139 かけがえのない時間
仕事を終えて、アレクの部屋へ向かう。
途中、応接室前でマリユスが扉の番をしていた。今日は、変装をしてないらしい。
ハルトの部屋の前は誰も居ない。
アレクの部屋の前に居るのはグリフ。
「おかえり、エル」
「ただいま、グリフ。王太子は移動したのか?」
「あぁ。クエスタニアの使者が到着したからな」
異国の賓客をもてなす家は、だいたい決まっている。
クエスタニア関係者の宿泊先は、ヴァランタン子爵邸だっけ。公言はしてないけど、子爵はグランツシルト教徒のはずだ。
今回は、クエスタニアの内情が悪く、護衛が一人だったこともあって、王太子には城に留まってもらっていたけど。これは、かなり異例なことだ。
「誰が来てるんだ?」
視線をマリユスの方に送る。
マリユスが護衛中ってことは、応接室にアレクが居るはずだ。自分の部屋ではなく応接室を選んだってことは、親しくない来客だと思うけど。
「行ってみればわかるぜ」
教える気はないらしい。
「ほら、どうぞ」
グリフが開いた部屋の中に入る。
「おかえりなさいませ、エルロック様」
部屋の中に居るのはライーザだけ。
「こちらの御衣装をご確認いただけますか?」
トルソーには、衣装がかかっている。
「わかった。今日の報告書はどこに置けば良い?」
「お預かりいたします」
ライーザに報告書を渡す。
ツァレンとシールの報告書は、アレクに直接、渡した方が良いだろう。
トルソーの方に行って、衣装を見る。
ロングベストと、コート。
……これだけ?
中に着るシャツもボトムも用意されてない。
それに、特段目を引くような装飾もない衣装だ。見せる衣装と言うより、実用性を重視した造りをしている。
「大陸会議で着る衣装じゃないのか?」
「場合によっては御着用頂くかもしれません」
試作品ってことか?
書類を置いて戻ってきたライーザに上着を預け、ベストを着る。
思ったよりも軽い。
「変わった素材だな」
「錬金術研究所で開発された特殊な金属繊維で作られております」
「金属繊維だって?」
こんなに滑らかに動く布が?
肌ざわりだって、綿織物と大差ないだろう。
「資料をどうぞ」
研究所の資料だ。
「曙光のベストと言います。あらゆる物理的な攻撃に耐え得る素材と伺っております」
斬撃、突撃、射撃、打撃。あらゆる攻撃を軽減する。
金属の種類については詳しく書かれていないな。錬金術の技術で作られた特殊な合金らしい。それを繊維状に加工し、布と同じように編んだもの。
動くと絹とは違った光沢が表れるのは、金属繊維だからか。
なんて手間のかかった防具なんだ。
「コートも?」
「こちらは、炎脈のコートと言います。魔法研究所の研究によって作られたもので、炎と風の力が織り込まれていると伺っております」
二枚目の資料は、魔法研究所のものだ。
炎の魔法の加護と、風の魔法の加護を持つコート。
魔法の力が織り込まれた防具ってことは、マリーの研究ってことだよな。
炎の魔法の力と風の魔法の力を高め、更に、氷の魔法や雪の魔法、真空の魔法に対する抵抗力を上げる。この力によって、高い防寒性能を持つ。一方で、氷の魔法の力と真空の魔法の力を抑える為、魔法を使用する際には注意が必要、か。
コートをよく見ると、炎の魔法陣と風の魔法陣が織り込まれてるのがわかる。並びを見ると、炎の魔法陣の方が強く出てるな。炎の魔法陣が連なっているから、炎脈?炎の魔法も風の魔法も陽の魔法だし、組み合わせやすいのかもしれない。
資料をライーザに返して、コートを羽織る。
「着心地はいかがでしょうか」
「こっちも、かなり軽いな」
動きやすいし、十分、戦える装備だ。
「こちらは、エルロック様が極寒の地に向かわれる際、お役に立つよう作られております」
つまり、神の台座に行くことを前提に作られてるってことか。
氷の大地で戦うなら防寒対策が必要だ。リリーも虹のワンピースがあれば平気だろう。
『エル。風の魔法を使う時には気を付けた方が良いかもしれないわぁ』
『どうして?』
『風の魔法を強化するんでしょぉ?きっとぉ、ちょっとの力で、空まで飛んじゃうわよぅ』
魔法の威力にどれだけ差が出来るかは、実践の前に試さないとな。
「お直しが必要なければ、そのままお持ちください」
「良いのか?」
リリーのワンピースと違って、これは着用者を選ばない。
研究所の最新成果なら国の所有物だ。
