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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅴ.約束
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109/149

118 休養日

 暗い中、目が覚める。

 何も見えない。

 ……嫌な予感がする。

 床に触れると、手に何かがまとわりつく。

 知ってる。

 これは、砂の感触。

 知ってる。

 ここは、あの、塔の中……。

 体を起こす。

 扉がある場所は、こっち。

 扉に触れる。

 触れただけなのに、扉がわずかに開いて光が漏れる。

 知ってる。

 何度も見た。

 この先の光景……。

 扉を、開かないと。

―大丈夫だよ、エル。

 扉の隙間から、良く知ってる左手が入って来る。

 手を伸ばした瞬間、勢いよく引っ張られて体勢を崩して……。

 

 目が覚める。

 え?

 現実?

 最初から、夢だってわかってたけど。

 なんていうか……。

『エル?』

『エル』

『起きたのか』

『どうしたのぉ?』

『変な笑い方ね』

『大丈夫ー?』

『何?そんなに面白い夢でも見たの?』

「面白いって言うか……。リリーは、どこに居てもリリーらしいって思っただけだ」

 いつも、予想もしないことをするから。

『何それ?』

『ふふふ。そぉねぇ』

『わかるの?』

『リリーって、いつも面白いでしょぉ?』

 確かに。

「今って朝?」

『そろそろ太陽が昇る時間だ』

 闇の精霊なら、夜が終わる時間がわかるか。

 起きるにはまだ早いけど、二度寝するには目が冴えてしまった。

 本でも読もう。

 流石に少し冷えるな。

 近くにあった上着を羽織って、眼鏡をかけて本を出す。トリオット物語の五巻と名もなき王の物語。どっちにするかな。

「ラグナロクについて教えてくれる気はないのか?」

『知りたいのなら、人間に聞けば良い』

 バニラも知ってるのか。

「誰に聞けって言うんだよ。この本ですら作者不明って書かれてるぐらい昔の人間なのに……?」

 いや。待て。

 当てはある。

「長い時を生きている人間なら知ってるのか?」

『さぁ、どうかしらねぇ?』

 相当古い時代の人間に違いはないらしい。

 先に、名もなき王の物語の方を読んでおくか。

 

 名もなき王の物語。

 王ってことは、主人公はどこかの国の王なのか?

 ……それに関して、はっきりと記述されている部分は見つからない。けど、目的が現地の視察なのは確かだ。行った先々で彼は民衆に細かく指導し、助言を与えていく。

 農業や酪農についての知識を広め、もめ事の仲裁を行って法を説き、病に倒れた人間に対して薬を調合し、死者を弔う祭事を司る。あるいは、強大な敵の討伐を請け負い、武具の扱いや作り方を教える。

 主人公が魔法のようなものを使っている描写もある。どちらかと言えば、錬金術に近い印象も受けるけど。物語の作者が説明できない部分を、奇跡として処理しているだけってところか。さっきの薬の調合だって、レシピはもちろん、使った薬草の種類すら書かれていなかった。……まぁ、一般の読者に対して細かく説明する必要もないか。

 後、気になるのは精霊の存在だ。

 物語の中で、精霊は誰でも目に出来て話すことも可能な存在として描かれている。

 ロマーノみたいな太古の空気なら、精霊はそんな風に存在出来たんだっけ?だったら、この物語が描く時代は、精霊ですら太古って呼ぶレベルの昔になるんだけど。

 それから、主人公は最初から自分の名前を忘れているわけでは無い。

 自分の名前を直接出せば人々が恐れおののくであろうと考えた彼は、自分の名を隠すことにした、と書かれている。

 彼は人々に物を教える度に、徐々に自分を失くしていく。

 独白として呟かれる台詞には、愛しい恋人を想う言葉が綴られているが、恋人への想いも徐々に忘れていく。彼女をヴィエルジュとしか呼べなくなって、何故、自分が彼女に会いたいと願っているのかすらわからなくなる。

