140 似たもの
ノックの音が鳴る。
『ロニーだな』
珍しいな。
近くにあったガウンを着て、扉を開ける。
「おはよう。エル」
「おはよう。何の用だ?」
「昨日の夜に届いた報告だよ。読んでおいてね」
ロニーから書類を受けとる。
あれ?
手首に痣?
「どうしたんだよ、これ」
右腕の袖を引くと、腕中に痣が広がっているのが見える。
「ちょっとね。痛みはないよ。色がなかなか消えないだけで」
色……。
「魔法研究所のスカーフ、持ってないのか?」
「持ってるよ」
ロニーが左腕の袖をまくる。
腕には緑色のスカーフが巻かれてるけど……。
スカーフを外した腕も痣だらけだ。
「巻くだけで効果があるか実験してたんだけど」
ロニーが右腕の袖もまくって見せる。
痣の状態は、どちらも同程度。
「観察して四日目ぐらいだけど、経過に変化はないかな」
「魔法を使わなきゃ効果は発揮しないってことか」
「そうみたいだね」
ロニーの腕にスカーフを巻き直す。
「もう実験は終わりで良いだろ」
四日も変化なしなら、これ以上観察しても意味がない。
「治してくれるの?」
「あぁ」
使う魔法は、癒しの魔法で良いんだよな?
布越しに大地の魔法を使う。
そして、少し間をおいてからスカーフを外す。
効果あり。
痣の痕ぐらいなら、簡単に消せるみたいだな。
「すごいね。消えてる」
「そっちは?」
「こっちもやるの?」
「当たり前だろ」
もう片方の腕にもスカーフを巻く。
「おはよう、ロニー」
「おはよう、リリー」
寝間着の上にショールを羽織ったリリーが、ロニーの腕を見る。
「怪我をしたの?」
「ちょっとね。朝食を終えたらアレクの部屋に行ってね。服装は自由だよ」
「わかった。ゆっくり休んでね」
「ありがとう」
リリーがロニーの脇を抜けて、部屋を出る。
昨日使ったカップを洗いに行ったらしい。
っていうか。
「どんなことやったら、ここまで酷くなるんだよ」
「秘密の特訓だから、誰にも言わないでくれると助かるかな」
どんな特訓だ。
スカーフを外すと、痣の色が消えている。
「ありがとう。お礼に、このスカーフをあげるよ」
「良いのか?」
「私じゃ使い道はないからね」
巻くだけで効果が無いって実証された以上、大地の魔法を使えないなら持っている意味はないか。
「じゃあね」
「あぁ」
ロニーと別れて、書類を見ながらクローゼットの方へ行く。
着替えは、これで良いか。
報告内容は……。
盗賊ギルドの暗殺者が、まだ俺を狙ってる?
依頼受諾後、連絡が付かない状況が続いている為、依頼の破棄が出来なくなっているらしい。ギルドの登録名は、ハンド。腕に剣花の紋章に似た焼印を持つ男。
ハンド?
―……古い馴染みだから、兄貴が声をかけたんだ。
まさか、クロエ誘拐時に会った奴?
腕に焼印ってことは、こいつも、ラングフォルド家で育成された暗殺者だった可能性がある。
「メラニー。クロエ誘拐の関係者だったハンドは覚えてるか?」
『会えばわかるかもしれない』
同一人物なら、メラニーが気づいてくれるだろう。
そういえば、リリーも服装は自由だっけ。
今日は、これにしよう。
扉が開く音がして、振り返る。
丁度、リリーが戻ってきた。
「リリー。今日は、これを着て」
「うん」
※
食堂で一緒に朝食を食べた後、いつもの場所でリリーを見送って、アルベールの執務室へ。
「おはよう、アルベール」
「おはよう、エル。大陸会議の日程が決まったぞ」
「いつ?」
「十二日だ。ただ、休み明けにセルメアが到着するから、十日から予備会議を開くことになる」
予備会議。アンシェラート関連の会議が始まるってことだよな。
「開会宣言は遅らせるってことか?」
「すべての国が到着してから行うことになったんだ。現在の予定では、十一日に晩餐会が開かれ、十二日に大陸会議の開会宣言が行われる。エルとリリーシアにも参加してもらうからな」
その期間に、あいつがどう動くかはわからない。
「参加出来る保証はないけど」
「不測の事態が発生したら、アレクの指示を仰げ。陛下の御意向を尊重するんだ」
陛下が防具を揃えてくれたのは知ってるけど。他にも、何か指示していることがある?