「こちらは、国王陛下からエルロック様への贈り物です」
「陛下から?」
「はい。国王陛下は、エルロック様とリリーシア様の為に完璧な防具を作るよう、錬金術研究所と魔法研究所に御依頼されておいでだったのです」
―言ったでしょう。
―これは陛下の御意向でもあるって。
マリーが言ってたのって……。
「国王陛下にお礼を伝えるには、どうしたら良い?」
「近い内に、直接お会いできるかと」
なら、その時にお礼を言おう。
「では、アレクシス様の元へご案内いたします」
「誰が来てるんだ?」
「お客様です」
誰だよ。
アレクと食事中なのは、俺が知ってる奴じゃない。
晩餐なのに着替えを要求されないってことは、大した相手じゃないと思うけど。
「リリーは?」
「本日中に御帰りになる御予定です」
「だったら、リリーを待つよ」
「では、コーヒーをご用意いたしましょう。どうぞ、こちらへ」
行くなんて言ってないのに。
ライーザの案内で、書斎の隣にある応接室へ。
「失礼いたします。エルロック様をお連れいたしました」
パーティションの向こうで、誰かがフォークを落とす音が響いた。
こちら側に居たエミリーが、テーブルの世話をしに向こう側へ回る。
わざわざパーティションで仕切るなんて珍しいな。
「エル。おかえり」
「ただいま。アレク」
テーブルの方に行くと、アレクの近くでメイド服を着ているロザリーが軽く頭を下げた。
長めのテーブルのアレクの正面に座ってるのが今日の客。
知らない顔だ。
誰かは想像つくけど。
「食事にするかい」
「要らない」
「なら、コーヒーでも飲んでいくと良い」
ここに居なきゃいけないらしい。
ライーザが用意した椅子に座る。
「ツァレンとシールから報告書を預かってる」
「ロザリーに渡してくれるかい」
「ロザリー」
「はい。お預かりします」
ロザリーに報告書を渡す。
「着替えておいで」
「わかりました」
ロザリーが頭を下げて、部屋を出る。
「なんで、メイドの仕事なんてしてるんだ?」
アレクの隣には、ロザリーの為の席が用意してあるのに。
「コーヒーを淹れるのも慣れたものだからね」
そんなことは聞いてない。
「彼とは初めて会うだろう。……そうでもないのかな」
アレクがスプリッツァーを飲みながら、微笑んで客の顔を見る。
まだアミューズしか並んでいないとはいえ。相手が食事を楽しんでないのは明らかだ。
「着心地はどうだい」
「すごく良い。もう少し実験が必要だけど」
「会談は?」
「友好的」
「熱気球は楽しかったかい」
「楽しかったよ。進む方向は風任せだけど」
『帰りは、風向きが良くなかったからねー』
『デルフィが一緒なら平気じゃない?』
「会ったのかい」
『気まぐれな大精霊など当てにできない』
「珍しいものを見つけたらすぐに寄ってくる」
『今回は手伝ってくれたけど……』
『いつも手伝ってくれるとは限らないわねぇ』
「もう少し実用性を高めるための工夫が必要みたいだね」
飛行することを前提に作ってないって言ってたけど。
「どうぞ」
エミリーが置いたコーヒーを飲む。
「食堂は使えるようになったのか?」
「もちろん。犯人が捕まったからね。いろいろ面白いことが分かったんだ。錬金術研究所が仕入れた商品の横流しが発覚してね」
「横流しなんて、良くできたな」
「やり方は巧妙だったよ。多くはシガレットの材料になったようだけど、その中に硝石も含まれていたんだ」
「硝石だって?」
国で厳重に管理されている硝石にまで手を出すなんて。
「関わった商人や繋がりのある一団が大勢摘発されたよ。かなり巨大な組織になっていたようだね」
人身売買の件とも繋がりがあるのは確かなんだ。巨大な組織になっていてもおかしくない。
「商人ギルドの反応は?」
「永久追放処分。硝石の行方も責任を持って調査すると約束してくれたよ」
「当然だ」
そうでもしなきゃ、商人ギルドの面目が立たないだろう。
「先日捕まった盗賊ギルドのメンバーも関係者だったよ。彼らも本当なら関わりたくなかったらしいね」
「なんで?」
「暗殺依頼のターゲットがエルだと解ると、魔法使いも暗殺者も皆、逃げ出してしまうらしいんだ。だから、盗賊ギルドで引き受けるしかなかったらしいよ。面白いね」
アレクがつまらなそうに笑う。
聞きたいことは十分聞けた。
「もう帰って良いか?」
「引っ越すなら良い場所があるよ」
「引っ越す?」
何の話だ?
