148 引っ張り上げる
部屋に戻ると、リリーがベッドの上に座っていた。
あれ?
珍しいな。こっちに気づいてない?
「ただいま」
声をかけると、ようやくリリーが顔を上げた。
「エル。おかえりなさい」
疲れてるみたいだな。
……それだけじゃないか。
「着替えて、出かけよう」
「え?」
上着とベストを脱いで仕舞う。
「これから、あの人の所に行くの?」
「行かないよ。しばらく休みだ」
「え?」
リリーが首を傾げる。
「でも、勇者がやらなきゃいけないことは……」
リリーの隣に座って、頬に触れる。
「別に、気負う必要なんてない」
「でも……。人も、精霊も、皆が協力してくれるって……」
「そんなの、これまでと何も変らないだろ。今までだって精霊たちは味方してくれたし、俺たちのことを助けてくれる奴はたくさん居た。この防具だって、皆が協力して作り上げてくれたものだろ?」
「そうだけど……」
俯いて、リリーが顔を覆う。
「私……。勇者なんて引き受けて良かったのかな。今までの勇者は、英雄って呼ばれるぐらいすごい偉業をなした人ばかりなのに……。私、世界の為になるようなこと、出来るのかな……」
「英雄になる必要なんてない」
リリーが首を振る。
「私……。勇者なんて向いてない」
泣き出したリリーを抱き寄せる。
―勇者とは、この地に生きるものの希望となる存在。
アレクは、そう言ってたっけ。
イザヴェラは、大精霊によって人から生まれた人間をそう呼ぶって言っていた。
勇者っていうのは、語る人間によってイメージが違うものだ。
俺が聞いた勇者は、悪魔を消滅させる為に、その対となる魂を持って生まれたもの。つまり、リリスが消えた今となっては、俺が勇者と呼ばれる筋合いなんてないんだけど。
今、古い儀式によって、新しく選ばれることになった。
あんなやり方をされたら、ゆっくり考える暇もないし、断れない。
でも、俺は……。
「私、エルを守りたい」
「俺を?」
リリーが頷いて、顔を上げる。
「もし、エルに危険があったら。あの人と戦うことよりも、勇者の使命よりも、エルを助けることを優先したい」
だから、勇者に向いてないって?
「良いよ」
「良いの?」
「俺もリリーを助けることを優先するから」
「勇者なのに?」
「肩書きなんて関係ない。リリーを失うなんて……」
赤く染まる胸。ゆっくりと閉じる瞼。力を失って落ちる腕。
リリーをきつく抱きしめる。
「二度と、あんなことしないで」
また、似たような状況に陥る可能性なんて、いくらでもある。
「……はい」
もう二度と。
リリーを失うなんて考えられない。
「勝っても負けても、何が起こっても。必ず、二人で一緒に帰ろう」
「はい」
誓って。
自分の命を大事にするって。
必ず、二人一緒だって。
「でも……。それだけじゃないの。私、あの人と戦うべきなのか、迷ってる」
ヴィエルジュとヴェラチュールを題材にした物語。
光の勇者が戦った魔王ですら、完全に悪とは言えなかった。
「戦うことは決まってる」
宣戦布告をした以上、避けられない。
「でも、決着の付け方は俺たちで決めよう」
相手を滅ぼすことだけが答えじゃないはずだ。
「それが、勇者らしくなくても?」
「俺とリリーは、月虹の勇者だ。あの時、一緒に答えただろ?」
国王陛下の問いに。
だから、否定しないで。
どれだけ悩んでも、一緒に居て欲しいから。
リリーが頷く。
「私とエルは、月虹の勇者」
良かった。
輝く瞳を見つめて、リリーの手を取る。
「だから、俺たちが出した答えが勇者らしい答えだ。それが間違いだって言うなら、勇者の選出の時点で間違ってたんだよ」
リリーが笑う。
「そうだね」
ようやく、笑顔になった。
「リリー。リリーは勇者である前に、俺の大切な人だ。それを忘れないで」
「ありがとう。エルは、私の大切な人だよ」
だから、大丈夫。
大切なことは何も変わらない。
「明日は、アーランに会いに行こう」
「闇の大精霊に?」
「あぁ。アーランは、グラム湖の光の洞窟に居るんだ。そこに、今日来ていた他の大精霊も居るかもしれない」
だから、朝一で出発すれば……。
「そこって、初代国王がエイルリオンを授かった聖地だよね?ヴィエルジュに頼めば連れて行ってくれるかな」
その手があったか。
「明日、聞いてみよう」
「うん」
駄目でも、馬を使えば遠くない場所だ。
「あいつと戦うのは、十六日。デルフィに頼んで、熱気球で神の台座に向かう予定だ。それまでに、やっておきたいことを考えておいて」
