147 月を繋ぐ弓手
国王陛下を先頭に、大陸会議の代表が次々と部屋に入り、テーブルの周りを歩く。
『お客さんが、いっぱい居るね』
『エルも鍵で見てみたら?』
鍵で?
ヘマタイトの鍵を出して透明な石を覗く。
……!
部屋中に光が溢れてる。
大精霊や精霊が、こんなに集まってるなんて。
天井付近にある通気口には、中に入らずにこちらを覗き込んでいる精霊や妖精の姿も見える。
あの通気口は、精霊が出入りする為の場所?
カイトスが俺に鍵を渡したのは、この光景を見せる為?
『エル』
呼ばれて、鍵を仕舞う。
全員が椅子の横に立っている。
国王陛下が奥の席の前に立つと、アレクが部屋の扉を閉め、カイトス、ミラ、アルニタクと共に空いている椅子の横に立った。
すると、扉の近くで大精霊が顕現する。
光の大精霊アイフェル、風の大精霊デルファイ。それに、水の大精霊、大地の大精霊、闇の大精霊。
顕現しているのは大精霊だけだけど、ここには大精霊以外の精霊も来ている。
アンシェラートの契約は、精霊にとっても大きな意味を持つもの。精霊たちにも儀式が行われることは周知されてたのか。
「神聖王国クエスタニア代表、ハルトヴィヒ王太子殿下」
「はい」
「ティルフィグン王国代表、ジョヴァンニ国王陛下」
「はい」
「ディラッシュ王国代表、ハーラル王太子殿下」
「はい」
「グラシアル女王国代表、メルリシア大使閣下」
「はい」
「ラ・セルメア共和国代表、ヴィルサー大統領閣下」
「はい」
「メヘン同盟代表、サフィール盟主閣下」
「はい」
「パウリナ王国代表、アクイロリス王子殿下」
「はい」
「アルマデル王国代表、ルミナリア王女殿下」
「はい」
「本日は、お集まりいただきありがとうございます。今回、議長として進行役を務める、ラングリオン王国国王、アントワーヌと申します。それでは、契約のスートの所有者をご紹介いたしましょう」
国王陛下が促すと、アレクが最初に口を開く。
「契約の杯の所有者。サダルスウド」
「契約の剣の所有者。カイトス」
「契約の杖の所有者。ミラ」
「契約の貨の所有者。アルニタク」
この場では、ミドルネームのサダルスウドを名乗るのか。
「次に、今回の客人のご紹介を。ロマーノの長老、イザヴェラ様」
「はい」
「エルロック」
「はい」
「リリーシア」
「はい」
「以上で御紹介を終了いたします。参加者に異議のある方は発言を」
国王陛下が周囲を見回す。
「では、皆様、ご着席下さい」
十二人全員が席に着く。
円形のテーブルだし、特に席順に意味は無さそうだな。
椅子に座る。
『リリーもだよ』
イリスに言われて、リリーも椅子に座る。
これ以降、俺たちがやることはないはずだ。
「これより契約の議題に移ります。発言をしたい方は、起立願います」
クレアの議題については、すでに議論済みのはずだから、スムーズに進むと良いけど。
「今回の議題は二点。まず、一点目は、古い契約の破棄です。かつて、クレアという種族とブラッドという種族は、大地を分かち、お互いに不可侵とする契約を結びました。今回はこの契約の破棄を宣言します。異議のある方は、御起立の上、発言を」
誰も発言しない。
ちゃんと意見はまとまってるらしい。
でも、クレアとブラッドの話をするなら、あいつの話もしなくちゃいけないはずだ。
今回の異変がアンシェラートじゃなく、あいつが原因だってことも伝えてあるのか?
「異議なしの為、次の議題に移ります」
アレクが言ってた議題。
たぶん、この先は関係者にも周知されてない内容なんだろうけど。
「議題の二点目は、勇者の選出です」
勇者……?
魔王が居ないのに?
「かつて、光の勇者やラングリオン初代国王も、同じ方法でアンシェラートに祝福され、勇者に選ばれております」
初代国王も……?
アレクが言ってた初代国王が行った儀式って、勇者の選出だったのか?
「今回、ヴェラチュールと名乗る世界の脅威に対し、私たちは勇者の選出を目指します。私は、エルロック、リリーシア。この二名を、勇者として推薦します」
「!」
「え……?」
なんで?
