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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅵ.大陸会議編
PR
135/149

146 彩色の鍵

 アルベールの執務室。

 ベルトランと一緒に、朝から資料の仕上げに取り掛かる。

 じっくり取り掛かりたいところだけど、時間がない。

 今夜の大陸会議の参加者を集めた晩餐会に先立って、色々やることがあるらしい。本当は朝からアレクに部屋で待つように言われたけど、資料の作成が間に合ってないから、アレクに呼ばれるまでは、ここで仕事をする予定だ。

 

 明日。

 スコルピョンの十二日は、大陸会議の開催宣言が行われる。

 俺が担当する議題は後半に回す予定とはいえ。昨日から、クエスタニア、グラシアル、ディラッシュ、ティルフィグン、セルメアによる予備会議は始まっている。

 内容は、アンシェラートの出現によって起きた異変の報告会。

 アレクから聞いた話だと、アンシェラートの影響というラングリオンの説明に納得出来ないという意見も出ているらしい。

 異変が起こっているのは竜の山周辺だけじゃないし、冒険者ギルドでも疑問に思われていたことだ。調査を進めれば、これが大陸全土で起きていることなんて、すぐにわかる。

 アレクは、説明は陛下がコントロールしてるって言ってたけど。隠し通すにも限界があるだろう。

 それから、カイトス、ミラ、アルニタクの怪しい三人組。

 アレクに報告すると、気にしなくて良いと言われた。

 説明はそれだけ。不審な連中だけど、放っておいて良いらしい。

 

 こまめにまとめておいた会談の成果をまとめ直して……。

 良い感じに出来てきた。

「エルロック様。アニエス様がお越しです」

 もう時間か。

「ベルトラン、続きは任せる」

「あぁ。わかった」

 ここまでずっと一緒にやって来たし、ベルトランなら良い資料を作ってくれるだろう。

 

 ※

 

 アニエスと一緒に、アレクの部屋へ。

 ……と思ったら、応接室に案内された。この前、皆で虹のワンピースを作った部屋だ。客でも来てるのか?

「エル」

「遅かったじゃないか」

「……なんで?」

 ソファーで寛いでるのは、カイトス、ミラ、アルニタクの三人と、アレク。

 王族の居住区に入れる奴なんて限られるのに、どんな理由があってここに居るんだ。

「アレクが呼んだのか?」

 アレクがくすくす笑う。

「エルは、どのギルドにも所属してるから、三人のことを知っていると思っていたのだけどね」

 三人のこと?

―現在の商人ギルド総長の名は、アルニタクだ。

 まさか。

「冒険者ギルド総長のカイトスだ」

「魔術師ギルド総長のミラよ」

「商人ギルド総長のアルニタクです」

 全員、総長だったなんて。

 でも、意味が解らない。

「なんで総長が?大陸会議には無関係だろ?」

「大陸会議には参加しないよ。儀式には参加してもらうけれど」

「儀式?」

「清めの儀式を行おうか」

 アレクが机の上に置いてあった金属製のゴブレットを手に取る。すると、ゴブレットがぼんやりと光を放った。

 触れただけで光を放つなんて。魔法か錬金術の道具か?

 アレクの前に三人が集まる。

「契約の杯の所有者。サダルスウドの名のもとに。契約の品の清めの儀式を行う」

 契約の品?

 サダルスウドは、アレクのミドルネームだ。

「契約の剣の所有者。カイトスの名のもとに。契約の品の清めの儀式を行う」

 カイトスが持っているのは、刃渡りの短い剣。

「契約の杖の所有者。ミラの名のもとに。契約の品の清めの儀式を行う」

 ミラが持っているのは、短い杖。

「契約の貨の所有者。アルニタクの名のもとに。契約の品の清めの儀式を行う」

 アルニタクが持っているのは、大きめのコイン。

 それぞれの道具が淡く光を放ったかと思うと、アレクの杯に水が溢れた。

 アレクが杯を差し出すと、三人が持っていた道具を杯の水に浸す。

「∀」

「†」

「*」

「◇」

 ……何の言葉だ?

 聞き慣れない発声をした後、三人が自分の道具を杯から離す。

「これで、四つのスートは清められた」

 スート?

