125 ダブルチェック
白のクイーンをキングの前へ。
「チェック」
アレクがキングを動かそうとして、手を止めた。
……さぁ、どっちを選ぶ?
アレクと目が合うと、アレクが微笑む。
「良いよ。リリーシアの居場所を教えてあげよう」
アレクがキングで俺のクイーンを取る。
黒のキングが移動した場所と同じラインには、白のビショップを挟んで白のルークが居る。白のビショップを、黒のキングの斜め前へ。
「ダブルチェック」
ビショップが居るのはキングを攻撃する位置。
また、このビショップが移動したことで、ルークの攻撃がキングに通るようになった。
「おめでとう」
現在の盤面を見る限り、ここからアレクが負ける要素はない。
俺の詰みは確定してる。
でも、アレクがあの場面で白のクイーンを取らなければ、俺がチェックメイトに持ち込める場面だった。
つまり、俺にダブルチェックをさせて賭けに負けるか、チェスの勝負に負けるかをアレクは選んだわけだけど。
アレクは、勝負に勝つ方を選んだらしい。
「チェックメイト」
負けたけど、ようやく勝った。
「リリーシアは今、セイレーン討伐の為、シールと一緒に北の港に行っているよ」
「セイレーン討伐?」
目的は海の亜精霊退治か。
リリーが船酔いしてなきゃ良いけど。
ん?
「シールと一緒?」
ツァレンは一緒じゃない?
そういえば、ライーザも、リリーはシールと一緒に出掛けたって言ってたっけ。
……あれ?待てよ。
セイレーンの厄介な特徴は、歌声で男を誘惑することだ。
「城に戻ったのは、女性だけの部隊を編成する為?」
「そうだよ。女性冒険者も募ったみたいだね」
準備が必要な事って、セイレーンの魅了対策だったのか。ついでに、弓の装備も増やしてそうだな。船上での戦いとなれば、弓が活躍する。
俺が同行しても問題ないってアレクが考えたのは、精神攻撃に耐性のあるエイルリオンを持っていれば、俺がセイレーンの誘惑にかかることはないからだ。でも、リリーはそんなことを知らない。
いや。それよりも。
リリーが出発したのは、一昨日。
北の港までは馬を使えば一日で行ける距離だけど、緊急の件でもないし、その日の内に港まで強行したとは思えない。街道の街に一泊して、街道周辺の亜精霊の討伐……。森で増えたオオカミの亜精霊や、平原に現れた巨大トロルの討伐をしたってところだろう。
トロル退治はツァレンがやってそうだから、シールはオオカミの担当かな。
港町に着いたのが昨日だとして。
「船は誰が用意したんだ?」
「商人ギルドが喜んでバックアップしてくれたよ」
……なんで?
女性ばかりの部隊が来れば街が華やかになるし、経済効果も期待できるだろうけど……。
ともかく。
国が所有する船を使ったわけじゃないなら、港に到着と同時に作戦開始とはいかない。船の装備の確認や、武器や薬といった積荷の準備をしなければならないからだ。加えて、商人ギルドや冒険者との打ち合わせで一日潰れる。
作戦の開始は、早くても今日から。
今から行っても間に合う。
「ジオ。イリス」
『何?』
『どうしたのー?』
「二人に自由に顕現する許可を出す。だから、リリーのところに行って、リリーを手伝ってくれ」
『え?なんで?』
「ジオなら、北の港の場所がわかるだろ?イリスを連れていって欲しいんだ」
『まかせてー。オイラならひとっ飛びだよー』
『だから、なんで?一緒に行けば良いだけだろ』
「俺は行かない。王都で待ってるから、リリーを頼む」
『え?』
『ガラハドに勝つ自信がないのぉ?』
「勝つよ。リリーが戻るまでに」
『今から行っても間に合わないってこと?』
「間に合うよ」
冒険者ギルドで馬に乗れる奴を探せば、一日で行ける。馬を乗り潰す速さで駆ければ、街道の街で馬を乗り換えて半日で着くだろう。
「でも、今回は行かない」
『本当に、行かないのぉ?』
『リリーが心配じゃないの?』
『会いたくないの?』
「心配だし、会いたいよ。でも、リリーを信じて待ってる。そう伝えてくれ」
『了解ー』
『伝言なら、ジオに頼めば済むだろ?ボクが行く必要なんてないじゃないか』
「リリーにはイリスが必要だ。きっと、イリスに会いたがってるよ」
『そうは思えないけど』
『ふふふ。すねちゃったのぉ?不安なら、あたしも一緒に行ってあげようかぁ?』
『何言ってるんだよ』
『エルが王都で大人しくしているなら、私が付き添っても構わない』
『えっ?バニラ?』
『何かあれば、契約者はいつでも私たちを呼び出せるからな』
『メラニーまで?……もう、わかったよ。行けば良いんだろ?行くよ。行って、エルは来ないから一人で頑張れって、リリーに言えば良いんだろ?』
言いたいことはたくさんあるけど。
「良いよ。それで」
『わかったよ。ジオ、行こう』
『了解ー。それじゃあ、皆、エルのことを頼んだよー』
『任せてぇ』
『わかったわ』
『うん』
『了解』
『了解』
『いってきます。エル』
『行ってくるねー』
「いってらっしゃい」
風が吹く。
ジオ、イリス。気を付けて。
「良いのかい。エル」
「良いんだよ」
リリーなら大丈夫。
「それで?商人ギルドが喜んでバックアップした理由は?」
「見舞い品に混ざって、面白い資料が届いたんだ」
アレクが出した手紙を見る。
最新型の船の資料?
