122 推論を重ねる
城に戻って、アレクの部屋へ。
「おかえり。エル、リリーシア。無事に終わったようだね」
「あぁ」
「はい」
これで、もともとルネが封印していたセントオ、封印し直したハラーロと、俺が封印し直したナイリ、プピーオ、コッロの五つすべてが、月の力で封印されたことになる。
「エル。リリーシアを借りても良いかい」
「良いけど、なんで?」
「ツァレンとシールが用があるらしいよ。ライーザ」
「かしこまりました」
ツァレンとシール、帰還してたのか。
「行ってくるね」
「いってらっしゃい」
リリーがライーザと一緒に部屋を出る。
部屋に居るのはアレクとアニエスだけだ。
ウォルカも帰ったみたいだし、ロザリーも居ない。
……あれ?
「イリス?」
『何?』
「リリーと行かないのか?」
『ボクはエルの精霊だよ』
いつも、リリーに付いて行くのに?
『ふふふ。そろそろ親離れしなくちゃいけないものねぇ』
『ボクはリリーの親じゃないからね』
喧嘩してるわけじゃなさそうだけど。どちらにしろ、何かあればリリーもイリスを呼ぶだろう。
執務机で仕事をしているアレクの方に行く。
「ヴェラチュールに会った」
「良く来るね」
本当に。
クエスタニアと言い、砂漠と言い……。王都で戦ったから?
「彼がエルの居場所をいつでも把握出来るとしたら厄介だね。身に覚えはないのかい」
身に覚えなんて……。
―許しを請え。その魂を捧げ、その身を委ねよ。
「あるようだね」
思い出した。
あれは間違いなくあいつの声。
俺は、あの時……。
「王都を出る時は戦う準備を怠らないようにね」
ヴィエルジュの守護がある限り、王都は安全だ。でも、外に出ればいつ襲ってくるかわからない。
あいつは俺がエイルリオンと慈悲の剣を持っているのを知っているんだし。迎え撃つ準備はしておかないと。
っていうか。
「近衛騎士を同伴しろって約束、そろそろ終わりにして良いか?」
あいつと戦うのにアレクの騎士は連れて行けない。近衛騎士の役目はアレクを守ることだ。
「他に報告は?」
……まだ続けるのか。
リリーと一緒に居れば良いだけだけど。
「あいつは自分で棺を開くことは出来ないらしい」
あのタイミングで現れたってことは、あいつは棺の封印が解けてることを知っていた。その上でリリーを人質にとったのは、自分では開くことが出来ないからだ。
「彼は棺に近づくだけで吸収されてしまう可能性があるからね」
そういえば、精霊も棺に近づくだけで吸収されるって言ってたっけ。
元々、あいつから神の力を抜き取って封印する為の物だし、その可能性は高そうだ。
「どうぞ」
アニエスが用意した椅子に座る。
「クエスタニアから帰還した時の話しを聞かせてくれるかい」
「聞いてるだろ?呪文を間違えたって。ちょっと作業しても良いか?」
「構わないよ」
杖の仕上げをしよう。月の精霊玉をここに……。
「魔法陣を使った本人は時間の経過を感じていないのに、現実では長い時間が経過していたと聞いているよ。転移の魔法陣の使用時、わずかな時間のずれがあることは確認されている。今回は、そのずれが大きくなったようだけど。原因に心当たりは?」
リックから聞いたのか?
単に距離が遠かっただけともとれるけど、それにしては今までの転移の仕方とは極端に違い過ぎるだろう。
上手く嵌らないな、これ。
もう少し削った方が良さそうだ。
「まだ報告出来るほど考えがまとまってない」
「構わないよ」
今日も暇なのか。
「たぶん、転移を可能にしている大きな力の流れが存在している。失敗したのはそのせいだ」
「大きな力の流れ?」
「具体的に言うと、セントオ以外の封印の棺からセントオに向かう力の流れがある。呪文を使った転移は、その力の流れを利用してるんだ。だから、自分の魔力を消費する必要はない。その流れに乗らずに転移出来るのはセントオから飛ぶ場合のみと考えられる」
これぐらい削れば良いか?