「家を探していると聞いているよ」
「誰が?」
「なら、この話は内緒にしておこうか」
内緒?
―あの、もう少し考えてから話したいから、また今度で良い?
もしかして、リリーが悩んでたことは、これ?
……確かに、今の状況を見ると、引っ越しは必要だ。
ルイスとキャロルはガラハドの家に預けっぱなしで、落ち着いて生活する目途は立っていない。それに、俺とリリーが城で働くならイーストの家は不便だろう。
あの家じゃ、リリーの部屋もないし、子供が生まれたとしても育てる部屋が……。
え?子供?
『リリーとロザリーが来た』
リリーも?
ノックの音があって、扉が開く。
「失礼いたします」
「リリーシア、戻りました」
「おかえり。ロザリー、リリーシア」
丁度、帰還したところだったのか。
北大門から戻るなら、早い段階で物見塔の兵士が気づいていたはずだ。リリーが間もなく帰還する予定だったのは、食事会の前には解っていただろう。
リリーとロザリーが、パーティションの向こうから姿を現す。
「エル?帰ってたの?」
「あぁ」
ずっと黙っていた客がこちらを見て、驚く。
リリーも驚いたみたいだ。
「コランタンさん?」
「!」
コランタンが口を押えながら立ち上がって、頭を下げる。
『すごい反応だね』
本当に。
「リリーシア。座ってくれるかい」
「はい」
リリーが俺の隣に用意された椅子に座る。
コランタンも大人しく座ったらしい。
「ロザリー、おいで」
「はい」
ロザリーがアレクの隣に座る。
リリーがテーブルを見て、首を傾げた。
「夕飯を食べてたんじゃなかったの?」
「リリーを待ってたんだよ。報告が終わったら、一緒に食べに行こう」
「うん」
城門が閉まってる時間だから、食堂に行くしかないけど。
「コランタン。私の婚約者は既に知っているはずだね」
コランタンが頷く。
……まさか、さっきまでメイドの恰好していたのが婚約者のロザリーだって、気づいてなかったのか?
「そして、皇太子近衛騎士である彼女も、まさかメイドと間違えたりはしないだろうね」
着ている服はワンピースだけど、撫子のマントとリュヌリアンを装備していれば見間違えることはない。
っていうか、オルロワール伯爵の秘書官なら、皇太子近衛騎士就任した時にリリーが挨拶しているはずだ。顔を隠してるわけじゃないんだし、リリーがメイド服で歩いていても正体はばればれだと思うけど……。
さっきの反応を見る限り、どちらも気づいてなかったのか?
「リリーシア。亜精霊討伐の報告だけ先に聞いておこうか」
「はい。今回討伐したのは、スライムがたくさんと、キマイラが三体、マンティコアが一体です」
「スライムは、正確な数がわからないほど居たのかな」
「はい。通路に溢れかえっていて、数えきれないぐらい居ました。でも、対処方法は、ア……」
『主君だろ?』
「主君から教わっていたので、問題なく対処出来ました」
……こんな調子で、毎回、イリスがフォローしてるのか。
「順調だったようだね」
「はい」
スライムは、ゼリー状に透ける半透明の姿をしていて、中心部分に濃い色の核を持っているのが特徴だ。受けたダメージによって形態や反応が変化することでも知られ、倒すには、その核を効率的に攻撃しなければならない。
短剣や鈍器だと、クッションの役割を果たすゼリー部分に攻撃が阻まれ、倒すのが難しい相手だけど、リュヌリアンみたいに長い大剣なら問題なく倒せる敵だろう。
でも。
「リリー、マンティコアって?」
こっちは、聞いたことのない亜精霊だ。
「赤い獅子の姿で、尻尾は猛毒のサソリの尾。大きさはキマイラと同じぐらいだけど、キマイラよりも素早い動きをするのが特徴で、ブレス攻撃もしてくる亜精霊だよ」
変わった亜精霊だな。キマイラの亜種か?