「あっさりしたもんだな」

「本番は午後よね」

「今、参加者を集めて陛下が説明を行っているはずだよ」

 参加者?

「アレク。何の話だ?」

「エルは、聖杯伝説を知っているかい?」

「知らない」

「えぇ?知らないの?」

「意外だな」

「ラングリオンでは有名な話だと思っていましたが」

 リリーなら知ってそうだけど。

「癒しの力を持つという聖杯の伝説。これは、聖杯探索を目的とした騎士物語で語られるラングリオンで定番の物語なんだ。そして、ラングリオン初代国王がモチーフとなっている。……座って話そうか」

 アレクの隣に座ると、アニエスが目の前にコーヒーを並べた。

 カイトス、ミラ、アルニタクもソファーに座る。

「これは契約の杯と言ってね。物語や伝説の中では聖杯と呼ばれているものなんだ」

 アレクからゴブレットを受け取る。

 俺が持っても光らないらしい。

 全体的に普通に使われるゴブレットよりは大きめだな。器の部分なんて、スープボウルぐらいの大きさがある。儀式用なら、飲用に使うことはないんだろうけど。

「これは、賢者の石で出来ているんだよ」

「賢者の石?精霊を癒す力があるのか?」

「どうかな。契約の杯が持つ力は、人の病や傷を癒すこと。そして、根源的な力は水と言われているよ。もしかしたら、聖杯の所有者と契約している精霊の傷を癒せるかもしれないけれど。試したことはないかな」

「そっちは?」

 カイトスたちの方を見る。

「剣の根源的な力は風だ。でも、これは儀式用の道具だからな。武器として使ったことはない」

「そうなの?杖は魔法使いに重宝されたみたいよ。根源的な力は火。持ち主に魔力の恩恵を授けるらしいわ」

「コインの根源的な力は土。持ち主に幸運を授けると言われてるもので、癒しの力があるという話は聞いたことがありません」

 どれも用途が限られるのか。

 水、風、火、土。人間にとって重要な意味を成す四大元素。賢者の石だからと言って、物自体に精霊を癒す力はなさそうだ。

 賢者の石が持つ性能が変化した?それとも、賢者の石の方が、特別な力を加えることで精霊を癒す力を持ち得た?

 今は製法が失われているから調べようもないけど。

「いつ作られたものなんだ?」

「いつかはわからないよ。大昔からある大地と契約を交わす為の道具だからね」

「大地って……」

「アンシェラートとの契約に使われる道具。遥か昔、クレアとブラッドの土地を分かつ際に使われたものだ」

 イレーヌが話してた、クレアとブラッドで行われた境界を決める協議のことか。

 それが事実なら、この道具の歴史は相当古い。

「確か、その決定のせいでクレアは地上に土地を失ったんだよな?」

「正確には、違うようだね」

「違う?」

「彼らにとって、これは平等な契約だったらしい。何故、今、こうなっているのかは教えてもらえなかったけれど」

「そんな話、誰から……」

 イレーヌだって詳しくは知らなかったはずだ。そんなことを知ってるのは。

「ロマーノの長老、イザヴェラ様。今、城に来てもらっているんだ」

「なんだって?」

「彼女にも儀式に参加してもらうんだよ。アンシェラートとの契約は、大地に生きるものの血に刻まれる。クレアであろうとブラッドであろうと、契約を違えることは許されない。……ただ、同じ方法で契約を結び直すことは可能なんだ」

「じゃあ、今回、三人を集めたのは、その契約を結び直す為?」

「それだけじゃないけどね」

 アレクがコーヒーをすする。

 これ以上は話すつもりがないらしい。

「でも、そんな大昔からあるものを、なんでギルドの総長が持ってるんだ?」

 ギルドの結成は、そこまで古くない。

 ギルドの前身となった組織ならいくつかあるけど、ここまで大きな組織として成立したのは、ラングリオンの建国より後の話だ。

「契約のスートは、時代を越えて様々な者の手に渡っているものなんだ。ラングリオンの記録では、初代国王と英雄たちが一度揃えていてね。これを使った儀式を行っているんだよ」

