引いて、後退する。

 ……呼ぶしかない。

「エイダ!パスカル!」

「エイダ!パスカル!」

 繋いだ手のルブライトが輝きを放つ。

 そして……。

『掴むって、こんな感じかしら』

『あぁ。それで良い』

 懐かしい顔。

 炎の大精霊と、氷の大精霊が。

 目の前で手を繋いで立っている。

「本当に?」

「エイダとパスカル……?」

『えぇ。久しぶりね』

「なんで?」

 エイダが笑う。

『呼んだのは、エルとリリーでしょう』

「二人は消えたはずじゃ……」

『不思議ね。私たちもそう思ってたわ』

『私たちは、根源の神に還った』

「それなら、ここには居ないはずだろ?」

『そうかしら。この世には、消えるものなんて一つもないのよ』

 意味が解らない。

「生き物は、生まれて死ぬ」

『それは消滅とは違うものだ。生き物の死とは、魂が死者の世界へ行き、肉体が大地に還ることを指す。変化するだけで、何一つ消滅はしていない』

「でも、魂が根源の神に還るってことは……」

『この世界は、根源の神オーで創られている。オーそのものなの。古いものが新しいものへ。あるいは、今ある命へ。形を変え続けているだけで、何一つ失われることもなければ、常に同じものなのよ』

 この世界は。

 根源の神、オーが、境界の神にして剣の神であるリンによって切り裂かれて生まれた世界。

 この世界に存在しているものは、すべて、オーだったもの。どれだけ異なった姿をしていようとも、すべて同じで、すべて違う。

「だから、二人は消えない?」

「だから、二人は生きてるの?」

『私は、かつて炎の大精霊であったもの。今は、違う何かね』

『私は、かつて氷の大精霊であったもの。今は、違う何かだ』

「炎の魔法を奪えるのに?」

「氷の魔法を奪えるのに?」

『ここでは、まだ炎の大精霊だから』

『ここでは、まだ氷の大精霊なんだ』

 なんて、支離滅裂なんだ。

 そのすべてが正しいなんて、あり得るか?

『ごめんなさい。そろそろ姿を保っていられない』

「え?」

『心配しなくても、傍に居る』

「氷を光らせているのは、パスカルなの?」

『そうだ』

『また、会いましょう』

 二人の姿が消えて。

 目の前に、膝を付いた人間が現れる。

 エイルリオンとジュレイドの力を借りずに、本来あるべき姿に戻った人間。

 神の力のすべてを奪われた状態。

「リリー。耳を貸して」

「え?」

 リリーに囁く。

「……出来るか?」

「大丈夫」

 

 雨が止む。

 

 二人で、剣を構える。

「続けるか?」

「当然だ」

 相手が紅の剣を構える。

 ……その剣は、さっきよりも細く色が薄くなっている。

 この剣は、こいつの状態を映してるのか?

 リリーが、リュヌリアンを振る。相手は紅の剣で防いだけど、リリーの攻撃に耐えきれずに、紅の剣が砕けるように消えて。

 そのまま、リリーが払い抜ける。

「あ……」

 わずかにリリーが攻撃の手を緩める。

 それでも、避けきれずに刃が触れた部分から、血が噴き出した。

 ……人間。

 続けて彩雲で攻撃すると、刃が空を斬った。

 消えた。

 転移したんだ。

「リリー、飛べ!」

 頷いて、リュヌリアンを鞘に納めたリリーが砂の魔法で宙に浮かぶ。

 そのリリーめがけて砂の魔法を放つ。

 真っ直ぐ、大樹へ。

 ……遠く。

 あっという間に大樹の袂にたどり着いたリリーが、転移したばかりのあいつを捕まえて。

 そのまま、空に向かって光を放った。

 

―リリー。耳を貸して。

―え?

―次に魔法を使う時は、あいつも巻き込んで。

 

 打ち合わせの通り。

 柱のように天に昇った光が、リリーとあいつを包む。

 輝く光が雲を押しのけ、空が晴れていく。

「あれは何だ?」

 雲の隙間から覗く彩り。

 生き物のように動く光の波。

『オーロラよ』

 ナターシャは、見たことあるのか。

「あれが、オーロラ……」

 確か、太陽光に由来する自然現象だ。

 ジュレイドが震える。

 ……あいつに記憶を返すのは、今?

 彩雲を鞘に戻して、ジュレイドを抜こうとしたところで。

 急に、地面から生えてきた蔦に足を縛られる。

『エル、』

 動けない。

 炎の魔法をまとわせて、次々に生えてくる蔦を焼き続ける。

『光が……』

 え?

 空に向かう光が、消えた。

 リリーが、蔦で大樹の幹に縛り付けられている。

「リリー!」

 大樹の洞からヴィエルジュが現れた。

「ヴィエルジュ。リリーを離せ」

「ヴィエルジュ。どうして、こんなこと……?」

 この蔦、全然燃えない。

 あの悪魔が使ったのと同じだ。

 剥がしても剥がしても、次々に生えてくるからきりがない。

「動くな。……動かないで」

「それは、こっちの台詞だ。俺たちが勝ったら、こいつと交渉するって話してあっただろ」

「もう、この人を閉じ込めないで」

「閉じ込める?」

「待ち続けることは……。永遠の時を過ごすことは、死よりも辛い。安らかな死を与えて」

 ……何を言ってるんだ?

「違うよ、ヴィエルジュ。私たちは、この人を封印したいんじゃないの」

 そういうことか。

「俺たちは、ラグナロクと同じ結果を求めてるわけじゃない」

「お前たちが滅びを望まないのなら。私が、止めを刺す」

 止めだって?

