120 言葉通り
良い形になってきた。
『杖って自分で作る物なの?』
アンジュは杖を作ってる所を見るのは初めてか。
「そうだな。良い素材が手に入ったら自分で加工することが多いんじゃないか?」
杖は魔術師ギルドでも売ってるし、加工も頼めるけど。魔法使いとしてのスタイルが確立されて来たら、自分で杖を作る魔法使いの方が多いだろう。
というのも、杖の特徴は魔法使いの特徴を表す。欲しい杖を誰かに話すことは、自分がどんな魔法使いかを相手に教えることになるのだ。そんな情報を簡単に出す魔法使いなんて居ないだろう。
それに、自分で加工することによって、魔法の相性を高めることも出来る。表面を焦がす加工を施せば炎の魔法との相性が高くなるし、中に空洞を作れば風の魔法との相性が高くなるといった具合に。加工後に色の付いた保護塗料を塗っておけば、杖の見た目から得意な魔法を割り出されるのを防ぐことも出来る。
『大樹の杖って、何と相性が良いのかしらねぇ』
『大地とか?』
「大地の魔法は、基本的にどんな杖とも相性が良いよ」
素材が木材だから、大地の魔法は相性を気にする必要はないんだけど。ほかの魔法は、素材との相性に注意が必要だ。
この間、シリルが店に持って来てくれた黒檀なんかは、闇の魔法との相性が良いけど光の魔法との相性は悪い。でも、炎の魔法との相性は悪くないから、俺が杖として使っても良い素材だったんだけど。
―人間がどこに魔法陣を描こうと、地上においては、そのすべてにアンシェラートの助力が宿る。
「大樹の杖なら、アンシェラートの助力を受けられるから、どんな魔法の力でも高めてくれる効果がありそうじゃないか?」
『確かに』
『その可能性はあるな』
『エルにぴったりねぇ』
まぁ、実際どうかは使ってみないとわからないけど。
『宝石は付けないのー?』
杖には、契約している精霊が好きな宝石を付けることも良くある。それによって精霊との相性を高めておくんだけど……。
「俺と相性の良い宝石なんてないだろ」
契約している精霊が多すぎる。
『良い事思いついたぁ』
……嫌な予感しかしない。
『エルの精霊玉はぁ?』
「月の精霊玉か」
珍しく良い案だ。
いつもだったら突拍子もないことを言うのに。
「確か、ルネから貰ってたよな」
『リリーに渡しただろう』
「そうだった」
お守りになると思って渡したんだ。
「まぁ、宝石なんて別になくても良いか」
『えぇ?エルにぴったりなのにぃ』
「どうせ、ただの飾りだ」
『むぅ』
慈悲の剣を出して、杖の長さを計る。
……だいたい同じぐらいになったな。
剣を仕舞う。
俺にとって理想的な杖の長さは、剣の長さと同じ。
そういえば、この剣。元々この長さなのか、俺が扱いやすい長さに形を変えたのか、わからないままだな。バーレイグのことも詳しかったから、アレクなら何か知ってるかもしれない。
風の大精霊も発見したし、明日、城に行って聞いてみるか。
『散らかってるね』
イリス?
コーヒーを運んでいるリリーが、俺の傍に来る。
「エル。コーヒー淹れたよ」
「ん」
俺の為に淹れてくれたのか。
客が少なくて暇なのかな。
机に杖を立てかけて、コーヒーを貰う。
良い香りだ。
『リリー。ルネの石を持っているだろう』
「これのこと?」
リリーが、ルネの精霊玉を出す。
『それ、貸して欲しいのぉ』
「使わないって言っただろ?」
リリーが俺の手を取って、宝石を手の平に置く。
「何かに使うんだよね?私、エルから貰った精霊玉があれば良いから大丈夫だよ」
リリーが微笑む。
そんな風に渡されると、受け取るしかないんだけど。
『何に使うの?』
『杖に使うのよぉ』
……石の形に合わせて、杖の頭の加工を変えないとな。
「代わりに何か欲しいものはないか?」
「えっ?今日、すごくいっぱい買ってもらったよ」
「必需品しか買ってないだろ」
冬物の衣類は、揃えておかないといけないものだ。
「あ。欲しいものあるよ」
「何?」
「エルの欲しいもの」
俺の欲しいもの?