精霊玉を入れてみると綺麗に嵌まる。
良さそうだな。
接着剤を多めに詰めて、精霊玉を取り付けて抑える。
「その杖の素材は?」
「しんじゅだよ」
アレクが眉をひそめる。
でも、その説明は後回し。
「先に、エルがそう考えるに至った理由を聞こうか」
「セントオの魔法陣とそれ以外の魔法陣について。呪文で転移する際の中継点になることから考えても、セントオの魔方陣は他の魔方陣に対して双方向に移動出来る魔方陣だ。でも、他の魔法陣は違う。他の魔方陣は出口としての役割も果たすものの、基本的に一方向にしか進まない造りになってる」
「一方向?セントオに対して双方向ではないのかい」
「いや。出口の役割も果たす魔法陣だからそう見えるだけで、実際は違うんだ。あれはグラシアルの魔法陣と同じで……」
急に、くしゃみが出る。
「大丈夫かい」
「平気」
「アニエス」
「かしこまりました」
寒気はしないけど。少し冷えるのは確かか。
杖を削った時の木屑が飛んだせいかもしれない。
保護塗料と刷毛を出し、杖をひっくり返して杖の先から塗料を塗る。
「グラシアルでは女王の力で魔力の道を作っていた。城からフリオ街道、グラシアル大街道に向けて力を流していたんだ」
その周辺は女王の恩恵を受けて土地が豊かになり栄えていた。でも、そこから離れるに従って恩恵は減り、国境ラインに至っては災害も多かったと言われている。
今はどうか知らないけど。
「女王は、この力の流れを利用して各地に転移の魔方陣を設置していた。使い方は簡単で、入口の魔法陣に立ち、氷の精霊の力を借りて転移先となる出口の魔方陣を探し、行きたい魔法陣に飛ぶ。入口と出口は完全に分けられていて、出口の魔法陣は目印の役割しか持っていない」
他に情報が書き込まれているとすれば、転移を安全に遂行する為の情報ぐらいだろう。
「出口は、女王の力の及ぶ遠くまで作れたらしい。一方で、入口の魔法陣は城内と王都、その近郊にしか作られていない。力の流れをコントロール出来る女王が入口の魔方陣を遠方に作らなかったってことは、力の流れに従った転移は簡単に出来ても、その流れと逆行した転移は難しかったってことになる」
「遠方に作らなかったのは、侵入者対策じゃないのかい」
「他の人間が城に侵入したところで、女王の支配を受けるだけだ。あそこは、一度中に入ったら出られない」
「そういえば、クレアも閉じ込められていたと言っていたね」
今はロマーノに帰ってるはずだけど。
そういえば、あれ……。
荷物の中から羊皮紙を出す。
「それは?」
「女王の血の魔方印」
「魔法使いの適正検査に使う魔方印に似てるね」
俺が魔力の集中をする時に使う奴か。言われてみれば、似てるかもしれない。
「これ、転移の魔法陣にも造りが似てると思わないか?」
「そうだね。精霊が扱う魔法陣とは違う。魔力を扱う時に人間が使う魔法陣といったところかな」
魔力を扱う魔方陣か。
「どうぞ」
アニエスが淹れたコーヒーを飲む。
良い香り。体が温まりそうだ。
「転移の魔方陣に関して一番詳しいはずのグラシアルが一方向の魔方陣しか開発していないってことは、研究対象も一方向の魔法陣だったってことになる」
セントオの魔法陣が研究されていないのは確かだ。
「それで、セントオ以外の魔方陣がグラシアルの魔方陣と同様だと結論付けたのだね。そして、古代の魔法陣にも、グラシアル女王の魔力の道に相当する力の流れが存在するはずだと」
「あぁ」
魔方陣の基本構造が同じである以上、似たようなシステムの可能性は高い。
「大きな力の流れを作ってるのは棺の中身だ。あいつは、封印されてる状態でもセントオに向かおうとしているんだと思う。その結果、あの魔法陣はセントオを目指す力の流れを管理する役割も担うことになった。さっき、封印の魔法陣は女王の血の魔法印に似てるって話しただろ?もともと魔力の管理が出来る魔法陣だったなら、中身を管理することも出来たんじゃないかと思う」
「可能性は高そうだね」
「セントオの棺って見つかったのか?」
