14.初陣で全力の魔術を撃ったら、敵の防御陣が砕け散りました
「私に撃たせてもらえませんか」
「障壁を?」
「はい」
近くにいた戦闘魔術師たちも、アンナの申し出に反応した。
青白い障壁は、第一部隊の攻撃を何度も受けてなお、完全には崩れていない。地面に埋め込まれた魔晶石から絶えず魔力を供給され、傷ついた端から修復されているのだ。
「壊せそう?」
レオンハルトに尋ねられ、アンナは障壁を見つめた。
「わかりません。でも、今までみたいに威力を抑えなくていいなら……やってみたいです」
人へ向けて魔術を放つときは、どうしても一瞬ためらってしまう。訓練では標的ばかりを相手にしていたのだから、当然かもしれない。
けれど、あれは障壁だ。壊すことだけを考えればいい。
「少しずつ壊しても、魔晶石から魔力が供給されて戻ってしまうんですよね?」
「そうだね」
「だったら、一度に壊せれば……」
レオンハルトは障壁の様子を確かめてから、アンナに尋ねた。
「できるだけ近づいた方がいい?」
「はい。それと、撃つまで少し時間がほしいです」
「わかった」
迷う様子もなく、レオンハルトは部隊へ指示を飛ばす。
「第一班、前へ! アンナの射線を作る! 第二班は防御! 彼女には一発も通すな!」
「了解!」
レオンハルトの声と同時に、第一部隊が動いた。
アンナの前にいた者たちが左右へ分かれ、前方の隊員たちはさらに敵陣へ攻撃を加える。
すぐにグランベル側から反撃が飛んできたが、別の隊員が展開した障壁にぶつかり、光を散らして消えた。
「アンナ、行くよ!」
「はい!」
レオンハルトについて走りながら、アンナは周囲を見渡した。
敵の魔術が次々に飛んでくるのに、自分のところまで届くものは一つもない。
右から来れば右側の隊員が防ぎ、正面から来れば前方の誰かが叩き落とす。その間にも別の者が攻撃を続け、敵にこちらを狙う余裕を与えなかった。
自分一人では、ここまで来ることすらできなかっただろう。
「リゼット、右!」
「はい!」
女性隊員がすぐさま右へ向き直り、飛んできた魔術を障壁で受け止める。
「隊長、さらに右から来ます!」
「任せて」
レオンハルトが片手を上げると、金色の術式が広がり、右手から迫っていた複数の魔術がまとめて弾け飛んだ。
「そのまま押さえて!」
「了解!」
リゼットはすぐさま攻撃へ移り、レオンハルトも足を止めずに進んでいく。
「アンナ!」
「はい!」
「ここなら?」
障壁は、先ほどよりずっと近くに迫っていた。
「大丈夫です!」
「なら、任せる」
それだけ言ってレオンハルトが前へ出ると、アンナは両手を障壁へ向け、魔力を集め始めた。
いつもなら、ここからが難しい。多すぎる出力を抑え、必要な分だけを外へ放つために、授業では何度も失敗を重ねてきた。
けれど、今は抑えなくていい。
手のひらへ魔力が集まっていく。普段なら制御をかけるところまで来ても、アンナはそのまま魔力を流し続けた。
まだ足りない。もっと、強く。
身体の奥から引き出すように、魔力を集中させていく。
「……おい」
近くでアンナを守っていたディートリヒが声を漏らした。
「これ、どこまで溜めるんだ?」
「アンナ、まだいける?」
レオンハルトの声が飛んでくる。
「はい! もう少しです!」
「わかった。こっちは気にしなくていい!」
直後、正面から大きな魔術が飛んできた。レオンハルトが迎え撃ち、二つの魔術がぶつかり合う轟音が響き渡る。
それでもアンナは障壁から目を離さなかった。
狙う場所は中央。外してはいけない。
自分が撃つために、第一部隊の人たちが守ってくれている。なら、自分も任されたことをやり遂げなければ。
「いきます!」
両手から魔術を放った。
眩しい光が一直線に走り、青白い障壁の中央へぶつかる。轟音とともに地面が揺れたが、障壁は壊れない。
「……っ!」
押し返される。それなら、もっと。
アンナはさらに魔力を流し込んだ。青白い光とアンナの魔術がせめぎ合う中心に、細い亀裂が走る。
「あ……」
亀裂が枝分かれしていく。一本が二本に、二本が四本に増え、瞬く間に障壁全体へ広がった。
次の瞬間、甲高い音とともに巨大な障壁が砕け散る。
青白い光が無数の欠片となって消え、今まで遮られていた敵陣が露わになった。
「……壊れた」
思わず呟いたアンナと同じように、近くの隊員たちも砕けた障壁の向こうを見つめている。
「すげえな……」
「本当に一発かよ」
けれど、レオンハルトはすぐに号令をかけた。
「第一部隊、突入!」
その声に全員が反応する。
「敵が立て直す前に行くぞ!」
「了解!」
第一部隊が一斉に駆け出し、周囲にいた兵士たちもあとに続いた。アンナも足を踏み出そうとした、そのとき。
「アンナは残れ!」
振り返ったレオンハルトの声が飛んでくる。
「え?」
「今ので相当使っただろ!」
言われた直後、膝から力が抜けた。
「わっ」
倒れそうになったところを、後方に残っていた隊員が腕を掴んで支えてくれる。
「ほら見ろ。ここで休んでろ」
「……はい」
自分ではまだ動けるつもりだったのに、身体は思った以上に疲れていたらしい。アンナはその場に座り込み、荒くなった息を整えた。
前方では、すでに第一部隊が敵陣へ突入している。
レオンハルトの魔術が敵の攻撃を打ち消し、その横から別の隊員が攻撃を放つ。
崩れた防衛線へ兵士たちが入り込み、少しずつグランベル軍を押し戻していった。