「シールに見てきて欲しいって頼んだんだよ」
まだ、実戦経験のない新型の船。
海を走る船なら、亜精霊や海の生物、海賊といつ戦闘になってもおかしくない。商人ギルドは、開発した船に戦闘経験を積ませたかったのだ。
「最高速度で航行すれば、ラングリオンから三日でグラシアルにたどり着ける。安定した航行が可能な船なら、新大陸も目指せるかもしれないね」
既存のルートの高速化に、未知の大陸への先発隊。
「可能性は無限にあるな」
「夢のある話だろう。残念なのは、大陸河川で使うには向かないってところかな」
大陸河川。
「その話し、全然知らないんだけど。説明してくれ」
マリーがクエスタニアの国王からもらった手紙は、クエスタニアが大陸会議に参加するって内容だけじゃなかった。
今回の大陸会議の議題に上がる大陸河川についての意見についても書かれていたのだ。
でも、そんな話は、全く聞いたことがない。
「大陸河川という名前も、まだ仮称だよ。大陸会議で、河川にかかる通行税を撤廃し、国籍に関係なく自由に商業用船舶の往来を可能にする河川を選定しようって呼びかけたんだ」
完全な撤廃を目指すのか。
内陸を走る河川の方が、海に出るよりも安全に航行できるのは明らかだ。大陸河川が選定されれば、多くの商船が利用するだろう。
「候補は、主要大河である、ローレライ川、ティベリス川、メロウ川、及びオリビア河、ウィリー河。他にも候補はあるけど、陛下がどこまで書いたかはわからないな」
どちらにしろ、クエスタニアに続く大河が中心となることは明らかだ。
この話しが議題に上がるとなれば、クエスタニアは喜んで大陸会議に参加するだろう。
確か、クエスタニアでは河川沿いの都市でも勝手に関税をかけていたはずだ。それも撤廃しなければならないとなれば、王家にとっては、都市の勢力を削ぐ効果までついてくることになる。
この手紙には、マリーがわざわざクエスタニアに来る必要なんてなかったぐらいの効果があったのだ。
―私の成果じゃないわ。
落ち込んでも仕方ないと思うけど。
「これ、誰が考えたんだ?」
「前のラングフォルド伯爵だよ」
「は?」
「この話しは何年も前から彼の構想にあったんだ。セルメアの情勢も調べていたようだからね。この二国が簡単に頷くような草案を、彼はすでにまとめていたんだよ」
「なんで……」
「彼は非常に有能な人物だった。それだけのことだ」
国王陛下の信頼が厚かったから、今まで何をやってもばれなかった?