聞いてない。
「異議のある方は、御起立の上、発言を」
「陛下、」
立ち上がると、陛下がこちらを見る。
「エルロック。発言をどうぞ」
「勇者は、歴史の中で魔王と戦う存在です。今、世界は勇者なんて必要としていない」
「陛下。反論を」
「サダルスウド。発言をどうぞ」
アレクが立ち上がる。
「勇者とは、この地に生きるものの希望となる存在。皆様も御存知のように、この地は今、ヴェラチュールと呼ばれる存在の脅威にさらされています。この脅威に対抗できる力を持つ者は、エルロックとリリーシアの両名だけ」
……なんで。
「そして、彼との戦いは、大陸のどこで起きるか予測出来ません。つまり、大陸のあらゆる場所での戦闘行為の許可、及び、大陸に生きるすべての者の支援が必要なのです。これには、我々人間の支援はもちろん、精霊の支援も含みます。つまり、勇者の選出は必要なことであると考えます」
アレクが席に着く。
……なんで。リリーを巻き込むんだ。
「こちらからも意見を述べようか」
アイフェル。
「発言をどうぞ」
「私は、勇者の選出に賛成だ。エルロック、リリーシア。君たちはあいつと戦うことを決めていて、勇者の肩書きなんて必要ないと考えているだろう。でもね。私たちが手伝いたいと考えても、今のままでは手伝う度に契約が必要になる。けれど、君たちが勇者となれば、私たちは、世界の希望となる君たちを神の意思に従って自由に支援出来るんだ。これは、十分、お互いにメリットがあることだと思うよ。……何より、気まぐれな風の精霊に邪魔されることもなくなるだろうからね」
「なんだい。失礼な言い草だね。私はいつだって二人の味方だったじゃないか」
デルフィの言葉に、大精霊たちが苦笑する。
……大精霊が参加したのは、勇者の選出に立ち会う為だったのか。
「他に発言がある方はどうぞ」
「陛下。発言の許可を」
「メルリシア様。発言をどうぞ」
メルリシアが立ち上がる。
「勇者の選出という、大陸の未来に関わる話し合いに参加出来て光栄です。……エルロック。あなたには守るべき人が居るはずです。その為に出来ることがあるなら、あらゆる方法を試すべきです。リリーシア。あなたの実力は私が誰よりも知っています。ラングリオン王国の剣術大会で優勝を果たしたのが、何よりの証拠。私はエルロックとリリーシアが勇者となることに強く賛成します」
そう言って、メルリシアが着席する。
「陛下。私からもよろしいでしょうか」
「ハルトヴィヒ様。発言をどうぞ」
今度は、ハルトが立つ。
「クエスタニアにもヴェラチュールと関係のあるものが現れ、都市を攻撃する事態が起きました。その脅威に対抗することが出来たのは、エルロック様とリリーシア様、そして、その仲間であったと聞いております。歴史の中で、魔王は常に拠点を持ち、そこに存在しておりましたが、今回はどうやら違うように感じます。勇者を選出し、大陸を上げて脅威に立ち向かうことは必要だと考えます。また、このように前例のない事態に対し、勇者を二名選出することにも私は賛成です」
ハルトが着席する。
だから、それだと……。
「陛下。発言の許可を」
「ヴィルサー様。発言をどうぞ」
大統領が立ち上がる。
「私は、勇者の選出には賛成の立場です。しかし、勇者を二名選出することには疑問があります。歴史で語られる勇者は常に一人。そして、志を共にする仲間が付き添っております。ラングリオン初代国王もまた、仲間と共に大陸の脅威に立ち向かっております。私たちは、勇者の仲間が行う戦闘行為に対し、常に寛容でありました。今回もそれは変わりません。ですから、私には、わざわざ二名選ばなければならない理由が見当たりません。その上で、私は勇者としてエルロック様を推薦します。たった一人で戦争を終結させた手腕は、吟遊詩人もこぞって歌った史実。彼の実力は、ここにいらっしゃる皆様ならご存知のことでしょう」
あんなの、史実でもなんでもない。
今の大統領は、セルメアの悪魔を敵視してないみたいだけど……。
「陛下。発言の許可を」
「アクイロリス様。発言をどうぞ」
パウリナ国の王子が立ち上がる。
「私は勇者の選出に関し、残念ながら、皆様ほど詳しい情報を持ち合わせておりません。それでも、エルロック様のご活躍は、遠く我が国まで届いております。皆様が仰る通り、勇者に相応しい方なのだと想像できます。しかし、リリーシア様に関しては、私の国まで届くようなお噂を聞いたことはございません。私は勇者を二名選ぶことについて反対するつもりはありませんが、それでも、リリーシア様を積極的に勇者に推薦する理由を持ち合わせてはいないのです。どうか、皆様のご意見をお聞かせ願えますか」