 アレクが机に置いてあった本を開く。

 杯、剣、杖、貨幣の四つを契約のスートと呼ぶらしい。それを使った儀式の行い方が記されているみたいだ。さっき、アレクがやっていた清めの儀式の方法も書かれている。

「儀式の目的は?どんな契約を行ったんだ?」

「アルファド帝国の皇帝と戦う為に必要なことだよ」

「説明になってない」

「無事に戦いに勝利した後、契約の杯だけは国に残し、残りは所有者となった英雄が別の場所へ持ち去ったと言われている」

 無視された。

「同じ場所にあるとまずいものなのか?」

「これは、アンシェラートとの契約に使われるもの。言い換えれば、大地に呪いを刻む道具でもあるからね。安易に使える状況にしておくのは危険だと思うよ」

 呪いか。

 クレアとブラッドの約束に対し、これだけ強い拘束力を持つものなら、そう言われても仕方ないだろう。

 っていうか、それなら、初代国王はどんな契約を結んだって言うんだ?

「アンシェラートとの契約なんて、簡単にするものじゃないからな。決定権は分散させておいた方が良い。俺たちは、今回の議題に賛成してるから、アレクシスの召集に応じたんだ」

「そういうこと。私も、今回の議題に異議はないわ」

「同じく。賛成の立場です」

 議題って、クレアとブラッドの間に結ばれた不平等な契約の解除のことだろうけど……。

「なんで、議題?会議じゃなく儀式なんだろ?」

「参加者の賛同があって、初めて儀式が行えるんだ。先に人間の同意を得る為の会議が必要なんだよ」

 面倒な手続きが必要ってことか。

 クレアとブラッドの取り決めも、きちんと手順を踏んで、お互いの合意の元に交わされた契約だったんだろう。一方的に行える契約ではないらしい。

「で?その契約の品が、ギルドの総長の手にあるのはなんでだ?」

 英雄の時代からギルドの誕生まではブランクがある。英雄から直接渡ったとは思えない。

「このコインは、商人ギルド結成時から存在しています。ギルド結成のシンボルとする為に第三者から譲り受け、その後、ずっと総長に受け継がれているんですよ」

「第三者って?」

「商人ギルドの記録では、ガラハドという名が語り継がれています」

「え?ガラハド?」

「最強の傭兵と同じ名前ですね。でも、こちらの記録では、ガラハドは武器商人であったと言われています」

 武器商人……?

 ガラハドは、あの時代も生きていたし、初代国王とも関わりがあるけど……。同一人物なのか?名前の一致は偶然?

「魔術師ギルドの場合は、そこまで細かい記録はないわ。流れ流れて来たものが、いつの間にか総長が受け継ぐものになったって感じね」

 なんとなく想像がつくな。さっきも普通に杖として使ってるって言ってたし、強力な魔法の道具を必要としていた魔法使いの間で取り引きされ続けて来たんだろう。

「冒険者ギルドも、最初から持ってたわけじゃないらしいな。貴族から貰い受けたとか、買い取ったものって言われてるぜ」

 冒険者なら、謂れのある宝物に興味を示すのは自然か。何かの報酬の代わりに貰ったとか、そんなルーツがありそうだ。

「商人ギルド以外は、存在を知ってるのは総長だけなのか?」

「そうね。私は先代の総長から譲り受けるまで知らなかったわ」

「俺も同じ」

「アレクは?」

「聖杯の存在は周知されていないよ。私も、皇太子となって陛下から譲り受けるまで知らなかったからね。この本は、その時に一緒に貰ったものだ。読んでみるかい」

「良いのか?」

「これから行う儀式のことぐらいは知っていても良いだろう」

「儀式って、俺は関係ないだろ?」

「客人として参加してもらうよ。リリーシアと」

 本をめくる。

 客人は、議決権はないけど会議に必要な当事者のことらしい。

「当事者って?」

「儀式に行けば解るよ。曙光のマントと炎脈のベストに着替えて参加するようにね」

 そんな装備をさせるってことは。

「儀式をやると、何かやばい奴でも出てくるのか?」

 アレクたちが笑う。

「何かと戦うことはないよ。強さの証明は必要になるかもしれないけど」

「証明?」

「それに、陛下もエルの姿を見たいだろう」

「陛下も参加するのか」

「もちろん。さっき話しただろう。儀式に参加するのは、大陸会議の代表者たち。陛下は、彼らに儀式に参加するよう呼びかけ、その為に必要なことを説明していらっしゃるんだ」