「私もエルに何か買いたいの」
周りの精霊が笑い出す。それに、リリーが不思議そうな顔をする。
リリーの欲しいものが、俺の欲しいものなんて。
自分で変なこと言ってる自覚がないんだろうな。
「良いよ。また、一緒に買い物に行こう」
「うん」
買い物に行けば、欲しいものも見つかるだろう。
『それより、聞きたいことがあったんじゃないの?』
「聞きたいこと?」
ショコラのことなら、ノートに全部書いてあったと思うけど。
「あのね、エル。冒険者のランクの話なんだけど……」
冒険者ランク?
まぁ、近衛騎士になったなら、冒険者になりたがることもないだろう。教えても良いか。
「ノワールから始まって、ルージュ、オランジュ、ジョーヌ、ヴァート、アジュール、インディゴ、パーピュア、ブランだ」
全部で九つ。
「黒、赤、オレンジ、黄色……。次は?」
「ヴァートは緑、アジュールは青だ」
特殊な呼び方なのは、騙り防止の意味もある。たとえば自分をランクブルーなんて呼ぶ奴はランク青のわけがない。
「インディゴは藍、パーピュアは……、紫?」
「あぁ」
「一番上は白だよね」
「いや。冒険者としての最高ランクはインディゴって覚えておけば良い。ランクインディゴの冒険者なら、どんな依頼でも問題なくこなせる」
「どうして?」
上に二つもあるのに、そんなことを言われたら納得がいかないのは当たり前だけど。
「冒険者を長くやってる奴なら自ずと知ることになる。知れば、パーピュアになんてなりたいと思わない。それに、ブランなんてランクは公には存在しないことになってる」
パーピュアになれるってことは、冒険者ギルドでも十分に実力が認められてるってことだ。そうすれば嫌でも王侯貴族から目をつけられる。士官する準備があると取られてしまうのだ。安定した仕事に就きたいならそれも良いけど、冒険者を続けたい奴なら選ばないだろう。
だから、実質インディゴがトップランクと言える。
「エルはブランなんだよね?」
「別に、なりたくてなったわけじゃない。やりたかった依頼を引き受けるのに必要だったからパーピュアにしたんだよ。その依頼でブランになった。気づく奴はこの話しだけで分かる」
パーピュアが受けられるのは国家機密に関わるようなレベルの依頼だ。滅多に出ない。俺だって、あの依頼を見なかったらランクを上げる気なんてなかった。
『お客さん来たよ』
「今、行きます」
慌てて、リリーがトレイを持って接客しに行った。
何を知りたかったのかわからないけど。どちらにしろ、これ以上は話せない。
ブランの存在も役割も、公にされていない。
表に出ない依頼を専門に受けるランク、とは良く言ったもので、ブランの存在を知っている冒険者からは、国や貴族達からの内密の依頼を専門に受けるランクと思われている。
でも、実際にやっている主な仕事は冒険者のサポートだ。行き倒れの冒険者を救助したり、依頼の難易度が途中で高くなってしまった場合に解決したり、要人護衛の保険になったり、ランクを偽って一緒に依頼をこなしたり……。その内容は多岐に渡る。ギルドマスターのサポートとして、依頼者や冒険者に不審な点がある場合に調査を行ったり、ランク昇格の審査を行ったりもする。後、変わった役割と言えば、ギルドマスターの推薦や解任要求が出来るってところか。
そんな訳だから、ブランになると表向きの依頼はほとんどやらなくなる。引き受け手の居ない依頼を受けることもあるけど、俺みたいに遠出したついでに品物の納品を請け負ったり、冒険者の査定を行うぐらいだろう。
だから、ブランの本当の役割が知られることは無い。
「ありがとうございました」
リリーがショーケースの外側に回ってる。あれ?
「キアラ?」
「あら。エルも居たの」
居ちゃ悪いのか。
店の方まで行くと、キアラが焼菓子をたくさん詰めたバスケットを持ってる。
「どこで配るんだ?それ」
「秘密よ」
っていうか。
「キアラの言ってたこと、全然役に立たなかったぞ」
「ふふふ。良かったじゃない」
……見透かされてる。
ん?
