表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅵ.大陸会議編
PR
130/149

141 長い年月

「おはよう」

 食堂に行くと、本を片手にコーヒーを飲んでいたルイスが顔を上げる。

「おはよう、エル。キャロルとリリーシアは厨房に朝食を取りに行ったよ」

「ブリジットは居ないのか?」

 昨日の夜、帰った時には居たけど。

「家族が王都に来てるから、朝から出かけてるんだ。エルを待つって言ってたけど、別に用事はないでしょ?」

「あぁ」

 特に用事はない。

「他の子供たちは?」

「昨日から出かけてる。フランカとファルはシャルロの家、リューはベーリング子爵家だよ」

 リューって、プリュヴィエのことだよな。

 休みだし、ブリジットの予定を優先して、他の家に預けることにしたんだろう。

「今日は暇か?」

「午後から図書館で勉強の予定だよ。キャロルも聖歌隊の活動で、イーストの礼拝堂に行くんじゃないかな」

 どっちも午後の予定だ。

「なら、午前中は、家探しに付き合ってくれ」

「家?誰の?」

「皆で住む新しい家」

「え?」

 椅子に座って、リリーから貰った資料をテーブルに広げる。

「今の家も手狭になってきたからな。場所は、セントラルの予定。皆で探して、良いところがあったら……」

「待ってよ、引っ越すってこと?」

「あぁ」

「薬屋は?」

「辞めるよ。セントラルじゃ店は開けないからな」

 ルイスが、家の資料を覗き込む。

「前の家はどうするの?」

「料理人に貸すことに決めた。来月から使う予定だから、それまでに家を空けなきゃいけない」

「え?他の人にあげちゃうの?」

「貸すだけだ。腕の良い料理人だし、評判が上がれば、すぐに広いところに引っ越すだろ」

「店が軌道に乗るまで貸すってわけだね」

「そういうことだ」

 家賃のかからない場所で始めれば、良い足掛かりになるはずだ。とはいえ、あの店をそのまま使うなら、一度に入れられる客は十人程度。人気が出れば、早々に繁華街へ引っ越すだろう。

「エル。お願いがあるんだ」

「なんだ?」

「エルの店を僕に頂戴」

「店を?」

「貸す約束をしてるなら、戻ってきてからでも良いから」

「何に使うつもりだ?」

「薬屋」

「薬屋は無資格で出来ることじゃないぞ。資格取得には……」

「わかってる。見せたいものがあるから、ちょっと待ってて」

 ルイスが立ち上がって走り出す。部屋の扉に近づいたところで、急に、扉が開いた。

「え?ルイス?」

「ごめんね」

 ぶつかることなく二人を避けて走り去ったルイスを、リリーとキャロルが驚いた顔で見送っている。

「おはよう、キャロル」

「おはよう、エル。……ルイス、どうしたの?」

「さぁ?見せたいものがあるらしい」

 朝食を乗せたワゴンを押しながら、二人が部屋に入って来る。

 パンやスープの他に、変わった色のケーキがあるな。

「これは?」

「熟成ケーキって言うの。スパイスとドライフルーツがたくさん入ったケーキだよ」

 広げていた資料をまとめて脇に避けると、リリーがテーブルにケーキを置く。

「エル、ごめんなさい」

 キャロルが、大きく頭を下げる。

「本当は、エルが帰ってきたら家族で食べようって言ってたんだけど、この前、皆で、たくさん食べちゃったの。だから、残りはこれしかなくて……」

 なんだ。そんなことか。

「良いよ。レシピを知ってるなら、いくらでも作れるだろ?」

「レシピは知らないわ。リリーが作ったんだもの」

「リリーが?」

「違うよ、ほとんど、キャロルが作ってくれたんだよ」

「私は、ラム酒を塗っただけだもの」

 リリーは、最近ずっと忙しかったはずだし、ガラハドの家でケーキを作る暇なんてなかったはずだ。

 そういえば、前にリリーがラム酒を使ってるのを見た気が……。

「いつ作ったんだ?」

「確か……。ヴィエルジュの十日ぐらいだったかしら」

「は?」

 二か月も前?