 それでも彼は、全てが終わった後に自分が為すべきことは彼女に会うことだと語る。

 最後。

 姿を変える者の章。

 彼は北の果てに辿り着く。

 彼が大樹の切り株にもたれかかると、彼の姿は一本の剣に変わった。

 その剣は、今も大樹に守られている。

 

 この物語の主人公がヴェラチュールをモデルとして描かれているとしたら、ヴェラチュールは人間社会に必要なもの、たぶん、当時は存在しなかった技術を広めていたってことになる。

 どっかで、似たような話しを聞いた気がするけど……。

 ちょっと思い出せないな。

 次に、ヴィエルジュの存在。

 主人公が会いたかった人物がヴィエルジュで、主人公が最後にたどり着いた場所が大樹だとすると、物語のヴィエルジュのモデルは妖精の女王ヴィエルジュを指しているように見えるけど……。

 それだと、ヴィエルジュはヴェラチュールの恋人ってことになる。

 二人が恋人である可能性は……。

―案ずることはない。雨は私の糧となる力だ。

 無いとは言い切れないのか。

 あの時、ヴェラチュールはヴィエルジュに攻撃を加えるのを諦めた。その理由は、ヴィエルジュの守護の力に対抗できなかったからとも取れるし、ヴィエルジュに攻撃したくなかったからとも取れる。それに、ヴィエルジュの役目はラングリオンの守護。積極的にヴェラチュールを攻撃する意図は見えない。立場的には敵対しているようにも見えるけれど、ヴィエルジュの意図は読めないな。

 っていうか、その立場は大精霊もそうだ。

 大精霊は、何故かヴェラチュールのことを親しげに話す。敵対していても、憎んではいないみたいだった。

 自分たちの神の力を奪った相手なのに。なんで?

 次。エイルリオンの存在。

 物語で言う大樹がヴィエルジュのことなら、ヴィエルジュが守る剣はヴェラチュールの化身ってことになる。でも、エイルリオンはヴェラチュールに唯一攻撃出来る剣で、ヴェラチュールの本体は封印の棺に封印されていたはずだ。

 剣に姿を変えてヴィエルジュの大樹に守られているっていう描写は当てはまらないだろう。

 対訳が間違ってるのか?原典が読めたら良いんだけど。あいつについて書かれている本なら、あいつを倒すヒントが書かれているかもしれない。

 それは、アレクとレイリスを救うために必要なことだ。

 二人を助ける為には、アンシェラートを完全に封印しなければならない。地上に神が居ない以上、封印の為には太陽と月の神の助力を請わなければならない。でも、雲がある限り、それは不可能だ。だから、あいつを倒して空から雲を消さないと。

 横で、リリーがもぞもぞと動く。

 起きた?

 顔を上げたリリーと目が合う。

 可愛い。

「おはよう」

 まだ少し寝ぼけてるみたいだ。

「おはよう。まだ起きなくても良い?」

「良いよ」

 今日は一日、リリーとのんびりする日にしても良いかもしれない。

 次はトリオット物語を読むか。

 リリーが微笑む。なんだか楽しそうだ。

「良い夢でも見たのか?」

「夢?」

 違ったらしい。

「昨日、エルと初めて会った時の夢を見たよ」

「昨日?」

 って。まさか、同じ夢?

「教えて」

 あの言葉の意味。

「あの時……。私、城の人間に追われてたんだ」

 そういえば、会った時は城の連中から逃げてたんだっけ。

 リリーなら戦っても充分に勝てただろうけど。

「アリシアがね、城の人間が救出を装って近づいてくるから、絡まれても戦わずに逃げるようにって教えてくれてたんだ。だから、逃げなきゃって。でも、周りに居るのは氷の魔法使いばかりで、みんな城の人間かもしれないって思ったらどうして良いかわからなくて」