アクイロリス王子が着席する。
リリーは対外的に目立った活動をしていない。リリーの実力を気にする奴が現れることなんて、想定出来たはずなのに。なんで、リリーを巻き込んだんだ。
「陛下。発言の許可を」
「サフィール様。発言をどうぞ」
サフィールが立ち上がる。
「エルロック様のご活躍は、遠く西南の地まで届いております。魔法使いとしての活躍もさることながら、様々な難事を解決される手腕もまた見事なものです。そして、リリーシア様。グラシアル御出身にも関わらず、短い期間で皇太子近衛騎士に任命されることとなったのも実力ゆえでしょう。ワイバーンにも匹敵する巨大セイレーンの討伐、そして、外海からやって来た巨大なケトスに勇敢に立ち向かうお姿は、まさに勇者に相応しいと感じました。私は、エルロック様とリリーシア様が勇者となられることに賛成いたします」
サフィールは、リリーの近衛騎士の仕事ぶりを見てるんだっけ。
「陛下。発言の許可を」
「ルミナリア様。発言をどうぞ」
ルミナリア王女が立ち上がる。
「私もアクイロリス様同様、エルロック様のお話は耳にすることがございます。武勇にも魔法の扱いにも長けた方でいらっしゃると。そして、リリーシア様は、メルリシア様、ハルトヴィヒ様、サフィール様のお話を聞く限り、とても武勇に優れた方とお見受けします」
この中に、リリーの実力を正確に把握してる奴なんて、ほとんど居ないと思うけど。
「ただ、リリーシア様のお力について、私から質問がございます。私がラングリオン王国に船で到着する頃、急に港が晴れ渡るという不思議なことが起こりました。空は雲に覆われ、太陽が一切顔を覗かせていないというのに。まるで私たちの船を歓迎するかのように周囲の海だけが明るくなったのです。不思議に思った私は、望遠鏡を覗きました。すると、光の中心にはリリーシア様がいらっしゃったのです。あれは、リリーシア様のお力なのでしょうか」
まさか、望遠鏡で見られてたなんて。
「リリーシア。返答をどうぞ」
「えっ?」
『リリー、立って』
イリスに言われて、リリーが立ち上がる。
「はい。……あれは、私の魔法です」
周囲がざわつく。
「お答え頂き、ありがとうございます。やはり、リリーシア様は、特別な魔法をお使いになられるのですね。私は、エルロック様、リリーシア様の両名が勇者となられることに賛成いたします」
そう言って、ルミナリアが着席する。
「陛下。発言の許可を」
「ハーラル様。発言をどうぞ」
ディラッシュの王太子が立ち上がる。
「私も、エルロック様は勇者に相応しいと考えております。しかし、多くの皆様同様、リリーシア様に関する情報を持ち合わせておりません。そして、天気を晴れに変化させるという魔法の存在も知りません。光の魔法ならば、一瞬、周囲を照らして終わりのはずでしょう。しかし、ルミナリア様のお話は、それとは違う御様子です。もし、誰も知らない魔法が使えるというならば、リリーシア様は、精霊や神から特別な力を授かっている方ではないでしょうか。それならば、まさに勇者に相応しい方であると思うのです。リリーシア様。その魔法を今、見せていただくことは出来ないでしょうか」
こんな狭いところで、リリーの魔法を使うのは無理だ。
「面白いじゃないか」
風の大精霊の言葉に、全員が振り返る。
……余計なことしなきゃ良いけど。
「私も君の魔法を間近で見たいと思っていたんだ。君の魔法はとても派手だからね。丁度雨も降っていることだし皆で外に出てみるとしよう」
急に、体が浮く。
周りを見ると、リリーを除く参加者全員が、デルフィの魔法で宙に浮いている。
「あまり人間をからかうものじゃない。皆、驚いてるじゃないか」
「これぐらいで驚くような肝の小さい奴なんて居ないさ」
本当に。
大精霊に魔法を使われたのに、誰一人悲鳴を上げなかった。
「おや。君たちは少しばかり魔法のかかりが違うようだね」
「俺は今、風の魔法が強くかかる状態なんだよ。リリーは逆で、魔法が効かない状態だ」
魔法で怪我しないように加減してるんだろうけど。
周りと比べて、倍ぐらいの高さまで持ち上げられてる。
「そいつは素晴らしいね。魔法を使う敵と戦うのに適してると言いたいところだけど肝心の君を連れていけないんじゃ困るねぇ」
「大丈夫。たぶん、私も飛べると思う」
そう言って、リリーが跳躍する。
飛んできたリリーの手を掴む。
……これは、砂の魔法か?
