149 深淵に続く闇
「おはよう」
「おはよう、エル」
リリーが微笑む。
良かった。
元気になったみたいだ。
※
支度を整えてから、食堂へ。
適当な朝食を皿に載せて、コーヒーを頼んで、空いてる席に着く。
「いただきます」
「いただきます」
リリーは、温かいスープ、胡桃とチーズのパンと林檎のデニッシュ、それに無花果を選んだらしい。
「昼までに帰れるかわからないから、後でサンドイッチでも作って持って行こう」
焼き菓子があったら良かったんだけどな。
この時間はまだ、デザート類は置いてない。
「なんだか、ピクニックみたいだね」
「そうだな。天気次第だけど、少しゆっくりしても良いか」
パンをスープに浸して口に入れたリリーが、口を動かしながら、上機嫌になったかと思うと、少し俯いて。すぐにまた表情が変わる。
そして、俺を見て眉をひそめる。
「どうしたの?」
「いや。なんでもない」
だって、可愛いから。
見てて飽きない。
※
ランチ用のサンドイッチや果物、オランジュエードを包んで、アレクの部屋へ。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう。エル、リリーシア」
早いな。もう正装に着替えてるのか。
「相変わらず重そうな衣装だな」
アレクの冠姿なんて久しぶりに見た。
「二人も開会宣言に参加するかい」
「え?」
「冗談じゃない」
「残念だね。エルの衣装も用意してあったのだけど」
「今日はグラム湖に行く。ヴィエルジュは居るか?」
「ベランダで呼びかけてごらん」
「ん」
リリーと一緒にベランダへ。
「ヴィエルジュ」
大樹に向かって呼びかけると、ヴィエルジュが現れた。
「グラム湖に行きたいんだ」
「アーランに会いに行くのか?」
「あぁ」
情報は把握済みか。
「闇の精霊に会うとなると一苦労するぞ」
「光の洞窟に居るんだろ?」
「その深淵へ向かうことになる。途中までなら案内してやれるが。……リリーシア。お前を連れて行くことは出来ない」
「え?」
「なんで?」
ヴィエルジュがリリーを指す。
「闇の大精霊の支配する場所では、陽の力に頼ってはならない。お前は眩し過ぎる」
それって……。
「リュヌリアンを置いて行けば会えますか?」
「なら、リリーは大地の大精霊を探してくれ」
「え?」
リリーがこちらを見る。
「大精霊探しは得意だろ?」
「でも、一人で行くなんて。危ないよ」
「精霊の加護がある場所なら安全だ」
深淵がどこを指すのかはわからないけど。精霊と敵対しなければ危険はないだろう。
「わかった。じゃあ、エルが居ない間、私は大地の大精霊を探すね」
良かった。
すんなり納得してくれた。
「ジオ、アンジュ、バニラ。イリスと一緒にリリーを手伝ってくれ」
「え?そんなに置いて行っちゃうの?」
「ジオとアンジュは陽の力だ。連れて行けない」
「陽の力?」
「外に向かう力のことだ。逆に、内に向かう力が陰の力。属性はこの二つに大別される」
対となる力で、封印魔法の組み合わせでもある力。
封印魔法を使えるのが陰の力。
封印された力を開放することが出来るのは、それと対になる陽の力。
「バニラは、陰の力?」
「そう。でも、バニラには、リリーの大地の大精霊探しを手伝ってもらいたいんだ」
『了解』
それに、ジオとバニラが居れば、森の中でも迷子で困ることはないだろう。
『ボクは?』
「イリスは、リリーの精霊だろ?」
離れる理由がない。
『わかったよ』
「ありがとう。エル」
きっと、リリーもイリスが居た方が安心するだろう。
「アーランに会えたら、俺もグラム湖に行く。でも、先に探し終えてたら、城に帰って良いよ」
「え?帰るの?グラム湖で待ってちゃ駄目?」
アーランの用件次第だけど……。
「夕方までは?」
そんなに?