辺境伯で、優秀な政治家で。孤児を助ける慈善家で、チェスの普及に貢献した人物。
そこまで国に尽くした人物なのに。
「興味があるなら、大陸会議に向けた資料の作成をやるかい。彼が作った資料のすべてを見ることが出来るよ」
「やる」
「なら、大陸河川の議題はエルが担当するとアルベールに伝えておこう」
「今から引き継ぎに行ってくる」
アレクが笑う。
「今日は休みだよ」
今日はバロンスの三十日。休日だ。
「仕事を進めておきたいと言うのなら図書室を使っても構わないよ。ただし、一人では行かないこと。ライーザを連れて行くと良い」
本格的に秘書官の仕事をやる羽目になったな。
すぐにでも始めたいところだけど。
「それよりも、ガラハドに勝つのが先だ」
「そうだね。これは、エルが乗り越えなければならない壁だ」
「勝つよ」
今日中に方をつける。
『……』
※
午後。
王都守備隊三番隊。
「ガラハドは居るか?」
「エルロックさん。また来たんですか?」
「パーシバル」
「隊長はランチに出かけてますよ」
「居ないのか」
もう少し、ゆっくり来ても良かったな。
「いい加減、諦めたらどうです?隊長に勝つまで挑むなんて、流れの剣士とやってることが変わりませんよ」
守備隊の隊長なのに、流れの剣士にも絡まれてるのか。
「好きでやってるわけじゃない」
「何か賭けでもしてるんですか?」
「そんなところだ」
ガラハドに勝てば、外に出る時に近衛騎士を連れて歩くって約束が無くなるし、ラグナロクの情報も聞ける。
「最近、調子が悪いって言ってたんで、長期戦はやめて下さいね」
「調子が悪い?」
そんな風には見えないけど。
でも、昨日も事務処理を理由に、勝負を切り上げたんだっけ。
「どこが悪いんだ?」
「詳しくは教えて貰えませんでしたが、持病があるらしいですよ。不治の病だって。だから、傭兵をやってるって言ってましたが……」
「そんなの、聞いたことないぞ」
もしかしたら、プリーギのことを言っているのかもしれないけど。あれは、ガラハドの体調に影響を与えるようなものじゃないはずだ。
「でも、三番隊の隊長を辞めるつもりだって噂もあります」
―そろそろ三番隊も引退したいとぼやいていたからね。
……辞めたがってるのは本当なのか。
「本気で辞めるつもりなんですかね」
「辞めるかどうかなんてガラハドが決める事だろ。誰も、その意思を曲げることなんてできない」
パーシバルがため息を吐く。
「そうっすねぇ……」
理由はどうあれ、引きとめるようなことじゃない。
……責任を負う必要はないと思うけど。
「あ。隊長が戻ってきましたよ」
ガラハドがこっちに歩いて来るのが見える。
「気になってたんですけど。それ、殿下の剣ですよね?」
「あぁ」
王家の証。
「……それ以上は、聞かないことにしておきます」
聞かれても、答えられることは一つもないんだけど。
「エル。待たせたな」
「ガラハド」
見た目には、いつも通り。
「食休みはちゃんととったのか?」
「心配されるようなことは何もないぜ。さぁ、はじめるか」
「演習用の剣は?」
「そろそろ、俺が真剣で戦っても平気だろ」
得物は……。
「なんで、バーレイグを持ってるんだよ」
「アルディアの弟子が俺に貸すって置いて行ったんだ」
「なんで?」
絶対に誰にも渡さないって息巻いてたのに。
「こいつが俺に使われたがってるって言ってたぜ」
正式な持ち主だから?
「剣は人を選ぶ。選ばれたからには、その剣に相応しい剣士にならなければならないってことだ」
まだ、使いこなせてないのは事実だけど。
今日こそ勝つ。
「最強の名をへし折ってやる」
「良い目だ」
演習場の中央に行って、エイルリオンとジュレイドを構える。
「パーシバル、合図を頼む」
「わかりました」
―最近、調子が悪いって言ってたんで、長期戦はやめて下さいね。
「はじめっ!」
下段から振り上げたジュレイドと、上から振り降ろしたエイルリオンを交差させて、ガラハドの一撃を絡め取る。バーレイグのくびれを捕まえたまま、バーレイグを左側に押し付け、ジュレイドだけ方向を変えてガラハドの胴体に突き刺し、そのままガラハドに背を向けて体を高速で回転。振り回したエイルリオンで背後から攻撃……、しようとしたところで、左肘が飛んでくる。
砂の魔法で飛んで右に回避。
ガラハドの足元を観察すると、軸足が右になってるのがわかる。次は右回転で剣を振り回しながら、振り返るつもりだ。
回避時に着いた右足で地面を蹴り、エイルリオンで右側から背後を斬りつけ、ジュレイドを同じ箇所に……、間に合わない。
右側にバーレイグの剣先が見えて、ジュレイドでの攻撃体勢をエイルリオンでの防御体勢に変える。案の定、吹き飛ばされたけど、その場に留まって腕がしびれる思いを味わうよりはましだ。
地面に足が着くと同時に、下段からジュレイドで攻撃。防御したガラハドの大剣をエイルリオンで斬り上げ、ガラハドの体勢を崩す。
続いて、胴体にジュレイドを突き刺し、同じ個所をエイルリオンで斬る。
『出来た!』
『すごいわ、エル』
『……』
相手が真剣で戦っている以上、勝利条件を満たしたとしても油断をするわけにはいかない。
十分な間合いを取って、構え直す。
……あれ?
