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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅴ.約束
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117/149

127 情報漏えい禁止

 山のような資料が机の上に積まれている。

 なんて量だ。

「これで全部だぜ。……あ」

 アルベールが最後の書類を積んだ瞬間、紙の束が雪崩を起こして床に落ちた。

 落ちた書類を、メイドが慌ててワゴンの上に乗せる。それ、食事のサービスに使う為のワゴンだろ?

 なんていう量だ。

 朝からアルベールと会えて良かった。こんなの、読むだけで一日が潰れる。

 いつも通り城内の執務室に居てくれたのは助かったけど……。

「なんで、休みに城に居るんだ?」

 アルベールが笑う。

「エルに休みの感覚があったとは驚きだな」

「嫌味かよ」

「今日は、ここで仕事して行くか?運ぶの大変だろ」

 一人で運ぶのは無理だけど。

 読むのだって時間がかかる。

「丸一日使って良いなら」

「終業時間までなら使って良いぜ」

 何が終業時間だ。

「休みの感覚が無いのはどっちだよ」

「それは嫌味か?」

 アルベールがくすくす笑いながら、自分の席に着く。

 らしくないな。

「そんなに忙しいのか」

「大陸会議が近いからな。ソフィー、エルにもコーヒーを淹れてやってくれ」

「かしこまりました」

 書類の整理を終えたメイドが、コーヒーの準備を始める。

 さて……。

 始めるか。

 アルベールの席に対して垂直に配置された席に着く。座ると、書類の山に隠れてアルベールの姿が見えなくなった。

 どこから手を付ければ良いんだ、これ。

「その資料は、明日の朝一で執務室に運ばせる予定だ」

「秘書官が使ってる執務室か?遠いだろ。アルベールと連絡が取りにくくなる」

 大陸会議の議題なら、アルベールとやり取りすることが増えるはずだ。

「事務室でやるつもりだったのか?」

「そうだけど」

 執務室じゃ、作業スペースが確保出来そうにない。

「言っておくが、その資料はすべて機密文書扱いだ。俺の許可なく移動も閲覧も出来ない。事務室みたいな誰でも自由に出入りできる場所での保管は出来ないぞ」

 束になった書類には、機密と書かれた判が押してある。

 全部に押してあるのか。

「だったら、事務室に衛兵でも置けば良いだろ」

「衛兵か。そりゃあ良い。中にも外にも配置するか?エルに専属の護衛をつけても良いな」

 そこまで言ってないけど。

 やっぱり、疲れ過ぎて頭がおかしくなってるな。

 体を右側に倒すと、ようやくアルベールの顔が見えた。

「アルベール。これ」

 こっちを向いたアルベールに、持っていた栄養ドリンクを投げる。

「やるよ」

「おぉ。効き目がありそうだな」

 ドリンクを一気に飲み干して、アルベールが空の瓶を置いた。

 少しは疲労感が飛ぶだろう。

 眼鏡をかけて、手に取った書類のページをめくる。

「エルが俺の秘書官になってくれたら、この部屋を貸せるんだけどな」

「アレクに言えよ」

「どちらにしろ、事務室に衛兵は必要だと思ってたから丁度良い。ベルトランの左遷の件で、貴族と一般事務官の間で確執が広がってるんだ。新入りはそっちに逃がしたが、仕事にも支障が出始めてる」

「やっぱり揉めてるのか。セドリックを室長に出来るか?」

「皇太子総務事務室の人事権はアレクにある。誰も口出しなんてできないが、アレクがお前の言いなりだってことは少し不味いな。ただでさえ、我儘を押し通して貴族でもない二人を秘書官に入れたんだ。その話しも蒸し返されてるんだぜ。エルも少し気を付けた方が良い」

「後ろから刺されるなって?」

「良くわかってるじゃないか」

『エルに危害を加えるなんてぇ、許さないわよぅ』

『イリスもジオも居ないから、僕、頑張るよ』

 刺されるつもり、ないけど。

「失礼します」

 メイドのソフィーが俺の横にサイドテーブルを置く。

「だいたい、仕事の出来ない奴を上司にしなくちゃいけないシステムが間違ってるだろ」

「古い体制が続いてるんだから仕方ないだろ」

「優秀な貴族は居ないのか?」

「城内に残ってる貴族の能力なんて知れてるぞ。優秀な奴は、人の下で働く必要なんてない。独立して研究や発展に尽くしてるさ。ここは老害ばかりで窮屈だからな」

「事務官は優秀なのに」

「俺も、優秀な秘書官や事務官が近くに居れば休みに仕事なんてしないんだがな」

 大陸会議に加えて、人事関係のトラブルも抱えてるなんて。大丈夫なのか?