「だめーっ!」

 

 世界が、光に包まれる。

 

 眩しい……。

 光り輝く世界。

「リリー!」

 どこに居る?

「エル!」

 声がする方に視線を向ける。

 他には何も見えないのに、リリーの姿だけが確認できる。

 リリーの輝く瞳と目が合って。

 視界がゆがむ。

 ……何が、どうなってる?

 酷い違和感だ。

 自分が見ている世界に、自分の姿がある。

 身体を動かすと、目に映る自分も動く。

 まるで鏡みたいだ。

 でも、視界に広がるこの温かい輝きは見覚えがある。

 いつも見てる。

 何度も見つめた。

 輝く瞳。

 リリーの輝く瞳の中に入りこんでいるような感覚。

「エル、虹が出てる」

「虹?」

 本当だ。

 視界の中に居る俺の周囲に、七色の輪。

 触れられそうな距離。

 左手を上に伸ばすと、視界の中に居る俺も虹に向かって手を伸ばす。

 指先に触れた、僅かな感触。

 目に映る自分が虹を掴んだ瞬間。

 

 現実に引き戻された。

 今のは……?

 リリーが放った眩い光は消えている。

 左手を見ても、そこには何もない。

 けど、確かに何かを掴んでる感触がある。

 見えなくても存在してる。

 虹の弧。

 今、この状況で俺が出来ること。

 感覚だけを頼りに、月の魔法で虹の弧に弦を張る。

 そして、ジュレイドをその弓につがえる。

 落ち着いて。

 距離もそんなに遠くない。

 的の位置は低いぐらいで、確実に当てられる距離だ。

 足は動かせないけど、ぶれずに立っていられる。

 大丈夫。

 集中して……。

 射る。

 

 

 Φ

 

 

 太陽と月の輝きを纏ったジュレイドは目的の場所に向かって迷いなく突き進むと、帰るべき場所に吸い込まれて消えた。

 

 暗かった空が明るさを取り戻す。

 雲は完全に消え、天上には眩いオーロラが舞っている。

 

 

 

 

 

 

 

 白髪の男が立ち上がった。

 その手にはもう、剣はない。

「どんな方法を使ってでも。私は、君の生きるこの世界を存続させる。争いが起こるならば更なる力で征服し、生き物が破滅に向かおうとするなら神として正す。愚かさと私欲の為に未来への結束が出来ないのならば、災いを持って粛清し、荒れ果てた土地を再生する。何度でも。何度でも破壊し、何度でも再生させる」

「私は、そんなことは望んでいない」

「神の居ない世界では、導く者が居なければ世界は簡単に崩壊する」

 ……それが。こいつの見てきた世界。

「私は……。そうは思わない」

 急に、足がふらつく。

 足元の蔦が消えたんだ。

 リリーを縛っていた蔦も解けたみたいだ。

「リリー!」

「エル!」

 走って。

 走って……。

 走って来たリリーを抱きしめる。

「おかえり」

「ただいま」

 良かった。

 こうして、抱きしめることが出来て。

「怪我はない?」

「大丈夫だよ。エルは?」

「平気」

 リリー。

 無事でいてくれて、ありがとう。

「そうだな。……私は、敗北した」

 完全に雲が消え去った空に、オーロラが輝く。

 俺たちの勝ちだ。

「生きることの喜びを。知識を語り合うことの楽しみを。未知への希望を。そして、内側から溢れる強い想いを。……このすべてを教えてくれたのは、君だ」

「私も。生きることの美しさを。知識を語り合うことの尊さを。未知への希望を。そして、内側から溢れる熱い想いを。……あなたから、教わった」

「これを人間が生んだ言葉で表現しても?」

「私は、きっとその言葉の意味を知っている」

 伸ばした手を、二人が繋ぐ。

「愛してる。∀1∈」

「愛してる。∀0Λ0Ⅳ†∈」

 ……今のは名前か?

 全然、聞き取れない発音だったけど。

 腕の中で泣き出したリリーを撫でる。

 相変わらずだな。

 とにかく、目的は達成した。

 なんていうか……。

「あ、」

『エル?』

 リリーを抱え直して、その場に座り込んで息を吐く。

 流石に、疲れたな。

『終わったの?』

『敗北を認めたんだ。戦う意思はもうないだろう』

『そうねぇ』

『お疲れ様ー』

『二人が無事で良かった……』

『そうだな』

『空が綺麗ね』

 本当に。

 こんな光景、なかなか見られない。

「リリー。空を見て」

 見下ろすと、腕の中の輝く瞳と目が合う。

 涙を拭うと、リリーが空を見上げた。

「綺麗……」

 柔らかく微笑んだ、リリーの輝く瞳を見つめる。

 ありがとう。リリー。

 見つめていると、リリーが視線を俺の瞳に移して、眉をひそめる。

「……エルも、空を見て?」

「なんで?」

「え?」

 こんなに綺麗で愛しいものが傍にあるのに。

 ……そういえば、前にも、こんなことがあったっけ。

―カウントダウンを一緒に過ごせて良かった。

 吸い込まれそうなほど綺麗な、輝く黒い瞳。

「愛してる」

 ずっと、一緒に居るよ。

「愛してる。エル」

「愛してる。リリー」

 頭を寄せて、二人で空を見上げる。

 深い藍の空には星が散らばり、赤や緑の色を放つオーロラが舞う。

 

 


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