自分が壊したのは、あの障壁だけだ。
けれど、そこにできた突破口から大勢の味方が進んでいる。アンナは息を整えながら、その様子を見つめていた。
戦闘が終わる頃には、日が傾き始めていた。
グランベル軍はすでに後退している。
アンナは簡単な診察を受け、怪我がないことを確認してもらった。
魔力も完全に使い切ったわけではないが、今日はもう大きな魔術を使わないようにと言われている。
壁際に座って水を飲んでいると、聞き覚えのある声がした。
「お疲れさま」
「隊長」
顔を上げると、レオンハルトが立っていた。
「立たなくていいよ」
そう言って、アンナの隣に腰を下ろす。
「気分は?」
「疲れました」
「正直でいいね」
「もう一度同じことをしろと言われても、今日は無理だと思います」
「うん。それも確認しておきたかった」
レオンハルトは納得したようだった。
「やっぱり、あの出力を何度も出せるわけじゃないんだね」
「総魔力量は普通くらいだと言われました」
「だったら、一発で十分だよ」
「一発で?」
「一発で戦況を変えられるなら、その一発をどこで使うか考えればいい」
アンナは戦闘の終わった場所へ目を向けた。兵士たちが負傷者を運び、散乱した武器を回収している。
「でも、私は障壁を壊しただけです。その前も、そのあとも、戦っていたのは皆さんで……」
「戦争なんだから当然だよ」
レオンハルトの返事はあっさりしたものだった。
「一人で全部やる必要なんてない。君が穴を開けた。俺たちがそこから入った。それで勝った。それだけだよ」
「……はい」
「まあ、穴の開け方は少々派手だったけどね」
笑いながら言われたところで、近くを通りかかったディートリヒが足を止める。
「少々どころじゃないでしょう。俺たちが何発撃ったと思ってるんですか」
「数えてなかったな」
「俺は数えてましたよ」
「初陣であれは反則でしょう」
もう一人、リゼットも足を止めた。
「私も、あんなに壊れるとは思ってなくて……」
「本人が一番驚いてるの?」
リゼットにつられて、アンナも笑ってしまった。
「でも、次も同じように撃てると思って無茶するなよ」
ディートリヒの口調が少し真剣になる。
「今日は隊長が撃たせる場所を決めて、俺たちが守ったからできたんだ。勝手に前へ出たら、撃つ前にやられるぞ」
「はい。気をつけます」
「ならよし」
二人はそれぞれの仕事へ戻っていった。
顔を合わせたのは、ほんの数時間前のこと。王国でも指折りの戦闘魔術師たちを前にして緊張していたのに、今は少しだけ彼らとの距離が近くなったように思える。
「あの、隊長」
「何?」
「今日のことって、王都にも伝わりますか?」
「もちろん。戦闘報告は今日中に送るよ」
「じゃあ……エルネストにも、私が無事だったことを伝えてもらえませんか? 心配していたので」
「だろうね。わかった。俺から手紙を書いておくよ」
「ありがとうございます」
「防御陣を一撃で壊したことも書いておく」
「それは書かなくても……」
「無理だよ。戦闘報告にも載るから」
「……心配すると思います」
「するだろうね」
あっさり肯定され、アンナは困ってしまう。
「無茶をさせたわけじゃないことも書いておくよ」
「お願いします」
「それでも心配はすると思うけど」
それはアンナにも否定できなかった。
三日前、研究室で握った手の温もりが蘇る。
『帰ってきて』
まだ、約束を果たしたわけではない。今日を無事に終えただけなのだ。
「隊長」
「うん?」
「明日も、よろしくお願いします」
レオンハルトは少し意外そうな顔をした。
「もう嫌になったとは言わないんだ?」
「怖くなくなったわけじゃありません」
人へ魔術を向けることには、まだ慣れない。
今日だって、第一部隊の人たちについていくので精一杯だった。
「でも、私にもできることがあるってわかったので」
「そっか」
レオンハルトの表情が和らぐ。
「じゃあ、今日はしっかり休んで。明日も働いてもらうよ」
「はい」
差し出された手を借り、アンナは立ち上がった。
◇◆◇
その日の夜、王都の軍本部では、アルベルトがヴァルガ要塞から届いた戦闘報告を確認していた。
グランベル軍との交戦。魔晶石を使用した敵防御陣を破壊し、第一部隊を中心とした部隊が敵軍を後退させたこと。
読み進めていたアルベルトの目が、一つの名前で止まった。
──アンナ。
軍の要請を受け、戦闘魔術師としての適性を確認するため、第一部隊に同行している学生だ。
そもそも、第一部隊に学生を同行させるなど、通常なら考えられない。
戦争が始まってからは卒業間近の優秀な学生たちも前線へ派遣されているが、彼らでさえ第一部隊に配属されることはなかった。
ましてアンナは、魔術科へ転科したばかりの一年生。軍事演習の経験すらない少女を戦場へ送り込むなど、本来なら無謀としか言いようがない。
それでも、あの規格外の瞬間出力を、実戦で確かめたいと考えた。だからこそ、レオンハルトに預けたのだ。
息子の戦闘能力と指揮能力については、誰よりも高く評価している。
レオンハルトなら、アンナを守りながら、その力が実戦でどこまで通用するのか見極められるはずだった。
そして今、目の前の報告書には、初陣で魔晶石によって維持されていた敵の防御陣を一撃で破壊したと記されている。
「……初陣で、これか」
アルベルトはもう一度、その箇所へ目を落とした。




