135 休む間もなく
朝から重い衣装を着て、会談の為にオルロワール家へ。
昨日と同じように、ドニス、ベルトランとその従者二人も一緒だ。
午前中の会談相手は、ディラッシュ王国。
大陸河川の内容はもちろん、最近、参加していない条約についても話してくるよう頼まれたせいで、昼食の時間を跨ぐことになった。
食事を共にするぐらい気を許しているかと思いきや、ディラッシュは、手の内を全く見せるつもりが無い。河川の関税撤廃については賛成の意向を聞けたから、まぁまぁの成果だろう。
昼食後は、少し時間を置いてから、グラシアルとの会談になる。
ドニスは休憩、ベルトランは従者と共に別室で待機。
一人になったことだし、この間に報告書をまとめておくか。
……と思っていたら、ロジーヌが来た。
「エルロック様。お疲れの所、申し訳ありません。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「良いよ。何かあったのか?」
「はい。マリアンヌ様が、魔法研究所で作られた最新の防具を見て頂きたいと」
それって。
「光のドレスみたいな奴か?」
「はい。更に複雑なものであると聞いております。現在、そちらをリリーシア様に御着用頂いております」
『リリー、来てるの?』
『オルロワール家に居るな』
来てたのか。
「なんで、研究所の成果をリリーに?」
防具なら、サイズに気を使う必要がある。研究所の成果として提出するなら、まずは平均的なラングリオンの男性のサイズに合わせて作るのが一般的だ。
着用者に女性を想定したとしても、わざわざ背が低くて小柄なリリーに合わせるようなことはしないだろう。
「詳しいことは、マリアンヌ様に御聞きください」
「ん。わかった」
何か理由があるみたいだな。
※
ロジーヌが案内した部屋の前には、騎士が立っている。
「エルロック様をお連れしました」
扉を開いてすぐの場所も、部屋の中が覗けないようにパーティションが置いてある。
魔法研究所の最新の研究成果があるなら、これぐらいの警戒は必要か。
「では、私はこれで失礼いたします」
ロジーヌが部屋を出る。
パーティションの裏に回ると、マリーとリリー、それからバーニーが居た。
「リリー」
「エル」
「いらっしゃい、エル」
マリーの言葉の後、リリーの側に居たバーニーが軽く頭を下げる。また、リリーの護衛をしてるらしい。
「このマントが研究所の成果なのか?」
リリーは、大ぶりのマントを巻きつけて椅子に座ってる。
「いえ……。その布じゃないわ。その中に着ているの」
これじゃない?
変だな。
「先に説明するわね。リリーが着ているのは、魔法研究所の最新の成果によって作られた、あらゆる魔法を無効化する防具なのよ」
「完成したのか」
「そう……、ね」
引っかかる言い方だな。
「良い?これをリリーに渡すことは、陛下とアレクシス様の御意向でもあるの。エルは、ほら、王家の敵と戦わなくちゃいけないから、魔法研究所としてのバックアップを頼まれてて……」
リリーの為に作られた理由はわかった。
でも、マリーなら説明より先に成果を見せるはずだ。勿体ぶってマントなんかで隠すようなことはしない。
一体、何を隠してるんだ?
リリーが着ているマントを開く。
「あ……」
「!」
『えっ』
『え』
なんだ、これは。
「マリー」
「だから、言ったでしょう?これはすごいものだって。光、闇、炎、氷、大地、水、風。それに、雷と雪まで。あらゆる魔法を無効化することは実証済みよ」
「ふざけてるのか?」
「ナイフを投げたって、簡単には傷つかないんだから」
そう言って、マリーがリリーに向かってナイフを放り投げる。
「リリー、」
「大丈夫だよ」
リリーにぶつかると思った瞬間、ナイフは何かに弾かれて、床に落ちる。
「強い魔法の力が働いているから、物理的な攻撃も軽減するの。剣で斬られたとしても、斬速を緩める効果があるわ」
「そんなわけあるかよ」
「事実よ。実験は、ヴァネッサにも手伝ってもらったわ」
バーニーが頷く。
「仰る通りの結果でしたよ」
「リリーの護衛をしてたんじゃないのかよ」
「魔法研究所の協力要請ですから」
何が、協力要請だ。
リリーが文句を言わないから、二人で勝手に実験を進めたんだろう。
「だいたい、さっきの話しなら真空の魔法が組み込まれてないだろ」
「真空の精霊に協力を頼むのは難しいわ。その代わり、雷の精霊と雪の精霊には協力してもらってる。基本の精霊の亜種は、他の魔法との干渉が少ないことが分かったの。水の精霊も柔軟ね」
「設計図を寄越せ」
「駄目よ。これは魔法研究所の極秘の……」
「早く出せ」
「……机にあるわ」
「ん」
机の上の資料を見る。
だいたい、リックから聞いていた通り。
……防具としての性能も、マリーの言う通りなのか。
あらゆる魔法を無効化してる。魔法の玉に込められた魔法ぐらいじゃびくともしない。強力な魔法は実験していないみたいだけど、ダメージを軽減する効果があるのは確実だろう。
しかも、物理的な攻撃を和らげる機能に関しては、王国兵士に支給される鎧並みの効果が期待できる。貫通すれば直接傷を負うリスクはあるものの、重量の軽さを鑑みれば性能が上と言える。
まさに、魔法の防具だ。
でも、改善の余地はある。
ここを、こんな風にして……。
亜精霊の糸の準備と、光の精霊と水の精霊の力は、マリーに頼める。
闇、大地、炎、氷と雪、風、真空は、俺がどうにかできる。