「あの、これは熟成ケーキって言って、焼いたフルーツケーキにラム酒を添付しながら、ゆっくり熟成させながら作るケーキなの」

「熟成?ワインみたいに?」

「そう。そんな感じ。キャロルが毎日ラム酒を塗ってくれてたから、すごく美味しくなったんだよ」

 これ、そんなに手間と時間をかけて作られたケーキなのか。

「食べて良いか?」

「うん」

 フォークで一口にカットして、熟成ケーキを口に運ぶ。

 濃厚で芳醇な香り。

「美味い。こんなの初めて食べた」

 こんなに、しっとりしたケーキは初めて食べるかもしれない。

 複雑でつかみどころのない味。何度口に運んでも知り尽くすことが出来ない深い味わい。

 一瞬で皿が空になった。

―近い内に、ルイスとキャロルのところに帰れる?

―エルに食べてもらいたいものがあるの。

「前にリリーが食べてもらいたいって言ってたのは、これか」

「ごめんね、ずっと隠してて」

「ごめんなさい。勝手に食べちゃったりして。エルが帰ってきた時に食べようって、リリーが作ってくれたものだったのに。この前、出した時に、ファルがつまみ食いして。それで、皆でたくさん食べちゃったの」

 キャロルが、こんなに落ち込んでるなんて珍しいな。

「これだけ美味いなら、すぐになくなるのもわかるよ。また、二人で作ってくれるか?」

 リリーとキャロルが顔を見合わせて、笑顔で頷く。

「リリー。今度は、もっとたくさん作りましょう」

「うん。そうだね」

 良かった。いつもの元気な顔が見られた。

「さぁ、リリーも座って。今朝のスープは私が作ったのよ。冷めない内に食べてね」

 キャロルがテーブルに朝食を並べる。

 温かいスープは、食べ慣れたいつもの味だ。落ち着く。

「リリーから聞いたわ。セントラルに引っ越すって」

「これが資料だ」

 リリーの隣に座ったキャロルに資料を渡す。

「大きなお屋敷なら、掃除が大変そうね」

「掃除は定期的にメイドに頼むよ。もしかしたら、家政婦を頼むかもしれない」

「家政婦?ブリジットさんみたいな?」

「あぁ。広い家なら、家の管理人が必要だからな」

「なんだか貴族みたいね」

 本当に。

「お掃除も店番もしないなら、私、何をしようかしら」

「好きなことをやれば良いよ。勉強したいなら家庭教師を探しても良い」

「私は……」

 何かやりたいことがある?

 言葉の続きを待っていると、食堂の扉が開いて、ルイスが入って来た。

「エル、これを見て」

 ルイスがテーブルに書類の束を置く。

「錬金術研究所の研究員募集要項?」

「養成所の卒業生以外にも、一般向けに研究員の募集が行われてるんだ。僕、見習いで研究所に入ろうと思ってる」

 募集は年二回で、バロンスとベリエに行われる。錬金術に関する基礎知識を問う試験で合格点を取った後、面接によって採用の可否を判断。

 見習い採用の主目的は育成だし、目指すのは構わないけど。

「今から、もっと勉強する。研究所で薬学の勉強をすれば、いずれ薬屋を開くための資格も取得できるよ」

 薬屋の資格を取得する為には、見習いとして資格保有者に師事し、国が主催する試験に合格する必要がある。

 ルイスは俺と師弟関係にあり、錬金術に関する知識も製作経験も豊富だ。成人すれば受験資格は満たすんだけど。研究所で働くことも良い勉強になるだろう。

「やりたいって決めたなら、好きにすれば良い。でも、俺の店が欲しいなら、俺が出す課題をクリアしろ」

「わかった」

「課題は二つ。一つは、指定した薬を完璧に作ること。もう一つは、俺が作ったことのない薬を一つ完成させること」

「え?」

 メモ紙にエリクシールのレシピを書いて、ルイスに渡す。

「一つ目はそれだ。もう一つは、実物とレシピを持ってきてくれ」

 ルイスが頷く。

「課題の締め切りは?」

「研究所に入るまで。だから、来年のバロンスまでだな」

「僕が見習いの試験に受かると思う?」

「受かるよ」

 何の問題もない。

「わかった」

 だから。その先の実力を知りたい。

 

 ※

 

 朝食後。

 家族で、アレクから紹介された屋敷を見に行く。

 一軒目は、セントラルの貴族街、イーストサイドにある屋敷。

 ガラハドの家からも、そんなに遠くない場所だ。

「大きなお屋敷ね……」

「これは広過ぎるんじゃない?」

 リリーの方を見る。

「私も、ここは大き過ぎる気がする」

 屋敷の中を見るまでもないな。

「じゃあ、次に行こう」

 

 ※

 

