129 記憶を繋ぐ
「リリーの冒険譚を聞かせて」
「冒険譚?」
「化け物退治をして来たんだろ?」
ただのセイレーン退治のはずが、大事に巻き込まれたみたいだけど。
「えっと……。最初の日は、街道の街を拠点にして、オオカミの亜精霊討伐をしたんだ」
やっぱり、シールはオオカミの亜精霊退治を担当したのか。
っていうか、遠征は馬で移動してるはずだ。
「馬に乗って戦ったのか?」
「うん。陽炎っていう馬だよ。今度、紹介するね」
いつの間に練習したんだ?しかも、すでに愛馬まで居るなんて。
もう立派な騎士だな。
「次の日は港で、セイレーン討伐の為の会議とか準備をしたんだ。女性冒険者とも合流して……。ポリーも来てくれたんだよ」
「ポリシアも付いて行ったのか?」
「一緒に行ったわけじゃないよ。グラシアルから来る人たちの案内を頼まれて港に居たんだけど、手伝ってくれたんだ」
「そういうわけか」
グラシアル一行と共に、大陸会議で使う書類も来る。ポリシアは、機密文書運搬のサポートってところだろう。
「その次の日は、船でセイレーン討伐に行ったんだ」
「船酔いは?」
「しなかったよ。船酔い止めを貰ったし、ギルドが用意してくれた船も全然揺れなかったから」
流石、最新鋭の船だな。
リリーが船酔いしてなくて良かった。
「大きな宿の手配もして貰ったし、商人ギルドの人には色々お世話になったよ」
それぐらいの厚遇をしてもらわないと、割に合わないんだけど。
リリーが喜んでるなら良いか。
「それでね。船の上で戦ってたら、巨大なセイレーンが現れて……」
「巨大って、どれぐらいだ?」
一般のセイレーンは人間と大して変わらない大きさのはずだけど。
「フィカスぐらい……?」
「は?そんなに、でかかったのか?」
ドラゴンの子供とはいえ。ロマーノで見たフィカスは、かなりの大きさだったはずだ。
「顔も巨人ぐらい大きくて、人間を三、四人持ち上げられそうなぐらい、かな?」
「そんな巨体で、良く飛べたな」
まさに化け物サイズだ。
亜精霊は環境に応じた形態変化をするとはいえ。変わり過ぎだろ。
……これも、あいつの影響か?
「で?どうやって倒したんだ?」
「シールの雷撃の魔法が、すごく強かったんだよ。近衛騎士って、本当にすごいよね。ポリーとバニーも上手く連携して、それで勝てたんだ」
リリーの活躍を聞いたんだけど。
アレクの近衛騎士が、巨大セイレーン程度で後れを取ったりするわけないか。リリーの立ち回りについては、シールから聞いた方が早そうだな。
「次の日は……」
「それって、今日のことか?」
「あ、うん」
帰還が夕方だったから、午前中に一仕事して来たんだろうけど。
「今日は、状況によっては戦わずに帰る予定だったんだ。でも、岩礁に行ったら、セイレーンの敵のケトスが居たの」
「ケトス?」
聞いたことないな。亜精霊か?
「外海の生き物だよ。海獣って呼ばれる海の獣で、ドラゴンぐらい大きくって……」
「海の生き物なのに獣で、ドラゴンサイズだって?」
滅茶苦茶な生き物だな。
「今度、一緒に図鑑を探そう?」
「そうだな」
外海は、本当に未知の世界だ。
標本画が載ってる図鑑が見つかれば良いけど。
「それでね。調査の結果、これ以上、セイレーンの個体数を減らす必要はないってことになったから、今度の作戦では、セイレーンと戦わずにケトスだけ倒そうって話しになって。シールが陽動でセイレーンを引きつけてくれている間に、ポリーと私で岩礁に上陸して……」
「バニーは?」
「小舟の操縦を担当してたから、影からのサポートに徹してたよ。ポリーに残りのセイレーンを引きつけて貰って、私がケトスと戦うことに、」
「は?」
「なった、んだけど……」
「一人で?」
リリーが頷く。
化け物相手に、一人で戦ったって?