「エル、出来たよ」
いつの間にできるようになったんだ。
「じゃあ皆で外に行こう」
「え?どこから?」
「あっち。アレクが窓を開いてる」
正面の上の方にあった窓を、アレクが取り外している。
「俺たちは先に行く。客人は丁重に扱えよ」
「わかっているよ」
リリーの手を引いて、窓から外に出る。
雨。
……思った以上に降ってるな。これじゃ、全員、すぐにずぶ濡れになる。
でも、見晴らしは良い。
「リリー。空に向かって放て」
「わかった」
空なら、力の加減なんてしなくても大丈夫だろう。
デルフィが参加者全員を屋根の上に引き上げたのを確認して、リリーに目配せする。
リリーが頷いて、手を祈るように組んだ後、空に向かって手を広げる。
淡い光が周囲を包み込んだかと思うと、その光は、どんどん膨張していく。
雨を押しのけ、周囲の景色を鮮やかな色に変えながら、どんどんどんどん広がっていく。
『リリー。これ、やり過ぎじゃないの?』
「え?」
リリーが目を開いた瞬間。弾けるように雲が吹き飛んだ。
太陽の出現と共に周囲が明るく照らされて。
虹が架かる。
「綺麗……」
「これが、ルミナリア様の仰られた魔法?」
「はい。その通りです。当時は雲が晴れることはありませんでしたが、このようなことも出来たのですね」
「こんなことが……」
「太陽を見たのは久しぶりだ」
「濡れたはずの服が乾いていますね」
「本当だ」
「こんな魔法が存在するなんて」
「あぁ、なんて美しい光景だ」
本当に。こんな魔法を使えるなんて。
「あの雲は、ヴェラチュールが出したもの。リリーシア。君は、間違いなく彼に対抗する為の力を備えているね」
「私が……?」
リリーの力は、底なしだからな。
急に、俺とリリーの周りだけが明るく光る。
見上げると、空に輝く太陽から光が降りてきた。
そして、リリーのマントが輝き始め、見たことのない模様が浮かぶ。
何だこれ?魔法陣?
「エル、それ……」
リリーが俺の腕に巻かれたスカーフを指す。
『リリーのマントも光ってるよ』
「え?」
リリーが自分のマントを引く。けど、それじゃ魔法陣の形は見えないだろ。
マントとスカーフの共通点は……。
―はい。お守りが織り込んであります。
―見えない糸が使われております。
まさか、お守りって……?
輝きが収まった後も、光に照らされてリリーのマントの一部が煌めく。
「さて。良いものも見せてもらったし帰るとしようか」
デルフィが参加者を風に乗せて運んでいった。
「待って。行かないで。エルも皆のことが見えるから」
『どういうこと?』
ナインシェ?
マリーが居ないのに、なんで?