「なんだこれ?」
ショーケースの上に見慣れない瓶がある。
「香水よ。綺麗でしょう」
「キアラの?」
「リリーシアにプレゼントしたのよ。気に入ったら、中身はフローラのお店で買ってね。フローラに頼んで置いてもらっているの」
「宣伝に来たのかよ」
「ボトルはサービスしてあげたじゃない。お菓子も買いたいから仕事を増やしたのよ」
香水なんて売らなくても充分に稼げると思うけど。
「そういえば、試食のショコラは、なんて名前なの?」
「クールルージュです」
「ありがとう。今度買ってみても良いわ。あなたも、またお店にいらっしゃいね」
「はい。ありがとうございます」
クールルージュは、中央にラズベリーソースが入ったアーモンドのプラリネを、赤く着色したショコラでコーティングしたハートの形のショコラだ。食べると甘酸っぱいソースが溢れて口の中で溶けあうらしい。
そういえば、こっちの焼菓子の説明は美味そうだったな。食べてみよう。
『あ。つまみ食いー?』
「後で払うよ」
菓子を持って机に戻る。
『あのお菓子、孤児院に持って行くのよ。良く子供たちに配ってるわ』
……昔から、子供が好きだからな。
「いらっしゃいませ」
リリーの声が聞こえる。
また、客が来たらしい。
※
『エル、ちょっと来て』
イリス?
店が混んで来たのか?
イリスに呼ばれて店に行くと、知ってる顔が二人。
「ジニーにアシュー?珍しい組み合わせだな」
「僕は荷物持ちだよ」
「注文、読み上げますね」
ジニーが早口言葉のようにショコラを読み上げる。
……そういうわけか。
「読まなくて良いから、そのメモを寄越せ」
相当な数がある。全部一つずつ?
メモを見ながらショコラをトレイに乗せていく。
こんなにあるなら端から端まで全部って注文された方が楽だ。
でも、オーソドックスなショコラの注文はないな。変わり種が多くて好みもばらばらだ。
あ。このスパイスを加えたショコラは気になってたんだ。確か、ミルクに溶かして飲んでも美味いって書いてあったっけ。
ショコラを選んでいると、横で、リリーもショコラを選んでる。
「それは頼まれてない奴だぞ」
「試食に出そうと思って」
試食?そういえば、キアラにも出してたっけ。
「それ出したら、こっちを包んでくれ。これで半分ってところだ」
「わかった」
持っていたトレイをリリーに渡して、新しいトレイを取る。
後、もう少し。
っていうか。これだけの量のショコラを注文されているのに、どうやったら被らないのを選べるんだ。しかも、オーソドックスな奴じゃなくて変わり種。メモを見てないはずだから、注文されてないショコラなんてわからないはずなんだけど。
「ほら」
探し終えたショコラを乗せたトレイをリリーに渡す。
「手伝ってくれて、ありがとう」
「良いよ。一人じゃ大変だろ」
メモをジニーに返す。
「おい。こんな頼み方をした奴は誰だ」
「ナルセス教授が食べたいものを買ってくれるって言ったんです。だから皆、一つずつ違うのを頼んだんです」
わざわざ違うのを選ばせたのか。
「ショコラ、美味しかったです。私、こっちにすれば良かったかなぁ。でも、二つ食べられるって思ったらお得ですよね」
「そうだね。試食のショコラ、美味しかったよ。代金はこれで足りると思うんだけど」
アシューが硬貨を並べる。
「領収証も頼むね」
「ん」
釣りとナルセス宛ての領収証を渡したところで、リリーが包み終えた商品を出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございました。また来ますね」
思ったより客が多いな。
「杖が出来たら店番替わるから」
「え?大丈夫だよ」
「休憩は、ちゃんと取らないと駄目だろ」
これだけ客が多かったら、リリーも疲れてるはずだ。
※
これぐらいで良いかな。
良い杖だ。
今は保護塗料を持ってないし、仕上げは帰ってからにしよう。
紅茶を淹れて、店側に行く。
「リリー。休憩の時間だ」
持って来たケーキ用の皿をリリーに渡す。
「紅茶を淹れたから、好きなケーキを選んでくれ」
「え?試食は一人一つまでだよ?」
「試食じゃない。ちゃんと買う。だいたい、ここにはケーキを食べに来たはずだろ?」
それが、何故か店番をすることになったけど。
「エルは食べないの?」
「さっき、そこの焼菓子をつまんだから良い」
「え?甘いお菓子を食べたの?」
「そんなに甘くない奴。ほら、早くしないと紅茶が冷めるぞ」
ショーケースの前でしゃがんでケーキを眺めながら、リリーが唸ってる。
どれにするか悩んでるらしい。
「好きなだけ食べて良いよ」
「そんなに食べないよ」
リリーが頬を膨らませる。
食べれば良いのに。
「マロンは今の季節しか売ってないらしいぜ」
「じゃあ、それにする」
決まったらしい。
「マカロンは?」
「あ……」
悩むぐらいなら、持って行った方が良い。
ショコラのマカロンをリリーの皿に足す。
「ありがとう。休憩して来るね」
休憩に行ったリリーを見送ると、来客を告げるベルが鳴る。
本当に客が多いな。この店。
「いらっしゃい」
しかも、また知ってる顔。
「カーリー。それにフランカとファルか。どうしたんだ?」
「菓子を買いに来たに決まってるだろ。エルこそ何やってるんだ?」
「見ての通り店番だよ」
「御噂は聞いておりましたが、本当にショコラティエの修業をなさってるのですか?」
「は?そんなわけないだろ」
カーリーが笑う。
「単に店を手伝ってるだけだ」
誰がそんな変な噂を……。デルフィか?
