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25.彼が作った人工魔晶石で、敵の大魔術を撃ち破りました

 アンナは人工魔晶石を握り、慎重に魔力を引き出した。

 手のひらから腕へ、確かな魔力の流れが伝わってくる。


「……使えます」


 思わず声が漏れた。

 エルネストが研究を続けていた人工魔晶石が、今、自分の手の中で本物の魔晶石と同じように働いている。


「撃てそう?」


 レオンハルトに尋ねられ、アンナは上空を見た。

 巨大な魔術陣はすでに空の大半を覆い、内側を埋める術式も完成に近づいている。中心部には、目を細めるほど強い光が集まり始めていた。

 時間はない。


「これなら、たぶん」


「わかった」


 レオンハルトは周囲を見渡し、少し離れた岩場を指した。


「あそこからなら狙える?」


 周囲より高く、登れば敵陣まで見渡せそうな場所だった。


「はい」


「第一部隊、アンナをあそこまで上げるよ! 前衛は進路を確保、残りは周囲からの攻撃を防いで!」


 隊員たちがすぐに動き出す。


「マルティナ、後方を見てて」


「了解しました!」


 第一部隊が敵の攻撃を防ぎながら道を開き、アンナも岩場へ向かって走った。

 ディートリヒがすぐ近くで迫る敵を退ける。斜面を登りきると、一気に視界が開けた。

 眼下には両軍が入り乱れる戦場。その向こうに主要鉱山と、魔術陣を構築しているグランベルの魔術師たちが見える。

 そして頭上には、戦場そのものを覆う巨大な魔術陣があった。


 ここなら狙える。

 アンナは人工魔晶石から再び魔力を引き出し、自分の中に集めていった。


「おい、あそこ!」


 下から声が上がる。


「第一部隊だ!」


「あの女、何をする気だ?」


 高台に立つアンナの姿は、周囲からよく見える。味方からも、敵からも。

 敵陣から魔術が飛んできた。


「アンナ!」


 レオンハルトの障壁が目の前に広がり、直撃するはずだった魔術を弾く。


「そのまま続けて!」


「はい!」


 アンナは人工魔晶石へ意識を戻した。

 何をしようとしているかまではわからなくても、第一部隊に守られながら高台で魔力を集めている人間を、敵が放置するはずはない。


「高台を狙ってる! 前に出るぞ! アンナの周囲を空けるな!」


 レオンハルトの指示を受け、隊員たちが高台の周囲へ展開する。

 次の魔術が飛来した。障壁が受け止めた直後、その横から別の攻撃が迫り、さらにもう一発が続く。


「右から来ます!」


 マルティナの警告に、レオンハルトが指示を飛ばした。


「ディートリヒ、右!」


「任せろ!」


「正面は俺が行く!」


 レオンハルトは高台を駆け下り、剣に魔力を乗せて正面から迫る敵兵を薙ぎ払った。その勢いのまま次の一人を斬り伏せ、横から飛んできた魔術を障壁で防ぐ。

 右手ではディートリヒが、斜面を登ろうとする敵を押し返していた。

 アンナは一度だけそちらを確かめ、すぐに空へ視線を戻す。

 今は、自分にできることをするしかない。


 人工魔晶石から、さらに魔力を引き出した。これほど使っているのに、まだ流れ込んでくる。

 エルネストがずっと研究していた人工魔晶石。それが今、自分の手の中にある。


 ──エルネスト。


 魔晶石を握る手に力がこもった。

 遠く離れた王都から届いたものが、こうして自分を支えてくれている。

 アンナはもう一度、上空を見据えた。

 これなら届く。


「魔術陣が!」


 誰かの叫びに、アンナは息を呑んだ。

 巨大な魔術陣の中心が、ひときわ強く輝いている。光は周囲へ広がり、空を白く染め始めた。


「完成するぞ!」


「退避しろ!」


「どこまで逃げろっていうんだ!」


 兵士たちの声が飛び交う。

 逃げ切れるはずがない。あれが発動すれば、この高台も前線も、その後方にある司令部も治療所も攻撃範囲に入る。

 アンナは魔力を集め続けた。

 あと少し。あと少しだけあれば──。


 再び敵の魔術が飛んできた。

 第一部隊の障壁にぶつかり、激しい音を立てて弾ける。


「また来るぞ!」


「防げ!」


 障壁が重ねられた。一つが砕けても、その後ろに張られていた次の障壁が攻撃を受け止める。

 第一部隊にも、もう余裕はない。

 魔晶石はほとんど残っておらず、それぞれの魔力も戦闘を重ねるたびに減っている。

 それでも誰一人、アンナを守る持ち場を離れようとはしなかった。


「隊長、左からも来ます!」


 マルティナの声に、斜面の下で戦うレオンハルトが応じる。


「左は二人で防いで! ディートリヒはそのままアンナの近くに!」


「了解!」


 隊員たちが左へ回り込み、飛来した魔術を受け止めた。


「アンナ!」


 レオンハルトが高台へ呼びかける。


「まだ?」


 アンナは人工魔晶石から魔力を引き出し続けていた。身体の中を、これまでにないほど大量の魔力が巡っている。