「エル。黒い鍵で周りを見て」
黒い鍵を取り出して、透明な石を覗く。
あ。
「皆……?」
懐かしい砂漠の精霊たち。
『エル』
『見えるの?』
「あぁ。これを使えば」
『元気そうだね』
『こっちも見て。メリブも居るのよ』
『良いのよ、私の声はきっと聞こえないもの』
「聞こえるよ。これ、見えるだけじゃなく、契約中の精霊の声も聞こえるんだな」
『そうなの?なんだかリリーみたいね』
本当に。
「なんで、ここに?」
『エルとリリーが勇者になるって聞いたからだよ』
『デルフィが連れてきてくれたの』
『私たちもマリーにお願いしてきたのよ』
「でも、俺は勇者になんて……」
『大丈夫だよ』
『エルもリリーも、人間からも精霊からも信頼されてる』
『私たちも二人を祝福するわ』
でも……。
『もしかして、迷ってるの?』
「いきなりこんなところに連れて来られて、勇者になれなんて。引き受ける奴が居るかよ」
「だって、私、そんなにすごいことなんて出来ないのに」
『いい加減、認めたら?』
『そうよぉ』
『僕は、エルもリリーもすごいかっこいいと思うよ』
『勇者っぽいよねー』
『そうね。二人とも強いわ』
『あいつと戦いに行くのなら、援護はいくらあっても良いだろう』
『私たちは、はじめから賛成の立場だ』
俺は……。
『まぁ。ボクらは、二人が勇者でも勇者じゃなくても、付いて行くけどね』
……そうだよな。
「いつまでそこに居るんだい。早くおいでよ」
「デルフィ」
リリーと顔を見合わせて、頷く。
「行こう」
「では、再開いたします」
全員、さっきと同じように席についている。
「ハーラル様。発言をどうぞ」
ハーラルが立ち上がる。
「素晴らしい光景を見せていただき、感謝いたします。私はエルロック様とリリーシア様のお二人が勇者となることに賛成いたします」
ハーラルが席に着く。
「陛下。発言の許可を」
「アクイロリス様。発言をどうぞ」
アクイロリスが立ち上がる。
「私も考えが決まりました。エルロック様とリリーシア様のお二人が勇者となることに賛成いたします」
アクイロリスが席に着く。
「陛下。発言の許可を」
「ジョヴァンニ様。発言をどうぞ」
ティルフィグンの国王が立ち上がる。
「エルロック様が剣技と魔法の技術に長けたお方であることは皆様も知るところでしょう。その技術はまさに、勇者として相応しいものです。一方で、私はリリーシア様は剣技にのみ長けた方であると考えていました。その為、皆様同様、勇者としての選出には疑問を感じて居た次第です。しかし今、リリーシア様は、誰も目にしたことのない魔法をお使いになられた。これは、魔法に御詳しいエルロック様も知らない魔法なのではありませんか?」
「エルロック。返答をどうぞ」
俺が、いつから魔法に詳しいって思われてるのか知らないけど。
「仰る通り、私も知らない魔法です。そして、これは私が知る限り、リリーシアにしか使えないものです」
精霊の存在すら知られていない魔法。
「やはり、そうでしたか。この力をリリーシア様が授かったのも神と精霊の御意思なのでしょう。だとすれば、お二人が勇者となることに私は賛成いたします」
ティルフィグンの国王が着席する。
「陛下。発言の許可を」
「ヴィルサー様。発言をどうぞ」
大統領が立ち上がる。
「お二人とも、勇者として申し分のない素質をお持ちのようです。私も、エルロック様とリリーシア様のお二人が勇者となることに賛成いたします」
大統領が席に付く。
これで、全員の賛同が集まった。
……本当に?
「陛下。発言の許可を」
「サフィール様。発言をどうぞ」
サフィールが立ち上がる。
「皆様の御意思が賛成にまとまったようで何よりです。そこで、一つ提案があります。彼らにも光の勇者のような二つ名が必要ではないでしょうか。私は、さっき見た美しい虹こそが相応しいと思うのです。いかがでしょう」
サフィールが着席する。
二つ名まで、ここで考える必要、あるか?
「陛下。発言の許可を」
「サダルスウド。発言をどうぞ」
アレクが立ち上がる。
「二つ名には、アンシェラートの封印を手伝って頂いた月の女神の名が相応しいと考えておりました。しかし、サフィール様が仰るように、私たちが見た虹もとても良く似合うように感じます。この二つを合わせて、月虹の二つ名を冠するのはいかがでしょう」
月虹。
月と太陽。
アレクが着席する。
「では、新しい二人の勇者に、月虹の名を与える。これに異議のある方は発言を」
陛下が周囲を見回す。
誰も、異議を唱えない。
「エルロック、リリーシア」
「はい」
「はい」
リリーと一緒に立ち上がる。
「両名を月虹の勇者として選出する。この決定に従ってくれるか?」
リリーと顔を合わせる。
正直、勇者なんて向いてないけど。
答えは決まった。
「はい」
「はい」
周囲から拍手が起きる。
人も、大精霊も精霊も妖精も……。
「では、これより契約の儀式を行います。契約のスートは儀式の準備を」
「はい」
アレク、カイトス、ミラ、アルニタクが立ち上がり、それぞれが儀式の品を持つ。
「星の神、アンシェラートよ」
「我らの祈り」
「我らの願い」
「我らの声を聞き給え」
「ここに人の代表が集い」
「共に生きる精霊の立ち合いの元」
「我らは新たな約束を願う」
「この声が届くならば、応え給え」
四人の持つ契約のスートが輝く。
そして、窓や通気口から、光る手が次々と伸びてきた。
『アンシェラートの手だ』
アンシェラート?