「どうぞ」

 サイドテーブルの上に、コーヒーと甘そうな菓子が並ぶ。

「甘いものは食べないんだ」

「申し訳ありません。別の物を御用意致しましょうか」

「いや。良いよ」

「エルは、リリーシアが作った菓子しか食わないからな」

「リリーは甘さの加減が上手いんだよ」

 コーヒーは、苦めのブレンドだ。

 オルロワール家で良く飲むのと同じ。

 仕事をするのに丁度良い。

 

 ……すごいな。これ。

 こんなに完璧な資料なんて滅多に見られない。

 データや統計処理に関わる情報はもちろん、キーワードに対する出典等もすべて明確に揃っていたから、気になる情報を調べに行く必要もない。

 しかも、内容もかなり面白い。

 

「まぁ……。一番は、能力に見合った椅子を用意してやることなんだが。やりたい仕事よりも華やかな肩書きを優先するからな。余計に悪いんだよ」

「華やかも何も。事務職なんて座って仕事するだけだろ」

「そうなんだけどな」

 本当に、貴族連中は面倒だ。

 

 余計と思える情報も載っていたけど、どれも興味をそそる内容で最後まで読みたくなる。こんなに面白い資料を読むのなんて久しぶりだ。

 

「大陸河川の件は急に持ち上がった議題だから、エルが担当してくれて本当に助かったんだぜ」

「急に?リックは、今回の議題じゃなかった案を勝手に持っていたのか?」

「しょうがないだろ。王子が伯爵を快諾する条件に出して来たんだ。こっちは、呑むしかない」

「条件?伯爵の叙任は、クエスタニアに行く前に決まってたんじゃないのか?」

「王子は伯爵になることを嫌がってたからな。誰がなるかって、ずっと揉めてたんだよ。でも、王子以上の適任者なんて居ない。ラングフォルド領は特殊な土地だから他の貴族に兼任を頼むわけにもいかないし、伯爵不在の期間が長いのもまずいんだ。ってわけで、陛下が王子を伯爵に指名することで、無理矢理決着したんだよ」

 陛下の決定なら、リックも従うしかなかったんだろうけど。

「ただ、陛下は王子の気持ちを最大限配慮すると約束したんだ。後出しでも構わないから、条件を出して来いって。王子が、どんな無理難題を押し付けてくるかと思っていたが……。何にせよ、王子が伯爵になる前に決着がついて良かったよ」

「マリーは知ってたのか?」

「まさか」

「だよな」

 条件が後出しだった以上、マリーも簡単には気づけないだろう。

 リックがマリーの為に伯爵を快諾したなんて。

「マリーが持ち帰った手紙の写しも置いてある。内容は、エルの判断で盛り込んで構わない」

「わかった」

 

 どこまで読んだっけ。

 あぁ、これ、気になってたんだ。

 クエスタニア西方に広がるジプシーの歴史。向こうは、砂漠の遊牧民とは全然違う文化みたいだな。

 セルメアの田舎の漁師の民話。化け物魚って、外海の生き物でも流れ着いたのか?死闘の末に引き上げて、村の一年分の食料になったって。どれだけでかいんだ。

 西南諸国の信仰。大陸の西は、太陽の女神への信仰が強いイメージだけど。精霊への信仰も厚く、動物に精霊が宿ると信じられているらしい。中でも蛇とドラゴンは同一視されていて、特別な力を持つ存在だとか。

 ……本題から大分反れたな。こんなの、大陸河川条約の話し合いには出てこないだろう。

 

「今回の会議の目的は提案だ。草案作成の前段階。条約の締結に向けた各国の同意を得れば良い」

「俺が担当するのは今回限りじゃないってことか?」

「当たり前だろ。この先、条約の締結まで関わってもらうぞ」

 安請け合いし過ぎた。

「大陸会議は、いつ始まるんだ?」

「セルメアの代表が到着次第、アンシェラート関連の会議は始まる」

「西南諸国が来なくても?」

「アンシェラートの話題は、この地域の喫緊の話題だ。待っていられない。ただ、大陸河川の議題は、彼らが到着した後になるだろう」

「開催期間は?」

「十日から一か月。持ち込まれる議題の数次第だな。しばらくやってなかったから、話し合いたい内容は多いだろう」

 ……時間がかかりそうだ。

 

 アルベールの無駄話には付き合わされるけど、それ以外は大して邪魔されることがなかったから、資料を読むのに集中出来る。

 っていうか、ここまで完璧な資料を作っていたなら、大陸河川条約の発効まで携わりたかったんじゃないのか?