 そんなこと言ってなかっただろ。

「まさか、クレアの話までしてるのか?」

「もちろん。古い契約が破棄されるなら、私たちは地上にクレアの土地を用意しなければならないからね」

 確かに、地上にもクレアが自由に住める独立した場所が必要だ。

「大陸会議の参加者で、土地を選定するのか?」

「もう決まってるよ。ロマーノの居住者には、竜の山の先住民になってもらう予定なんだ」

「先住民?」

「そう。竜の山は、彼らの土地になる。これはすでに、ラングリオン、ティルフィグン、クエスタニアの三国で合意したことなんだ」

「でも、あの場所は、」

「アンシェラートが出てきた場所。つまり、地上で最もアンシェラートを呼び出しやすい場所だったと考えられる。こんな場所を野放しにしておくわけには行かないだろう?かと言って、どこかの国に属して悪用されるのも危険だ。それなら、無害なクレアの土地にするのが一番良い。……三国は、この考えに同意した。元々、不可侵を約束した土地でもあったからね。先住民の保護地区とするにも問題はない」

 滅茶苦茶だ。

「そんな危険な場所をクレアの永住の土地として渡すって言うのか?」

「イザヴェラ様の同意も得ている。クレアが安全に暮らせる土地の条件は、この先、人間が簡単に入り込まないような場所。つまり、開拓の余地がない未開の土地で、どの国も不可侵とする取り決めが行える場所だ。これに当てはまる場所で、私たちが今すぐ用意出来る最良の場所は、竜の山しかない」

 すでに大陸の土地のほとんどは、どこかの国に属している。領土として組み込まれていないのは、先住民が存在する場所か、居住に適さない過酷な地、戦争の絶えない西南諸国、そして、竜の山。

 ラングリオンにも居住に適した未開の土地はあるけど……。いずれ人の手が入るとすれば、そこで争いが起こる可能性もある。そうなれば、クレアの永住地には適さないだろう。

 竜の山は、エレインも果物狩りに行っていたというぐらいクレアにとって土地勘もある場所だし、納得のいく条件だったのかもしれない。

 ただ。今もレイリスがアンシェラートを封印している危険な場所に変わりはない。

「アンシェラートの封印は、太陽の神と月の神の助力を得られる状況になれば解決するよ」

「それには、あいつをどうにかしなくちゃいけないだろ」

「それは、クレアとブラッドに共通の問題だ。どの道、アンシェラートが飛び出せば世界は終わる」

 そうだけど。

「そろそろランチの時間だね。リリーシアが迎えに来るまでに着替えておいで。ロザリーが作ったスカーフもあるよ」

 身に着けるものが増えた。

「本は?」

「持ち出し禁止だよ」

 契約の杯と一緒に受け継いだ大事な物だっけ。

「アレクの部屋で読んで良いか?」

「構わないよ」

「ん」

 

 アレクの部屋に行ってメイドの待機部屋で着替えていると、アニエスがスカーフを持ってきた。

「こちらをどうぞ」

 無地の大判のスカーフ。

「首か腕に飾るのがよろしいかと」

「じゃあ、腕に」

 アニエスが、俺の腕にスカーフを結ぶ。

「これ、ロザリーが作ったのか?」

 ロザリーが作るものは、必ず細かい刺繍がされてるのに。この生地には飾りが一つもない。

「はい。お守りが織り込んであります」

「どこに?」

「見えない糸が使われております」

 なんだそれ。

 アニエスが、テーブルと椅子を準備して、コーヒーの準備に取り掛かった。

 とりあえず、儀式の項目だけでも読んでおこう。

 

 ※

 

 迎えに来たリリーと一緒に、食堂へ行く。

 ……流石に、視線を集めるな。

 リリーは虹のワンピースに、流れ星のリボンを付けている。

 大きく開いた背中部分は撫子のマントで隠れているし、短いスカートの下にはタイツも履いているけど。袖のない服は、明らかに季節外れだ。

 人も多いし、ゆっくり出来そうにない。

「リリー。サンドイッチを作って、別の場所に行こう」

「え?外は雨だよ?」

 こんな時に限って、雨か。

「じゃあ、部屋に戻るか」

「うん。わかった」

 