「わかったよ」
「素直な返事で助かるよ。連絡が届いてると思うが、お前の周辺は、もうしばらく警戒が必要だ。大陸会議まで、引き続きドニスが護衛に当たる」
単独行動の暗殺者が城に乗り込んで来る可能性は低いけど。
「素性は知ってるか?」
「まだ報告は届いていないが、お前の予想通りだろう」
やっぱり、ラングフォルド家の関係者なのか。
「十一日に到着予定ってことは、参加国は十日までに港に着く予定なんだよな?」
「今から港に行くつもりか?」
「どうせ向こうは議題の準備をしてきてるんだ。こっちから話を聞きに行っても問題ないだろ?」
「向こうが乗り気なら会談をしても構わないが。行くなら出迎え組とも上手くやってくれよ」
「じゃあ、今の内に調整しておいてくれ。休み明けに行くかもって」
「お前がいつ現れても良いように連絡済みだ」
流石だな。
「明日の予定は?」
「夕方までに迎えを寄越す。暇なら、いつ来ても良いぞ」
「考えておく」
「コランタンも、明日、うちに来る予定だ」
「なんで?」
「給仕として働きに来ることになったんだよ。撫子の騎士を侮辱した罪で、食堂でメイドの仕事をしろってアレクに言われたらしいんだが。父が助け舟を出したんだ」
伯爵に借りを作らせたな。
「貴族に給仕の仕事なんて出来るのか?」
「さぁ?これ以上、父の顔に泥を塗るような真似はしないだろう」
一連の件は、コランタンが伯爵の秘書官という立場だったことが関係している可能性が高い。
純血の会を優遇するような人事を行えたのも、特定の商人が硝石の取り引きに介入出来たのも、政治に対して強い影響力を持つ立場を利用して方々に圧力をかけることが出来たからだ。
だから、コランタンを秘書官に任命した伯爵にも、責任の一端を負わせることにしたんだろうけど。城内で働く貴族の為、たとえ相手が無能であっても取り立てなければならない義務が伯爵にあったとすれば、現在の体制の方に問題があるのは明らかだ。
「俺の話は終わりだ。ベルトランもお前に話があるらしい」
「わかった」
机で仕事中のベルトランの方へ行く。
「おはよう。ベルトラン」
「エルロック。おはよう。これを」
手紙?
ベルトランから受け取った手紙には、招待状と書かれている。
「私の妻が、お前に会いたがっている。今夜、都合がつくなら、手紙に書いてあるレストランに来てくれ」
仕事が終わったら、真っ直ぐガラハドの家に行く予定だったけど。外で食べてから帰っても良いか。
「俺の妻も連れて行って良いか?」
「妻?」
「あぁ。アルベール、リリーの紹介ってしてあるのか?」
「顔ぐらい知っているだろう。ベルトラン、ここに出入りしていた黒髪でメイド服を着た女性は覚えているか?」
「アレクシス様の専属メイドですか?」
「あれはアレクの騎士なんだ。撫子のリリーシア。彼女は、エルの妻なんだよ」
「……」
まぁ、そんな反応になるよな。
※
午前の仕事は早めに切り上げて、アレクの部屋に居たリリーを誘って食堂へ行く。
まだ空いてるな。
魚介のオイルパスタを選んだところで、リリーがまだ悩んでいるのが見える。
「リリー。コーヒーと紅茶、どっちが良い?」
「コーヒーかな」
「わかった」
適当なメイドを捕まえて、コーヒーを二つ頼む。
リリーの今日の服は、サスペンダー付きのハイウエストのスカートに、長袖のブラウス。それに、ニットのカーディガンを羽織っている。
コルセットのようにウエスト部分を絞った後、柔らかくなびくフレアスカートも、首元に結んだリボンも可愛い。
朝と同じ服装ってことは、今日は、のんびり過ごしてたんだろう。
でも、頭のリボンだけは今朝と違うな。結構、大きいけど。ロザリーが作ったのか?
「選び終わったよ」
「ん」
リリーと一緒に、空いている席に着く。
あれ?