 アリシアから助言をもらってたのか。

 まぁ、あれだけ世間知らずだったら、助言がなければ簡単に引っかかってただろう。

「そんな中、真っ赤な光が見えたの」

「真っ赤な光?」

『エイダの光だよ。あの時、エルはエイダと契約してただろ』

 俺じゃなくて、エイダの力につられて来たのか。

「見えたって思った時には、もうエルにぶつかってたんだけど……」

『えっ?そうなの?』

「だから、あんなに真っ直ぐぶつかって来たのか」

 故意にぶつかったとしか思えない衝撃だったからな。

「ごめんなさい」

 今となっては、リリーらしいことだったんだけど。

「別に良いよ。それで?」

「それで、って?」

―あなたじゃないとだめなんだ。

「なんで、俺と一緒に行くことにしたんだ?」

「それは……」

 リリーが俯く。

「運命の人だと思ったから」

 運命、か。

「でも、あの……。エルは、私の運命の人じゃないと思う」

『は?何言ってるの?』

「あのっ。あの時、エルを好きだって思ったのは本当だよ」

「え?」

 あの時って、初めて会った時?

 リリーの顔がみるみる赤く染まる。

 イリスから聞いたことはあったけど。本当だったのか。

「運命の人の話は、ポラリスから聞いたのか?」

「そうじゃないけど……。ポラリスも、私の運命の人はエルじゃないって言うと思う」

「じゃあ、誰がリリーの運命の人なんだ?」

 リリーが黙る。

 言う気が無いらしい。

 でも、今は。それが本当であってほしい。

「信じて良い?俺がリリーの運命の人じゃないって」

 リリーが頷く。

 それが、本当なら。

「怒らないの?」

「なんで?」

「だって……」

 運命の人じゃないから?

「俺が決められた運命を歩かないって言ったのはリリーだろ?リリーの運命の相手が現れたとしても、俺はリリーを渡さないからな」

 リリーが頷く。

「エル。ずっと一緒に居ようね」

 大丈夫。

 リリーはいつも、自分の意思で選ぶから。

 だから、何も気にする必要なんてない。

 たとえリリーが……。


 ※


 結局、トリオット物語は読みそびれたな。

 遅い朝食の後、宿を出る。

「まずはどこに行くの?」

「時計屋。買うって約束してただろ?」

「うん」

 確か、養成所の方に時計屋があったはずだ。

「それから、リリーの服を買いに行かないと」

「私の服?たくさんあるよ?」

 夏服がどれぐらいあるかは知らないけど。

「冬服はないだろ?これから寒くなるから揃えた方が良い」

 リリーが今着ている服は旅装束だから多少の防寒機能は備えているけれど、せっかくだから可愛い服を着せたい。

「あ。レインコートが欲しかったんだ」

「じゃあ、それも買いに行こう」

 可愛いのが見つかれば良いな。

 この天気なら、店にも良いのが並んでそうだ。


 ※


 ウエストにある時計屋で、置時計と懐中時計を買う。懐中時計は、文字盤がリリーと同じデザインのものにした。最近は、時計針を凝るのが流行りらしい。ポケットに入れて、チェーンをボタンホールに引っ掛ける。良いのが見つかって良かった。