リリーのことだから、大地の大精霊探しも早々に終わらせそうなんだよな。
名前を聞いて終わりなら、その後、ずっと暇になってしまう。
「帰還も私に頼るなら、伝言ぐらい預かろう」
ヴィエルジュ。
良い案だ。
「じゃあ、時間は決めないことにしよう。その代わり、別の場所に移動したら、ヴィエルジュに伝言を残してくれ」
「うん。わかった」
「無理はしないように」
「はい」
イリスが一緒なら、リリーに危ない真似はさせないだろうけど。
なるべく早く合流できるようにしないと。
「ヴィエルジュ。俺はアーランの元に、リリーはグラム湖に連れて行ってくれ」
「了解した」
「剣花の紋章は必要ないのか?」
「勇者の頼みならば優先しよう」
今のところ、こちら側で居てくれるらしい。
「神の台座に連れて行ってくれって言ったら、出来るか?」
「エル、」
ヴィエルジュが目を閉じる。
「不可能ではない」
昔、神の台座に大樹があったのは、女王の手記で確認済み。
転移が不可能じゃないってことは、大樹が今でも残ってるってことだろう。
「大丈夫だよ。私たち、ヴィエルジュには頼まないから。熱気球で行くの」
「そうか」
リリーは、ヴィエルジュに肩入れしてるみたいだな。
「じゃあ、先に行く」
大樹の洞の中に入る。
「いってらっしゃい。気を付けてね、エル」
「リリーも気を付けて。……いってきます」
大樹の洞が閉じて。
転移する。
「着いたぞ」
予想はしてたけど。
想像以上に真っ暗な場所だな。
大樹の外に広がっているのは、奥行きさえもわからないほど完全に黒く塗り潰された世界。
一方で、大樹の中は明るい。
光源は背中に背負っているエイルリオンぐらいなのに、ここでは充分過ぎるほどの明かりだ。
布に巻いてるとはいえ、これだけ光を放つなら持ち歩けないな。
「エイルリオンは置いて行って良いか?」
「構わない」
ヴィエルジュの洞の中にエイルリオンを置く。
ジュレイドは……。持って行っても良いか。腰に下げた鞘の隙間からわずかに光が漏れる程度だ。荷物から大地のスカーフを出して隙間に巻く。これで、光は消えた。
エイルリオンの光を頼りに出口を見つけて、大樹の洞から出る。
地面すら見えない。
足場を探しながら、ゆっくり大樹から降りる。
……あれ?
良く考えたら、ここ、地下のはずだよな。地面の中なら、俺が出てきた場所は、木の幹じゃなく木の根ってことになる。
ヴィエルジュは、幹だけじゃなく、根にも転移先を作れるのか。
……足が、平らな硬い場所に着く。
地面に降りたらしい。
「大樹の一部がある場所なら、どこでも迎えに来れるのか?」
「可能だ。しかし、ここが最短の場所だ」
ここまで暗いと、方向の感覚も狂う。
目印になるようなものも残せないし、帰り道を探せなかったら、転移の魔法陣に頼るしかないな。それも、闇の大精霊が許してくれたらだけど。
……まずは、進もう。
首から下げていた黒い鍵を出して、暗い空間を見回す。
闇の精霊が飛んでるな。
精霊は、必ず存在感のある輝きを放つ。
明るい場所で見た時は、闇の精霊の纏う光は黒く色づいて見えるんだけど。
ここまで深い闇の中では、闇の精霊はわずかに青みを帯びた色……。濃紺の光を放っているように見える。闇の精霊の色をここまで感じられる場所なんて、そうそうないだろう。
闇の精霊に照らされた場所を見る。
岩石というより、硬い土で覆われた空間だ。天井から土の壁に沿うように木の根が這っている。
グラム湖の地下だとしたら、どれぐらい深い場所にあるんだ?ここ。
通風孔のような出口は一切見えないけど、今のところ呼吸に問題はない。
目を閉じると、かすかに風を感じる。どこか、外に繋がる空気の通り道があるのは確からしい。
精霊は、完全に密閉された空間からは出られない。精霊が外に出る為の通路や隙間がどこかにあると考えれば、自然なことか。
「メラニー、案内してくれ」
『了解』
『あたしたちもぉ、出てた方が良いぃ?』
『エル、見える?』
ユールとナターシャが出てくると、途端に周囲が明るくなった。
闇の精霊以外の精霊って、こんなに輝きが強いのか。
「悪い。二人は、俺の中に戻ってくれ」
鍵を下ろして目を閉じる。
『はぁい』
『わかったわ。困ったら呼んでね』
「ん」
頷いて。
目を開いて、視界を暗闇に慣らしてから鍵を使う。
『出発するか?』
「あぁ。頼む」
『エル。足元に気を付けて進んでくれ。こっちだ』
メラニーの案内に従って、ゆっくり進む。
……それにしても、変だな。
地面はでこぼこしてるし、一本道というわけでもないけど。ずっと、人が進むのに適した空間が続いている。
いくら人の姿を取る大精霊だったとしても、ここまで広い空間は必要ないはずだ。精霊は自然そのもの。いくらでも形態変化が可能だ。少しの隙間があれば、いくらでも別の場所に入り込めるのに。
なんで、こんな道が?
