13.敵の防御陣が壊せない? それなら私に撃たせてください
急遽用意された軍服に着替え、アンナは第一部隊とともに要塞の外へ向かった。
戦闘魔術師用の軍服は、濃色の上着と同色のズボンに、膝下まである編み上げのブーツというものだった。
腰には魔晶石や魔術具を収めるためのベルトがあり、必要なものはすでに一通り支給されている。
ただし、正式な軍人ではないアンナの軍服には階級章がなかった。
昨日まで学園にいた自分が軍服を着ていることに、まだ妙な感じがする。
それでも、今から向かう場所を考えれば、そんなことを気にしている余裕はない。
要塞の外へ出た途端、アンナは戦場の光景に圧倒された。
城壁の内側にいたときから戦いの音は聞こえていたが、実際に目にするとまるで違う。
遠くで魔術が炸裂するたびに土煙が上がり、その手前では大勢の兵士が剣を交えていた。
怒号と金属音が入り乱れる中、負傷した兵士が仲間に肩を貸され、アンナたちとすれ違うように要塞へ戻っていく。
あそこへ行くのだと思った途端、足が重くなった。
「アンナ」
呼ばれて顔を上げると、レオンハルトがこちらを見ていた。
「さっき説明したことは覚えてる?」
「はい。隊長から離れない。自分の判断で前に出ない。魔力が減ったらすぐに言う。隊長が止めたら、まだ撃てると思っても止める」
「よし。それだけ覚えていれば十分だよ。あとは俺の指示を聞いて」
「はい!」
レオンハルトが前方へ向き直ると、アンナも遅れないようにそのあとを追った。
すでに第一部隊の面々は動き始めており、戦場へ近づくにつれて、剣のぶつかる音や兵士たちの叫び声が大きくなっていく。
敵の魔術が飛んできたのは、戦場へ出て間もなくのことだった。
「右!」
声が飛ぶと同時に、一人の隊員が障壁を展開する。激しい音とともに魔術がぶつかり、目の前で光が弾けた。
アンナが息を呑んでいる間にも、別の隊員はすでに反撃に移っている。
「第二班、右へ回れ! 前は俺がやる!」
レオンハルトが片手を上げると、金色の術式から放たれた光が敵陣へ走り、轟音とともに地面を大きく抉った。
第一部隊の戦いは、学園で見てきたものとはまるで違う。
単に一人一人の魔術が強いのではない。誰かが攻撃すれば、その隙を別の者が埋め、敵の攻撃を防いだ者が下がれば、すぐに次の者が前へ出る。
互いの動きをわかっているかのように役割が入れ替わり、敵に反撃する隙を与えなかった。
その中心で、自らも戦いながら部隊全体を動かしているのがレオンハルトだ。
「前に出すぎ! 半歩戻れ!」
「隊長、左から来ます!」
マルティナの声が飛ぶ。
「見えてる! そっちは任せた!」
「了解!」
返事が聞こえたときには、レオンハルトはすでに別方向へ術式を展開していた。
迫っていた敵が吹き飛ばされても、そちらを確認することなく次の指示を出す。
先ほど、隊員たちが言っていた。
隊長が前にいるなら、自分たちは自分の仕事に集中できる。
戦場に立ってみて、ようやくその意味がわかった。
「アンナ!」
「はい!」
「前! 三人来る!」
指示された方向へ右手を向けると、三人の敵兵がこちらへ走ってきていた。
狙う場所はわかる。 距離も、授業で魔術を撃っていた標的と大きくは変わらない。
それなのに、魔力を集めたところで手が止まってしまった。
あれは標的ではない。
当たれば怪我をする。威力を間違えれば、怪我では済まないかもしれない。
自分を襲った男たちへ魔術を使ったときは、逃げなければ殺されると思っていた。だから、相手を傷つけることまで考える余裕などなかったのだ。
けれど、今は違う。
自分の意思で、人に向かって撃たなければならない。
「アンナ、手前を撃て!」
レオンハルトの声に、アンナはすぐさま狙いを下げた。
「はい!」
放った魔術が敵兵の数歩手前へ落ち、地面を大きく弾けさせる。
土煙に怯んだ三人の足が止まり、そこへ味方の兵士たちが駆け込んでいった。
「……当てなくていいんですか?」
「今はそれでいい。君は俺が言ったところに撃って」
「はい!」
「次、右!」
新たな指示を受け、アンナはすぐに右へ向き直った。
回り込もうとしていた敵の進路へ魔術を撃ち込み、その足を止める。
戦場では、一つのことに気を取られている余裕などなかった。
正面の敵を見ているうちに横から魔術が飛び、そちらへ目を向ければ、今度は別の場所で味方と敵がぶつかっている。
すべてを見なければと思うほど、かえって何をすればいいのかわからなくなっていった。
「無理に全部見なくていい!」
混乱を見抜いたように、レオンハルトの声が飛んでくる。
「俺の指示だけ聞いて!」
「はい!」
言われたとおり、アンナはレオンハルトの声に集中した。
前方の地面を撃って敵の足を止め、味方へ飛んできた魔術を迎撃する。回り込もうとする敵がいれば、その進路を塞ぐ。
戦場全体を見ることはできなくても、指示されたことならできるはずだ。
一つずつこなしていくうちに、先ほどまでの混乱も少しずつ収まっていった。
「威力は十分だな!」
近くにいた大柄な隊員──ディートリヒが、アンナの魔術を見て声を上げた。
「でも、人に当てるのは……」