 二軒目は、セントラルのウエストサイド。

 と言っても、貴族街ではなく、メインストリートに近い場所……。の、はずなんだけど。屋敷に続く道が複雑だ。

 セントラルは、古い建物と新しい建物が乱立している場所でもある。大きな屋敷が立ち並ぶ貴族街や、研究所に闘技場、音楽堂といった公共施設がある辺りは、それほど複雑じゃないんだけど。それ以外の場所は、住宅地や店が所狭しと並び、入り組んで複雑な路地が形成されている。

 中でも、これから行く物件は、ラングリオンの建国当時からあると言われる建物だ。

 地図を見る限り、出入口を除いた外周が、すべて他の建物で囲われている。

「エル、次はどっち?」

「左だ。曲がったら、すぐ右の道に入る」

「わかった」

 こんな道なら、リリーが迷うのはもちろん、子供が歩くのも不便だろう。見に行くのも一苦労だ。

 

 複雑な道を越えて、ようやく二軒目の屋敷がある門の前に着いた。

「これって、正門じゃないよね?」

「裏門だな」

 流石に、屋敷の入口が見えない門を正門とは呼ばないだろう。

 敷地の東にある門の鍵を開き、皆で中に入る。

「あれは?」

「礼拝堂跡だよ」

 歩きながら、資料と建物を見比べる。

 敷地の東側にあるのが、礼拝堂だった施設。昔は、たくさんの人が利用していたんだろう。結構、大きな建物だ。

 礼拝堂の裏には、使用人の居住施設だった建物も残っている。二階建ての建物は、放置されて久しく、苔むしている。

 敷地を囲う石塀は、結構高く作られてるんだな。周囲を他の建物で覆われているとはいえ、隣接する建物は一切見えないようになっている。地震があったのに崩れた形跡もないし、かなり頑丈な造りだ。

 でも、門の扉は、新しいものに取り換えられている。……しかも、複数の人間が出入りした形跡まである。

 なんで?

 鍵を使わないと出入り出来ないはずなのに。誰か下見にでも来たのか?その割りには、人数が多い気がするけど……。

 礼拝堂の正面に回る。

 敷地の西側にあるのが本邸だ。

 そして、礼拝堂と屋敷の間にあるのが、給水塔。……あれ?これ、最新式の給水塔じゃないか。あまりにも使われてない場所だから、新しい給水塔の設置場所になったのか?

 なら、管理の為に研究所の連中が出入りしてそうだな。さっきの複数の足跡の正体は、これだろう。

「エル!とっても素敵なお庭があるのよ」

 キャロルに腕を引かれて庭へ行く。

 礼拝堂の南側にあるのは、色とりどりの花が綺麗に咲き誇る庭と温室。

 明らかに高頻度で手入れされた庭だ。

 誰も住んでないのに?

「メラニー。屋敷には、誰も居ないんだよな?」

『居ない』

 じゃあ、誰が?

 こんなに複雑な道を越えて、わざわざ花の手入れをしに来る奴なんて……。

 あ。あんなところに裏口がある。

 敷地の南側、屋敷の正門があった場所は、屋敷の出入口を潰す形で家が立ち並んでいる。裏口があるのは、そのど真んの家だ。

 勝手に花壇を作ったのは、あの家の人間?

 ……資料によると、二百年ぐらい空き家状態が続いてるみたいだし、文句を言う奴も居なかったんだろうけど。

「エル!この家の鍵ってある?」

 リリーとルイスが屋敷の前に移動している。

「あるよ」

 せっかくだから、中も見てみるか。

 

 屋敷の方は、数年に一度は手入れされてるらしく、外観もきれいだ。

 と言っても、屋敷に続く道は敷石があるだけで、ほとんどが雑草で埋め尽くされている。屋敷の前には四阿もあるけど、ここも手入れはされていない。

 屋敷の鍵は……。これか。

「変わった鍵だね」

「そうだな」

 昔から使われている鍵なんだろう。

 古い鍵を使って扉を開き、中に入る。

 