他にも人間を招き入れたことがあるのか?
ヴィエルジュの協力や闇の精霊の協力が無ければ、来ることが出来ないような場所なのに?
「!」
急に、メラニーの姿が消えた。
違う。
消えたのは、今まで持っていた黒い鍵だ。
『どうしたの?急に立ち止まって』
『メラニー、止まってぇ』
落としたわけじゃない。
ちゃんと手に持っていたにも関わらず、急に持っている感覚が消えた。
ペンダントにしていたのに、鎖もなくなってる。
誰かに取られた?
いつの間に?
『鍵はどうした?』
「失くした」
『えぇ?それじゃあ、私たちが見えないってこと?』
顕現してもらえば見えるけど。
ここで闇の精霊以外が活動するのは危険だろう。
「メラニー。アーランは居るか?」
『気配はある。この空間一帯、すべてがアーランの支配下だからな』
ここは、すでに大精霊の空間。
アーランが、どこに居てもおかしくないんだ。
『しかし、会う為の場所はまだ先だ』
「会う為の場所?アーランは、以前も人間と会ってるのか?」
『普段の居場所だ。昼の間は、いつも同じ場所に居る。夜は外に出ることもあるし、人と会うこともある』
言葉を濁された。
招き入れたことがあるかどうかについては言いたくないらしい。
でも、ここまで来て、どうして妨害するようなことをしてきたんだ?
アーランは、俺に会いたがってるんじゃなかったのか?
『エル。目を閉じてくれ』
メラニーに言われた通り、目を閉じる。
と言っても、視界に映るのは同じ暗闇だ。
目を開けていても閉じていても変わらない。
『人間は、光の反射によって世界を視認する。故に、光のない場所で世界を見ることは不可能だ。しかし、闇の精霊は違う』
確か……。
「闇が深くなればなるほど、視界が晴れるんだっけ?」
『その通りだ。エル、闇の魔法を使え。今まで光を使って見てきたものを、反転させるんだ』
「反転?」
光を?
……色を?
『闇の力が活性化し、光を失ったものがその目に浮かび上がる』
暗いものほど、普段は見えにくいものほど良く見える……?
『恐れるな。本質を見る限り世界は常にお前の前に存在する』
どんな見え方をしても、物の本質が変わることはない。
目に映る世界は同じ。
『闇は晴れ、光は陰る』
闇の精霊の力を感じて。
目を開く。
「ここは……」
明るい。
世界が白い。
これを白色と認識して良いのかわからないけど、少なくとも、俺の感覚では白だ。
光が吸収されているかのような、一切、膨張しない収縮された白。現実にはあり得ない違和感。
そして、世界に線が引かれてるように物の境界や、でこぼことした物の形も、はっきり見える。
これが、闇の精霊の視界。
『エル。進めるか』
「あぁ」
『道なりに真っ直ぐ進んでくれ』
「わかった」
流石に、顕現していない精霊を見るまでには至らないか。
……いや。メラニーは、この視界で精霊も見えてるんだよな。
「メラニーは、精霊が居ても視界が陰ることはないのか?」
『存在の確認手段は一つではない。私と人間の視認方法が異なる以上、推測になるが。リリーが精霊の光と呼んでいるものは、正確には光ではないのだろう。光の強さで精霊の強さを、光の色で精霊の種類を確認しているだけだ』
光じゃない?
