外伝1:第五話「琥珀色の揺りかご、あるいはラルクの休日」
日曜日の早い夕暮れ。開店前の「ラルク」の 重い扉が、いつもより軽やかな音を立てて開いた。
律子の手を引き、愛の背中に隠れるようにして、小春がその大人の迷宮に足を踏み入れる。
「……暗いね。ここ、魔法使いのお家?」
小春の小さな囁きが、静かな店内に響く。カウンターの奥でグラスを磨いていた宮脇が、柔和な笑みを浮かべた。
「いらっしゃい、小さな魔法使いさん。ここはね、美味しいジュースと、面白い大人たちが集まる場所だよ」
宮脇がカウンター越しに差し出したのは、小春のために特別に用意された、砂糖を極限まで控えた自家製の無添加リンゴジュースだった。
小春がおずおずと椅子に座ると、奥のボックス席から佐野が顔を出した。
「小春ちゃん、見て。今日はね、あなたに会えると思って、特別なオムレツを焼いてきたのよ」
佐野が広げたのは、一口サイズに切り分けられた、黄金色に輝くオムレツだった。
やがて、開店時間を過ぎると、ラルクの家族たちが次々と現れた。陽葵と紬の二人組は、小春にせがまれるまま、自分たちがかつて律子に教わった食卓の写真をスマートフォンの画面で見せている。
「見て、小春ちゃん。これがお姉ちゃんたちの昨日のお夕飯。……ね、美味しそうでしょ?」
「……これ、お豆? 小春、お豆、ちょっとだけ食べられるようになったよ」
小春の誇らしげな報告に、店内から温かな拍手が沸き起こった。
律子は、カウンターの隅で宮脇と並んで座り、その光景を静かに見守っていた。
「……律子。あんた、いい顔をするようになったわね」
宮脇が、琥珀色の液体をグラスに注ぎながら呟く。
「そうかしら。……ただ、この子の未来に、少しでも多くの『味方』を作ってあげたいだけよ。私たちがそうしてもらったように」
その日の夕食は、ラルクのカウンターに並んだ。愛が持参した西新のぬか漬け、佐野が焼いたオムレツ、宮脇が特別に仕込んだ野菜たっぷりのコンソメスープ。三つのルーツが混ざり合った、ラルク特製の夕食だった。
小春は、佐野のオムレツを口に運び、目を輝かせた。
「……あ、これ、愛ママの味に似てる!」
「ふふ、それはね、愛ちゃんに教えたのが、私だからよ」
佐野が、愛と顔を見合わせて笑った。
夜が更け、小春が愛の膝の上で船を漕ぎ始めた。琥珀色の灯りに包まれた店内が、新しい家族を優しく包んでいる。
律子は、手帳の「小春案件」のページに、そっと書き加えた。
『第5段階:家族とは、三人のことだけではない。……ラルクの夜は、私たちの、もう一つの家である。』