……シールは指揮官として船に残らなければならない上に、セイレーンに見つからずに岩礁に上陸するには少数精鋭であることが必須。役割分担としては、それ以外の選択肢がなかったとはいえ。
一番危ない役目じゃないか。
「それで?」
「えっと……。セイレーンが助けてくれて、倒せたよ」
随分、端折ったな。
「詳しく教えて」
何がどうなったら、亜精霊に助けられるなんて話になるんだ。
「その……。油断して、海の中に引きずり込まれちゃったんだけど……」
「海の、中?」
「あのっ。私、泳げるし、」
「そういう問題じゃ、」
……駄目だ。
話しを聞くって言ったのに。
「ジオが居たから呼吸できたし、ちゃんとケトスから逃げられたし、イリスが私を氷で包んでくれて、すぐ地上に戻ったんだよ」
落ちつかないと。
「二人が助けてくれたのか」
「うん」
大丈夫。今、こうして無事で居る。
それに、ジオとイリスが居なくても、リリーを救助する体制は整っていたはずだ。
話しを続けよう。
「なら、なんでセイレーンが助けてくれたって話しになるんだ?」
リリーが視線をそらす。
まだ、俺に言えないようなことがあるのか。
「その……。セイレーンに乗って、ケトスと戦うことになって……」
なんだ、それは。
「あの。だから、目的が一緒だったし、ケトスと戦うには、それしかなかったから……」
助けてもらったんじゃなく、共闘したのかよ。
戦い方が規格外過ぎる。
「ジオ、イリス。リリーと一緒に居てくれて、ありがとう」
『約束だからねー』
『まぁ、行って良かったよ』
イリスはリリーのことを心配してたからな。
「エルは、二人が居なくて困らなかった?」
「城に居たんだから、困ることなんてないよ」
バーニーに振り回された時に魔法の発動が遅れたけど。あんなことやる兵士なんて居ないだろ。
っていうか。
「帰還直後のあれは何だったんだ?」
「それは……。言えないの」
アレクに口止めされてるのか。
「ん。なら良い」
「あの、ごめんなさい」
「良いよ。仕事なんだから、謝る必要なんてない」
朝から激しい戦闘があったのに、休養も取らずに近衛騎士自ら帰還しなければならない事態。しかも、アレクが自ら出迎えに行ってる。
無関係の人間に教えられないような機密事項だったのは確かだろう。
「お疲れ様」
こんなに休みなく働いてたなんて。相当、疲れただろう。
リリーの頭を撫でる。
「ありがとう」
本人は元気そうだけど。
……リリーを危険な目に合わせるなんて。
もう、絶対、したくないのに。
こんなに頑張ってるのなら、もう何も言えない。
「ごめん。リリー」
「え?」
「いつも、反対して」
剣術大会に出場することも、騎士になることも、リリーが望んでいたことだったのに。
「ほんの数日で、これだけ王都周辺や海上の安全確保に尽力したんだ。これは、アレクの騎士として十分な成果と言える。頑張ったな」
それに、まだ言ってなかった。
「皇太子近衛騎士就任おめでとう」
「ありがとう……?」
リリーが首を傾げる。
まぁ、今さら言うのも変な話しか。
「もう、俺のことは気にしなくて良いから、やりたいことを自由にやったら良い。せっかく、夢を叶えて騎士になったんだから」
「それは……」
俺の為に、何かを諦める必要なんてない。
「リリーらしいリリーで居て」
自分の意思を貫いて。
「どれだけ離れていても、何を選んでも。俺がリリーのことを好きなことに変わりはないから」
大丈夫。
「リリーを信じてる」
リリーが強いことは、誰よりも知ってる。
「ありがとう。信じてくれて」
信じてる。
何処へ行っても、必ず、元気な姿で帰ってくるって。
「でもね。私、騎士になることが夢だったわけじゃないよ」
「え?」
だって、剣術大会の優勝の願いは……。
リリーが顔を上げる。
「私ね、もっとエルと一緒に居たかったの。秘書官みたいな難しい仕事は出来ないけど、騎士になれば、お城で働けるし、エルと一緒に居られるかもしれないって」
それが、理由……?