 二階まで吹き抜けになっている開放的なロビーだ。二階の様子も見える。

 ロビーの左側にあるのは、扉がついていない小部屋。客人の待合室にでも使われていた部屋だろう。だとすれば、右側の部屋は使用人の待機部屋ってところか。

 資料をめくって、屋敷の見取り図を見る。

「広いね」

「うん。天井が高いわ」

「あの豪華な扉の先は何?」

「食堂だ」

 ルイスとキャロルが、ロビー正面にある豪華な扉を開く。

 食堂もかなり広いな。テーブルを取り払えばホールとしても使えそうだ。

 東の大きな窓からは、中庭を楽しめる造りになっている。今は荒れ果てた庭だけど、手入れすれば綺麗になるだろう。

「こっちは壁なのね」

 西は全面壁で、古い絵画や調度品が飾られている。

「隣は図書室らしいな」

 図書室がある屋敷は多いけど。見取り図の通りなら、かなりの広さだ。

「上に行っても良い?」

「良いよ」

 走って部屋から出て行ったルイスとキャロルを、リリーが後から追いかける。

 ロビーに戻ると、ロビーの左右にある湾曲した階段から、リリーたちが二階に上がっていくのが見えた。

 二階は手前に廊下がある。廊下沿い、左側の部屋が執務室、右側の部屋が応接室として使われていた場所だ。その間にある窓からは、中庭が見下ろせるようになっているらしく、三人が下の様子を眺めている。

 二階廊下の右端にある扉は外に続いていて、ルーフバルコニーへ出られるようになっているはずだ。

 ロビーの左側を見上げると、西の棟に続く廊下の二階部分にも、こちらを見下ろせるバルコニーがあるのが見える。まるで、小さな舞台みたいだな。こっち側の廊下と繋がってないってことは、西の棟からしか行けない場所なんだろう。

 皆は上を見るみたいだし、一階の設備を見てくるか。

 

 ロビーの右側、ルーフバルコニーの下部分にある部屋に入る。昔は使用人の待機部屋だったらしいけど、今は何もない部屋だ。

 待機部屋の北側、奥にある扉を開く。廊下を挟んだ向かいが厨房で、左はロビーに続いている。

 丁度、階段の影になってる場所にも扉があるな。ここは……。浴室になってるのか。脱衣室の奥、少し高くなった場所に、備え付けの浴槽がある。位置が高くなっているのは、排水の為だろう。浴槽の栓を抜くと、北側の部屋に排水されるようになっているらしい。

 でも、シャワー設備が無い。住むなら、付け足さなきゃいけないな。浴室の高い位置には窓が付いていて、ここからも中庭が見えるようになっている。晴れていれば星も見えそうだ。

 廊下に戻って、厨房へ。流石に設備は古いな。でも、これだけ広ければ、設備を増やすのも入れ替えるのも問題なさそうだ。テーブルを置いてダイニングとしての使用も可能だろう。

 厨房の奥、左側は洗濯室。浴槽から排水された水は、こちらに流れてくる仕掛けか。水を使いまわしてたんだろう。

 洗濯室の裏口からは、屋敷の北へ出られるようになっている。

 

 錠前を開けて、裏庭へ。

 裏庭も広いな。小さな畑を作っても良さそうだ。

 ついでに、外周も見てこよう。

 室内からも見えた中庭を横目に、屋敷の西側へ向かって歩く。

 西側は居室がある棟だ。それぞれの部屋にはバルコニーが設置されている。庭も広めだ。木製の物置小屋があるけど、これは老朽化も激しいし、処分した方が良いだろう。

 ……?

 歌が聞こえる。

 キャロルの声だ。

『綺麗な歌ね』

「どこで歌ってるんだ?」

 見える範囲の窓は、すべて閉まっている。

『あっちの上に居たよー』

「ルーフバルコニーか」

 良く通る綺麗な声だ。この歌は、サンドリヨンの歌。懐かしいな。

 セントラルに引っ越すなら、アリス礼拝堂の活動に参加するのは難しくなるかもしれない。この辺にも、キャロルが参加できるような合唱団があれば良いけど。

 歌が止んで。正面の入口から屋敷に戻る。

 

 ロビー正面左の扉の先は、二階まで吹き抜けになった図書室。

 壁一面に本が並ぶ空間だ。所々に明かり取りの窓があったり、絵画が飾られているものの、かなりの蔵書数に違いない。知らない本もありそうだ。

 奥には扉のない小部屋があって、備え付けの机が置いてある。書斎として使える場所だな。

 小部屋の外側、左右についている階段から二階に上がれるようになっている。小部屋の二階部分に上がると、広いテーブルが置いてあった。使い勝手の良い図書室だな。

 見上げると、天井付近まで本が並んでるのが見える。上の本を取るには、梯子が必要だ。

「エル。ここに居たんだ」

「ルイス」

 部屋に入ってきたルイスが、図書室を見回す。

「すごいね、ここ。王立図書館みたいだ」

「そうだな」

 本棚は、主の性格が出る場所だ。でも、これだけの本があるなら、偏った揃え方はしていないだろう。

「地震で本が落ちてこなかったのかな」

『上の方は、落ちないように手前にストッパーがあるよー』

 本当だ。

「落下防止の工夫があるみたいだな」

「すごいね。ここの本って、見ても良いの?」

「良いよ。でも、埃が多いから、スカーフか何かでマスクをした方が良い。後、古い本は崩れやすくなってるかもしれないから気を付けてくれ」

「わかった」

『エルは本を見ないの?』

『本を読み出したら、出てこれなくなっちゃうものねぇ』

 ……早く他の部屋も見てこよう。

 