「毒は受けなかったか?」
「大丈夫。サソリの尾は防具が守ってくれたし、キマイラも、エルに教わった通り尻尾を先に倒すようにしてたから」
「良かった」
無事にリリーの報告も終わったし。
「アレク、帰って良いか?」
「もう少し待ってくれるかい」
まだ、何かあるのか。
「コランタン。二人の帰還が早くて良かったね。二人に伝えたいことがあるというのなら、この機会に話すと良い」
リリーの帰還を待っていたのは、コランタンがリリーに謝罪する場を設ける為?
「リリーシア様、エルロック様。御不快な思いを……。ここ数日の間、御不快な思いをさせてしまい、大変、申し訳ございませんでした。御二人の御活躍は、私も、常に、厚く、聞き及んでおります。今後、アレクシス様の御意向に逆らうようなことは決していたしません。ラングリオン王国と剣花の紋章に忠誠を」
「私に向けた言葉は求めていないよ。エル。リリーシア。何か声をかけてあげると良い」
「言うことなんてない」
―派閥ごとに癒着のある権力者が変わる。
―逆に、権力者がどのような恩恵をどの商人に与えるかで、財政状況が変化する。
商人の失脚は、こいつにとって最大の痛手だ。しかも、こいつを中心とした関係者は、すべて洗い出されている。どんな制裁を与えるかはアレクが考えることだ。
……アレクに喧嘩売るなんて。ろくなことにならないのに。
「一つ、お願いしても良いですか」
「構わないよ」
リリーが怒ってるなんて珍しいな。
「しばらく、黒髪で生活してください」
純血主義者の筆頭にさせる罰、か。
「面白いね。髪の色を染めさせようか」
「えっ?あの、鬘とかで大丈夫です」
リリーが慌てた様子で訂正する。
「君がそう言うなら、別の方法も考えることにしよう」
別の方法、ねぇ。
「報告をありがとう。二人とも、今日はゆっくりお休み」
「ん」
「はい」
リリーと一緒に部屋を出る。
※
一連の毒物騒ぎは解決した。
マリユスをリリーシアに変装させて、リリーをメイドにして、更にロザリーにもメイドの真似事をさせたのは、首謀者であるコランタンをからかって遊んでたってところか?
コランタンは人の顔を覚えるのが苦手だったらしい。もしくは、黒髪の人間が同じに見えるのか。どちらにしろ、秘書官の癖に未来の王妃と皇太子近衛騎士の顔を覚えられないのは致命的だ。こんなところに一人呼び出されて、アレクから散々嫌味を言われたって仕方ない。
でも、これで情報も整理され、アレクの目的も叶うだろう。
アレクの周囲で暗躍していた黒髪の女性は、近衛騎士となったリリーシア、ただ一人。
そして、アレクが最愛の人として傍に置く黒髪の女性は、今も昔もロザリー一人だけだって。
※
リリーと一緒に、食堂へ。
適当なメイドに銀貨を払って、個室に案内してもらう。
料理はシェフのおすすめと、リリーのリクエストでエクレールを頼んだ。
ついでに炭酸水とライムシロップを頼んで、ライムシロップの炭酸割りを作る。
自分で作った方が甘さの調整がしやすくて良い。リリーのは、少し甘めに作っておこう。
「ライムシロップの炭酸割り。甘みが足りなかったら言ってくれ」
「ありがとう」
リリーとグラスを合わせる。
「乾杯」
「乾杯」
良い香りだ。
「お疲れ様、リリー」
「お疲れ様、エル。空を飛ぶって、楽しかった?」
「楽しかったよ。リリーも、セリーヌに頼めば乗せてくれるんじゃないか?」
あの様子なら、もう少し実験が必要だろうし。
「あれを膨らませるのって、すごく大変なんだよね?」
「風の魔法があればどうにかなる。リリーが乗る時は、俺も手伝うよ」
「そっか。じゃあ、今度一緒に乗ろうね」
「あぁ」
高いところは平気みたいだから、乗っても楽しめるだろう。
「リリー。そろそろ、話したいって言ってたことを教えて」
「えっ?あの、まだ、上手くまとまってなくて……」
「もう十分待った。家族の話なんて、一人で悩むことじゃないだろ?」
「え?知ってるの?」
やっぱり。
「なんで、すぐに話してくれなかったんだ」
「それは……。エルは忙しいから、もう少し具体的なことが決まってからの方が良いかなって」
「どれだけ忙しくても、リリーのことを優先するに決まってるだろ。調子は?遠征中に具合悪くなったりしてないか?」
「え?」
見たところ、普段通りだけど。
「大丈夫だけど……」
『あのさ。何か勘違いしてない?』
勘違い?