「でも今は、ちゃんと騎士の仕事も頑張ろうって思ってるよ。この国で、騎士がどれだけ尊敬される存在かも解ったから。だから、セイレーン退治を手伝おうって思ったら……。その……。思ったより時間がかかっちゃって……」
本当に、地図が読めないからな。
「リリー。北はどっちだ?」
「えっ?えっと……」
リリーが人差し指を立てたまま、きょろきょろと周囲を見回す。
可愛い。
「こっちだよ」
その指を北の方角に向ける。
「迷ったら、いつでも呼んで。すぐにリリーの傍に行く」
「うん」
頷いて、リリーが微笑む。
この顔も可愛い。
※
「良い匂い。何のお茶?」
「ラヴァンドティーだよ」
ティーセットを置き、砂時計をひっくり返す。
「綺麗だね。きらきらしてる」
「星屑だよ」
「星屑?砂時計って、砂じゃなくて星屑が入ってるの?」
「砂の場合もある。でも、星屑の方が正確に時間が測れるんだ」
「そうなんだ。本当に、星みたいだね」
星屑は光を反射しやすい性質だから、ランプぐらいの明るさでも、きらきらしてるように見える。
「砂漠で見た星を思い出すね」
「あぁ」
あの時、物語を聞いたんだ。確か、お姫様の話だったと思うけど……。
きらきらと星が流れ落ちる。
二人で星屑が落ちきるまで眺めた後、カップにラヴァンドティーを注ぎ、リリーに渡す。
「ありがとう」
リリーが、熱いお茶に息を吹きかける。
「もう一度、教えて」
「リラとアルテアの話し?」
「そう」
「リラは植物に水をあげるのが仕事のお姫様で、アルテアは生物に神の知識を与えるのが仕事の男の人だよ」
神の知識か。
「名もなき王みたいだな」
あの主人公も、各地を巡って知識を与えていた。
「リラも、ヴィエルジュみたいだね」
「そうだな」
―水の神より生まれた植物の祖にして妖精の女王。
ヴィエルジュは、植物と水に関連している。
「リラとアルテアは、恋人だったのに神さまに引き裂かれてしまうお話だよ。ヴィエルジュも、そうだったのかな……」
この話しも繋がってる?
「誰が書いた話なんだ?」
「作者はわからないよ。童話だから」
古い童話の作者を探すのは大変そうだな。
「それに、結末は読む本によって違うんだ。共通してるのは、二人はお互いの場所を見失わないよう、別れる前に贈り物をしたってことぐらい」
それは覚えてる。
物語では、その贈り物が輝いて星になってるって語られていたんだ。
……贈り物?
「贈り物をしあう話しって、他にもなかったか?」
どこで聞いたんだっけ?
物語なら、リリーから聞いたはずだけど……。
「あ。ジュリアスとマルベリー?」
「それだ」
クエスタニアで聞いた話。途中で寝たせいで、うろ覚えだ。
「何を贈ったんだっけ?」
「マルベリーは真珠の指輪を、ジュリアスは短剣を贈ったんだよ」
「しんじゅと、剣……」
真珠は、神樹と同じ呼び方だ。
なんだ?この繋がりは。
「そっか。名もなき王も同じなんだ」
「同じ?」
「ほら。姿を変える者の章。王様は剣に変わったんじゃなかった?」
彼は北の果てに辿り着く。
彼が大樹の切り株にもたれかかると、彼の姿は一本の剣に変わった。
その剣は、今も大樹に守られている。
「だから、あの人も剣を贈ったんだよね?」
あいつが贈ったものが、剣の形をしている可能性は高そうだな。
「その剣がヴィエルジュの中で変化し、エイルリオンとして生まれたってことか」
「えっ?生まれた?」
リリーが驚く。
「エイルリオンって、二人の子供なの?」
「たぶん。これだってそうだろ?」
ルブライトを見せると、リリーが納得したように頷く。
「そっか」
そういえば、まだ話してなかったっけ。
「これに名前を付けたんだ」
「どんな名前?」
「ルブライト」
愛の結晶。
「良い名前だね」
リリーが微笑む。
エイルリオンも、ルブライトと同じように二人の力が混ざって生まれた剣なのは間違いない。
「ヴィエルジュは、何を贈ったんだろうな」
「真珠じゃないの?」
「ただの真珠じゃ等価交換にならない。あいつが贈った剣は、エイルリオンを生み出せる程の力を持ったものだったんだ。つまり、もっと、あいつの本質的な情報を持ったものってことになる。ヴィエルジュも相応のものを贈ってるはずだ」
魂の一部とか、化身とか……。
いや。何かに代替できるようなものじゃ無いだろうな。
「例えば、星のような輝きを持つもの」
「星?」
「物語の通りなら、贈ったものは、遠く離れていても居場所がわかるぐらいの輝きを放つものだろ?」