 ロビーに戻って、西の棟に続く廊下へ。

 廊下は南側に窓があるけど、北側は壁になってる。

「……」

 少し、違和感があるな。

『あ。歌が聞こえるわ』

 キャロルの声だ。今度は屋内で歌ってるらしい。

 違和感のある廊下を抜けて西の棟へ。左右に伸びた廊下沿いには個室が二つ並んでいて、北の端にも部屋がある。一階は、客人の部屋として使われていた場所だろう。

 南にある階段を上がると、ゆとりのある踊り場が現れる。珍しい造りだな。小さなテーブルと椅子まで設置されている。三面に窓があるし、晴れていたら明るくて気持ちの良さそうな場所だ。

 歌声は、この上から聞こえてくる。

 ……先に、二階の様子を確認しよう。

 二階は、廊下沿いに部屋が三つ並んでいる。この辺は子供部屋か?北の端には扉のない小部屋。物置部屋か、子供の遊び部屋として使われていた場所だろう。

 東にはロビー方面へ続く廊下。ここも南側にだけ窓が付いているな。廊下を進むと、ロビーから見えた二階のバルコニーに出た。

 見下ろすと、リリーが居るのが見える。

「リリー」

 呼ぶと、リリーがこちらを見上げて、手を振る。

「エル」

「ルイスが、そこの図書室に居るはずだから、ロビーに呼んでおいてくれ」

 図書室の方を指す。

「うん。わかった」

 リリーが図書室に入るのを確認してから、廊下を戻る。

「キャロル!」

 名前を呼ぶと、歌が止んで、キャロルが階段から降りて来た。

「エル。どうしたの?」

「こっちに来て」

 キャロルの手を引いて、ロビーのバルコニーに戻る。見下ろすと、ロビーでリリーとルイスが待っていた。

「さっきの歌、ここで歌ってくれ」

「え?」

「ほら」

 キャロルを前に出して、後ろに下がる。

「わかったわ」

 キャロルが、歌い始める。

 綺麗な歌声だ。それに、ロビーは広いから良く響く。

 こんな風に、ゆっくりキャロルの歌を聴くのは久しぶりだな。

 知らない間に、こんなに良く伸びる声で歌えるようになってたのか。心地の良い歌声だ。

 歌が終わって、皆で拍手を送る。

 キャロルがロビーを見下ろして、手を振った。

「聴いてくれて、ありがとう」

 そして、こちらを振り返る。

「綺麗な歌だったよ」

「ありがとう、エル。……私、他のところも見てくるわね」

 そう言って、キャロルが鼻歌を歌いながら廊下を駆けていく。

 あ。そうだ。

 ロビーを見下ろすと、まだ二人が居るのが見える。

「ルイス、リリー」

 呼ぶと、二人がこちらを見上げる。

「洗濯室の鍵、開けっ放しだから、閉めておいてくれ」

「え?」

「洗濯室って、どこ?」

「外に出られる場所だよ。探してみな」

「わかった」

「探してみる」

 

 廊下を戻って、階段を上がる。

 下と同じような広い踊り場の上。三階は主寝室で、二間続きの部屋になっている。左右に窓がある明るい部屋だ。他に高い建物もないから、見晴らしも良い。セントラルの西側だから、窓からは養成所まで見えるな。

 

 だいたい、見たい場所は見たかな。

 埃をかぶっているものの、壊れているような場所もないし、綺麗に保存されてる屋敷だ。

 必要なものは揃ってるけど、貴族が使うには狭いんだろうな。かと言って、屋敷も庭も広いから、管理に金がかかるのは目に見えている。セントラルにあるとはいえ、出入りする道も複雑だし、定期的に錬金術研究所が管理しにくる給水塔があるとなると、住み手が現れないのも頷ける。