 ……会って、話をしたかった。

 その機会は二度と来ないだろうけど。

 

「エル。ランチは何が良い?」

「何でも良いよ」

「なら、グラシアル風のタルティーヌはどうだ?」

 タルティーヌは、薄切りしたバゲットに具を乗せるオープンサンドだ。

「グラシアル風って?」

「うちのキッチンに、グラシアルからラングリオンの料理を学びに来てる料理見習いが居るんだ。彼から美味いマリネのレシピを聞いたんだよ。サルモの……」

「ディルマリネ?」

「知ってたのか」

「食べたい」

「じゃあ、それに決まりだ。ソフィー、頼んでおいてくれ」

「かしこまりました」

 楽しみだ。

「他にも、ジョージからは色んなのを聞いたって言いてたな」

「ジョージ?」

「料理見習いの名前だよ」

 グラシアルから来てる、ジョージ?

「今度、食べに来るか?メルリシア姫の同行者だから、グラシアルの料理が食べられるのは今だけだぞ」

「行く」

「乗り気だな」

「リリーが帰ったら、リリーと行くよ」

「わかった。手配しておこう」

 きっと、リリーもグラシアル料理が食べたいだろう。

 

 ※

 

 静かな午後だ。

 コーヒーも美味いし、仕事が捗る。

 目の前に積まれていた書類も、ようやく片付いて来た。議題の作成に必要な重要度別に箱に分けたから、休み明けの仕事もしやすくなるだろう。

 あれ?なんでアレクが書いた文書が混ざってるんだ?

「……は?」

 ちょっと待て。

「なんだ、この計画書」

「どうした?」

「ローレライ川とアスカロン湾を繋ぐ運河造成計画」

「あぁ、それか。大陸河川条約が締結されれば必要になるだろ。セルメアには、こっそり計画の話しをしても良いぜ」

 竜の山を迂回し、山の東側に作る予定みたいだけど。ここまで大規模な運河の造成なんて、過去に例がない。

 でも、ここが繋がれば、東の海からローレライ川、新しい運河、アスカロン湾を越えて、オリビア川、ティベリス大河、ウィリー川を継いでグラシアルのメロウ大河まで繋がる。グラシアルへ行く方法の選択肢が増えるな。

 ノックの音が鳴って、顔を上げる。

「失礼します!」

 執務室の扉が乱暴に開かれたかと思うと、女声の兵士が大声を上げて入ってきた。

 部屋の前には、アルベールの近衛騎士が居たはずだけど。なんで、こんな喧しいのを通したんだ?

「アルベール様、エルロック様をお借りします」

「あぁ。良いぜ」

「エルロック様、アレクシス様がお呼びです。至急、お越し下さい」

「アレクが?なん……」

 目の前に来た兵士が、机越しに俺の腕を引っ張り上げる。

「なっ、」

『エル!』

 風の魔法で飛んで机の向こうに着地する。

『……?』

 あれ?

 いつもより、魔法の発動が遅れた気が……。

 考える間もなく、俺の腕を掴んだまま兵士が走り出す。

「ちゃんと帰って来いよ」

 アルベールが楽しそうに笑ってる。

「待て!」

 女だと思えないぐらいの怪力に引かれたまま執務室を出て、廊下を走る。

 

 あちこちに明かりが灯る廊下を走り抜ける。

 もう、夕方?

 まずいな。今日中に読み終わらせたいのに。アルベールが帰ったら、執務室に入れなくなる。アレクの用って何だ?

 っていうか、なんで近衛騎士じゃなく、王国兵士が呼びに来たんだ。身体能力の高さと言い、アレクの指示で俺を呼びに来たことと言い、アルベールの近衛騎士が簡単に執務室に通したことと言い、信頼のある王国兵士に違いないんだろうけど。

 近衛騎士がアレクの側を離れられない理由でもあるのか?

 まさか……。

「あいつの気配は?」

 兵士に聞こえない程度に声を落とす。

『なさそうだけどぉ?』

『周囲の精霊が騒がしい気配はない』

 違うのか。

 っていうか、このルート。

「どこに行くつもりだ」

 ここからじゃ、アレクの部屋に行けない。

 今、通ってる廊下は、北の兵宿舎と城の南側を繋ぐ連絡通路。

 アレクが兵舎に居るわけ……。

『エル。リリーが帰還している。この先の外だ。アレクも居るようだな』

 二人とも屋外だから、メラニーの探知が遅れたのか。

 つまり、アレクがリリーを迎えに行かなければならない理由があった……?