「隊長……?」
ガラハドが、その場に膝をついて。
倒れた。
「ガラハド!」
「隊長!」
パーシバルと一緒にガラハドの元へ行く。
なんで?
エイルリオンもジュレイドも、人間を斬ることは出来ないはずじゃ……。
「エル……。良くやった」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「隊長!しっかりしてください!」
「パーシバル……。悪いな。例の、持病が……」
『ふざけたことを』
バニラ?
『エル。エイルリオンとジュレイドは、人間を本来あるべき姿に戻す剣だ』
本来あるべき姿……?
ガラハドの、本来あるべき姿は……。
「じゃあ、こうなるって……」
わかってたんだ。
だって、アレクはわかってた。
―引導を渡してあげると良い。
「エル……。殿下を、頼む……」
「ふざけるな」
「エルロックさん、隊長を助けられませんか?」
ガラハドを助ける方法……。
プリーギの時と違って、俺が治療できる内容じゃない。
その逆。
ガラハドは今、クレアからブラッドに戻って死にかけてるんだ。
「カミーユさんを呼んで来ますか?」
「そうだ。錬金術研究所なら、」
ガラハドが俺を掴んで、首を振る。
「やめろ。これが、本来あるべき姿だ」
だって。研究所にあるプリーギで、もう一度クレアになれば……。
「頼む……。責任を取らせてくれ」
「責任なんてない!」
「え?」
今、どんな負荷がガラハドにかかってるのかわからない。
「エルロックさん、どういう意味ですか?」
どんな薬を使えば良い?
「隊長、」
魔法は?
「しっかりしてください!」
考えろ。何か、助ける方法が……。
『エル。私が顕現できる場所にガラハドを運べ』
バニラ。
「パーシバル、ガラハドを宿舎に運ぶ。空いてる部屋を教えてくれ」
「宿舎?」
ガラハドの腕を引いて、背負う。
「俺を……、持ち上げるだけ……、の、力が……、付いたか……」
「喋るな」
「手伝います」
もう片方の腕を背負ったパーシバルと一緒に、ガラハドを宿舎へ運ぶ。
『助けてあげるのぉ?バニラ』
『ユールに言われたくない』
『はぁい』
※
宿舎の中。来客用の個室のソファーにガラハドを乗せる。
『パーシバルを外に出せ』
「パーシバル、外で待っててくれ」
「わかりました。エルロックさん、お願いします」
「ん」
パーシバルが部屋の外に出る。
『エル。お前の魔力と引き換えに、ガラハドを救いたいと願え』
「バニラ。魔力ならいくら使っても構わない。だから、ガラハドを救ってくれ」
『契約は成立した』
バニラが目の前で顕現する。そうかと思うと、その姿が一気に人の姿へと変わった。
……眩暈がする。
『エル、大丈夫ぅ?』
「平気」
そういえば、イリスも俺の魔力を吸って人型の強い精霊に変化したって言ってたっけ。
その場に膝をつく。
後は、バニラに任せるしかない。
バニラがガラハドに向かって魔法を使うと、ガラハドの体全体が淡い緑の光で包まれた。
……そうか。
大地の魔法は、人の生命力を活性化させる。俺は怪我の治療ぐらいしか出来ないけど、バニラなら、死にかけの人間でも助けることが出来る……?
『元々、ブラッドだったから、負荷が大きいのかしらねぇ』
ブラッドにとって、肉体をクレア化するプリーギは異物だ。エイルリオンとジュレイドによって異物が消された結果、ガラハドは元のブラッドに戻ろうとしている。
でも、それは簡単な変化じゃない。
『大丈夫なの……?』
ガラハドのうめき声が聞こえる。
『契約を結んだ以上、バニラがガラハドを死なせることはない』
だめだ。
意識が……。
「バニラ、頼む……」
※
歌。
良く、フラーダリーが歌ってた歌。
いつも、フラーダリーだけじゃなくて、誰かの音が響いていた。
楽器でも弾いているのかと思ったけれど、あんな綺麗な音のする楽器は家にはなかった。
いつもフラーダリーと歌っていた声。
それが、バニラだったって知ったのは、リリーと出会ってからだ。
※
目が覚める。
暗い。
ここ、どこだ?