「デザートは良かったのか?」
リリーの頬が膨らむ。
「もう。まだ、そんなにお腹空いてないよ」
『何、拗ねてるんだよ』
イリスにも言われたのか。
今日は、気に入るのがなかったのかもしれない。
「今夜、ベルトランに食事に誘われたんだ。一緒に行こう」
「ベルトランさんって、エルと一緒に仕事をしてる人?」
「あぁ」
リリーも顔を覚えてたか。
「私も行って良いの?」
「向こうも妻を連れてくるって言ってたからな」
わざわざ出向くってことは、夫の人事を勝手に変更した俺に文句でも言いたいのかもしれない。
「あの、私、頑張るね」
頑張る?
「のんびり食事に付き合ってくれたら良いよ」
いつも通りにしていれば、身分が皇太子近衛騎士だろうと、相手を緊張させることはないだろう。
「そのリボンは、ロザリーが作ったのか?」
「うん。エルが昨日着てた服と同じ、金属?で出来てるんだって」
ベストと同じなのか。
確かに、この光沢は金属繊維のものだ。
「触ってみても良いか?」
「良いよ。形が崩れないようになってるから大丈夫」
本当だ。リボン部分は、かなり硬く作られてるな。髪に結ぶ為の紐部分は、ベストと同じ柔らかい布状になっているのに。触れた感じだと、同じ素材とは思えないぐらい違う。こんな加工も出来るのか。
「なんて名前?」
「流れ星のリボン」
「綺麗だな」
「うん」
曙光のベストと同じ素材なら、あらゆる物理的な攻撃からリリーを守ってくれるはずだ。
わざと大きめに作ってあるのは、頭部の保護に役立たせる為だろう。
「そうだ。アレクさんから、新しい家を紹介してもらったの。休み中に見てきたらどうかって」
「じゃあ、明日の午前中に、皆で見に行こう」
「うん」
セントラルのどこかなら、ガラハドの家から遠くないだろう。
「エルは、図書室に行ったことある?」
「ないよ」
子供たちが過ごしている北の図書室は、幼少の王族の為の場所だ。置いてあるものは子供向けのものばかりだから、立ち寄ったことはない。
そういえば、子供の世話をしている人間が居るはずだ。
「リリーは、子供たちの世話役とも知り合いなのか?」
「うん。いつも居る人は、リーディスさんって言うんだ。傷の治療もしてる人だよ」
常駐してるのは、大地の魔法を使える魔法使いか。
※
北の図書室。
リリーが事前に連絡を入れておいてくれたおかげで、すんなり中に通して貰えた。
子供たちは、昼食を終えて遊んでいるところらしい。
中庭へ行くと、剣術大会の晩餐会の時に保護した子供たちが元気に遊んでるのが見える。
良かった。皆、元気そうだ。
「リリー!」
子供が一人、走って来た。
「ベルクト」
あれが、ベルクト?
ちゃんと見たのは初めてだな。
走ってきたベルクトが、リリーに抱き着く。
「久しぶり」
「久しぶり、ベルクト」
リリーに挨拶をした後、ベルクトが俺を見る。
「エルロック?」
「そうだよ」
ベルクトが、俺とリリーを見比べて、リリーの左手を取る。
「これ、まだ結婚してるってこと?」
「え?……うん」
まだ、ってどういう意味だ?
ベルクトが俺を睨む。
「エルロック。俺と勝負しろ」
「勝負?」
「俺が勝ったら、リリーと別れろ」
「は?」
「え?」
意味が解らない。
……とにかく。
「売られた喧嘩は買うぞ」
「えっ。エル、だめだよ」
ベルクトの真意を確認しないと。
「リリー。ちょっと向こうに行っててくれ」
「喧嘩しないで」
「こいつに聞け」
リリーが屈んで、ベルクトを見る。
「ベルクト。喧嘩はだめだよ?」
「でも、」
「だめ。誰かが傷つくようなことなんて、しないで」
少し不満そうな顔をしつつ、ベルクトが頷く。
「わかった」
本当に、リリーに懐いてるんだな。
立ち上がったリリーが、一歩、後ろに下がる。
「そこじゃ近い。あのベンチにでも座っててくれ」
「……わかった」
リリーが中庭の端にあるベンチに向かって歩いていく。
さてと。
「ベルクト。リリーに何を話したんだ?」
「お前こそ、何しにここに来たんだ」
「お前に会いに来たんだよ」
「勝負しに来たのか」
「違う。お前がリリーに家族になりたいって言ったから……」
家族?