「遺跡の水を抜いて探索しているけれど、見つかったという報告はないよ」
やっぱり。
他の棺は見つかりやすい場所にあったのに、セントオだけは簡単に見つからない場所にある。
「たぶん、遺跡にはないんだ。神の力が集まってるなら、本来の持ち主に返還した方が良い」
「地下の神々とコンタクトを取る方法なんてないだろう」
「あるよ」
地上のどんな生き物も地下の神々の元へは行けない。精霊ですら。
でも、どんな力を加えてもびくともしない封印の棺なら、地下に潜る為に使える場所がある。
「火山だ」
アレクが笑う。
「確かに、火山の中なら誰も手出し出来ないね。良い隠し場所になる上に、神が居る地下深くへ棺を届けられる可能性もあるわけだ」
「だろ?ただ、火山の噴火と共に戻ってくる可能性もある」
「その時の保険として、セントオの魔法陣は、セントオの棺の中身を他の棺に戻すことが出来るようになっているというわけだね」
「そういうこと」
セントオの魔法陣が他の魔法陣よりも大きいのは、後から必要な情報を加えたせいかもしれない。
だいたい塗り終わったな。
風の魔法で塗った部分を乾かす。
「この力の利用に関するキーワードがスタンピタ・ディスペーリ。要は、正規の方法以外で封印解除を行おうとする行為だ」
封印解除出来る精霊は決まっている。
「人間が封印解除しようとしても封印は解除できない。でも、魔法陣に干渉することは出来る。そして、転移先・メタスダードが、魔法陣の力の流れに乗って移動する行為を指しているのは間違いない。だから、魔法陣を使って転移できるんだ」
「説得力に欠けるね」
「わかってるよ」
推測を補完する材料がない。
「単純に、条件を満たせば中の力が使えるようになってるって感じだろうな。呪文は、その条件を満たしているだけだ」
「その方が納得がいくね」
封印された状態とは言え、魔法陣が棺の中身を管理できるのは確かなのだ。
―でも、あの魔法陣は動かなくなるまでたくさん使った方が良いって言われてるわ。
イレーヌも言ってたぐらいだし、それをクレアに伝えていた可能性はあるだろう。
利用可能な条件は、かなり限られるだろうけど。
「それから、封印の棺には、その力の影響が及ぶ一定のエリアがありそうなんだ。この力はエリア内にある転移の魔法陣に干渉する」
「新しい魔法陣が描かれた場合に、出口が上書きされてしまう件かい」
「そう。このエリアを構成しているのは、セントオに向かう大きな力の流れそのものだと思ってる。セントオに向かう力は一本じゃなく、複数の力の流れが蛇行したり、渦巻いたりしながらセントオに向かってるんだ」
「面白いね」
「だから、エリア内の転移ならセントオを目指す大きな力の流れに逆行せずに転移が可能だ。プリーギが流行した時に、セントオを経由せずにリリーの名前でアレクのところに飛べたのは、ナイリのエリア内だったからだ」
ナイリからセントオに向かう力の流れに乗って、セントオを目指す途中にある出口に降りたってとこだろう。方向が逆でも、力の流れが渦巻いているなら問題ない。
「セントオの棺を探しながら、随分遠回りしているのだね」
「それが、転移の際の時間のずれの正体ってところ」
「筋が通っているね。でも、困ったな。エルの仮説が正しければ、誰でも魔法陣が利用出来てしまう」
もう乾いただろう。
杖をひっくり返して、残りの部分を塗る。
グラシアルの魔法陣を使う場合は精霊の助力が必要とはいえ、古代の魔法陣には魔力なんて必要ない。魔法陣を作って呪文を唱えるだけで転移が可能だ。そして、出口に至っては、誰かがエリア内に新しく描くだけで簡単に上書きされてしまう。
思ってた以上に汎用性が高くて、誰でも使える内容だ。
魔法陣を正確に描くなんて知識のない人間には無理な事だけど、魔法使いなら難しい事じゃない。
「でも、情報を正確に把握せずに使えば危険なものに違いない」
クレアの土地に入るには、タリスマンと大気の精霊の助力が必須だ。