レオナールから貰った書類。あれにサインを貰わないといけない。
それに、大陸会議の資料も確認しておく必要があるだろう。
休めるのは、今だけだ。
「帰ったら、すぐに大陸会議に参加しなくちゃいけない」
「えっ?あ……。うん」
各国の代表との意見のすり合わせは、ある程度できてるとはいえ。会議はどう転ぶかはわからない。
「それが終わったら、リュヌドミエルの休暇を貰える予定。一か月あれば、グラシアルにも行けそうだな」
「旅に出るの?」
「王都に居たら、何を頼まれるかわからないだろ」
面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
出かけていた方がゆっくり出来るだろう。
「行き先はどこでも良い?」
「あぁ。行きたいところがあるのか?」
「西南諸国。あ、でも、南部の方にも行ってみたいかも」
どっちも大陸の端だ。
「一か月じゃ足りないな」
「え?」
そんな風に可愛く首を傾げられても。
……あぁ、本当に。
リリーらしい。
「良いよ。ずっと遠くへ行こう」
二人一緒なら、どこまでも行ける。
「そろそろ出かけるか」
夕食の時間だ。
晩餐会も始まってる頃だろう。休みってことは、晩餐会にも大陸会議の開会式にも参加しなくて良いってことだよな。ついでに、アレクが予定してた面倒な衣装替えもなくなれば良いけど。
立ち上がろうとしたところで、リリーに捕まった。
俺の腕を引いたリリーが、顔を上げる。
「もう少し、ぎゅっとしてて……」
……そんな顔されたら。
リリーを膝の上に引き寄せて、抱きしめる。
体を預けて来たリリーのリボンを解いて、サイドテーブルに置いて。漆黒の髪を撫でる。
望んでくれるなら。いくらでも抱きしめていたい。
これで、安らいでくれるなら。
※
どれぐらい時間が経ったのかわからない。
夜も更けてるけど、思ったより時間は経ってないな。
「気分は?」
少し眠そうだけど。
「お腹空いたかも……」
「なら、食堂に行くか」
「まだ開いてるの?」
「夜中でも開いてるよ。夜勤の兵士も居るからな」
「そっか」
※
消灯時間を過ぎた城内は少し暗い。
温かい服を選んで着替えたつもりだけど、やっぱり少し冷えるな。
歩いていると、リリーが繋いだ手に力を入れる。
「どうした?」
「だって……。王国兵士の子が、お化けが出るって言ってたから」
「お化け?」
「夜勤してると出るって」
聞いたことないな。
「お化けって、亜精霊のことか?」
「えっ?亜精霊じゃないと思う……?」
「じゃあ、どんな奴?」
リリーが唸る。
「なんか……。白いシーツが踊ってる?」
なんだそれ。
それが本当だったら、面白いけど。
「誰かが脅かして回ってるのか?」
「違うよ。中には誰も入ってないと思う」
「風の精霊の悪戯?」
「そうかもしれないけど……」
どっちにしろ、見られたら面白そうだな。
「他にも何か聞いたのか?」
「えっと……。女性王国兵士の為のお風呂は広いって」
そういえば、女性の王国兵士の増加に伴って、新しく作られたんだっけ。ヌサカン子爵が王子時代に設計したらしいし、そんなに古い話じゃないはずだ。
「後で風呂に行こう」
「王国兵士の?」
「違う。王族用の浴室がいくつかあるんだ。露天風呂とか」
「あ、露天風呂はロザリーと一緒に入ったことがあるよ」
「じゃあ、別のところにするか」
「勝手に使って良いの?」
一応、許可が必要だけど。
「この時間なら、大丈夫だろ」
どうせ、浴室は王族の居住区で寝泊まりしてる奴にしか使えない。
※
リリーと一緒に食堂へ。
この前来た時と同じで、席の半分は片づけられている。
「紅茶で良いか?」
「うん」
「頼んで来るから、適当に選んでて」
「待って、私も行く」
リリーが俺の腕を掴む。
『そんなにお化けが怖いの?』
「だって……」
白いシーツに怖い要素なんてないと思うけど。
厨房の方へ行くと、また見知った顔が居た。
「また夜勤か?」
声をかけると、デュグレがこちらに来る。
「そりゃあ、こっちの台詞だ。大陸会議が始まるって言うのに、こんな時間にふらふらしてて良いのか?」
勇者の話は、まだ公表されてないらしい。
「良いんだよ。紅茶を二つ頼む」
「二つ?……承りました。少々お待ちください」
リリーを見たデュグレが敬語になる。
今まで視界に入ってなかったらしい。リュヌリアンも持ってないし、髪を下ろして服装も違えば、わからなくても仕方ないか。