「ああ。最初は嫌だよな」
あまりにもあっさり同意され、アンナは意外に思った。
「第一部隊の方でも、ですか?」
「俺たちだって人間だぞ。普段は魔物相手の方が多いしな」
話しながらも、ディートリヒは戦場から注意を逸らしていない。飛んできた魔術にすぐさま障壁を合わせ、光が消えると同時に反撃へ転じた。
「ただ、撃たなきゃこっちがやられるときは迷うな」
その言葉どおり、攻撃に躊躇はなかった。
「……はい」
同じようにできるとは、まだ思えない。
それでも、戦っているのは敵も同じだ。こちらが撃たなければ、向こうが撃ってくる。
それを実感するのに、時間はかからなかった。
少し離れたところで、味方の兵士が二人の敵を相手にしていた。そのさらに奥では、別の敵兵が手を上げ、術式を展開している。
魔術師だ。
目の前の敵に気を取られている兵士は、まだ気づいていない。
「危ない!」
アンナは咄嗟に右手を向けた。
魔力はすぐに集まったものの、撃とうとした瞬間、指先が強張る。
今度は地面を狙っている時間がない。あの魔術師を止めなければ、味方が背後から撃たれてしまう。
敵の術式に光が満ちていく。
迷っている間にも、攻撃は迫っていた。
「っ……!」
アンナは魔術を放った。
光が敵魔術師に直撃し、その身体を弾き飛ばす。男が地面へ倒れると同時に、完成しかけていた術式も消えた。
「助かった!」
振り返った兵士が叫ぶ。
けれど、アンナは返事ができなかった。
自分が撃った男が、地面に倒れている。ここからでは、生きているのかどうかもわからない。
「アンナ!」
レオンハルトに呼ばれ、アンナは顔を上げた。
「次が来る!」
「……はい!」
今は、倒れた相手を確かめに行くこともできない。
アンナは前へ向き直った。
それからどれほど戦っていたのか、アンナにはわからなかった。
敵の動きも味方の位置も、一度にすべて把握することなどできない。
それでも、レオンハルトの指示に従って動いているうちに、先ほどよりは周囲が見えるようになっていた。
「アンナ、左!」
「はい!」
回り込もうとしていた敵兵の前へ魔術を放つと、足止めするだけのつもりだったのに地面が大きく抉れ、敵兵が慌てて飛び退いた。
「……また強すぎた!」
「今はそれくらいでいい!」
返ってきた声を聞きながら、アンナは次に見るべき場所を探した。
相変わらず、細かな制御はできていない。それでも、最初のように何をすればいいのかわからなくなることは減っている。
自分の魔術で敵を止めれば、その間に味方が動ける。飛んでくる魔術を迎撃すれば、その後ろにいる兵士を守ることもできた。
標的を壊しては失敗したと思っていた力が、ここでは実際に誰かの役に立っているのだ。
やがて、前方から続けざまに魔術が飛んできた。
「障壁!」
第一部隊の二人が前へ出ると、展開された障壁に敵の魔術が次々とぶつかり、激しい光が散った。
すべてを防ぎきった瞬間、レオンハルトの号令が響く。
「一気に押す! 第一班、前へ!」
第一部隊が攻勢に転じると、それまで押し寄せていた敵が、今度は下がり始めた。
アンナも第一部隊とともに前へ進み、このまま押し切れるのではないかと思った。
そのとき、敵陣の前方で青白い光が立ち上る。
一つではない。地面の数か所から伸びた光が互いにつながり、やがて巨大な壁となって第一部隊の行く手を塞いだ。
「あれは……?」
「防御陣だ!」
隊員の一人が叫ぶ。
「魔晶石を使ってる!」
地面に設置された魔晶石が青白く輝き、そこから絶えず障壁へ魔力を送り込んでいる。
「撃て!」
レオンハルトの号令とともに、第一部隊の攻撃が障壁へ集中した。いくつもの魔術がほぼ同時に叩き込まれ、巨大な障壁が激しく揺れる。
表面には大きな亀裂が走ったものの、崩れるまでには至らない。
「もう一度!」
二度目の攻撃で亀裂がさらに広がった。
今度こそ壊れると思った矢先、地面の魔晶石が強く輝く。そこから流れ込んだ魔力が亀裂を覆い、傷ついた箇所を塞いでいった。
「……直ってる」
「魔晶石から魔力を供給してるんだよ」
レオンハルトは障壁から目を離さずに答えた。
「壊せないんですか?」
「壊せる。ただ、面倒だね」
第一部隊の攻撃なら、確実に障壁を削ることはできる。だが、壊しきる前に魔晶石から魔力を補われてしまうのだ。
障壁の向こうでは、その時間を利用するように敵兵たちが態勢を整え始めていた。
アンナは青白く輝く壁を見つめた。
今日の戦いでは、ずっと力加減を考えていた。
敵兵の足を止めるときも、できるだけ直接当てないようにした。
味方を守るために敵魔術師を撃ったときでさえ、自分の魔術がどれほどの傷を負わせたのか気になっている。
けれど、目の前にあるのは人ではない。
どれほど強い魔術をぶつけても構わないのなら、今までのように威力を抑える必要もなかった。
「隊長」
「何?」
「あれは、壊してしまっていいんですよね?」
アンナの問いに、レオンハルトは当然のように答えた。
「もちろん。そのために攻撃してる」
それなら、自分にもできることがあるかもしれない。
アンナは改めて障壁を見据え、レオンハルトに申し出た。
「私に撃たせてもらえませんか」