こんなもの呼び出して、大丈夫なのか?
「契約の杯の所有者。サダルスウド」
「契約の剣の所有者。カイトス」
「契約の杖の所有者。ミラ」
「契約の貨の所有者。アルニタク」
「アンシェラートよ。今、新たに結ぶ契約の内容を二つ語ろう。一つは、クレアとブラッドの間で結ばれた土地の不可侵契約の破棄。我らは、お互いの自由を望む。……もう一つは、勇者の選定。我らは、エルロックとリリーシアを月虹の勇者として選定する」
アンシェラートの手が、四人のスートに絡みつく。
「では、これより儀式を行う。契約の杯の所有者、サダルスウド。私は、この契約に賛成する」
アレクが左手だけで聖杯を持つ。
そして、聖杯の上で、聖杯に絡みついたアンシェラートの手と握手を交わす。
ミラとアルニタクが、その下に自分のスートを構えると、カイトスがアレクの手の甲に契約の剣で傷をつける。そこから滴り落ちた血は、ミラの持つ契約の杖を伝い、アルニタクの持つ契約の貨に落ち、契約の杯に落ちた。
アレクがアンシェラートの手を放して聖杯に触れると、手の甲の傷が癒されて、魔法陣のような印が浮かぶ。
「契約の剣の所有者。カイトス。私は、この契約に賛成する」
カイトスも同様に、アンシェラートと握手を交わし、自分の手に傷を作る。そこから滴る血が契約の杖と契約の貨を伝って杯に落ちると、聖杯に触れて傷を癒す。手の甲には、アレクと同じ印が浮かぶ。
隣に居たリリーが俺の手を握る。
カイトスに続いて、ミラ、アルニタクが儀式を終える。
続いて、大陸会議の参加者が順に儀式に参加する。
アンシェラートと握手を交わし、全員が右手の甲に傷を負い、手の甲に魔法陣が浮かぶ。
最後。
サフィールが儀式を終え、席に戻る。
「星の神、アンシェラートよ」
「我らの祈り」
「我らの願い」
「我らの声を聞き給え」
部屋中に漂っていたアンシェラートの手が、すべて契約の杯の中に入る。
そして、杯から手が二つ出てきたかと思うと、その一つがイザヴェラに絡みつく。
「イザヴェラ様、」
「心配ない」
イザヴェラが、繭のようにアンシェラートの手に完全に包み込まれた。
杯から出たもう一つの手は、外に出て行ったみたいだ。
一体どこへ……?
アンシェラートの手が解け、イザヴェラが解放される。その手は窓の外へ去っていった。
そして、今度は杯から三つの手が出てきた。
二つが、俺とリリーに絡みつく。
やっぱり、一つ余計に出てきてる。あれは、どこへ……?
視界が完全に真っ白になる。身体も動かない。
けど、不思議と居心地が悪い感じはしないな。
月の勇者に祝福を与えよう。
エルロック。
もう、呪いに怯える必要はない。
魂が死者の世界へ向かうまで。
この身体が私の元へ還るまで。
私が守護しよう。
今のは、アンシェラート……?
視界が元に戻る。
見回しても、もうアンシェラートの手はどこにもない。
それどころか、さっきまで顕現していた大精霊も精霊も居なくなってる。
『はじまった』
『行こう』
『皆は待っていているんだよ』
声が聞こえる?
この風……。
どこかへ行った?
リリーが天井を見上げてる。
全員、出て行ったのか?