 もう十分だ。


「いけます!」


「全員、射線を開けろ!」


 レオンハルトの命令を受け、隊員たちが動く。


「高台の正面から退避! 射線を開けろ!」


 指示は周囲の陸軍にも伝わり、アンナの正面から兵士たちが離れていった。


「正面、退避完了です!」


 マルティナが周囲を確認して報告する。

 ぎりぎりまでアンナの近くを守っていたディートリヒも、射線から外れていた。

 上空では、巨大な魔術陣が完成している。中心部の光が急激に膨れ上がった。


「来るぞ!」


 魔術陣から膨大な光が地上へ向かって落ち始める。

 アンナは両手を前へ向けた。

 狙うのは、巨大な魔術陣の中心。


「撃ちます!」


 集めた魔力を一気に放つ。

 凄まじい衝撃に足元の岩が震え、魔術が高台から空へ駆け上がった。落ちてくる光と正面からぶつかり、眩しい光が視界を埋める。

 押し返す。さらに魔力を注ぎ込んだ。


「お願い……!」


 アンナの魔術が敵の光を突き抜け、そのまま魔術陣の中心へ直撃した。

 轟音とともに、巨大な魔術陣の中央に亀裂が走る。

 そこから次々と光の線が途切れ、術式が崩れていった。地上へ落ちかけていた光も形を失い、行き場をなくした膨大な魔力が上空へ散っていく。

 眩しさに目を閉じたアンナの耳には、しばらく何も聞こえなかった。

 恐る恐る目を開けると、空にはもう魔術陣の姿がない。


「……止まった?」


 自分でも信じられず、アンナは空を見つめた。


「止めたぞ!」


 戦場のどこかから声が上がる。


「あの子が壊した!」


「大魔術を止めたぞ!」


 歓声が次々と広がっていった。

 高台に立つアンナが空へ魔術を放つところを、周囲の兵士たちは見ていたのだ。


「アンナ!」


 レオンハルトが高台へ駆け戻ってきた。


「大丈夫?」


「はい……たぶん」


 答えたものの、足にうまく力が入らない。

 ふらついたところを、レオンハルトが腕を掴んで支えてくれた。


「無理しないで」


「……壊せましたね」


「うん。完璧」


 ようやく、アンナは大きく息を吐いた。

 手の中には、まだ人工魔晶石がある。


「隊長」


「何?」


「エルネストの魔晶石、本当に使えました」


 レオンハルトはアンナの手元へ視線を落とした。


「あいつ、やったね」


「はい」


 胸の奥に、じわりと喜びが広がる。

 エルネストが王都で続けていた研究は、本当に形になっていた。

 帰ったら、自分の口で伝えたい。

 あなたが作ったものが、ちゃんと届いたことを。


 そのとき、戦場から大きな声が上がった。


「グランベル軍が下がるぞ!」


 敵陣では、大規模魔術を構築していた魔術師たちの周囲が大きく乱れている。

 大量の魔晶石と魔力を注ぎ込んだ術式を失い、グランベル軍が動揺する中、セレディア軍が攻勢をかけ始めていた。

 レオンハルトもすぐに戦場へ注意を戻す。


「ここにいて。動かないでね」


「隊長は?」


「今なら押し切れる」


 近くにいたリゼットへ声をかけた。


「リゼット、アンナを頼む」


「了解です」


 レオンハルトは高台を駆け下りると、第一部隊へ号令をかけた。


「第一部隊、前へ!」


 ディートリヒたちがその後に続く。


「敵の大規模魔術は潰れた!」


「今だ! 押し返せ!」


 セレディア軍が一斉に前進する。

 アンナは高台に残り、その光景を見つめた。

 もう魔術を撃てるだけの力は残っていない。それどころか、立っているだけでも身体が重く、耳鳴りも消えなかった。

 それでも、目を逸らしたくなかった。


「座った方がいいわ」


 そばに残ったリゼットに勧められたが、アンナは首を振る。


「見ていたいんです」


「……そう」


 リゼットはそれ以上言わず、アンナのそばに立っていた。

 セレディア軍が前へ進んでいく。敵の防衛線が崩れ、兵士たちが主要鉱山へ雪崩れ込む。

 グランベル軍が後退していった。


 どれほど時間が経ったのか、もうよくわからなかった。

 遠くで、ひときわ大きな歓声が上がる。

 重い瞼を上げると、霞んだ視界の向こうで、主要鉱山に掲げられていたグランベルの旗が下ろされていくのが見えた。

 代わりに、セレディアの旗が上がっていく。


「……勝った?」


 自分の声なのに、ひどく遠く聞こえた。

 身体から力が抜けていく。


「アンナ!」


 すぐそばでリゼットが名前を呼んだ。けれど、もう振り返ることもできない。

 アンナは手の中の人工魔晶石を握りしめた。

 エルネストが作った魔晶石。

 帰ったら、伝えたい。

 あなたが作った魔晶石で──。


 そこまで考えたところで、視界が暗くなった。

 最後まで、アンナの手から人工魔晶石が離れることはなかった。

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