21.学生だから戦力にならない? 敵の高台を一撃で崩してみせました
ラグナスへ到着したのは、その日の午後だった。
アンナはまず、陣地の広さと人の多さに圧倒された。
陸軍を中心に各地から集められた部隊が広い陣地を埋め、兵士たちが絶えず行き交っている。
運び込まれる物資も、治療所へ向かう負傷者も、ヴァルガ要塞で見たものとは規模が違っていた。
第一部隊とともに進んでいると、近くにいた兵士がこちらを見た。
「あの外套……第一部隊か?」
その声に、別の兵士も振り返る。
「本当だ。第一部隊だ」
「レオンハルト隊長もいるぞ」
気づいた者たちの声が、あっという間に周囲へ広がっていった。
「ようやく来たか」
「これで押し返せるぞ」
「切り札が来たなら、こっちも少しは楽になるな」
アンナは思わず周囲を見回した。
第一部隊が精鋭だということは知っている。
実際、一緒に戦えばその強さは嫌というほどわかる。
けれど、彼らが到着しただけで、疲れの滲んでいた兵士たちの表情まで明るくなるとは思っていなかった。
「すごいですね……」
「何が?」
隣を歩いていたリゼットが聞き返す。
「第一部隊が来ただけで、皆さん安心しているみたいです」
「ああ」
リゼットは嬉しそうにするでもなく、軽く肩をすくめた。
「その分、厄介なところに回されるんだけどね」
「そういうものなんですか?」
「切り札っていうのは、必要なときに使われるから切り札なのよ」
話している間にも、すれ違う兵士たちがレオンハルトへ敬礼していく。中には、かなり年上に見える将校もいた。
アンナは前を歩くレオンハルトを見てから、声を落とす。
「あの……隊長って、実はかなり階級の高い方なんですか?」
「今さら?」
「強いのも、第一部隊の隊長なのも知っています。でも、軍の中でどのくらい上なのかは聞いたことがなくて」
「魔術軍では上から三番目」
「三番目?」
「軍団長、副長、その次。隊長は魔術軍の最高幹部の一人よ」
アンナは改めてレオンハルトの背中を見つめた。
名門侯爵家の嫡男で、第一部隊の隊長。戦闘魔術師としての強さも、結婚相手としての条件も申し分ない人だとは思っていたが、軍での地位までそこまで高いとは。
ここまでくると、すごいというより、もうよくわからなかった。
ちょうどそのとき、レオンハルトが振り返る。
「何?」
「……いえ、何でもありません」
「そう?」
不思議そうな顔をしながら、レオンハルトはまた前を向いた。
すると今度は、別の兵士たちの声が聞こえてくる。
「あの女も第一部隊か?」
「いや、所属章がない」
「魔術軍なら女は珍しくないだろ」
「それにしたって、ずいぶん若くないか?」
自分のことだと気づき、アンナはそちらを見た。
数人の陸軍兵がこちらを見ていたが、目が合うと気まずそうに視線を逸らす。
「第一部隊が連れてきたんだから、戦闘魔術師なんだろ」
「そうなんだろうけどな……」
最後の言葉に、アンナは少しだけ眉を寄せた。
どうやら、あまり戦力として期待されてはいないらしい。
司令部へ着くと、現地の指揮官が自らレオンハルトを迎えた。
「レオンハルト隊長。お待ちしていました」
「状況は?」
「こちらへ。ご説明します」
すぐに地図が広げられ、第一部隊の面々もその周囲へ集まった。
ラグナス一帯にはいくつもの戦線があり、現在はグランベル側が主要な鉱床を押さえている。
セレディア軍も攻勢を続けているものの、押しては押し返される状態が続いているらしい。
「東側は?」
「二個大隊を置いています。ただ、今朝から敵の魔術部隊が増えています」
「西は?」
「こちらも余裕はありません。増援を回すなら、どちらかを薄くすることになります」
レオンハルトは地図を見ながら、いくつかの地点を確認していく。
その隣ではマルティナが別の地図へ目を落とし、現地部隊の配置を書き込んでいた。
「隊長。東へ出るなら、この経路が一番早いです」
「途中の橋は?」
「今のところ使えます。ただ、敵がここまで出てくれば帰路は塞がれる可能性があります」
「なら、退路は南側も考えておこう」
「はい」
マルティナは頷き、地図上の別の地点へ印をつけた。
話が一段落したところで、現地の指揮官がアンナへ目を向ける。
「ところで、そちらの女性は?」
「アンナ。今は第一部隊と行動しています」
「第一部隊の新任ですか?」
「いや、学生だよ」
「学生?」
指揮官が驚いたようにアンナを見直したため、アンナは一礼する。
「王立学園魔術科のアンナです」
「学園から……」
相手の視線が、アンナからレオンハルトへ戻った。
「ラグナスは、学生を実地訓練させられるような場所ではありませんが」
「わかっています」
「でしたら、後方に置かれた方がよろしいのでは?」
馬鹿にしているというより、本気で心配しているようだった。
アンナの年齢と、所属章のない外套を見れば、そう思うのも無理はない。
「ヴァルガでも実戦に出ています。戦力として連れてきました」
「しかし──」
「配置は俺が判断します」
レオンハルトの口調は穏やかなままだったが、そこには判断を変えるつもりがないことがはっきりと表れていた。
指揮官もそれ以上は反論せず、小さく頷く。