……そういうことか。
だから、別れろって?
「ベルクト」
「何だよ」
「お前の気持ち、全然リリーに伝わってないぞ」
「え?」
ベルクトが驚く。
「ちゃんと花も渡したのに?」
「何の花を渡したんだよ」
「この辺に咲いてるので、綺麗な奴」
コスモスぐらいしか見当たらない。
「良いか。プロポーズの定番は赤薔薇だ。それ以外なら日常的なプレゼントと勘違いされても仕方ない」
「あれじゃ、だめだったの?」
「駄目ってことはないけど。はっきり伝わる言葉を選ばないと余計に伝わらなくなるだろ」
「だって。家族になるって、結婚以外の意味があるのかよ」
「あるよ。誰かと兄弟になることや、親子になることも家族になるって意味だ。ここに居る連中は、皆、お前の兄弟だろ?」
「それとこれとは……」
「だったら、お前は俺が家族になろうって言ったら、どう受け取るんだ」
ベルクトが不満そうに眉をしかめる。
「俺は、お前の子供になんかならないぞ」
「そういうことだ」
今度は、ふてくされたように腕を組む。
「だったら、リリーにちゃんと言う。薔薇は……。ここにはないけど」
「無いなら作れば良い」
荷物の中から赤いリボンを出して、適当な長さに二本切り、一本をベルクトに渡す。
「リボン?」
「良いから見てろ」
その場に座ると、ベルクトが俺の手元を覗き込む。
リボンの中間部分から、互い違いに折っていき、適当なところまで折った後、片手で折った部分をつまんで、リボンの一方だけを引く。
「おお」
「引き過ぎると崩れる。良い形になったら、こんな風に結んで完成だ。やってみろ」
ベルクトが、俺がやっていたようにリボンを編む。
上手いな。手先が器用だ。軽々と結んで形を整えている。
「出来た」
「ほら、渡して来い」
「わかった」
ベルクトが、リリーの方に走っていく。
『あの子、プロポーズしたかったのね……』
『どうして、手伝ったの?』
「やり方を知らないから教えただけだ」
『子供として引き取るつもりじゃなかったのか』
「さっき断られた」
『簡単に家族になれるわけじゃないのね』
『そうねぇ』
『ナターシャは、家族に会いたい?』
『家族?故郷に帰りたいかってこと?』
『そう』
『まだ帰る気はないわ。せっかく契約したんだもの。もっと楽しまなくちゃ』
『でも、メラニーは帰りたいんだよね?』
そういえば、光の洞窟に行きたいって言ってたっけ。
『帰りたいわけではない。ただ、私の親、闇の大精霊が、どうしているかと思ってな』
「え?」
『光の洞窟って、アイフェルが居た場所じゃなかったの?』
『あの地は、元々、闇の大精霊が住む暗く深き森だった。輝く空を住処とする光の精霊が好む場所ではない』
確かに、洞窟と言えば、暗くて闇の精霊や大地の精霊が好む場所だ。
「光の柱は?」
『アイフェルが勝手に穴を開け、自分が住みやすい環境に変えただけだ』
光の大精霊が顕現した場所として有名な光の柱。あれは、アイフェルが勝手に作った場所だったのか。
そもそも、光の洞窟というのも勝手に人間が名付けただけだ。名前のイメージと本質が異なる場所は、結構あるのかもしれない。
「エル」
「リリー」
話が終わったらしい。
立ち上がって周りを見るけど、ベルクトは居ない。
「ベルクトから何か言われたか?」
「これを貰ったよ」
リリーが持っているのは、さっきベルクトが作ったリボンの薔薇。
『それだけー?』
『他には、何も言われなかったの?』
リリーが頷く。
告白するの、やめたのか。
「あ。養子の話、した方が良かった?」
「断られた」
「えっ?」
「だから、この話は終わりだ」