「今回の失敗の原因だって、プピーオのエリア外を目的地にしたからだ。セントオを目指す大きな力の流れを無視して飛ぼうとしたら、こういう結果になる。やり方は厳格に守らないと何が起こるかわからない」
「だとしたら、呪文の失敗は相当危険な行為だったようだね」
正直、経過時間がこの程度で済んで良かっただろう。
アンシェラートの加護があるって聞いていたから気を抜いてた。あれは、扱いを間違えれば危険なものに違いないのに。
塗り終えた部分に風の魔法を使って乾かしていると、アニエスが来た。
「御預かり致します」
アニエスに杖を渡すと、用意していた杖置きに立てかけて箒を持って来た。
掃除をしたかったらしい。
「食べるかい」
「ん」
皿に乗ったショコラをつまむ。ウォルカのショコラだ。美味い。
コーヒーはもう冷めてるな。
「エルの推論は面白いよ。今後の転移の魔法陣の開発にも応用できそうな理論だね」
セントオの魔法陣の研究が進めば、一つの力の流れを利用するだけで、一方向だけじゃなく、逆方向にも進める魔法陣が開発できる可能性はある。
「エルは、セントオの棺には何が入ってると思う?」
他の力が集まる理由。
何か特別なもの。
心の底から……。
魂から、欲しているもの。
大切なもの。
自分の指輪を見る。
「その宝石は?」
「パスカルとエイダが消えた時に残っていた精霊玉」
「デルフィが言っていた精霊玉だね。エルが初めて発見した宝石なのだから、名前を付けてあげたらどうだい」
「精霊玉に?」
「炎の精霊玉でもなく氷の精霊玉でもない。デルフィも何て呼べば良いかわからないと言っていたよ」
この先、同じ宝石が生まれるとは思えないけど。
「ヴィオレットで良いんじゃないか?」
「エルはセンスがないね」
何回言われたかわからない。
「じゃあ、ルブライト。愛の石だ」
アレクが微笑む。
「良いね」
宝石が輝く。
リリーが言っていたから。これは、二人の愛の結晶だって。
「セントオの棺に入っているのも似たようなものかもしれない。精霊玉も、封印の棺に触れたままでいると棺に吸収されるらしいんだ。でも、棺の中にあるものは形を失わずに残ってる」
エイダの棺は封印の棺のレプリカらしいけど、機能に大きな違いはないだろう。
棺は閉じたままでも精霊の力や神の力を吸収し、中に保管する。
誰かが開くまでの間、ずっと。
「セントオにも、記憶や想いを秘めた何かが入ってるのかもしれない」
アレクが笑う。
「詩人だね」
ちゃんと考えて言ったのに。
「どうぞ」
アニエスが空のカップにコーヒーを注ぐ。
あったかい。
「レイリスがエルの剣を持って行った理由を知っているかい」
「知らない」
「ヴェラチュールが言っていただろう。思っていたよりも力が戻ってこなかったと。その原因は、イリデッセンスにあるんだ。あの剣はフォルテごと棺を貫くと、棺の力を吸い続けていたんだよ」
「あり得ない」
剣にはすべてリンの力が宿る。そして、剣は自らが持つリンの力を越えた精霊の力を宿すことは出来ない。リンの力を越える力を得ると、剣としての性質を失って剣が壊れてしまうのだ。
リュヌリアンのような名剣ですら大精霊を一人宿せるぐらいなのに。普通の剣なんて、精霊を一人宿すので精いっぱいだろう。
「特別な加護を得ていたんだろう」
「それって、」
「精霊の力ではないよ。私は、リンの強い加護だと思っている。封印の棺を貫けるだけの威力を発揮し、神の力を宿しても壊れない力を持っているのだから」
「剣の神の加護か」
確かに、リンの力が強ければ剣が壊れることもなさそうだ。
「でも、リリーは、どうやってそんなものを作ったんだ?」
『エルの為に気合い入れて作ってたのは確かだよ』
「イリスは見てたのか」
『熱くてそれどころじゃなかったから、全部見てたわけじゃないけど。強度の違うプラチナ鋼と星屑の合金を七層に重ねたって言ってた。ガードの装飾には、リュヌリアンと同じ月の石も加えてある』
「レイピアで、七層?」
あの細い剣に、七つもの層があったって言うのか?