「だって、家族が増えるから家探しを頼んだんだろ?」
『そうだけど』
なら、勘違いじゃない。
「っていうか、アレクにも言ってあるのか?これからは、仕事も無理しないようにしないと……」
『やっぱり、勘違いしてない?』
「子供が出来たんだろ?」
「えっ?」
「え?」
その顔……。
『違うよ』
違うのか。
『子供が出来たかどうかなんてぇ。メラニーに聞けばわかるんじゃなぁい?』
「わかるのか?」
「わかるの?」
『リリーの中に別の魂の気配はないぞ』
『……だってさ』
子供が出来たわけでも、それを黙っていたわけでもなかったらしい。
ノックがあって、料理が運ばれて来た。
「ごめんね。ちゃんと言わなくて」
「良いよ」
勝手に勘違いしたのは俺だ。
「あの……。残念だった?」
残念?
―好きな人の望みを叶えてあげたいって思うのが女心よ。
俺の望みは……。
メイドが、テーブルにミントを置く。
「では、失礼いたします」
メイドが部屋を出る。
「貸して」
「うん」
リリーのグラスと自分のグラスを並べる。
どちらも、まだライムシロップのソーダ割りが残っている。そこに、ミントを入れて軽く混ぜる。
「冷めない内に食べてて」
「うん」
隣を見ると、ポロネギのスープを飲んだリリーの表情が和らいだ。美味しかったらしい。
「残念じゃないよ」
「え?」
別に、何も気にする必要なんてない。
「リリーと二人だけで過ごす時間は、俺にとって大切な時間だから。大切な時間は、いくら長くても構わない」
俺の望みは、リリーと一緒に居ることだから。
これから新しい出来事が起こるなら、リリーと一緒に楽しんでいきたいと思うから。
だから。
一緒に居て。
「ありがとう」
リリーが微笑む。
可愛い。
「それで?話したかったことって、結局、何だったんだ?」
スープにパンを浸して食べる。
美味いな。体が温まりそうだ。
「ベルクトから、家族になりたいって言われたの」
「養子の話だったのか」
「うん。でも、エルに相談する前に……。引き取るかどうか決める前に、私もラングリオンでの養子の制度とか知っておいた方が良いと思って。それで、アルベールさんに相談したの。そうしたら、もう少し広くて、お城に通いやすい家を探したらどうかって言われて」
その話がアレクに行ったのか。
アルベールからセントラルに住むことを勧められたんだろう。セントラルの貴族街に住むには陛下の許可が必要だけど、皇太子近衛騎士の身分なら問題ない。
「引っ越すなら、あの家も引き払わないとな」
「え?引っ越すの?」
「セントラルに引っ越すんだろ?」
「まだ決めてないよ。それに、薬屋だって……」
「あそこを引き払うなら、薬屋もやめるよ」
秘書官をやるなら、薬屋を続けるのも無理がある。
「夢だったのに?」
「やりたいことは、十分やったからな」
ルイスも、そろそろ自分でやりたいことを選ぶ歳だろうし、店を任せ続けるわけにもいかないだろう。
「薬屋がなくなっちゃったら、イーストエンドの人は困らない?」
「困らないだろ」
「そうかな……」
薬屋が一軒無くなったぐらいで困る奴なんて居ない。それに、需要があるなら店なんていくらでも出来る。王都はこれから開発が進むだろうし、どこも変化し続けるはずだ。
それに、ベルクトと生活するなら、もう少し安全な環境も必要だ。シュヴァイン家に狙われることはもうないと思いたいけど。
明日は……。
会談の予定もないし、大陸会議に向けた資料を完成させるだけ。目途も立ってるし、時間は作れそうだな。
「明日、ベルクトに会いに行こう」
「え?ベルクトに?」
「俺はベルクトのことをよく知らない。引き取る予定なら、早めに会って、少しでも一緒に過ごす時間を作っておいた方が良いだろ?」
「でも、まだ、養子に引き取れるような状況じゃないって言ってたよ。アルベールさんは、最低でも焼印の跡が消えるまでって言ってたけど……」