 ※

 

 適当に昼食を包んで、リリーと一緒に皇太子の棟の自分の部屋へ戻る。

 お茶の準備でもするかな。

 暖炉に火を灯して、薬缶にお湯を沸かす。

「さっきね、ロマーノに行ってきたの」

「ロマーノだって?」

 あそこに行くには……。

「タリスマンは?」

「エレインのを貸してもらったよ」

「そうか」

 良かった。

 っていうか。

「何しに行ってきたんだ?」

「主命で、イザヴェラ様を迎えに行ってきたの」

 イザヴェラは、リリーが連れて来たのか。

「師匠にも会えたし、フィカスにも会えたよ」

「師匠?」

『ルミエールだよ』

「あぁ」

 そういえば、鍛冶はルミエールから習ったんだったな。

「ルネがね、フィカスは紫竜じゃなくて砂竜になるって言ってたの」

「砂竜?」

「レイリスの月の力を受けて生まれてきたから……」

 親が紫竜だったとしても、受けた祝福によって持つ力が変わるのか。

「カーバンクルと同じだな」

「え?」

「ベルトランが言ってただろ?ドラゴンが吐くブレスは、結晶化していないカーバンクルの力を使ってるって。それは、大精霊から受けた祝福の力だ。フィカスがレイリスから祝福を受けたなら、使える魔法が月の力になるのは自然なことなんだろうな」

「そっか……」

 ドラゴンのブレスは、どんな属性でも破壊力のあるものだ。それに砂の力が混ざるとなれば、相当、強力なブレスになるだろう。

「雨、さっきより強くなってるかも」

 部屋の中にまで聞こえる激しい雨の音。

 あいつが雨を降らせてる?

 ……考え過ぎか。別に、自然現象としても珍しいことじゃない。

 窓を開く音が聞こえて振り返ると、何故かリリーが、外に向かって手を伸ばしている。

「リリー?何やって……」

 俺の方に来たリリーが、濡れた腕を見せる。

「このワンピースはね、魔法はすべて跳ね返すけど、自然現象は防げないの」

 意図的に使われた魔法と、自然現象は別物だけど。

「これは、どっちだと思う?」

 虹のワンピースは、マリーの水の魔法を弾いていた。これが、あいつが降らせた雨の魔法なら弾くはずだ。

 ってことは、この雨は、単なる自然現象?

 でも、あの雲はあいつの魔法のはず……?