……確かに。リリーの見る精霊の光が、本当に光だったなら、光の色が重なるほど明るい色になるはずだ。でも、リリーの言う精霊の色が混ざった時の色は、重なるほど暗い色に向かう。
リリーは、精霊に色を付けることで属性を識別している。
同時に、精霊の力を光の強さという識別方法で測定している。
けれど、闇の精霊は別の方法で精霊を識別している。たぶんそれは、もっと精霊の本質に近いものなんだろう。
「じゃあ、ヴィエルジュが言っていた、リリーが眩し過ぎるって話は?」
『今のところ、リリーを眩しいと認識したことはない。眩しいという基準で言うならば、光の精霊の方が上だろう』
……今のところ?
『それなら、リリーが一緒に来ても良かったんじゃないの?』
『そうかしらねぇ……』
ヴィエルジュが言った眩し過ぎるが何を指しているかわからないけど。メラニーがあの場で否定しなかった以上、闇の精霊の平穏を崩す力を持ってるのは確かなんだろう。
「あんな爆発的な光を狭い洞窟内で放たれたら、闇の精霊たちも困るだろ?」
『確かにそうね』
リリーの力は未知数過ぎる。
魔法に色を付けることが出来るぐらいだ。光と色を支配できるとしたら、充分、脅威になるだろう。
※
『到着した。ここだ』
すごく明るい空間に出た。
つまり、今まで見てきた中でも一段と闇が深い場所。
そこに白い筋が集まり、人の姿が現れた。
「アーラン?」
『如何にも』
こうして見ると、まるで光の精霊のように輝いて見える。
『これを返しておこう』
アーランの手の上には、わずかに赤みがかった白い鍵がある。
精霊が見えるヘマタイトの鍵だよな。
「ありがとう」
鍵のついたペンダントを首から下げる。
やっぱり、鍵を奪ったのはアーランだったらしい。
「なんで、鍵を取ったんだ?」
『ここなら、暗視の訓練が出来るだろう』
「暗視?」
『暗闇の世界を見ることが出来る力だ』
暗闇を視る、か。
『エルロック。良くここまで来た。私の名はアーラン。助けが必要な時は呼ぶと良い』
「精霊玉を持ってなくても、呼べるのか?」
『もちろん。勇者の呼びかけならば応じる準備はある』
「助かるよ」
ってことは、パールも呼べば来てくれるってことだよな。
『デルフィから説明は受けているか?』
「説明?」
アーランがため息を吐く。
『あの男が魔法を使った時、属性に応じた精霊の名を呼べ。そうすれば、私たちは自分の属性に応じた魔法を吸収する』
「吸収……?神の力を?」
『神の力を直接取り出すことは出来ない。しかし、魔法ならば取り込むことは可能だ。あの男は神の力を魔法に変換して使用する。私たちが魔法を掴み、魔法として変換させ続ければ、すべて吸い上げることは可能だ』
魔法を、掴む?