好きになった相手から、子供としか見てもらえない立場になるなんて。嫌に決まってる。
「喧嘩してないんだよね?」
「してないよ」
リリーが赤い薔薇に目を落とす。
「これ、どうやって作るの?」
「ベルクトに教えてもらったら良いんじゃないか?細かい作業は得意みたいだぜ」
リボンがあれば簡単に作れる。
「うん。そうする」
言わなかったのは、これまで通り接して欲しいからだろう。
※
皇太子総務事務室。
結局、人数は二人減ったままだけど。メルティとタリスとの意思疏通も上手くいっているらしく、それぞれが自分の仕事に上手く取り組めているみたいだ。
ドロシーが、たまに何かをひっくり返す音が響くぐらいで、午後の事務室も平和だ。
資料も順調に仕上がった。休み明けは、ベルトランと一緒に北の港へ行って、残りの国に会談を申し込もう。
事務室での仕事を終えて、報告書をアレクに届ける。
でも、部屋にリリーが居ない。
「リリーは?」
「魔法部隊の宿舎に行っているよ」
「宿舎?」
「魔法を扱う訓練をしてるんだ」
魔法の練習か。
魔法のことは悩んでたみたいだし、丁度良いだろう。
色々試して、何か掴めれば良いけど。
「そのまま帰っても良いか?」
「構わないよ」
「わかった」
特に報告は必要ないらしい。
真っ直ぐ迎えに行こう。
※
魔法部隊の宿舎に居たリリーと合流して、招待状に書かれていたレストランへ向かう。
「魔法の練習は、どうだった?」
「結構、難しいかも……」
『全然、駄目だったよね。同じ魔法で力加減を変えろって言われてるのに、使う度に違う魔法になるんだよ』
それはそれで、難しいことをやってる気がするけど。
『いつもの光れってやつとか、ゆっくり光が広範囲に広がる魔法とか』
広範囲に影響のある魔法なら、どっちも高出力の魔法だろう。
強い魔法の方が使いやすいのか?
『後は、光の玉も作ってたっけ』
「うん」
「良く作れたな」
あれは結構、複雑な魔法だ。それに、出来上がった光の玉の発光時間や明るさは、込めた魔力量に比例する。リリーが強い魔力を込めたなら、長時間輝き続ける光の玉が出来たはずだ。
「でも、あの緑の飲み物は苦手かな」
ケイルドリンクを飲まされたのか。
魔法使いの飲み物として有名だけど。あの味を喜ぶ奴は、そうそう居ないだろう。
「魔力なんて放っておけば回復するんだから、続けて魔法を使う時以外は、飲む必要なんてないよ」
「そっか……」
疲れてるな。
魔法の使用は、運動とは違った疲労感がある。魔力が枯渇すれば気を失うんだから、今回は、ケイルドリンクを飲んでおいて正解だったのかもしれない。
※
セントラルにある貴族御用達の上品な佇まいのレストラン。
受付けで招待状を見せると、個室へ案内された。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
立ち上がって挨拶をした夫人を、ベルトランが支える。
体に不釣り合いなほど腹部が膨らんでる。これは……。
「お忙しい中……」
「挨拶なんて良いから、座ってくれ」
「ですが、」
「あの、無理しないで下さい」
「ベルトラン。これは公式な場でも何でもないだろ?」
無理に立たせる必要なんてないはずだ。
「ポリーヌ。少し座ろう」
ベルトランが夫人を椅子に座らせる。
良かった。
「ベルトラン。出産間近の妊婦に無理をさせるなんて、何を考えてるんだよ」
「出産は、まだ先だ」
「先?」
だって、あれだけお腹が大きければ……。
『双子だ』
「双子……?」
「秘書官様。どうか、このことはあまり公には、なさらないでくださいませ」
なんで?
まさか、あの慣習のせい?