リリー。何てものを作ったんだ。
『リリーと戦っても折れない頑丈なレイピアに仕上がっただろ?』
「素晴らしいね。剣の神の祝福を得るに相応しい技術が詰まっていたというわけだ。エルは、どうやってフォルテからイリデッセンスを引き抜いたんだい。ガラハドでも抜けなかったというのに」
「普通に抜いただけだ。力を入れた覚えだってない」
「イリデッセンスには、エイルリオンのように持ち主を選ぶ性質があるのかな。それとも、勇者、あるいは月の力の影響か」
特殊な剣過ぎて、訳が分からない。
「レイリスは自らの力でアンシェラートを押し戻すと、イリデッセンスを竜の山深くの地中に突き刺し、神々の助力を求めたんだ。イリデッセンスの中にある神の力は、神々に反応し、アンシェラートの一時的な封印に一役買っている」
「なら、その力を使えば完全に封印出来るってことか?」
「いや。神々が居るのは、もっと地下深く。地下からアンシェラートの封印を試みているけれど、相当な時間が必要になるようだよ。完全に地下に押し戻して封印し直す為には、もっと大きな力が必要なんだ」
やっぱり、月の女神の助力が必要なのか。
雲を消すためには、あいつを倒さないと……。
「アレク、慈悲の剣のことを教えてくれ」
「アニエス」
「はい」
アニエスが本棚から本を持って来る。
名剣についてまとめられた辞典だ。
アレクが、リフィア王妃の剣について書かれたページを開く。先が丸く、鍔のない細い剣。王妃の背丈から、おおよその長さが考察されている。内容を読む限り、だいたい同じ剣みたいだけど。
「リフィア王妃が持っていた剣って、俺のと全く同じ形なのか?」
「正確な大きさは伝わっていないようだね」
全く同じかどうかはわからないのか。
「リフィア王妃は、大剣を好んで使う女性だったらしいよ」
「大剣?」
「現在残っている資料ではレイピアを持つ姿で描かれていることが多いけれど。バーレイグの所有者だった寿星の英雄は、彼女の師だと言われているんだ。だから、リフィアの剣が持ち主によってその形状を変えることはないんじゃないかな」
本人の一番扱いやすい形状になるなら、リフィア王妃の場合は大剣になってないとおかしい。
慈悲の剣は、元々、こんな形である可能性が高いってことか。
「その剣の名前はジュレイドと言うそうだよ」
「ジュレイド?」
本にも書かれてない情報だ。
「その言葉が意味するところは、慈悲や救済。エイルリオンのエイルにも、救いや癒しという意味があるんだ」
「人間を斬ることが出来ないから?」
「それだけじゃない。エイルリオンには、持ち主を本来あるべき姿に保とうとする効果があるんだ。つまり、怪我をしてもすぐに傷が癒される上に、混乱や誘惑、幻影、眠りの魔法といった、精神に異常をきたすような魔法への耐性も得ることが出来る」
「すごいな。剣の効果とは思えないけど」
「リンの力を持たないからね」
最早、剣と呼んで良いのかもわからない。
「今の話しはエイルリオンの所有者しか知らない話しだから、他言はしないようにね」
「俺に話しても良いのかよ」
「エルは知っておかなければならないだろう。彼を倒しに行くのだから」
「アレク、」
「大丈夫だよ。今のところ、私が戦うメリットはないから」
良かった。今の状態で戦うのは無理だ。
「エルが誘ってくれたら、喜んで行くのだけど」
「たまには黙って見てろ。俺とリリーで行ってくるから」
「良い案だね。ジュレイドの正式な所有者ならば、剣の召喚も出来るんじゃないのかい」
アレクみたいに?