客が多いのは、そのせいじゃないだろうな。
「で?何を買いに来たんだ?」
「フランカ様とファルクラム様がお城に行く日取りが決まりましたので、お土産のお菓子を買いに来たのです」
仲間に会える段取りが付いたのか。
ラングフォルド伯爵の処遇が決まって、移送が完了したからか?
「だったら、好きなのを選んで良いぜ。俺が買ってやる」
「じゃあ、店に置いてるの全部くれ」
「全部なんて食えるわけないだろ。ファルが食えないのもあるぜ」
「だって、ショコラだろ?」
そういえば、試食を出して良いって言ってたな。
「ほら」
ニュイポレールを出して、ファルに渡す。
「おー、美味そう」
ファルが口に入れた瞬間、口を塞ぐ。
「まっず」
口直しにミルクの多いカレショコラでも出すか。
「こっちは甘いぜ」
ファルが口に入れて、機嫌を直す。
「美味い」
「だろ?」
『試食は、一人一つじゃなかったぁ?』
そういえば、そんなことも言ってたな。
「じゃあ、美味いのをエルが選んでくれ」
「良いけど。カーリー、ショコラだけで良いのか?焼菓子は?」
「訪問は明日の予定ですから、溶けにくそうなショコラと焼き菓子をお願いいたします」
「ん。わかった。カーリーとフランカは、何か食べたいのないのか?試食を出して良いって言われてるぜ」
「俺は、こっちの赤いのも食べたい」
「ファルはもう駄目だ。本当なら一人一つなんだよ」
「俺は良いから、ファルに食べさせてやってくれ」
「えー。兄貴も食えよ」
相変わらず、ファルに甘いな。
そうだな。試食には土産に持って行けなさそうなもの……。トリュフでも出すか。
トレイにトリュフを三つ乗せて出す。
「どれも味が違うぜ。三人で食べな」
「また苦い奴があるってことか?」
「食べてからのお楽しみだ。食べながら待っててくれ」
アーモンドプラリネ、フランボワーズ、キャラメルサレの三種類。
どれも甘い奴だ。
土産には、定番のショコラの詰め合わせで良いかな。甘くて、形が可愛いものを選べば子供も喜ぶだろう。さっきファルが食べたがっていたクールルージュも入れておくか。
焼菓子は、リリーがキアラに選んでいたので良いだろう。
あ。箱にはリボンをかけるんだっけ?