デュグレが手招きをする。
「おい。新しい店の話、レオナール様から聞いたぞ。ウエストの一等地だって話じゃないか。前は、イーストの端って言ってなかったか?」
「あれから色々変わったんだよ。店のことは、レオナールが世話をしてくれることになったんだ。開店資金は心配しなくて良いから、新しい店のメニューと仕入れは考えておけよ」
デュグレがため息を吐く。
「本当に、お前に関わると予定がめちゃくちゃだ」
「リリーに甘いものでも作ってくれ。なんでも作れるだろ?」
「なら、丁度、試作品がある」
「変なものじゃないだろうな」
「ティルフィグンでは有名な菓子だ。ティラミスって言うんだが。……御存知ですか?」
デュグレが、リリーの方を見る。
「知ってます」
「では、食後にお持ちしてもよろしいですか?」
「はい。お願いします」
喜んでる。
好きな食べ物らしい。
「温かいスープもご用意しますか?」
「あぁ。頼むよ」
「かしこまりました」
「あの……。敬語じゃなくて大丈夫です」
「しかし、」
「私、その……。エルと結婚してるから……。エルと同じ感じで扱ってもらえた方が……」
リリーの肩を抱く。
「ってわけだ。どうせ城を出るなら身分なんて気にしなくて良いだろ?わかったな」
「お前は、本当に……」
頭を抱えるデュグレを無視して、リリーと一緒に料理が並んでいる方へ行く。
「適当に選んで座ろう。この時間は残り物しかないけど」
「うん」
鶏のワイン煮込みやサラダを皿にとって、リリーと一緒に席に付く。
すると、デュグレが、フェンネルのクリームスープを持ってきた。
「いただきます」
「いただきます」
良い香りだ。
この時間の食堂は静かで良いな。
「さっき、デュグレさんが言ってたことって?」
そういえば、説明してなかったっけ。
「フローラの店の隣を貰うって話になっただろ?レオナールの案で、そこを改築することになったんだ。屋敷の通り道を作って、残りはデュグレに貸す。料理屋ならメインストリートにあった方が良いからな」
「じゃあ、薬屋は続けるの?」
「薬屋が出来るかわからないけど。しばらくは残しておく。ルイスが研究所で働くようになったら、一時的にレオナールに預ける予定だ」
ルイスが薬屋を開業するまでは、家の手入れも含めて誰かに任せておいて良いだろう。
「レオナールさん、あそこでお店をやりたいの?」
「エンドの開発拠点にでもするんじゃないか?あの辺も、一般市民が住める場所に整備していくはずだ」
「え?じゃあ、あそこで暮らしてる人たちはどうなっちゃうの?」
エンドは路上生活者も多い。
強硬手段を取るようなことはないと思うけど……。
「もし、誰かの不利益になるようなことが起きるなら、俺とリリーの立場を使って介入できる」
「私も?」
「あぁ。皇太子近衛騎士だろ?」
皇太子の威光を使える分、権限は広い。
「でも、上手な解決方法を見つけられるかな」
「困ったら相談すれば良い。相手はたくさん居るだろ?」
皆、頼りになる奴ばかりだ。
「そっか」
……そんなことやってたら、いつまでもリュヌドミエルの休みが貰えない気がするけど。
「あの人と戦うことばっかり考えてたけど。終わった後にもやることがたくさんありそう」
「当たり前だろ。リリーは、近衛騎士になったばかりなんだから」
これから、アレクのやり方に慣れていかなきゃいけない。
「城ではもう迷わなくなったか?」
「えっ?……主君の部屋には行けるよ?食堂と、皇太子総務事務室と、後、北大門の方も行けると思う」
おぉ。
「すごいな」
「うん」
それだけ行ければ、困らないだろう。
『そんなにすごい?まだ迷う場所があるっていう方が驚きじゃない?』
『十分、迷わなくなっているだろう』
『今、アレクが使っている部屋は、少し複雑な場所だからな』
『外から行くと早いんだけどねー』
『……何それ。エルの影響?皆、リリーに甘過ぎだよ』
『一番、リリーに甘いのはイリスでしょう?』
『え?なんで?』
『そうねぇ』
『うん』
同感。
皿が片付いたところで、デュグレが紅茶とデザートを二皿持ってきた。
「俺は頼んでないのに」
「出資者なら、試作品の味見ぐらいしてくれ」
「どっちがティラミスだ?」
「どっちもだよ」
ココアパウダーがかかってるのは共通してるけど。一方はプリンカップに入っていて、もう一つは平皿に乗っている。
これが、同じもの?