「契約の儀式は完了しました。皆様のご協力に感謝します」
国王陛下が立ち上がって入り口の方へ行く。
そして、アレクが鍵で扉を開く。
「お疲れでしょう。別室に寛げる場所をご用意しております。晩餐までの間、ごゆっくりお過ごしください」
陛下に促されて、参加者たちが部屋から出ていく。その、一人一人と顔を合わせて見送る。
外には、陛下の近衛騎士が控えていたらしい。近衛騎士たちが参加者を案内してるみたいだ。
「エルロック。リリーシア」
「カイトス」
「冒険者ギルドは、これより勇者二名を全面的に支援する。困ったらギルドに寄りな。俺たちは二人の味方だ」
「魔術師ギルドもよ。手助けが必要だったら言ってね」
「商人ギルドも支援いたします」
「ん。助かる」
「ありがとうございます」
リリーが頭を下げる。
国家どころか、ギルドも支援に回るのか。
扉の方に向かった三人が、国王陛下に深い礼をする。
「国王陛下。皇太子殿下。本日はありがとうございました」
「こちらこそ。今回の議題を御三方に賛同頂き、感謝しております。皆様にも、別室にお寛ぎ頂ける部屋を用意しておりますよ」
「冒険者たるもの自由であれ。ありがたいお話ですが、早々に退出させていただきますよ」
「私も研究に勤しむ身ですから。また別の機会に」
「残念ながら、私も別の用件がありますので。またお会いする機会を楽しみにしております」
「左様でしたか」
「どうかお気をつけて」
「ありがとうございます」
三人が礼を言って、部屋を出た。
これで解散か。
「あの、アレクさん。大精霊は、どこへ?」
「大精霊なら、今、ロマーノで戦っているよ」
「え?」
「ロマーノで?」
なんで?
「クレアとブラッドの契約の破棄は、過去の契約に立ち合ったヴェラチュールにも知らされる。勇者の敵として定められたことも」
「この場に居ないのに?」
「アンシェラートの手の届く場所に居る限り。契約の内容は、関係者に周知される。過去の魔王が勇者の存在を知っていたようにね」
あの余分なアンシェラートの手の行き先は、あいつか。
だとすると……。
「契約の破棄を知った彼が真っ先に取る行動は、ロマーノにある棺の回収だ。しかし、彼が勇者の敵である以上、大精霊は彼と戦える。……ロマーノの棺が、彼には解けない力で封印されていると知れば、すぐに引き下がると思うよ」
古い封印は、ブラッドの男が解けたけど。今は、月の力で封印し直してあるからな。あいつが開くことは出来ない。
『ただいま』
「デルフィ」
戻って来たのは一人だけ?
「大丈夫だった?」
『あいつなら追い払ったよ。イザヴェラ。里の子たちは無事だからね』
「すまない。助かった」
「他の皆は?」
『帰ったよ。でもアーランは二人に会いに来て欲しいって言ってたね。他の連中もそうだけど。私はこの子達を砂漠まで送り届けてくるよ』
「アーラン?」
『エル、またね』
『待ってるよ』
「また、会いに行くよ」
声が遠くなる。
……また、会いに行こう。リリーと。
「っていうか。アーランって誰だ?」
『エル。アーランは、闇の大精霊。私の親だ』
闇の大精霊……。
鍵を使って周囲を見回す。もう、精霊は一人も居ない。
「他の連中って?」
『さぁ?』
アーランに会いに行けば解るのか?
とにかく。先に、礼を言っておかないと。
「国王陛下」
「エルロック」
「私たちの為に、このような特別な防具を用意していただき、ありがとうございます」
陛下が俺の頭を撫でる。
「未来ある若者に勇者の責を負わせなければならないのは、どうやら呪われた伝統らしい。エルロック。リリーシア。二人の命を守るために出来ることがあるならば、どんなことでも力になろう」
陛下……。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
陛下がリリーを見る。
「リリーシア。君もエルロック同様、私の家族だ。親より先に命を落とさぬようにな」
「はい」
部屋から出る陛下を目で追う。
……ちゃんと感謝を伝えられて良かった。
「リリーシア。イザヴェラ様のご案内を」
「御意」
リリーがイザヴェラの方へ行く。
「イザヴェラ様。イレーヌさんのところへ行きましょう」
「よろしく頼む」
イザヴェラが、リリーと一緒に部屋を出る。
残ったのは、アレクと俺の二人だけ。
……確認しておかなきゃいけないことがある。
「アレク」
「何かな」
「なんで、議題のことを何も言わなかったんだ」
「言えば参加しなかっただろう」
しなかったけど。
「私一人で説得するのも難しいと思ったからね。特に、リリーシアを巻き込むとエルは怒るだろう」
「当然だ」
絶対、承諾してなかった。
「聞きたいことは、それだけかい」
「スカーフに縫い込んだ魔法陣は、誰に聞いたんだ」
「ロザリーと食事をしていたら、目の前に現れたんだ。魔法陣が光って現れたのが虹だったからね。二人に伝言してあげようって話になったんだよ」
発案したのはロザリーか。
「勇者が負けた場合、契約はどうなる?」
「何も変わらないよ。勇者の選定は、宣戦布告でしかない」
やっぱり。
これは、ヴェラチュールへの宣戦布告なのか。
「ただ、勇者の敗北は、それを支援する私たちすべての敗北を意味する。それを忘れないようにね」
人の代表と大精霊、そして、アンシェラートの祝福を得た勇者。
酷い立ち位置だ。
「こんなことになる前に、さっさとあいつを倒しに行けば良かった」
「エルは忙しかったからね」
忙しくなったのは、大陸会議の議題を担当することになったからだ。
「俺が先に戦いに行ってたら、儀式はやらなかったのか?」
「やるよ。参加者を絞って、クレアとブラッドの契約破棄だけ行っていたかな」
ティルフィグンとクエスタニアだけ?