「……承知しました」
その直後、兵士が慌ただしく天幕へ入ってきた。
「報告! 東側でグランベル軍が攻勢を強めています!」
「規模は?」
「二個中隊以上! 前線から増援要請が来ています!」
レオンハルトが地図へ目を落とす。
「第一部隊は東へ出ます」
「助かります。こちらからも一個中隊を回します」
「お願いします」
レオンハルトは顔を上げ、マルティナに声をかけた。
「マルティナ」
「はい」
「さっき確認した経路で行く。部隊をまとめて」
「了解しました」
マルティナはすぐに天幕を出ていった。
「第一部隊、出るよ」
その一声で、隊員たちが一斉に動き始める。
「アンナ」
「はい」
「行ける?」
「行けます」
レオンハルトは頷き、それ以上は何も言わなかった。
東側の戦線は、第一部隊が到着した時点ですでに押されていた。
陸軍の兵士たちが前線を維持しているものの、その先ではグランベルの魔術部隊が高所を押さえ、魔術を撃ち下ろしている。斜面を上ろうとすれば狙い撃ちにされるため、セレディア側は思うように前進できない。
「第一部隊が来たぞ!」
誰かが叫ぶと、レオンハルトはすぐに指示を出した。
「第一班は正面! 第二班は右へ回って!」
マルティナがその指示を受け、隊員たちの配置を整えていく。
「ディートリヒ、アンナと前へ! 射線を確保して!」
「了解!」
「アンナ、行くぞ!」
「はい!」
アンナはディートリヒとともに前へ出た。
敵から飛んできた魔術を第一部隊の障壁が防ぎ、その隙に別の隊員が反撃する。陸軍が前へ出るための道が開き、第一部隊が加わった途端、それまで押されていた戦線が目に見えて持ち直していった。
それでも敵の数は多い。一か所を崩しても、すぐ別の場所から魔術が飛んでくる。
「右から来るぞ!」
ディートリヒの声に、アンナも右を向いた。
複数の魔術がこちらへ迫っている。
「下がれ!」
ディートリヒが前へ出て障壁を展開した。
敵の魔術がぶつかり、目の前で光が弾ける。
「アンナ、正面を見てろ! こっちは俺がやる!」
「はい!」
アンナはすぐに視線を戻した。
「隊長! 正面の高台をどうにかしないと進めません!」
ディートリヒの声に、レオンハルトが高台を見上げる。アンナも同じ場所へ目を向けた。
岩場を利用して陣取った敵の魔術師たちが、上から攻撃を続けている。足場そのものが天然の防壁になっていて、陸軍では近づくことさえ難しい。
「アンナ」
「はい」
「あそこまで届く?」
アンナは高台までの距離を確かめた。
「届きます」
「崩せそう?」
魔術師一人一人を狙うより、足場をまとめて崩した方が早い。
アンナは岩場の形を見定め、狙う場所を決めた。
「やってみます」
「わかった」
レオンハルトはすぐに周囲へ声を飛ばす。
「アンナの射線を開ける! 正面から退避!」
「了解! 陸軍の兵は左右へ! 負傷者を残さないで!」
マルティナも声を張り、第一部隊だけでなく近くの陸軍兵へ指示を伝えていく。
「アンナ、前は空いたぞ!」
ディートリヒが周囲を確認して知らせた。
アンナの正面から人が退いていく。退避する陸軍兵たちの間から、何事かとアンナを見返す者もいた。
アンナは高台を見据え、魔力を集中させる。
狙いを定め、一気に魔力を放った。
「撃ちます!」
放った魔術が高台へ走る。
轟音とともに岩が砕け、敵の魔術師たちがいた足場が大きく崩れた。
土煙が巻き上がり、それまで途切れることなく降ってきていた攻撃が止まる。
一瞬、周囲が静まり返った。
「……あれを、あの若い子が?」
近くの兵士が呆然と呟く。
「そりゃ、第一部隊が連れてくるわけだ」
次の瞬間、前線で兵士たちを指揮していた将校が声を張り上げた。
「道が開いた! 前進!」
兵士たちが一斉に駆け出す。
アンナの近くにいた陸軍兵も、すぐに前進する仲間の後を追っていく。崩れた高台の先へ、兵士たちが次々と駆けていった。
アンナも続こうとしたところで、ディートリヒが横につく。
「行けるか?」
「はい!」
「なら行くぞ!」
二人も前進する陸軍兵に続いた。
そのとき、伝令の兵士がこちらへ駆け寄ってきた。
「西側、第二防衛線まで後退!」
息を切らした兵士は、続けて敵の増援を告げる。
「このままでは西側が持ちません!」
レオンハルトが振り返った。
「第一部隊、移動する!」
「第一班から順に離脱! 西へ移るわよ!」
マルティナがすぐに続け、隊員たちが戦線から離れる順番を整えていく。休む間もなく第一部隊が走り出した。
アンナも続こうとしたところで、レオンハルトに呼び止められる。
「アンナ」
「はい」
「さっきの威力、もう一度出せる?」
アンナは残っている魔力を確かめた。
一撃でかなり使ったが、それでも、もう一度なら出せる。
「……はい。出せます」
「わかった。次も頼む」
「はい!」
「ディートリヒ、引き続きアンナと動いて」
「了解!」
レオンハルトはすぐに西側へ向かった。アンナもディートリヒとともにその背を追う。
高台を一つ崩したくらいでは、戦いは終わらない。遠くでは今もいくつもの魔術が飛び交い、その向こうでも土煙が上がっていた。
ラグナスでの最初の一日は、まだ始まったばかりだった。