 走ったまま、兵士の腕を振り払う。

「リリーに何があったんだ」

「え?」

 横で一緒に走る兵士が、急に笑い出す。

 ……ちょっと待て。

 その笑い方、知ってる。

「バーニー?」

「リリーは元気ですよ。エルロック様をお呼びしたのは別件です」

 元気なら良いんだけど。

「敬語なんてらしくないぞ。なんで、王国兵士の恰好なんてしてるんだ」

 兜のせいで顔に気づくのも遅れた。

『エルの知り合い?』

『この顔ぉ。エルをいじめてた冒険者ねぇ』

『駆け出しの頃に世話になった冒険者だ』

「私が何しようと勝手だろ。今、お前は上役なんだから、敬語ぐらい受け入れろ。後、バーニーって呼ぶんじゃねー」

『えっ』

 やっぱり口が悪い。

「良くそれで王国兵士の面接に受かったな」

「当然です。北大門前まで走りますよ」

 声色まで変えるなんて、完全に別人だろ。

 長い廊下を抜けて、兵士宿舎のロビーへ。更に先の廊下を走り抜けると、北大門が見える外に出た。

 訓練場所としても使われる開けた広い空間で、剣を抜いたアレクとリリーが誰かと対峙している。

 相手は人間?

 でも、戦ってる割りに相手が傷を負っている様子はない。

 まさか、人型の亜精霊?

「エル、ジュレイドを」

「了解」

 アレクの指示に従って風の魔法で加速し、エイルリオンの攻撃に合わせて、ジュレイドで相手を攻撃する。

「……」

 相手が何か呟いて……。

 倒れた。

「え?」

 亜精霊じゃないのか?

 亜精霊なら、体力が尽きれば消滅するはずなのに。

「お疲れ様。仕事に戻って良いよ」

「は?」

 何言ってるんだ。

 あいつの眷族でもなければ亜精霊でもない。

 そして、エイルリオンとジュレイドの攻撃が必要だったなら……。

「ガラハドの話しは聞いたか?」

「無関係だよ」

 クレアでもない?

「リリーシアを呼んでくれるかい」

「ん」

 話す気が無いらしい。

 少し離れた場所でバーニーと一緒に待っているリリーの方に向かう。

『ただいまー。エル』

『ただいま』

「おかえり。ジオ、イリス」

 ジオが居ないこと、忘れてた。

 バーニーに持ち上げられた時、魔法の発動にラグがあったのは、ジオと少し離れた場所に居たからか。

 流石に、北の港ぐらい離れてたら、風の魔法の発動なんて不可能だっただろう。

「おかえり。リリー」

「ただいま、エル」

 リリーを抱きしめる。

「無事で良かった」

 会いたかった。

 元気そうで良かった。

 大きな怪我もしてないみたいだ。

「遅くなって、ごめんなさい」

「良いよ。まだ仕事が残ってるんだろ?アレクが呼んでる」

「うん。また、後でね」

「あぁ」

 アレクの方に走って行くリリーを見送る。

「バーニーは、リリーの補佐をしてたのか?」

「ヴァネッサです。レンシール様から、リリーシア様の護衛を任されております」

 敬語なんて、調子が狂う。

 でも、護衛を任せるには適任か。王国兵士より臨機応変で手慣れてる。

「リリーを守ってくれて、ありがとう」

「うーわー。気色悪っ。あんたがまともに礼言うの、はじめてじゃない?」

『えっ?』

 こいつは……。

『イリスちゃんにも説明が必要ねぇ』

『エルの知り合いの冒険者だ』

『そういえば、冬の間だけ王国兵士やってる冒険者だって、リリーが言ってたっけ』

「リリーの前では猫かぶってたのか」

「強いですね、彼女。化け物を二体も退治してきましたよ」

「化け物?セイレーン退治じゃなかったのか?」

『あれは、本当に化け物だったよ……』

『ねー』

 リリー。何して来たんだ。

「多少、無鉄砲過ぎるところはありますが。鍛えれば良い冒険者になりますねぇ」

「冒険者になんてなるわけないだろ。っていうか、エトワールじゃないだろうな」

 バーニーが自分の襟の裏を見せる。

 そこには何もない。

「冒険者たるもの自由であれ。殿下は好きだけど、あんたのお守りなんてごめんだね」

「こっちこそ、願い下げだ」

「リリーシア様の護衛に戻ります」

 バーニーがリリーの方に走って行く。

「イリス、」

『わかったよ。リリーのお守りをすれば良いんだろ』

『いってらっしゃーい』

 俺も、仕事に戻るか。


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