左手を掲げる。
「ジュレイド、来い」
目の前が輝く。
手の中に何かが収まる感覚があったかと思うと、ジュレイドが現れた。
「出来た」
「エイルリオンも召喚できるかもしれないよ。やってごらん」
ジュレイドを鞘に戻して、手を掲げる。
「エイルリオン、来い」
来ない。
「本来の所有者以外の呼びかけには反応しないんじゃないのか?」
「そのようだね。失くした時には私が呼び出すしかなさそうだ」
「失くすわけないだろ」
「エイルリオンで、ヴィエルジュを召喚することも出来るよ」
「剣花の紋章でも出来るだろ?」
「自分の魔力を捧げて魔法を使ってもらうことが出来るって意味だよ」
王都全域に使った防御魔法のことか。
あの時。
レイリスがアンシェラートを封印しに行ったことで、アレクは気付いたんだ。自分が外部からレイリスに魔力を捧げるだけの存在になることを。
だから、アレクは自分の魔力の全てを捧げて、最期に王都を守ることを優先した。自分が二度と目覚めることが出来ないことを承知で。
「同じ規模の魔法を使ったとしても、エルなら気を失うことはないだろう」
「だったら、あの時、俺が使っても良かったはずだ」
「エルは騎士じゃない。国を守るのは騎士の務めだ」
「屁理屈だ」
アレクが笑う。
『エルには言われたくないよね』
どういう意味だ。
「ありがとう。エル」
アレクが目覚めて良かった。
今、こうしていられるのはリリーのおかげだ。
次は、アレクとレイリスを自由にしないと。
「ヴィエルジュの力も上手く使うと良い。戦いに特化した魔法はないけれど、彼と戦う時、空から降り注ぐ魔法の監視をヴィエルジュに頼むことも出来るよ」
あの黒い槍を気にせず戦えるのは楽そうだけど。
「ヴィエルジュとあいつを戦わせて良いのか?」
「どういう意味だい」
名もなき王の物語を出す。
「リリーは、これに書かれてる王と乙女はヴェラチュールとヴィエルジュのことで、二人が恋人だって言ってる」
「面白いね」
「作者はラグナロク。この本に作者の情報は載ってないけど、リリーが知ってたんだ。聞いたことあるか?」
「知らないな。借りても良いかい」
「良いよ。読み終わったら、リリーに返しておいてくれ」
「わかったよ。エルは箱舟伝説を知っているかい」
「知らない。物語か?」
「ドラゴン王国時代の大洪水に関する伝説だよ。神話や物語の形で、各地に存在しているんだ。人々が大洪水を生き延びた方法として、箱舟と呼ばれる四角い船の存在が語られている。グランツシルト教によると……」
アレクがグランツシルト教の聖典を開く。
「世界を支える柱が倒れ、世界は水で溢れかえった。しかし、その建造物は浮き上がり、神に従う命あるものを救った。これが箱舟である」
「建造物?」
「神は設計図だけ託して作らせたらしいよ。高い山にほど近い高原の栄えある都で神託を与えたとされている。その都は、アヴァルの可能性が高いんだ」
「アヴァル?」
「エルが探索に行った遺跡の名前だよ」
あの遺跡が、高原の栄ある都……?