「エル。俺が食ったのは当たりだったぜ」
「どんな味がした?」
「甘酸っぱいの」
「フランボワーズだ」
「私はキャラメルサレでした」
ってことは、フランカがアーモンドプラリネか。
「出来たぜ」
「おいくらですか?」
「代金は良いよ」
「ですが……」
「仲間に会わせてやるって言ったのに、全然手伝えなかったからな」
「お忙しい中、エルロック様がアレクシス様に頼んでくださったと伺っておりますよ」
クエスタニアに行く前に、ライーザ経由で伝えてもらっただけだ。
「良いから持って行け」
「では、こちらのショコラを頂けますか?シャルロ様へのお土産にします」
ワインの入ったボンボンショコラか。
何種類か混ぜて箱に包む。これにリボンはかけなくて良いだろう。
会計を済ませて、商品を渡す。
「ありがとうございます。エルロック様」
「あぁ」
「また来るぜ」
「次は店番なんてしてないからな」
「じゃあ、ガラハドの家か?」
そういえば、まだガラハドの家に帰ってなかった。
「フランカ。これ、ルイスに届けておいてくれないか?」
土産に買っておいた眼鏡をフランカに渡す。
「了解」
「そういや、バウムクーヘンって菓子が美味かったぜ」
クエスタニアの土産か。
全部、ローズに預けてあったから、マリーが届けてくれたんだろう。
「プリュヴィエはどうしてる?」
「ピアノを習いにベーリング子爵邸に行っている」
音楽が好きって言ってたっけ。良い口実だろう。
「では、そろそろ失礼します」
「ん」
三人が店を出る。
さてと。
今のショコラと焼菓子、さっき食べた焼菓子、マロンのケーキとマカロン、ついでにコーヒーと紅茶の代金を清算する。
『ショコラって贅沢品ね』
「これでも、安く出してる方だと思うぜ」
手に入りにくい食材も使っているし、倍の価格になってもおかしくないような商品も多い。
デルフィが素材を買い付けに行ったり、商品の温度管理をしている分、値段を抑えられてるって所か。後は、そこまでお金を稼ぐ必要が無いのも影響しているのかもしれない。
……また、客が来た。
「いらっしゃい」
「おぅ。エル。来てやったぜ」
「薬屋の次はショコラティエか」
「どれがエルの作った奴だ?」
「誰がショコラティエだ。ひやかしなら帰れ」
「せっかく来てやったのに」
「誰も呼んでねーよ。この暇人共が」
なんでこう、知ってる奴ばっかり来るんだ。
※
「ただいま」
ようやく帰って来たデルフィとウォルカに、帳簿を渡す。
「おや。これはまた随分売れたものだね。明日は追加のショコラを作るのに一日を使ってしまいそうだ。ふむふむ。ここまでバランス良く売れると言うのも珍しいじゃないか。王都で人気のショコラと言えばあれなんだが普段あまり出ないようなものも出てるようだね。君たちはなかなか売り子に向いているようだ。暇が出来たらまた手伝いに来てくれるかい」
「二人とも忙しいんだからそんなこと言うものじゃないよ。だいたい今日は私の頼みで特別に頼んだのだからね。こんなことは滅多にあるものじゃないんだからウォルカも定休日ってやつを考えた方が良いね。私だって行きたいところがたくさんあるって言うのにウォルカが絵描きにかかりきりじゃあ……」
「あのっ、お仕事、終わりで良いですか?」
止めなきゃ、いくらでも話し続けてそうだ。
「あぁもちろんだよ。きちんと給料を支払わなければならないね。少しばかり待ってくれるかい」
「給料なんて要らない。リリー、帰るぞ」
「あ、でも、」
「そんなわけにはいかないよ。無給で働かせたとあっては国も商人ギルドも黙っていないだろう」
「なら、後で受け取りに来る。だから、今日は帰……」
「君の後では当てにならないと有名だからね」
「じゃあ矢張り今ここで……」
「エル、私、着替えなくちゃ」
そうだった。
似合い過ぎて違和感がなかったけど、リリーが着てるのはメイド服だ。
「じゃあこっちにおいで」
リリーとデルフィが奥の部屋へ行く。
「ではその間に給料を用意しよう。それよりコーヒーの準備でもしてあげた方が良いかな。そうだショコラのお土産もどうだい。そういえば……」
この話しを聞くことが仕事だったら、給料を貰わないと割に合わないな。
※
リリーと一緒に店を出る。
時計を見ると夕飯時だ。
「どこかで夕飯を食べてから、家に帰ろう」
帰り際に口に突っ込まれたショコラをもごもごさせながら、リリーが頷く。それ以外にも、焼菓子とマカロンの詰め合わせをたくさん土産にもらった。
「家って、エルの家?」
ようやく口の中が空になったリリーが口を開く。
「そうだよ。夕飯は何が良い?」
「何でも良いよ」
そういえば、いつもセントラルに行くから、イーストの店にはあまり連れて行ったことが無いな。
「グストーに行こう。一階はパティスリーで、二階はレストランをやってる店だ。マカロンも美味いって話しだぜ」
「……今日はもう、甘いのは良いかな」
リリーがそんなことを言うなんて珍しいな。
流石に、まだ口の中が甘いか。