 後は……。

 さっきの、違和感。

 資料を見ながら図書室へ行く。

『また、図書室?』

「メラニー、バニラ。この辺に、まだ俺が入ってない部屋がないか?」

『ある』

『ある』

「どの辺?」

『左側に空間がある』

『この下に空間がある』

「二か所も?」

 資料に書かれていない隠し部屋。

 絵画が飾られてる壁が怪しいな。あの辺に左の空間に続く仕掛けがありそうだ。位置的には、西の棟とロビーを繋ぐ廊下の北側。

 でも、地下にも何かあるのは予想外だったな。下に続く階段があるとすれば、机のある小部屋が怪しいだろう。

 小部屋に入って、机の周囲を探す。

 ……あっさり見つかったな。机の下。椅子の足元に引いてあったラグマットをどけると、取っ手が埋め込まれた床が現れる。取っ手を出して引くと、床板が持ち上がり、地下に続く梯子が現れた。

「ここ、どこに繋がってるんだ?」

『城と繋がっていた古い通路だな。今も城まで繋がっているかはわからない』

 城とガラハドの家を繋げていた地下通路か。

 調べるのは時間がかかりそうだ。今度にしよう。

 扉を閉じて、ラグマットと椅子を戻す。

 次は、図書室左の空間。

 一階はすべて本棚だし、扉があるとすれば二階だ。階段を上がって二階へ。そして、西側にある絵画の前へ行く。他は本棚だし、動かせそうな場所はここだけだろう。

 まずは、壁。

 絵画を囲む場所は、扉のような形で壁が若干へこんでいる。壁の装飾にも見えるけど、押すと継ぎ目に隙間が見えた。動かせそうだな。でも、壁を強く押しても反応はない。絵画の裏に何かある?縦長の絵画をずらすと、手をひっかけられそうな丸いくぼみが見つかった。ってことは、引き戸?でも、右に引いても、左に引いても動く様子はない。

 いや……。何か穴がある。

 これは、鍵穴?

 屋敷の鍵と同じなら良いけど。

 鍵穴に鍵を差し込んでひねると、鍵が開く音がした。

 鍵を抜いて壁を押すと、壁が動く。

 扉になっていたらしい。裏側には、ちゃんと取っ手が付いてる。

 流石に、この部屋は暗いな。

「温度を上げる神に祝福された光の源よ。黎明の眷属よ。我に応え、その力をここに。クラルテ!」

 明かりを灯して、隠し部屋の中を見る。

 入ってすぐ目に入るのは、圧迫感のある壁。少し左にずれると、左隅に梯子がある。その右には、下へ続く階段。

 まずは上から調べるか。梯子を使って上がり、天井板を押し上げる。

 ここは、外?

 そんなに広くない床には、良くわからない鉢植えと、雨水を貯めていたらしい割れた壺がある。何か育てていたのかもしれないけど、今は土しか残ってない。

 周囲を見渡す。西側は壁になっているものの、他は開けてるから、晴れていれば陽射しも受けられる。植物を育てられる環境は整ってるとはいえ。こんな変な場所で何を育てていたかは不明だ。

 梯子を下りて、今度は階段を降りる。

 ……酷い場所だ。今日調べた中で一番埃をかぶってるし、蜘蛛の巣も張っている。明らかに長い間、手入れされてない。

 あるのは本棚。

 スカーフを取り出して、口元に巻く。

『大丈夫?』

 頷く。

『なんか、楽しそうだねー』

 だって。こんな場所にあるってことは、保管されてるのは希少価値の高い本に違いない。

 ……価値の高い本?

 そういえば、ここって、ラングリオン王国の建国当時からある古い建物って書いてあったよな。

 だったら、なんで、こんなに大量の本を置いた図書室が存在してるんだ?

 当時は本を大量生産出来なかった時代で、今より本の価値は高かったはず。にも関わらず、これだけ広い図書室を作り、本を集めていたってことは。この屋敷は、国として本を集めていた拠点だったんじゃないのか?

 ……いや。それだけじゃない。隣には古い礼拝堂もあったんだ。もしかしたらここは、建国当時、城の建設が完了するまでの間、国の中心的な役割を担っていた場所だった?