「もしかして、昼用と夜用ですか?」
「その通りです」
「なんで、わかったんだ?」
「えっと……。食べてみよう?」
リリーが、プリンカップの方を食べる。
「美味しい」
中身は黄色?いや、黒っぽいのも見えるな。
リリーのスプーンを借りて、一口食べる。
「コーヒーと……?なんだこれ?」
どこかで食べたような味。
「マスカルポーネだよ。ティラミスは、濃いコーヒーをしみ込ませたビスキュイと、マスカルポーネで作ったクリームを使ったお菓子なんだ」
「面白い菓子だな」
リリーが、今度は皿に乗ったティラミスを食べる。
「すごく香りが良い。舌触りも滑らかで……。エルも食べてみて」
リリーが俺の口の中にティラミスを入れる。
さっきとは味も食感もかなり違う。
強い香りは、アマレット?酒を使ってるから夜用なのか?
それに、このクリーム……。
「生卵?」
「正解。良くわかったな」
プリンカップのクリームには使われてなかった。なんで、こっちだけ?
「生食出来る卵なんて手に入るのか?」
「もちろん。他のソースにも使うからな。取引先は見つけてある」
城で働いてるなら、高い食材を扱う商人にも顔が利くか。生食可能な卵は、品質管理が厳正な分、一般の卵よりも高価だ。
「っていうか、もう少し感想をくれ」
「こっちの方が美味かった。昼も出せば良いのに」
たぶん、皿に盛ったティラミスが、本来のレシピで作られたものなんだろう。だったら、これだけで良いのに。
デュグレが、ため息を吐く。
「あの、どっちも美味しかったです。プリンカップの方は、食後のデザートにぴったりな味で、子供も好きだと思います」
「そう言っていただき、安心しました。ありがとうございます」
確かに、子供向けって言われると納得するな。生の卵を使わないなら、価格も抑えられそうだ。
「お前の感想は当てにならないな」
「だったら、試食はリリーに頼めば良い」
「では、新しい料理が出来たら、お願いします」
「えっ?役に立てるかわからないですけど……。よろしくお願いします」
デザートが評判の店になりそうだ。
※
屋根付きの浴場。
と言っても、東側の壁が無いから、見晴らしも良いし、吹き込んでくる冷たい風も気持ち良い。
『ボク、向こうに行ってるよ』
『私も。ここは、ちょっと熱いわ』
『じゃあ、私も行くわぁ』
「いってらっしゃい」
リリーが手を振る。
冷気の精霊にとっては、ここは熱いだろう。
リリーが、お湯が流れ続ける湯口を見る。
「お湯って、ずっと流れっぱなしなの?」
「深夜だし、そろそろ止まるんじゃないか?」
「勝手に止まるの?」
「ボイラーが止まれば止まるよ。お湯は、貯水槽にある水を利用してて……」
「貯水槽って、給水塔?」
「それとは別。王都は平地で水害に弱いから、大雨でシレーヌ川が氾濫しないよう、雨水や河川の管理を徹底してるんだ。城や貴族の邸宅、王都のあちこちには、雨水を貯めておく貯水槽が設置されていて、お湯を作るのに利用されてる。この浴室に流れてるのは、余った一の湯だ」
「一の湯って?」
「沸かしたての湯。一の湯は、各施設のお湯用蛇口に流れる仕組みだ。でも、ボイラーは動きっぱなしだから、湯温の調節の為に、使われなかった一の湯は風呂に流れるようになってる」
王族用の浴室もいくつかあるし、王国兵士の為の浴場もある。どこも、清掃の時間以外は、いつでも入れるはずだ。
「風呂から溢れた湯は、二の湯として洗濯や掃除に使われるようになってるんだ。ほら。再利用する風呂用の排水口はこれ。洗い場の排水口とは別になってるだろ?」
「本当だ」
だから、日中は流しっぱなしでも問題ないんだけど。今の時間だと、そのまま下水に流れてそうだな。
「雨がない時期は、お湯を作れないの?」
「あぁ。水不足の時は、貯水を優先する為に湯を止める。大雨の時も廃水制限で止めるけど。最近は、滅多に聞かないな」