リラとアルテアがそうであったように。
そういえば、リリーに渡した精霊玉も、リリーの居場所を探す目印になったっけ。もっと輝きを放つもなら、どれだけ遠く離れていても探せるんだろうな。
「種、かな」
「種?」
「妖精は種の守護者でしょ?」
……繋がった。
「そうか。だから、ヴィエルジュは妖精の姿を作れないんだ」
種が無いから妖精の姿を作ることが出来ないし、一般的な植物ように種子を増やすことも出来ない。
大樹をいくらでも生やすことが出来たとしても、それはすべて同じ根を持つ一つの植物。ヴィエルジュの体だ。
そして、もう一つ。
「セントオの中には、ヴィエルジュの種が入ってる」
「えっ?封印の棺の中に入ってるの?」
「あぁ。セントオの魔法陣は特殊なんだ。だから、棺の中身も体の部位ではなく、あいつが執着する何かが入ってると思ってたんだ」
「……え?」
封印されてもなお、手に入れようとしたもの。
「あの人は、ヴィエルジュから貰った大切な種を奪われたってこと?」
「そうなるな」
自分から手放すわけがない。
封印の棺は、その中身が、あいつにとって大切なものであればあるほど、あいつが求めれば求めるほど、あいつの力を奪う仕組みになってるんだ。
神の力を抜き取る為に利用されたと考えるのが妥当だ。
「中身を返す事って、出来ないのかな」
「無理だな。セントオの棺は何処にあるかわからないし、月の大精霊の封印を解くには、太陽の大精霊の協力が要る」
リリーですら知らない大精霊だ。ルネなら居場所を知ってるかもしれないけど、協力を仰ぐのは簡単じゃないだろう。
それに、棺が俺の予想通り火山の中にあるとしたら、地上に運ぶのも難しい。
リリーが肩を落とす。
「あの人は、今でもヴィエルジュが大切で、ヴィエルジュのことが好きなんだよね」
好きだから執着してる。
でも、今は敵対している。
「どうして、こうなっちゃったのかな」
「仕事をサボったからだろ」
「え?」
「リラとアルテアの話が、そうだっただろ?」
「あれは、物語だよ?」
「物語が繋がっているとしたら。名もなき王は、リラとアルテアの話の続きだ。リラに会う為にアルテアは自分の仕事を続け、やがて愛する女性をヴィエルジュという名前でしか思い出せなくなる」
悲恋の物語。
ジュリアスとマルベリーのように、本人の意思とは関係なく、結ばれることを許されない関係。
「どうして、敵対することになったのかな」
「あいつは神と敵対している。つまり、神の側に立つすべてと敵対してるんだ。それには、自然を成り立たせる植物の祖、ヴィエルジュも含まれる」
最初から、ヴィエルジュを連れて行く気はなかったんだろう。
「私、エルと離ればなれになるなんて嫌だよ」
危ないと解っていることに大切な人を巻き込むなんて、しないと思うけど。
「自分の意思で選べば良い。リリーがどんな選択をしても、リリーが好きなことは変わらないって言っただろ?」
「そうだけど……」
ヴィエルジュは植物の祖として、すべての植物と大地を守ることに尽力したはずだ。リリーのように優しいなら、他の弱いものを見捨てるなんて出来ないだろう。
「それじゃあ、ヴィエルジュは好きな人を倒すことを選んだってこと?」
「それは、少し違うんじゃないか?」
「違うの?」
「エイルリオンとジュレイドは、本来あるべき姿に戻す剣だ。亜精霊みたいな自然に反する存在は消滅させても、自然に反しないものを滅ぼすことは出来ない。つまり、あいつを斬ったところで、神の力を抜くことしか出来ない」
「じゃあ、ヴィエルジュは、あの人を元に戻したくて、エイルリオンを初代国王に託したってこと?」
「その方がしっくりくる。あいつもヴィエルジュも、お互いを傷つけようとはしてないからな」
今のところ、お互いに全面戦争をする気が無いのは確かだ。
「なら、エイルリオンとジュレイドで、早く戻してあげないとね」
「そうだな」
……ただ。
殺さないからと言って、生き残る保証はない。
ガラハドは、クレアの時に得た恩恵を失うことで死にかけた。
神の力で生きていた人間が神の力を失えば、どうなるんだ?
何より、あいつの本来あるべき姿が、何を指すのかはわからないままだ。
クレアに戻る?でも、あいつはリンの力を得た人間の神で、血が赤いんだろ?
それに、ヴィエルジュの目的もわからない。
あいつから神の力を抜いた後、どうするのか。何か別の目的がある可能性も捨てきれない。