 資料には、詳しい屋敷の歴史は書かれていないけど。取り壊すこともなく大事に保管されていたなら、その可能性は高いだろう。

 だとすれば、この屋敷の図書室に置いてある本は、すべて歴史的価値のある本ってことになる。そして、この隠し部屋に置かれている本も。

 ……やっぱり。

 これは、ドラゴン王国時代の言語で書かれた文献だ。こんなにきれいな状態で残ってるなんて。王立図書館にもない貴重な本の宝庫じゃないか。

 もしかしたら、ラグナロクが書いた本もあるかもしれない。

 丁寧に埃を払いながら、本の背表紙を一つ一つ確認していく。

 あった。

 名もなき王の物語。

 リリーが言っていた通り、著者がラグナロクになってる。

「エル!ここに居るの?」

 リリーの声だ。

「居る……っ」

 声を上げようとしたけど、埃を吸い込み過ぎて咳き込む。

「エルっ?」

 咳き込みながら階段を上がると、リリーが階段を降りてきた。

「大丈夫?」

「平気。埃を吸っただけだ」

 リリーが俺の頭についた埃を払う。

「ここ、隠し部屋なの?」

「あぁ。下にも古い本がある。ラグナロクが書いた名もなき王の物語を見つけた」

 本をリリーに見せる。

「これ、グラシアルにあったのと同じのだよ」

 原典に近いもので間違いないらしい。

「屋敷は見終わったのか?」

「うん。洗濯室の鍵を閉めたから、エルを探してたの。皆、待ってるよ。ロビーに行こう」

「あぁ」

 とりあえず、今日の探索はここまでだな。

 図書室に戻る。

 そういえば、この扉って、押して開けたよな。閉める時はどうするんだ?

 ……あぁ、絵画をひっかけてる部分が、取っ手みたいに使えるのか。絵画を外して取っ手部分を引くと、扉が閉まった。

 鍵をかけて、絵画を取っ手にかける。これで、元通り。

 

 ※

 

 皆でロビーに集まる。

「どうしたの?エル。埃だらけね」

「隠し部屋があったんだよ」

 口に巻いていたスカーフを外して、服の埃を払う。

「それで?この屋敷の感想は?」

「素敵なお屋敷だと思うわ。庭も広くて」

「僕も良いと思う。この図書室、すごいよね」

「私も、良いところだと思う」

 皆、気に入ったみたいだな。

 俺も図書室は、もう少し調べたい。

「ただ……」

 ルイスとキャロルが目配せする。

 言いたいことは、わかる。

「あのっ、私、大丈夫だよ。一人でも来れると思う」

『それは言い過ぎじゃない?』

 流石に、一人じゃ無理だろう。

「それに、ほら。困ったら、フローラに頼んでみるから」

「フローラに?」

「ここってフローラの家の裏だから」

 地図を見る。複雑な道のりだから気づかなかったけど。ここ、ウエストストリートのすぐ裏だ。ってことは……。

 

 屋敷を出て、正門跡へ。家の裏口を叩くと、すぐに扉が開いて、見知った人物が現れた。

「エル?」

「フローラ」

「どうしたの?給水塔の点検でもしてた?」

「違う。ここの温室と花畑は、フローラが手入れしてるのか?」

「そうよ」

「なんで、勝手に屋敷の土地を使ってるんだ?」

「勝手に?ここは私が引き継いだ場所よ?」

「どういうことだ?」

 資料には、そんなことは一言も書いてない。

「ずっと昔の話よ。屋敷の持ち主が亡くなった後、後継者に指名されたとかで、そこで家政婦として働いていた人がすべての財産を相続して花屋を始めたらしいわ。私は、前の花屋の主人から、お店を継いだの」

 前の所有者の情報は……。

 あった。

「ここには、屋敷の主から財産の受取人に指定された家政婦は、屋敷を国に返還したって書いてあるぞ」

「嘘よ。私の前の人も、その前の人も、ずっと使ってるのよ」

「ずっと空き家だっただけだろ?」

「そんなことないわ。給水塔を管理してる錬金術研究所の人だって、何も言わなかったもの」

「研究所は無関係だ。国から指定された場所に給水塔を建設して管理しているだけ。ここは国が占有する場所なんだよ」

「嘘よ」

「遡って調べれば、すぐにわかることだ。っていうか、税金を支払ってるならわかるだろ」

 土地の占有者は、毎年、地価に応じた税金を支払わなければならない。

「毎年たくさん払ってるわ。両隣も私が貸してるお店だもの」

「両隣も?」

「そうよ」

 知らなかった。ウエストストリート沿いに店を三軒も持ってたなんて。

「良く、そんな場所を引き継げたな」

「ここは花屋の為の場所なのよ。私もいずれ、王都で花屋をやりたい子に継がせるわ」

 理由になってない気がするけど。

「この書類を読む限り、花壇を作ってる場所は屋敷の所有者が占有する土地だ」

「えぇ?」

 フローラに書類を見せる。

 憶測になるけど。

 元々、ウエストストリートはこの屋敷の前に作られたんだろう。

 でも、メインストリートの前なら商売をやるのに打ってつけだ。家政婦が屋敷を相続した後、誰かが屋敷の前に店を建設することを提案し、家政婦は、その場所の占有権を売った。そうして、ウエストストリートと屋敷の間に店が立ち並ぶことになったんだろう。