 次は、仕立て屋通りへ。

 仕立て屋通りは、名前の通り服屋ばかりが並ぶ通りだ。

 どの店も冬物を扱ってる。あのピンクのコートも可愛いけど、とりあえず、いつもの店に行くか。


「ここにしよう」

 マリーたちに良く連れて来られた店だから、この店の品揃えは大体わかる。

 リリーに似合いそうな可愛い服をたくさん置いてあるはずだ。

 ただ……。

「いらっしゃ……。エルじゃない。久しぶりね」

「久しぶり」

 店主は、ちょっと苦手なんだよな。

「今日は、その子で勝負ってわけ?」

「勝負?」

「別に、勝負なんてしない。可愛いのをいくつか選んでくれ」

 店主がリリーの方に歩いて行って、リリーに触る。

「あっ、あのっ、」

 リリーは、他人に触られるのが苦手だよな。

「細くて小さい割に、案外しっかりした体つきね。冒険者でもやってるの?」

「知らないのか?リリーは今年の剣術大会の優勝者だぞ」

「そういえば、誰かがそんなこと言ってたわね」

 職人気質の人間は、本当に興味のない情報を得ようとしないよな。

「グラシアルの出身だったかしら?肌がすごく白い。黒髪の子に合わせるのは初めてよ。エル、借りるわよ」

「あぁ。頼む」

 店主がリリーを奥の部屋に連れて行く。

 気に入られたらしい。

『良いの?あれ』

「適当に何か選んで来るだろ」

 店に並べられた服を眺める。

 この前、マリーが着てた普段着も、この店のだったのか。

 でも、リリーに似合うのなら……。

 こういうのだな。

 こっちも似合いそうだ。

 でも、リリーの場合、実用的なのも必要だよな。

 あ。ブーツまで揃えてある。これ、どこの靴屋のだ?サイズは……。

『なんだか楽しそうだね』

『昔から、人の服を選んでるものぉ』

『しょっちゅうマリーに連れ回されていたからな』

『それで、いろいろ詳しかったのね』

『そういうことぉ』


 ※


「エル!選び終わった?」

 言いながら、店主が部屋から出て来る。

「こんな感じ」

「この短い間に、七セットも作ったの?」

 これでも厳選した方だと思うけど。

「どれを着る予定?」

「選んで良いよ」

「そうね……。あぁ、やっぱりこれにした?私もこれは似合うと思ってたわ。っていうか、ブーツまで一式買うつもり?」

「これ、全部買うつもりだけど」

「これって……。これ?」

 店主が、用意した衣装を指す。

「そうだよ。リリーは冬の服が一つも無いから」

「おまけなんてしないわよ」

「良いよ。他にも良いのがあったら買う」

「あっそう。でも、これとこれはサイズを直した方が良いわよ」

「じゃあ、直してくれ」

「彼女が着るって言ったらね」

 店主が白いワンピースの一式を持って部屋に入っていった。

 白過ぎるって突っ込まれるかと思ったけど。リリーの黒髪には映えるし、可愛いに違いない。楽しみだ。

『リリーには、この服も似合うんじゃないの?』

 似合うと思うけど。

「リリーは、リュヌリアンを手放さないだろ。あれを背負って歩けて、動きやすい服じゃないと着てくれない」

『確かにそうかもね』


 部屋の奥の扉が開いて、着替えたリリーが出て来た。

「可愛い」

 裾にファーがあしらわれた柔らかい生地の白いワンピースに、膝上まである厚手の長靴下。

 正面に大ぶりのボタンがついた白のポンチョコートも、リリーにちょうど良い丈だ。

 リリーは白も良く似合う。

「綺麗だよ」

 リリーが俯く。

「ありがとう」

 !

 素直に言われたら言われたで……。

 あぁ、もう。

 リリーを抱きしめる。

「好きだよ、リリー」

「えっ?」

 可愛過ぎるから困る。

「ほら、そんなところでいちゃついてないで。他の服はどうするの?」

「全部買うって言っただろ?」

「当人の好みはどうなるの。あなた、エルが選んだので良いの?」

 どんな服でも、家に置いておけばキャロルが着せてくれるだろう。

「大丈夫です」

「他に欲しいのはないのか?この帽子も似合いそうだな」

 目の前にあった白い帽子を取って、リリーにかぶせる。

 やっぱり似合う。

「こっちのマフラーは……」

「もう、要らないよ」

 リュヌリアンを使うなら邪魔か。

「じゃあ……」

「早くレインコート買いに行こう?」

 そうだった。

 他のは、別の店で探そう。

 でも……。

 懐中時計を見る。

「そろそろ昼だ。何か食べるか?」

 リリーが首を傾げる。

「そんなにお腹空いてないかな」

「じゃあ、軽いものでも探そう」


 ※


 気に入った服をもう一揃いだけ貰って、後はサイズを直してガラハドの家に届けてもらうように頼んで店を出る。ついでに今日買った置時計と傘も届けてもらうように頼んだ。それぐらいは、おまけしてくれるらしい。