「水の精霊は、雨を降らせることは可能なのか?」

『水を呼ぶことは可能だ』

『でもぉ、雨とはちょっと違うでしょうねぇ』

「どういう意味だ?」

『水の精霊はぁ、雲は作れないものぉ』

『雪の魔法もそうよ。一定の場所に雪を降らせることは出来るけど、雲なんて要らないわ』

 確かに。

 リリーの魔法だって、太陽を呼んだ訳じゃないのに、周囲を照らしていた。

 だとすると……。

「あいつが使う魔法は雲で、雲をコントロールすることで自然現象を引き起こしてるってことか?」

 聞いても、誰も答えない。

『知らない奴の話なんかされても、ボクらにはわからないよ』

 ……その通りだ。

 あいつに関しては、わからないことばかり。

 リリーがハンカチで自分の腕を拭く。

「あの人の魔法って、わからないことが多いよね。槍の魔法がリンの力だったら、このワンピースでも防げそうな気がするけど」

「刃物による攻撃は防げるんだっけ?」

「うん。強い魔法の力が働いてるから、物理的な攻撃にも強いみたいなの。バニーに試してもらった感じだと、斬撃と突撃に強くて、打撃には効果がないみたい」

 そんな実験もしてたのか。

 リリーのリボンに触れる。

「こっちは、打撃にも効果があるはずだ。俺が着てるベストと同じ素材なら、すべての物理的な攻撃に対して耐性があるから」

 大きくて長いリボンだから、リリーの頭部や髪を守ってくれるだろう。

「あ。マントにも、ロザリーが何か縫い込んでくれたって言ってたよ」

 リリーが背を向ける。けど、マントに何か変化があるようには見えない。

「何を縫い込んだんだ?」

「わからないの」

 マントを手にとって見る。

「お守りって言ってたよ」

 スカーフと同じ。

 これも、見えない糸を使ってるのか。

 そういえば、カイトスからもお守りを貰ったな。

 リリーがこちらを見る。

「お昼、食べよう?」

「あぁ。お茶の準備をするから待ってて」

「うん」

 丁度、お湯も沸いたみたいだ。

 ティーポットにお湯を注いで、カップと一緒にテーブルに持って行く。砂時計が落ちれば飲み頃だ。

「いただきます」

「いただきます」

 サンドイッチを食べながら、黒い鍵を出す。

「それは?」

「カイトスから貰ったんだ。南部では、鍵をお守りとして持ち歩く習慣があるらしい」

「そうなんだ」

 リリーが鍵を手に取る。

「綺麗なヘマタイトだね」

「ヘマタイト?」

「赤鉄鋼の中でも、宝石のように輝くものだよ。でも、中に入ってる透明な石は何だろう」

 リリーが、鍵についてる透明な石を見る。

 珍しいな。いつも簡単に見分けてるのに。

「あれ?」

 リリーが首を傾げて、鍵を持ちながら回りを見る。

「これ、すごく見やすい」

「見やすい?」

「精霊の輝きが。エルの光も。いつもは、蝋燭の火みたいに光がぼやけてるんだけど、その中央の輝きが良く見える。宝石みたい」

 光を収束させるような効果がある?

 でも、通常なら見えない光まで変化させることが出来るのか?

「見せて」

 リリーから受け取った黒い鍵の石から、リリーを覗く。

 あれ?リリーのすぐ傍に、イリスが居る?

「イリス?なんで……」

『?』

 石から目をそらすと、イリスが居ない。

 ……ちょっと待て。

「皆、この辺に集まってくれ」

『え?顕現するの?』

「そのまま」

 指で示した場所を鍵で覗くと、精霊たちが集まってくるのが見える。

 手を伸ばしても、触れることは出来ないのに。

 精霊が俺の手の傍に来る。

『エル、見えてるの?』

 アンジュ。

「この鍵を通すと、姿が見えるんだ」

『え?そうなの?』

 ナターシャが、鍵の傍に来る。

『私のこと見える?』

「見えるよ、はっきり。これが、リリーが見てる世界なんだな」

「うん」

 これだけ精霊が飛び回っているなら、いつも賑やかだろう。

「でも、なんで?この石は、リリーも解らないんだよな?」

「たぶん、私が知らない石だと思う」

 リリーも知らない特殊な石。

 女王の娘のように、精霊が見えて、魔法使いの光まで見える石。

 まさか……?

「カイトスさんに聞きに行けるかな」

「行けるよ。今、城に来てるんだ」

「えっ?そうなの?」

 リリーにも、一通り説明しておくか。

 

 ※

 

 昼食後。

 アレクの部屋へ行くと、儀式を行う場所へ移動すると言われた。

 グリフを先頭に、全員で移動する。

 アレクの側にはローグとマリユスが居る。でも、アレクの護衛というよりは、リリーに護衛させてるイザヴェラとイレーヌを重点的に守っているような位置取りだ。

 その後ろに、俺、カイトス、ミラとアルニタクが続く。

「カイトス」

「なんだ?」

「昨日、俺に渡した鍵。あれには、何の宝石が使われてるんだ?」

「ヘマタイトだよ」

「違う。鍵の素材じゃなくて、鍵に嵌め込まれてる透明な石だ」

「嬢ちゃんでもわからなかったのか」

 リリーが宝石に詳しいことも把握済みか。

「何の石かは俺も知らないぜ。精霊玉だとか錬金術師が作った石だとかって言われてるけど、記録には残ってない」

 知らないのか。

「南部で普通に売られてるのか?」

「まさか。総長が必要な奴に渡す特別なお守りだ。失くすなよ」

 良かった。簡単に手に入るものじゃないらしい。

 ん?