「安全に産める環境は整ってるんだろうな」
「はい。我が家の専属の医師に任せております」
医師って。
「専門外だろ。双子は、普通の出産よりもリスクが付きまとう。研究所の助産師に相談した方が良い」
「ですが……」
「紹介状を書く。辛かったら家に来てもらえるように手配すれば良い」
セリーヌに頼もう。……忙しそうだけど。セリーヌなら、自分が関われなくても、詳しい奴を紹介してくれるだろう。
「エルロック。王都でも双子の出産例など聞いたことがないぞ」
城で働くベルトランが、王都の現状を知っているとは思わないけど。貴族の間でも、双子の話は出ないんだろう。
「聞かないだけで、双子は生まれてる。俺たちは、この前、双子に会ったよ。年はリリーより上か?」
「え?うーん。同じぐらいかな?」
『リリーより、しっかりしてそうだったけどね』
……似たようなものか。
書き終えた手紙をベルトランに渡す。
「これを持って研究所に行けば、俺の知り合いが取り計らってくれる。休み明けは遅刻しても構わないから、夫人の体を大事にしてくれ」
「わかった。……ありがとう。エルロック」
「皇太子秘書官様、皇太子近衛騎士様。御高配頂き感謝いたします。御二人のような方がアレクシス様のお傍にいらっしゃるのは、きっと聖剣のお導きなのでしょう。双子に対し、これほどまでに好意的なお考えを持っていただけたなんて。ラングリオンの未来が明るく感じます」
リリーと顔を見合わせる。
「挨拶が遅れたな。俺はエルロック。彼女は俺の妻のリリーシア」
「はじめまして。本日は、お招きありがとうございます」
リリーが丁寧に礼をする。
「こちらこそ、御挨拶が遅れて申し訳ございません。ポリーヌと申します。お忙しい中、急な招待にも関わらずお越しいただけて光栄です。どうか、お座りになってくださいませ。給仕をお呼びいたしましょう」
ドリンクのオーダーもしてないし、部屋の外でずっと待ってるだろう。
リリーの椅子を引いて座るよう促し、その隣に座ると、夫人が呼び鈴を鳴らす。
「失礼いたします」
扉が開いて、給仕が剣立てを持って入ってきた。
「どうぞ、こちらをお使いください」
「ありがとうございます」
リリーがリュヌリアンを剣立てに置く。
剣立てまで用意してあるレストランなんて珍しいな。
※
アルコールは遠慮して、乾杯のドリンクもオランジュエードを注文した。
「エルロック様。どうか、乾杯の御挨拶をなさっていただけませんか?主人は、こういったことが苦手ですの」
「こういうのは主催者がやるものだろ?ベルトラン」
「妻が言った通りだ」
「じゃあ、リリーに任せるよ」
「えっ?私?」
『回ってきちゃったね』
向かいに座っている夫妻も特に異議はなさそうだ。
「あの……。お招きいただきありがとうございます。お会いできて嬉しいです。乾杯」
「乾杯」
リリーの合図で、乾杯をする。
優しい味のオランジュエードだな。いつも飲んでるのと味が違う。
「気分は悪くないか?具合が悪くなったら言ってくれ」
「ご配慮いただきありがとうございます。ですが、御心配には及びません。今日はとても調子が良いのですよ」
これじゃ、何を言っても無駄だな。楽な服装は選んでるみたいだけど。顔色は気を付けて観察しておいた方が良いだろう。
「それで?俺に用があるんだっけ?」
「はい。エルロック様に、是非、お礼を申し上げたいと思っていたのです」
「お礼?」
「主人は、あまり仕事のことは話さないのですが。ここ数日の話は、とても面白おかしく話して下さるんですもの」
面白いことなんてあったか?
「ベルトラン。何を話したんだ?」
「妻に聞くと良い」
夫人の方を見ると、夫人が口元に手を当てて笑っている。
「人事の変更を知ったのも、主人がアルベール様の秘書官になられた後のことです。城の常識破りを行ったとんでもない方がいらっしゃると。主人がこんなに楽しそうに話すのは久方ぶりのことでしたから、私も嬉しくなってしまって。聞けば、はじめは主人を室長から解任なさったとか。そうかと思えば即座に新しい役職につけるよう手配された上、今はとても重要なお仕事を共になさっているそうですね。主人が学生時代に使っていた、今では埃をかぶったノートや本を引っ張り出して……」
……長引きそうだ。
※
終始、機嫌の良い夫人の話を聞くだけで、デザートの時間まであっという間に過ぎた。調子が良さそうだから良かったけど。
話の内容をまとめると。ベルトランが仕事に対して情熱を取り戻したことが嬉しかったらしい。それに関して礼を言われるようなことはしてないと思うけど。やる気を出してくれたのは、こちらにとっても、ありがたいことだ。
馬車で帰宅する夫妻を見送って、リリーと手を繋いで、ガラハドの家まで歩く。
夜風が気持ち良い。
研究所の支援があれば、安全な出産の為の選択肢が増えるだろう。
妊娠や出産については詳しくない。少し勉強しておいた方が良いかもしれないな。
隣を見ると、流れ星のリボンで結ばれたリリーの髪が、リボンの紐と共に風になびいて揺れて。流れ星のように煌めく。
リリーが望む幸せを、一緒に叶えられますように。