 そして、自分で花屋を始める時は、正門前を潰して店を作ったってところか。本来なら屋敷の正門を潰すなんて考えられないことだけど、元々、屋敷の所有者だったなら可能だ。

 その後、どういう経緯があったにしろ。正門を潰された屋敷なんて売れるはずもなく、家政婦は屋敷を国に返還することにした。屋敷の一部を花壇として使ってることは、うやむやのまま。

 国は、仕方がないから、裏門に続く道だけはどうにか残し続けたって感じか?

「そんな……。ここがないと困るわ。花を育てることが出来なくなる」

「だから、俺と取引をしてくれ」

「取引?」

「俺は、屋敷からウエストストリートに出る道を作りたいんだ。両隣もフローラが所有してる店なんだろ?こっちの店を俺にくれたら、今、フローラが使ってる場所を全部渡す」

 土地の占有者は、占有権の譲渡が可能だ。それなりの手続きが必要だけど。

 はじめは、フローラに、店を出入口としての利用出来るよう交渉しようかと思ってたけど。西側の店を貰えば、屋敷からウエストストリートに出る道が作れる。そっちの方が良いだろう。

「駄目よ。そんなの割りに合わないわ。隣は、私の花屋よりも広い店なのよ」

 確かに、等価交換にならないか。メインストリートの店なら、いくら金を積んででも欲しがる奴は居る。

「だったら、礼拝堂も含めて……」

「そういえば、奥に使われてない家があったわよね?」

「あぁ。昔、使用人が使ってた場所だ」

「そこを人に貸せるぐらい綺麗にして」

「は?」

「それぐらいして貰わないと」

「使用人の部屋なんて狭いし、老朽化も激しいし、再利用なんて出来るわけないだろ」

「大丈夫よ。知り合いに建築に詳しい人が居るから」

「場所だって、古い礼拝堂の裏なんだぞ?」

「問題ないわ。こっちに抜ける通路は作ってくれるんでしょう?」

「共有する気か?」

「その部分だけ国に返還すれば、公共の通路として認められるわ」

 都合の良い話だな。

 でも、給水塔の管理もあるし、公共の通路にしても構わないか。

「わかったよ。裏の建物の改装費用は俺が持つ。でも、時間がかかるぞ」

「こっちだって、隣の店主に立ち退きをお願いするには時間がかかるもの。それでお相子よ」

 立ち退きの交渉まで頼めるなら、悪くない条件か。

「なら、立ち退きが完了次第、通路を作り始めて構わないな?」

「もちろんよ。それで、こっちの礼拝堂もくれるのよね?」

「良いけど、そっちの面倒までは見ないぞ」

「心配しなくても、自分で綺麗にするわ」

 まとめると……。

 フローラに敷地の地図を見せながら、線を書き込む。

「ここから東側がフローラの土地。中央の給水塔のラインは国に返還する。で、西側の屋敷がある場所が俺の土地。フローラの店の西側の店は俺が貰って、一部を削って通路を作る。これで良いか?」

 中央に国が管理する緩衝地帯があれば、通路の利用も問題ないだろう。

 給水塔との間には目印の柵を付けておいた方が良いかもしれないけど。

「良いわ。交渉成立ね」

「いや。もう一つ頼みがある。通路が完成するまで、フローラの店を屋敷の出入りに使わせて欲しいんだ。家族だけでも良いから」

「あー。なるほどね。私が店を開けてる間なら好きに使って良いわよ。通れるなら、家の隙間を使っても良いわ」

 隙間って……。子供ぐらいなら、通り抜けは可能か。

「ん。助かるよ」

「じゃあ、今の内容で書類を作って貰う?」

「あぁ。シャルロに頼んでくれ」

 線を引いた敷地の地図をフローラに渡す。

「明日には取り掛かるわ。早めにサインしてね」

「わかった」

 シャルロに書類を作って貰えば、アレクにも正確な情報が伝わるだろう。

 っていうか、屋敷は手入れが必要だし、フローラとの約束も出来た。引っ越しが出来るまで時間がかかりそうだな。家の荷物は、一時的にシャルロかガラハドに預かって貰わないといけない。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