「消えるまで?なら、結構かかりそうだな」
焼印の形が、何の形かわらかなくなるまでってことなんだろうけど。
「でもね、マリーの研究で作った大地の魔法を込めた布があるの。それを使うと、傷跡も早く綺麗になるんだって」
リックが持ってた布だ。
あれには、そんな効果もあったのか。
なら、養子に引き取ることが出来るようになるのも遠くない。
「エルは、どうしてベルクト達にそんな跡がついているのか知ってるの?」
「知らないなら、知らない方が良い」
蒸し返すようなことじゃない。
隣を見ると、頬が可愛く膨らんでいる。
「リリーは、ベルクトのことが好きなんだろ?」
「うん」
「俺だったら、過去のことなんて詮索せずに、その気持ちだけで接して欲しいと思うよ」
過去を知っている人間が居ないから。
だから、自分がどんな存在でも、そこに居られた。
「だから、跡が消えるまで待とう」
過去なんて気にしなくて済むように。
「うん。わかった」
でも、リリーが、そこまでベルクトに懐かれてたとは知らなかったな。そういえば、ベルクトを保護したのはリリーだったっけ?
ノックがあって、メイドが部屋に入ってくる。
「魚介のフリチュール、二種のソース添えです」
これ、何のソースだ?
「変わったソースだな」
「エシャロットソースと、カニミソソースです」
「……あれか」
「カニミソって?」
「カニの中で、珍味として扱われる部分だよ」
メイドが部屋から出ていく。
独特の臭みがある食材だけど……。
ソースを一口舐めてみる。思ったよりも臭みがなくて、濃厚なソースだ。癖は強いけど、意外とフリチュールに合うのかもしれない。
でも、あのお堅い料理長が作るソースとは思えないな。
「そうだ。あのね、エル。私、変わった魔法が使えるみたいなの」
「変わった魔法?」
「剣に魔法の力を込めると、刃が赤く輝いたり、魔法の刃が本物の剣より長く伸びたりするの」
剣の刃を伸ばす魔法。
俺がアレクと戦ってる時に使った魔法に似てるな。
……あれを、アレクがリリーに教えたのか?
でも。
「色は、赤だったのか?」
「うん。炎の魔法じゃないと思うんだけど……。アレクさんは、月の魔法でもないって言ってたよ。私にしか使えない魔法だって。何の魔法かわかる?」
わかる。けど。
なんで、色が赤?
「もしかして、その魔法を使う時って赤い色をイメージしてないか?」
「え?……うん。そうかも。エルの炎の魔法をイメージしたから」
炎の魔法の色が、そのまま反映された?
「どうしてわかったの?」
「魔法は使用者のイメージを反映するからな」
「青い色をイメージしたら、青くなるってこと?」
「試してみないと解らないけど。その可能性はある」
自由に色を付けられるなら、見た目から属性を割り出せない特殊な魔法ってことになる。
……余計に、どんな魔法か想像しにくいな。
「どんな魔法で、何が得意な魔法なのか解ってない以上、魔法の使い方は、これからリリーが見つけていくしかない」
「え?私、魔法使うのが下手だよ?」
「リリーは魔法を剣術に応用するセンスがある。剣に魔法を込める感じで使い続けたら、きっと魔法のことも理解できるようになるよ」
リリーにとって危険はないと信じて、リリー自身が試行錯誤しながら会得するしかない。
魔法を理解するには契約した精霊の協力が必要だ。目に見える自然現象だけで魔法を理解することは出来ない。自然の秘密は、精霊の秘密。
けど、リリーには教えてくれる精霊が居ない。前例を知ることが出来ないのだ。
月の魔法だって、レイリスに教わったから理解が進んだものの、未だにわからないことだらけだっていうのに。リリーの魔法で何ができるか想像するのは、かなり難しいことだろう。
『リリー。もう一つ、言うことがあったんじゃない?』
まだ、何か出来るようになったのか?