アレクが地図を出す。
「竜の山を中心に、オートクレール地方とクエスタニアの教皇領も含んだ地図だ。教皇領にあるウェリア遺跡の位置を覚えておいてくれるかい。そして、こっちが……」
アレクがもう一枚地図を出す。
「クエスタニアの教皇領の麓にあるウェリア遺跡で発掘された地図。ハルトヴィヒ王子から聞いて作った物だよ。この地図にもアヴァルとウェリアが記されているね。両者の位置関係は現代と同じだ」
「同じ?ウェリアの地図にはオペクァエル山脈もバールディバ山脈も描いてないぞ」
「竜の山の場所は一致しているよ。当時から高い山として存在していたんだ」
竜の山が、高い山……?
地図で一致しているのは竜の山とアヴァル遺跡、ウェリア遺跡の三つだけで、他は滅茶苦茶だ。ウェリアの地図には、山脈が書かれていないどころか、現代の地図と照らし合わせれば山の中にいくつか都市があることになっている。
おかしいところはそれだけじゃない。
「竜の山周辺は高原じゃない」
「神の啓示に従った人々は、高い土地に住んでいたことから高い土地の人間と呼ばれていたそうだよ。神に従わなかった人々は、肥沃な低い土地に住んでいたそうだね」
「オートクレール地方は平地で、充分、肥沃な土地だ」
「昔は違ったのかもしれないよ」
「この辺りが高原で、砂漠の辺りが低い土地だったってことか?」
「それよりも、気づいたことはないかい」
「高い山。高原。栄ある都。全部、イレーヌから聞いた詩に出てくる言葉だ」
「正解。あの詩の意味を読み解く情報が揃ったね」
封印の棺の場所を示した詩。
「切り離された最後の土地に、彼の魂が、その髪と共に眠る。……これが示すのは浮遊大陸ロマーノだね」
ハラーロ。
クレアの土地。
「高い山の頂に、彼の魂が、その爪と共に眠る。……竜の山だ」
ナイリ。
イレーヌも、高い山は竜の山のことだって言っていたっけ。
「強く勇ましい者の内に、彼の魂が、その歯と共に眠る。……フォルテのことだね」
封印されていない棺。
神の台座で、氷の大精霊が封印していた紫竜・フォルテの腹の中にあったものだ。
「広い高原の中央に、彼の魂が、その瞳と共に眠る。……これはクエスタニア」
プピーオ。
竜の山周辺のオートクレール地方も、クエスタニアの一部も、昔は高原だったことになる。
「境界を定める地に、彼の魂が、その心臓と共に眠る。……これは砂漠だ。棺を発見した場所は港町の近くだったらしいよ」
コッロ。
陸と海の境界……?でも、イレーヌは違う事を言ってたはずだよな。
―昔、戦争を終わらせる為、クレアの土地とブラッドの土地を分ける協議が行われたと聞きます。
―その時に定められた境界だと思いますが……。
「栄えある都に、最も崇高な一部が眠る。……これは、アヴァル遺跡」
セントオ。
今は地下に沈んでる巨大な遺跡。
ただ、さっきの推測が正しければ、セントオの棺の本当の場所は詩に詠われていない場所になる。もしくは、この詩が作られた後に移動したか。
「神のねもと、封印の地に、彼の魂がその本体と共に眠る。……神の台座だね」
神の台座だから、神の御許って言うんだろうけど。
あれ?