 リリーと一緒に中央広場へ行く。

 流石に天気が悪いと露店は少ないか。

「あれ、何かな」

 リリーが指した方には人だかりができている。

「掲示板だ」

「掲示板?」

「情報が貼り出される場所だ。国からの布告や報告、王都で行われる公演や大会のスケジュールとか色々」

 最近だと、剣術大会の結果やアンシェラート関連の報告が載せられていたはずだ。前のラングフォルド伯爵の処遇が公表されたかどうかは知らない。

 そういえば、リックの伯爵叙任の話が載るのは今日か。

 それにしては騒いでる奴が多過ぎるな。

 ドリンクワゴンで聞いてみるか。

「オランジュエードを二つ」

「はいよ」

「あの人だかりは何だ?」

 張り出されたのが今朝なら、この辺に店を出している商人は知っているだろう。

「フェリックス王子が伯爵になって、オルロワール家の御嬢様と婚約したらしいぜ」

「マリーと?」

「あぁ。今朝からずっと、その話題でもちきりだ」

 収まるところに収まったって感じか。

「リリー、ベンチに行こう」

「うん」

 リリーと一緒に近くのベンチに座って、オランジュエードを飲む。

 晴れてたら良かったんだけど。

『あ、パーシバルだ』

 良く会うな。

 いや。昼時だから当たり前か。昨日も同じぐらいの時間に会ったっけ。

「こんにちは。エルロックさん、リリーシアさん。デートっすか?」

「違うよ、」

「そうだよ」

「え?」

 リリーが俺の方を見る。

「お仕事だよね?」

「今日の目的は、リリーの買い物だろ」

「そうですね。その恰好は仕事には向かないんじゃないっすか?」

 まぁ、風の大精霊探しなんて、王都をぶらつくしかやることがないんだから一緒だけど。

「そうだ。カレーパンを売ってる店ってどこにあるんだ?」

「そこのイーストの脇道を入った先ですよ」

 パーシバルがイーストの通りを指す。あの辺ならわかりやすい。

「行列が出来てるからすぐにわかるはずです」

「行列?」

「出来たばかりの人気店っすからね」

 売り切れるのも早そうだな。まだ残ってれば良いけど。

「巨大風船は天気が良くないと出来ないって言ってたぜ」

「じゃあ、しばらく無理そうっすね」

 あいつをどうにかしなくちゃ、雲は晴れないらしいから。

「そうだ。リリーシアさん。剣術大会の優勝おめでとうございます」

 リリーが俯く。

 あんまり嬉しそうじゃないな。

 納得できない部分があるのは仕方ないけど。

「ありがとう」

 少し、吹っ切れたのかもしれない。

「アレクシス様の近衛騎士になったんですよね?」

「え?もう知ってるの?」

「掲示板に出てましたよ。マリユス様と一緒に近衛騎士に任命されたって。殿下のこと、よろしくお願いします」

―開会式で公表する予定だったけれど。

―謹慎処分のこともあるから、もう少し遅らせるよ。

 ようやく、マリユスも正式に公表されたのか。

「私、全然役に立ててないし、まだ騎士がどういうものか良くわかってなくて……」

「大丈夫っすよ。騎士なんて、偉そうに胸張って立っていれば良いんです」

「えっ?そんなこと……」

「たぶん、殿下に命の危険があった時に、殿下を止められるのはリリーシアさんとエルロックさんだけなんで。一緒に居てあげてください」

「ん」

 今は陛下がアレクが外に出て行かないように見張ってるけど。

 アレクはきっと、あいつと戦う方法を考えてるはずだ。

「私、頑張るよ」

「お願いします。暇があったら、また遊びに来てくださいね。じゃあ、失礼します」

 手を振るパーシバルを見送って、飲み終わったオランジュエードの瓶を近くのゴミ箱に投げ入れる。

 アレクが行動するより先に、あいつを倒さないと。

 エイルリオンと慈悲の剣はある。

 でも、あいつに対抗するには、俺一人じゃ無理だ。

 だからと言って、リリーを連れて行って良いのか……。

 横で、リリーが立ち上がる。

「飲み終わったよ。カレーパン屋さんに行こう」

「ん」

 まだ、焦るような時期じゃない。

 考える余裕はある。

 急に、リリーが俺の腕を引く。