『リュヌリアンが光るようになっただろ?』
「光る?」
「そうだ。暗闇の中で、エイルリオンみたいに光るようになってたの」
『エルがアレクの為に祈った時に、月の女神の加護を得たんじゃないかって』
あの時に?
でも、月の女神がレイリスに魔力を送る以上の加護をリュヌリアンに与えていたとしてもおかしくない。
「あいつに対して、より有効な力を持ったってことか」
元々、月の石で出来た剣だ。月の女神の恩恵も受けやすいんだろう。
「あの人って、今、どこに居るのかな」
「神の台座だ」
アレクも、国王陛下もそう考えている。
「どうやって行けば良いのかな」
「行く方法はある。でも、どの方法を選ぶかは確定してない」
今後の交渉次第だ。
もしかしたら、アレクが俺に熱気球に乗るように言ったのも、移動方法の一つに考えているからかもしれない。あれで神の台座に行けるとは思えないけど。
「方法が決まったら、神の台座に行く」
「え?すぐに?」
「もちろん」
「こんなに忙しいのに?」
「今、一番優先すべきことは、アレクとレイリスを助け、太陽と月の神の力を借りてアンシェラートを封印し直すこと。そうすれば、亜精霊やアンシェラート関連の懸念事項も払しょくされる。今回の大陸会議の招集目的も解決するんだ」
俺がやってる仕事は、俺が戻るまでベルトランに任せておけるし、いつ行っても問題はない。
「私も手伝うね」
「あぁ。一緒に行こう」
約束したから。
※
ゆっくり食事を終え、料理の代金をメイドに払っているところで、今日の料理を作ったシェフが来た。
「よぉ、エル」
「今日の料理を担当したのは、お前か」
いつ来ても居るな。
「エル、この人は?」
「城の厨房で働いてる料理人のデュグレだ」
リリーが頭を下げる。
「はじめまして。リリーシアです」
「リリーシアって、」
「あんな珍味をソースに使うなんて、良く料理長が許したな」
「あれは試作品だぜ。どうだった?」
試作品を客に出すなよ。
「リリー。どうだった?」
「えっと……。ちょっと苦手だったかな」
目の前で、デュグレが落ち込む。
「あ、あの、ごめんなさい」
「癖が強いんだから、万人受けする味なわけないだろ。でも、臭みもなかったし、フリチュールに合う味付けだった」
「料理長にも似たようなことを言われたよ。もっと酷い言い方だったがな」
「もう辞めろって?」
「えっ」
「そっちは、もっと洒落た言い方だったぞ」
「あの、どれも美味しかったです」
「リリーシア様にそう仰っていただけたなら光栄です」
つまり、料理長からは一人前って認められてるんだな。
「独立するなら、俺の店を使うか?」
「え?」
「え?」
『え?』
声が三つ重なった。
「丁度、引っ越そうと思ってたんだ。場所はイーストの端だし、少し狭いかもしれないけど。備え付けのオーブンもあるし、一人で店を始めるには悪くないだろ。慣れてきたら広いところに引っ越せば良い」
「待て待て、お前はいつも、話が急過ぎるんだよ」
「そうだよ。まだ、ルイスとキャロルにも相談してないのに」
『引っ越し先も決まってないのに、もう少し考えてから決めなよ』
イリスまで?
「それに、俺は、まだ辞めるって決めたわけじゃ……」
「開店資金ぐらい出すよ。オルロワール家に行けば俺が出資できるように手配しておく」
デュグレが頭を抱える。
「あー、本当にお前って奴は、話を聞かないな。わかったよ。俺も腹をくくる。今月いっぱいで辞めて、新しい店の準備に取り掛かることにする」
「ん。なら、その方向で進めておいてくれ」
『あー。決まっちゃったよ』
『驚くことか?』
『いつものエルねぇ』
引っ越し先も早めに決めないとな。