「どうやって説得するつもりだったんだよ」
「八国の説得に比べれば、二国の説得なんて楽なものだよ。例えば、ドラゴンの存在がある。ドラゴンはクレアに育てられたクレアの守護者だ。誰もドラゴンと敵対なんてしたくないだろう?」
……アレクにかかれば、いくらでも説得の方法なんてある。
聞くだけ無駄だった。
「でも、なんでアレクはクレアの契約の破棄にこだわるんだ?」
国として、メリットは一つもないはずだ。
「エルなら、クレアを放置する選択を取れたかい」
「こんな不平等な契約、すぐに破棄した方が良いに決まってる」
「そう言うと思ったよ」
……だから?
「私らしくないと言いたそうだね」
アレクは、あらゆる影響を考慮して選択する。竜の山をクレアに明け渡すことが、戦略的に正しい理由でもある?
アレクが、くすくす笑う。
「エルは、勇者の素質は何だと思う?」
「素質?……そんなもの、あるのか?」
強大な力に対抗できる力を持ったもの。それが、勇者のはずだ。
今回の参加者の意見もそうだったし、要は、都合の良い立ち位置に居れば誰でも選ばれそうな気がするけど。
「出来ることなら、陛下も自分が勇者になりたかったと仰っていたんだよ」
「陛下が?」
「二人に王家の敵と戦う責務を負わせることを憂慮されていたんだ。けれど、陛下が勇者になることも、私が勇者になることも、誰も賛成してくれないだろうね」
「どこでも自由に武力行使可能な特権なんて、異国の王族にやったりしないだろ」
「その通り。しがらみのある立場では選ばれることはない。きっと、若者が勇者として選ばれるのも、自分が信じる正義に向かって、真っ直ぐ進めるからなのだろうね」
勝手な言い分を並べやがって。
「俺が、そんなに青臭い考えをしてるって言いたいのか」
「人間が、自らの力を越えるものに頼らなければ平和を築けないなんて思いたくない。……私の考えを真っ向から否定し続けたのは誰だったかな」
あの時の?
「他に質問は?」
「あいつの居場所と行く方法」
「神の台座。熱気球を使うと良い。デルフィが協力してくれる。でも、その前に闇の大精霊に会いに行くんだろう」
そうだった。
「場所は、わかるかい」
「光の洞窟だろ?メラニー、案内出来るか?」
『可能だ』
「他の連中の意味が解らないけど」
「エルは、今日来ていた大精霊、全員と面識があるかい」
「いや。光の大精霊と風の大精霊だけ」
「なら、闇の大精霊の他に、水の大精霊と大地の大精霊も会いたがっているということだろう」
「どこに居るか知らないけど」
「そうだね……。皆、グラム湖に縁がありそうな精霊たちだから、まずはグラム湖を目指すと良いんじゃないかい」
「ん。わかった」
水の大精霊なら水場に、大地の大精霊なら森や洞窟に居そうだ。
「でも、早めに探すんだよ。神の台座は今、極夜の季節。彼と戦う日は、月の力が強い日を選んだ方が良いからね」
極夜。北の地で起こる、太陽がほとんど昇らない時期だっけ。
「満月を狙えって?」
「もしくは、既望の日かな」
「なら、五日後だ」
十六日。
「勇者の務めを終えるまで、リリーシアと一緒に仕事を休んで良いよ。エルが担当する議題は、エルが帰って来てからはじめる予定だ」
「終わったら、さっさと仕事しに帰って来いって?」
「大陸会議中に五日も休みを取れば十分だろう」
休みって。
「全部終わったら、約束通りリュヌドミエルの休暇を取って良いよ」
「絶対忘れるなよ」
「もちろん。約束だからね」
約束。