「今日は、デートの日なんだよね?」

 リリーが少し不満そうに俺を見下ろす。

「そうだよ」

 立ち上がると、リリーが俺の腕に自分の腕を絡める。

 そうだ。

 今日は一日、リリーとのんびりしようと思ってたんだ。


 ※


 パーシバルが言っていたイーストの脇道へ。

 この辺に店を構えたってことは、昔、老夫婦がやっていた雑貨屋の跡地だろう。

「可愛い家だね」

 リリーが、花や草木で溢れた家を見上げる。

「昔、住んでた家だよ」

「え?」

 フラーダリーの家。

「今は誰が住んでるか知らないけど」

「エルの家じゃないの?」

「薬屋を開く時に、オルロワール家で処分してくれって頼んだんだ。俺が持ってても、花が枯れるだけだからな」

 必要なものは持ち出したけど。フラーダリーの遺品も含め、他の物は全部、オルロワール家にあるはずだ。

「あれだ。すごい行列だな」

 パーシバル、この行列を並んで買ったのか。

 でも、回転は速いみたいだ。並んでいればすぐに買えるだろう。

 リリーと一緒に最後尾に並ぶ。

「エルって、オルロワール家の家族とそんなに仲が良いの?」

「仲が良いって言うか……。マリーは、他人の心配をするのが好きなんだよ」

 フラーダリーが死んだ後、マリーがやたらと俺のことを気にしていたから。

 ルイスとキャロルの面倒を一番見てくれているのはマリーだし、生存報告を欠かさずしろと言ってくるのもマリーだ。

「それに、オルロワール家には俺のものを色々預けてあるんだ」

 それから、オルロワール家では冒険者ギルドの清算代行もやっている。高額な報酬を持ち歩くのは危険が付きまとうから、オルロワール家で処理してもらうのだ。そのまま預金に加えてもらうだけなら数字上の処理だけで済むから楽だ。労働者に給料を払うシステムとしても浸透しつつあるらしい。

 だから、ハルトから護衛任務達成のサインをもらって、冒険者ギルドで処理をした後、オルロワール家で清算しなくちゃいけないんだけど。

 城に戻る用事がない。

「いらっしゃいませ。お二つでよろしいですか?」

「あぁ」

 順番が回ってきた。

 代金を払うと、すぐに揚げたてのカレーパンが紙袋に入って渡される。

「アリス礼拝堂の方に行くか」

「うん」


 ※


 礼拝堂前の広場。

 いつもより静かだな。平日なんてこんなものか。

 何人かが黒いヴェールをかぶって、ヴィエルジュの大樹に向かって祈りを捧げているのが見える。本当に喪に服してる奴が居るらしい。誰も死んでないのに。

「美味しい」

「だろ?」

 リリーが美味しそうにパンを頬張る。

 好きだと思った。

『リリー、こぼさないようにね』

 イリスに言われて、リリーが食べる速度を落とす。

 買ったばかりの服を汚したくないのかもしれないけど……。

 リリーが顔を上げる。

「エルって、変なところで笑うよね?」

「リリーが可愛いから」

 リリーが眉をしかめる。

 自分のどこが可愛いか気づいてないんだろう。

 こんなに可愛いのに。

「風の大精霊、居ないね」

 探してたのか。

「今日は探さなくて良いよ」

「でも……」

「見つけたら、仕事しなくちゃいけないだろ」

 風の大精霊と交渉して、封印を解く為の協力を取り付けなくちゃいけない。それが出来たら、今度は砂漠にある棺の確認を急がなくちゃいけないし、一気にやることが増える。

「一日ぐらい、リリーのことを考える日にしても良いだろ?」

 リリーの顔が赤くなる。

『あー!だめだって!』

「あっ」

 握り潰してしまったカレーパンから溢れ出したカレーを、リリーが慌てて口に運ぶ。

「笑い過ぎだよ。エル」

 だって。面白いから。

『ハンカチでも膝にかけて置いたら?』

「もう遅いよ」

 リリーがそう言って、残りのパンを口に放り込む。

 あんなに小さい口なのに、良くその大きさが入ったな。

 それじゃあ、しばらく喋れないだろう。

 膨らんだ頬が可愛い。

 


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