『おはよぅ。エル』
『良く眠れたようだな』
「おはよう」
確かに。
久しぶりに良く寝た。
「ガラハドは?」
『今頃、三番隊の仕事をしてるんじゃなぁい?』
『ブラッドへの変化は成功した』
「寿命は?」
『わからない』
『人間がいつまで生きるかなんてぇ、あたしたちがわかるわけないでしょぉ?』
そうだけど。
「ありがとう。バニラ」
『契約に従ったまでだ』
『ふふふ。エルの為に力を貸したのはぁ、間違いないでしょぉ?』
『ユールと一緒にするな』
賑やかだな。
ソファーから立ち上がって、体を伸ばす。
「今は夜?」
『夜だ』
魔力の回復をしておこう。
呼吸を整えて、集中……。
夜の気配。それから、月の力を感じる。
不思議だな。
空は曇っていて、月なんて見えないはずなのに。
月の女神は、たとえ直接見えなかったとしても、地上を見守ってくれているのかもしれない。
※
宿舎の休憩室には、ガラハドと隊員が居る。
「エル。元気になったか」
「どっちがだよ」
ガラハドが笑う。
「そろそろ帰ろうと思ってたところだ。一緒に飯でも食いに行くか」
「ん」
「じゃあ、後は頼んだぜ」
夜勤の隊員に挨拶をして、ガラハドと宿舎を出る。
「世話になっちまったな」
「勝手に死のうとするな」
「お前にだけは言われたくない台詞だな」
ガラハドが笑う。
『そうねぇ』
『本当に』
「そういや、お前、フラーダリーの精霊を連れてたんだな」
「知ってるのか?」
「あの大地の精霊は、ずっと王家と一緒に居る精霊だからな」
「王家の精霊?」
知らなかった。バニラって、王家の精霊だったのか。
っていうか。
「ガラハドのこと、知ってたのか?」
『そんな昔に見た顔なんて覚えていない』
「こっちは知らないって言ってるぞ」
「人の顔をまともに覚える精霊なんて居ないだろ。闇の精霊だって、ちょっと会わなかったら、すぐに忘れるぞ」
『失礼ねぇ』
ユールとイリスは、人の顔を覚えてる気がするけど。
「どちらにしろ、礼を言うぜ。もう少し、殿下の為に剣を振れるってわけだ」
「三番隊を辞めないってことか?」
「そうなるな」
パーシバルが喜びそうだ。
「っていうか、約束を果たせ。俺が勝ったらラグナロクの話しを教えてくれるって言ってただろ?」
「あれか。俺は、封印の魔法陣の開発者ってことしか知らないぞ」
「は?」
「クレアにあの魔法陣の使い方を教えたのも、詩を伝えたのも、ラグナロクって名前の人間だ。俺よりも里長の方が詳しいぞ」
ラグナロクが、あの魔法陣の製作者で、名もなき王の作者……?
でも……。
名もなき王は、人々の導き手として奮闘したために、愛する人の記憶を失ってしまった王を描いた物語だ。その内容が事実に近いとすれば、ヴェラチュールの生涯を知っていることになる。好意的に描かれていることからも、ヴェラチュールにとって身近な人間が書いたもののはずだ。
一方で、魔法陣の製作者は、ヴェラチュールから力を奪う目的で魔法陣を開発している。どちらかと言えば、神や精霊と共にヴェラチュールと敵対していたはずだ。
なのに、この二つを作ったのが同一人物?
「ほら。難しいことを考えるのは後にしな。美味い店に連れて行ってやるよ」
「病み上がりで何言ってるんだ。明日、錬金術研究所で体を調べる」
バニラが助けたとはいえ、クレアだった影響がどこまであるかわからない。完全にブラッドに戻ったと考えて良いのか調べないと。
「血は赤かったぜ」
ガラハドが見せた左手の指には、赤いかさぶたが一筋。
「何、勝手なことしてるんだよ。それで血が止まらなくなったらどうするつもりだ」
正常な血液か調べてないのに。
「その時は寿命が来たってことだろ」
『バニラの目の前でやってたものぉ。やばかったらぁ、バニラが治したわよぅ』
ガラハドが俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「今日は付き合え」
全然、人の話を聞いてない。
『これ以上は知らないからな』
本当に。
……良かった。