「そんなことが出来るのか?」
『私たちも、あの男に対して無策で居たわけではない』
ずっと、神の力を取り戻す方法を考えてたのか。
「じゃあ、俺の魔法を掴んで吸い上げることも出来るのか?」
『闇の神の力は、私の糧となる力。あれが使う力の源が闇の神の力であるが故に可能な方法だ。しかし、お前の言うことは別の方法で出来る。お前が契約するメラニーと私を繋げ、お前の魔力に干渉すれば良い』
「繋がりの再構築なんて出来るのか?」
『強い精霊が同じ属性の精霊を吸収できるように、メラニーを無理やり私が吸収することは可能だ。気分の良いものではないが』
可能だけど、精霊にとって倫理違反になるってところか。
「アーランが言った方法は、大精霊なら誰でも出来るのか?」
『方法を知る者は限られる。勇者選出の儀式に参加した大精霊は、その方法を知り、勇者と共に戦う覚悟を持った者たちだ』
だから、デルフィは全員に会えって言ったのか。
あいつが持ってる力は、光と雷、闇、炎、氷と雪、水、大地、そして、風。
「アイフェルは、光と雷の魔法を奪えるのか?」
『可能だ。どちらも同じ神の力。どちらかの魔法を掴めば神の力も吸収できるだろう』
光と雷の魔法は、光の大精霊アイフェル。
闇の魔法は、闇の大精霊アーラン。
水の魔法は、水の大精霊パール。
大地の魔法は、リリーが探してる大地の大精霊。
風の魔法は、風の大精霊デルファイ。
「残りは、炎、氷と雪?」
『この方法を知っていたパスカルは根源の神に還った。もう一人、私の知り合いに炎の大精霊が居るが。協力する気はないらしい』
パスカルは、エイダと共に……。
ルブライトの指輪を見る。
「炎の大精霊って、セズディセット山に居た?」
『そうだ。知り合いか?』
「いや。知らない。……セズディセット山に居た炎の大精霊が協力を断ったのは、俺がエイダを消滅させたから?」
『消滅ではない。根源の神へ還っただけだ。……私たちは、いずれ根源の神へ還る存在。人が気に病むようなことなどない。あれも自由で奔放な大精霊だ。気が向けば顔を見せるかもしれない』
名前も知らないし、協力を仰げる可能性は低そうだな。
炎の魔法。そして、氷と雪の魔法。どちらも、防具があれば何とかなるだろう。
「あいつと戦うのは十六日の予定だ。あいつの動き次第で予定は変わるかもしれないけど。戦う時は協力を頼むよ」
『了解した』
これで、目的は達成か。
『では、本題といこう』
「え?」
今のが本題じゃなかったのか?
『お前に、ラグナロクが残した遺産を託す』
「ラグナロクだって?遺産って、どういう……」
『千二百年前。ラグナロクは、後のことを私たちに託した。私たちは彼の遺した言葉の通り、ポラリスの御使いとなったラグナロクの体と共に神の台座へ向かった。そして、封印の棺を開き、あの男を開放した』
千二百前の大地震の原因だ。
「封印を解いたのはエイダ。そして、あいつの本体は、千二百年前からずっと外に出てたんだよな?」
『……どこで知った?』
「推測」
アーランが頷く。
『そういえば、アイフェルもデルフィも、楽しそうにお前のことを語っていたな』
楽しそうにって。どんな話だよ。
「でも、アーランから聞くまで、千二百年前に棺を開いた人間が誰かわからなかった。エイダが封印を解いた理由も」
最初は、エイダは騙されて封印を解いたんだと思ってた。アレクと話した時も結論はそうだった。でも、本当は、もっと計画的に協力していたんだ。
『エイダは、パスカルの頼みで封印の解除にのみ協力している』
千二百年前。
パスカルに頼まれてエイダが封印を解き、ラグナロクの体を借りたポラリスが棺を開いた。
封印解除のみってことは、やっぱりエイダは、あいつとは関わってないんだろう。
「あいつを開放した時に神の台座に居た精霊って、儀式に集まってくれた大精霊と、パスカル、セズディセット山の炎の大精霊、ルネと太陽の大精霊?」
『そうだ。私たちは、その時に、あの男の体に残されていた神の力も回収している』
魔法を掴んで、神の力を回収することが出来るのは実践済み。
……なら、あいつは、大精霊が神の力を奪えることを把握してるってことだよな。
「神の力を取り戻すのって、どれぐらい時間がかかるんだ?」
『取り戻す為の時間は、神の力の総量とあの男の抵抗によって変わるだろう。以前は、大して持ち出せていなかったから早く済んだ』
「ってことは、長引けば逃げられる可能性もある?」
『私たちがあの男と繋がっている限り、あの男は私たちから逃げられない。神の力を捨てるという器用なことが出来るなら、早々に切り離して逃げるかもしれないが』
神の力を取り戻すことに関しては、こっちに分があるってわけか。ってことは、あいつを逃がさない為に、大精霊に手伝ってもらうっていう選択肢もある?