だから、雷の精霊の力は誰かに頼まないといけない。
後、必要なのは、衣装の製作者だ。適任なのは一人しか居ない。アレクに頼もう。
「リリー。この後の予定は?」
「衣装合わせが終わったら、カミーユさんと一緒にお城に行く予定だよ」
『カミーユもオルロワール家に居るな』
丁度良い。ブレストに協力を頼もう。
「アレクに手紙を書くから、カミーユと一緒に届けてくれ」
「カミーユさんと?」
「あぁ。カミーユの協力も必要なんだ。マリーも、防具製作に必要な材料を揃えて城に行ってくれ。俺もグラシアルとの会談が終わったらすぐに行く」
「え?どういうこと?」
「リリーの防具を作り直すんだよ。変更点を書き足しておいたから、真空の精霊を加えた設計図に書き直してくれ」
「ちょっと待ってよ。これを作るのが、どれだけ大変だと思ってるの?それに、精霊だって……」
「精霊はどうにかする」
書いた手紙を、リリーに渡す。
「アレクに渡してくれ」
「わかった」
※
グラシアルとの会談は、それほど時間をかけずに済んだ。
アリシアが居るなら話しは早い。
ベルトランには何度か睨まれたけど、会談は成功。
お互いに協力的な立場で会議を進めていくことで合意した。
ベルトランを先に帰して、うるさいメルリシアにも退出して貰って、アリシアと一緒に神の台座に関する報告書を見る。
「氷塊の面積が減ってる?」
「あぁ。総量が減っているのは確かなようだ。氷の精霊が極端に減っている訳ではないから、減少分は、封印されていた紫竜フォルテが去った為ではないかと言われている」
ドラゴン一体分の塊が消えたとなれば、相当な量が減ったことになるだろう。
氷の精霊の状況は、仲間同士で確認がとれるとして。
「神の台座って、他の精霊は居ないのか?」
「光の精霊や闇の精霊の存在も確認されている。しかし、人間が簡単に近づけるような場所ではないからな。外から見える範囲の情報しか得られていない」
「上陸は難しいのか」
「難しい。外海の巨大生物がうろつく海域な上、周囲は氷山や氷河で覆われている。神の台座も氷で出来た断崖絶壁で覆われた場所とくれば、人の力で上陸など出来まい」
船で近づくことは、まず不可能。
「神の台座に行くつもりか?」
「行くことになるかもしれない」
あいつが根城にしている場所は、神の台座である可能性が高い。あそこは本体が保管されていた場所だし、今は氷の大精霊も居ない。
何より、神の台座は、名もなき王の最後の舞台となった場所だ。氷の大地に樹木があるかはわからないけど、あいつが執着するような、ヴィエルジュに関した何かがある可能性は高いだろう。
……戦う場所を選べるなら、月の女神の助力が残る砂漠で戦うのが理想だけど。すでに警戒されている場所に誘き出すのは難しい。だったら、どれだけ罠が張られていようとも、こちらから出向くしかない。
「リリーも連れて行くのか」
「連れて行く」
約束したから。
「初代グラシアル女王が、どうやってパスカルと契約したのか。考えたことはあるか?」
契約……。
パスカルは神の台座に居た大精霊だ。
「女王も神の台座に行ってる?」
頷いて、アリシアが小さな本を出す。
違う。本じゃない。
「手記?」
「フェリシアが書いたものだ。初代女王の言葉を書き記してある」
―私が語ったすべての物語を、まとめてくれ。
初代女王は、グラシアルの歴史を、自分の歴史をフェリシアに伝えていたんだっけ。
「これに、行く方法が書いてあるのか?」
「女王が神の台座に辿り着いた経緯は語られているが、参考にはならないだろう」
真似できるような方法じゃないってことか。
「しかし、お前の役に立つことが書かれているかもしれない」
何かヒントになるような情報があれば良いけど。
手記を開く。
これは……。
「借りても良いか?」
「あぁ。元よりそのつもりだ。自由に使ってくれて構わない」
「良いのか?女王は、これをまとめて公表しろって言ってたのに」
「この中身が事実だと考える者が居ると思うか?」
歴史上、表舞台に一切立つことなく君臨し続けた初代女王の存在。王家の秘密とグラシアルの裏の歴史。
誰が信じられるって言うんだ。
事実を裏付けるものは、女王の崩御と城の崩壊によって消え去っている。
「いずれ、グラシアルに伝わる物語としてまとめる予定なんだ」
「物語か」
あまりにも現実離れした現象が多過ぎる場合は、事実としてまとめるよりも、物語としてまとめた方が語り継ぎやすいのかもしれない。
誰も信じなかったとしても、誰もが記憶にとどめておける方法だ。
そして、その情報が、今、役に立っている。
名もなき王の物語も、リラとアルテアの話しも。
『ロジーヌだ』
ノックがあって、扉が開く。
「失礼いたします。アリシア様、エルロック様。そろそろ御食事の時間ですが、如何いたしましょう」
もう、夕食の時間か。
「アリシアは、戻らなくて大丈夫か?」
「問題ない」
「なら、もう少し話がしたい」
「良いだろう。私も他国の情報をもう少し知っておきたい」
お互いに、今しか話せないことは多そうだな。
「ロジーヌ。もう少し、この部屋を使っても良いか?」
「はい。では、御夕食を御運びいたしますので、少々お待ちください」
準備してあったのか。
メイドが出入りする間は、機密性の高い話しをすることは出来ない。
アリシアは書類の整理をしているみたいだし、女王の手記を読んでおくか。