「今、ねもとって言ったか?みもとだろ?」
「正しくは根元。マーニがルネと長老に確認してくれたから間違いないよ」
根元。
それが事実なら。
「さっきの本、貸してくれ」
机に置きっぱなしの、名もなき王を開く。
姿を変える者の章。
「北の果て……。ここを読んでくれ」
「主人公が大樹の切り株にもたれかかると、彼の姿は一本の剣に変わった。その剣は、今も大樹に守られている……?」
「神の根元って、ヴィエルジュの根元ってことじゃないのか?」
「ヴィエルジュは神じゃないよ。それに、本の内容が正しければ、エイルリオンの正体はヴェラチュールということになってしまう」
俺も、それは納得してないけど。
「クレアはヴィエルジュの大樹を、しんじゅって呼んでる。神と変わらない存在として扱ってるんだ」
「やっぱり、エルが加工していた杖は、ヴィエルジュの大樹だったんだね」
「知ってたのか?」
「いや。神樹がヴィエルジュだと確証を得たのは今だよ。リリーシアが言っていたんだ。箱舟伝説の中で、箱舟を作るのに使われた素材は神樹と記されていると」
ここも繋がるのか。
「まとめてみようか。エイルリオンはヴィエルジュが創った物ではない。ヴィエルジュ自身も、どんな効果のある剣なのかは知らないんだ。にも拘わらず、ヴィエルジュは、ヴェラチュールに効果のある剣として初代国王に託している。そしてヴィエルジュは、王家にも伝わっていない慈悲の剣の本当の名前、ジュレイドを知っていた」
「名もなき王は、ヴェラチュールで間違いない。それなのに、ラストはヴィエルジュと思われる大樹の元で、エイルリオンを彷彿とさせる剣になったと語られている」
矛盾だらけだ。
本体の棺が神の台座にあるって意味なら納得がいくけど、それなら、剣になったって描写は必要ない。
何か意図があったはずだ。あいつがリンの力を持っているっていう暗喩?
「エイルリオンって、他の神から託されたものじゃ無いのか?」
「違う。彼女は最初から持っていたんだ」
「最初から?」
どの神が創ったものかわからないって話しは聞いてたけど……。
「私はね。エイルリオンも、ジュレイドも、彼女が名づけたんだと思ってるんだ」
「名づけた?」
「ルブライトのようにね」
まさか。
「冗談だろ?」
「仮説だよ。実証は出来ない」
でも、それが事実なら、エイルリオンとジュレイドが剣の形状をしていながら剣とはかけ離れた性格を持っている理由になる。
剣の形状をしているのは、ヴェラチュールの影響を受けたから。
そして、ヴィエルジュが始めから持っていたのは、ヴィエルジュの中で生まれたから。
「愛によって結ばれた精霊から生まれるものがあるなら、愛によって結ばれた神から生まれるものだってあるとは思わないかい」
「思う」
一つのつがいから新しい命が生まれるのは、この世界の摂理だ。
でも、それなら、この剣を使ってヴェラチュールと戦って良いのか?
ヴィエルジュはあいつと戦う為にこの剣を初代国王に託したわけだけど……。
何か意味がある?
「ライーザ。何か報告は?」
ライーザ?
いつの間に戻って来てたんだ?
「リリーシア様は、シール様と御一緒に亜精霊討伐にお出かけになられました」
「は?」
「なら、しばらく戻らないだろうね」
「え?」
戻らない?
今、どこに居るんだ?
リリーの居場所……。
探せない。
もう、王都に居ないんだ。
「どこに行ったんだ?」
「一日では戻って来られない場所だよ」
「そんなに遠く?」
『遠く、ねぇ……』
『リリーのことだから、そんなに遠くに出かけるなんて思ってなさそうだよね』
『エルがセルメアに行った時だって、一月も会えないなんて思ってなかったからねー』
「なんだそれ」
異国に行くのに、数日で帰って来れるわけないだろ。
『リリーは地図が読めないから』
アレクが笑ってる。
「本当に彼女は面白いね」
「ちっとも面白くない。探しに行ってくる」
「仕事が終わればすぐに帰って来るよ。それに、近衛騎士を同伴しなければ王都の外に出られない約束だろう」
「暇な近衛騎士は?」
「暇な秘書官なら居るよ」
……大人しく仕事をしろって?