利用しやすいよう仕組みが変わってるのかもしれない。
「じゃあ、お湯が出てる間は、王都に水害の心配は要らないってこと?」
「そうだな」
排水には限界がある。あいつが本気で雨を降らせれば、都市を水没させることは可能だろう。
「家で使ってるシャワーは?」
「あれは、イーストにある貯水の一の湯を使ってる」
「一の湯?王都にも二の湯があるの?」
「公衆浴場の排水だ」
「えっ?イーストに大きなお風呂があるの?」
そういえば、リリーは知らないっけ。
「家の近所にはないけど。貯水槽の近くには、だいたい市民向けの浴場があるんだ」
エンドで一の湯を使う家は稀だから、家の改装をした時に湯用の水道管を通すのが面倒だって愚痴られた覚えがある。あの辺は、安い二の湯を使う家の方が多いらしい。
目の前で、湯口から出る湯が止まった。
ボイラーの火が消えたらしい。
「静かだね」
遠く虫の鳴き声が聞こえる。
「夢みたい」
「夢?」
「こんなことしてる場合じゃないのに。こんなにゆっくりしてるから」
まだ、気にしてるのか。
「言っただろ?行く日は十六日だって。それまでは、休みだ」
「でも、あの人の方から来るかもしれない」
「王都に来たところで、ヴィエルジュが追い返すだろ」
「他の所に来るかも。港とか……。人の多いところ」
「どこに来ても一緒だ。守りに関してはヴィエルジュに頼めるから、心配しなくて良い」
「……そっか」
あいつが欲しいのは神の力。古い契約の破棄を知ると同時にロマーノに乗り込むぐらいだ。それ以外の場所に興味はないだろう。
それに、勇者の敵と定められた以上、いくらあいつでも力を温存しておくはずだ。勇者の敵は大精霊の敵。戦いの備えぐらいしておくはずだ。
……俺たちよりも魔法に関する知識を持っている相手。アレクですら手こずるぐらい戦いにおける技術も上の相手。
俺たちが勝っていることは、太陽と月の神の助力を得られることと、あいつに対して効果があるエイルリオンとジュレイドがあること。
そして。
リリーが傍に居ること。
「行く前に、ルイスとキャロルと一緒に過ごしたいな」
「じゃあ、家族で過ごす日を作ろう」
「うん」
出発前にやるべきことは、三人の大精霊に会うことだけ。
家族とゆっくり出来る日ぐらい作れるだろう。
「ティラミスは、私を引っ張り上げてっていう意味で……」
「なんで、引っ張り上げるって意味なんだ?」
「元気にしてって意味」
そういう意訳をするのか。
「そろそろ出よう」
立ち上がろうとしたところで、急にリリーが悲鳴を上げた。
「あっ、あっち……」
リリーが外を指す。
「お化け……」
「お化け?」
外の景色は何も変わらないし、白いシーツも見当たらない。
湯気でもないとしたら……。
「あそこに誰か居るか?」
誰も答えない。
契約してる精霊は皆、出かけてるらしい。
鍵を持ち歩くんだったな。
「リリー。精霊じゃないか?」
「え?」
リリーが、恐る恐る顔を上げる。
「あなたは……。え?精霊なの?」
『驚かせるつもりはなかったのだが』
聞き覚えのない精霊の声。
誰だ?
「姿を現してくれ。リリーに見えても、俺には見えないんだ」
目の前で、精霊が顕現する。
白い衣を纏ってるけど、長い髪は青いし、光も青い。
「水の大精霊か」
昼間の儀式にも来てたな。
『私の名は、パール。手伝いが必要な時は呼ぶと良い』
そう言うと、パールが水に溶けるように消えた。
「お化けじゃなかったな」
「ごめんなさい」
リリーにしか見えないなら、王国兵士が言っていたものとは別物だろう。
「もう怖くないか?」
「うん」
水場とはいえ。こんなところに現れるなんて。
わざわざ名前を教える為だけに来たのか?
手伝いが必要になったところで、精霊玉がなければ呼ぶことは出来ないのに。