『話を続けるぞ』
「あぁ」
『封印解除後。あの男は棺から飛び出し、神の力が溢れ出た。先ほど言ったように、あの男が持つ力は私たちが回収した。そのまま溢れ出た力は、ラグナロクの体を使って回収し、ラグナロクの体ごと再び封印を施した』
「再び封印を行ったのは、ルネ?」
『その通りだ』
棺が開いた後。
棺から溢れ出た神の力はラグナロクの体を使って回収し、月の力で封印された。あいつが自分の本体に貯めていた神の力も、大精霊たちに回収された。
コールポの言葉に反応したのは、ラグナロクの体が、あいつの本体の代替品の役目を果たしたからってことだよな。
「人間の体って、そんなに簡単に、あいつの代替になれるのか?」
『不可能だ。ラグナロクが本体の代替になれたのは、彼が、あの男の子供だったからだ』
「子供……?」
ラグナロクが、あいつの?
『あの男がクレアに産ませた最初の子供。長寿で不老であったが、不死ではない』
名もなき王の物語。
ラグナロクが物語を書けたのは、自分の父親の生涯を知っていたから?
でも。
「でも、それならどうして、父親を追い詰めるようなことをしたんだ?あいつを封印する魔法陣を開発したのは、ラグナロクなんだろ?」
『自分の母の願いを叶えただけだ』
「母?」
『ラグナロクの母は、ヴィエルジュだ』
「ヴィエルジュ?」
だって、あれは妖精の女王の御使い……。
―御使いとは、神が死に瀕した人間の願いを叶える代わりに、その体を神の憑代とするよう約束を交わしたものだ。
まさか。
「ラグナロクは、御使いとなったヴィエルジュが産んだのか?」
『そうだ』
ラグナロクは、あいつについて好意的な本をまとめながら、あいつに対抗する為の封印の魔法陣を開発していた。
そんな相反する行動を行ったのは、ラグナロクが、あいつとヴィエルジュの子供だったから……?
「じゃあ、なんで、ラグナロクは自分の死後、封印の棺を開くよう頼んだんだ?」
『父と母を再開させる為。ポラリスと交わした約束もそうだったと聞いている』
その為に、すべて計画してきたのか?
魔法陣を開発し、大精霊の協力を仰ぎ、あいつを完全に封印し、そして、自分の体まで利用して。きっと、気が遠くなるほど長い時間がかかったに違いない。
そこまでしてやりたかったことが、二人を引き会わせること?
……でも、ラグナロクの目的は達成された。
あいつは、千二百年前からずっと神の台座でヴィエルジュと一緒に居たんだ。
でも。
神の力を取り戻す為の行動を始めた。
「ラグナロクの遺産って?」
『この先に進め』
アーランが、俺の目の前から姿を消す。
「俺が受け取って良いものなのか?」
『その剣の持ち主に託すよう頼まれている』
見えないのに、声だけする。
闇と同化してる?
「剣って、ジュレイドのことか?」
『そうだ』
「初代国王の王妃……。リフィアにも渡したのか?」
『あの娘は、ここに来ていない』
来てないのか。
初代国王が戦ったのはベネトナアシュで、あいつじゃない。
じゃあ、ラグナロクの遺産は、あいつと戦う為に必要なもの?
進んだ先には、小さな部屋のような空間がある。
物が置いてあるようには見えないけど、何か靄がかかったようなものが見える。
普通に見れば、光を放ってるものなんだろう。
「遺産って、これか?」
『それを剣で斬れ』
巻いていたスカーフを解いて、ジュレイドを抜く。
眩しい……。
視界を戻そう。
目を閉じて。
呼吸を整えてから、目を開く。
暗闇の中で光るジュレイドと、暗闇の中で発光する宝石のようなもの。
ジュレイドを、その宝石に向かって振り下ろす。