「なんで俺に?」

「これ以上の説明が必要か?ブランになった時に説明は受けてるだろ」

 説明って……。

 まさか。

「返す」

「候補者を選ぶ権利は総長にあって、お前に拒否権はない」

「な……」

「ブランになる条件だってそうだっただろ?」

 ランクブランへの昇格はギルドマスターが決定し、冒険者に昇格の拒否権はない。

「候補者への投票が始まって総長が決まれば、候補者は決定を拒否できない」

「酷いシステムだ」

「まぁ、これだけ一つの国の中枢に入り込んでる奴が選ばれるとは思わないけどな」

「だったら渡すなよ」

「持ってる間は、好きに使って良いぜ」

 ……使うけど。

「ついでに、カイトスって言うのは俺の本当の名じゃない」

「え?冒険者ギルド証の偽造なんて……」

「これは、総長としての名なんだ」

 そういうことか。

 魔術師ギルドと商人ギルドも同じなんだろう。アルニタクの名が知られているのに商人ギルド総長の存在があやふやだったのは、普段、商人として活動している時の名が違うからだ。

「後、総長の間は、魔術師ギルドと商人ギルドに所属出来ない」

「なんで?」

 普段活動している名前と総長の名が別なら関係ないはずだ。

「総長の情報は、三人の総長間で共有される。そこで資格停止手続きが取られるんだ。これの所有者が絶対に被らないように」

 総長のかけもちは、契約の品の所有者のかけもちになるから?

 複数のギルドの総長になる可能性なんて低いと思うけど。誰かの手に集まる可能性をゼロにしておく対策はあっても良いか。

 前に居たリリーの歩みが止まる。

「ここから先へは関係者しか入れません。イレーヌ。私の近衛騎士と共に待っていてくれるかい」

「はい。リリーシア。長老をお願いね」

「はい。任せて下さい」

 俺とリリーは参加させて、他の近衛騎士は参加させないらしい。

「こちらへ。螺旋階段となっておりますので、足元にお気をつけ下さい」

 アレクの後に、イザヴェラとリリーが。その後に、俺、カイトス、ミラ、アルニタクの順で、螺旋階段を上る。

 ここは、エイルリオンが飾られている尖塔の中だ。上ったとことで、エイルリオンを安置する場所しかないはずだけど……?

 

 上がっていくと、階段の途中で、アレクが立ち止まった。

 そして、壁に空いた穴に鍵を差し込む。

 隠し扉?

 こっち側は城に面してるし、部屋があってもおかしくない位置だけど。

 アレクが鍵を回し、そのまま鍵を引く。

 すると、薄暗い空間が現れた。

「どうぞ、お入りください」

 促されて、中に入る。

 中央に大きな円形の石造りのテーブルがある部屋。

 テーブルの周りには椅子が均等な間隔で並んでいる。その他にも、部屋の奥に一つ、奥の右手側にも三つ、椅子が並んでいる。

 天井は、少し高めか。正面の高い位置には丸いガラス窓がある。屋内にしては冷えると思ったら、左右の壁の上の方に、丸い通気口が複数空いている。こんなにたくさん通気口があれば、気温は外と変わらないだろう。

「客人の皆様は、こちらへ」

 鍵を回収したアレクが三つ並んだ椅子を示すと、リリーがイザヴェラを案内した。

「エルとリリーシアも、その席だよ」

「私も?」

 議決権を持たない客人は、俺とリリー、そしてイザヴェラの三人。

 円形のテーブルに並ぶ椅子は、全部で十二席。

 大陸会議の参加国は、クエスタニア、ティルフィグン、ディラッシュ、グラシアル、セルメア、メヘン同盟、パウリナ国、アルマデル国の八国。それに、アレク、カイトス、ミラ、アルニタクの四人で、合わせて十二人か。

 一つだけテーブルから離れた場所にある席は、陛下が座る席か?会議には議長が必要だ。陛下は議長をするんだろう。

 ただ、椅子のデザインは、陛下が使う椅子も、円形のテーブルに並ぶ椅子も、客人の椅子もすべて同じ。置かれている場所以外に特別な意味はなさそうだ。

 待っていると、階段を上がる複数の足音が聞こえてきた。

「参加者が来たようだね」


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