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五万七千円の安息香(あんそくこう)  作者: 水前寺鯉太郎
外伝集

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外伝1:第4話「三人の算盤(そろばん)、あるいは未来の種」

日曜日の夜。西新のマンションのダイニングテーブルには、いつもの穏やかな出汁の香りではなく、どこかぴりついた緊張感が漂っていた。

 広げられているのは、律子の使い込まれたノートと、愛のスマートフォンに表示された家計簿アプリ。そして、その中央に鎮座する一台の電卓。三ヶ月に一度の、拡大予算会議だ。

「……小春の牛乳、一週間で三パック。卵は二パック。それに、これから夏に向けて麦茶の消費も増えるわ」

 律子が、検察官のような鋭い手つきで数字を書き込んでいく。

「それにね、りっちゃん。小春ちゃん、最近すごく食べるようになったんだよ。ご飯をおかわりするし、お肉も一人前近く平らげる。……嬉しいことなんだけど、食費が先月比で一五パーセント増えてるの」

「食費を削るわけにはいかないわ。彼女の血肉になるものだもの」

「でも、そうすると小春ちゃんの秋の靴と、保育園の遠足代が……。私の刺繍の売上をもう少し回せればいいんだけど、今月は材料費がかさんじゃって」

 二人の議論が熱を帯びる中、ソファで絵本を読んでいた小春が、とことこと歩み寄ってきた。テーブルの上に散らばったレシートや数字の羅列を、不思議そうに見つめる。

「……ねえ、律子ママ。お金、なくなっちゃったの?」

「違うのよ、小春。お金がなくなったんじゃなくて、あなたに一番いい明日をプレゼントするために、二人で相談しているだけよ」

 律子が、不器用ながらも優しく小春の頭を撫でた。

 小春は少し考えると、自分の部屋へ走り、小さなプラスチックの箱を持って戻ってきた。中には、静子おばちゃんからもらったお小遣いや、道で見つけた綺麗な石、そして「おてつだい券」と書かれた拙い紙切れが入っていた。

「……これ、使っていいよ。小春、お肉じゃなくて、お豆腐でもいいから」

 愛の瞳が潤み、律子は言葉を詰まらせた。

「……ありがとう、小春。でも、これはあなたが大事に持っていなさい。……お肉もお豆腐も、どっちも美味しく食べられる方法を、ママたちが考えるから」

 愛が小春を抱きしめた。

 小春を寝かしつけた後、二人は再びテーブルに向き合った。

「……りっちゃん。私たち、少し気負いすぎてたかもね。完璧な『親』になろうとして」

「そうね。……よし子さんのレシピを思い出しましょう。高い食材を使うことじゃなく、一手間かけて素材の味を引き出すこと。それが私たちの原点だったはずよ」

 律子は、ノートの「外食費」の項目を大きくバツで消した。

「その代わり、週末は三人で公園へ行きましょう。おにぎりと、あなたの漬けたぬか漬けを持って」

「ふふ、賛成。……それから、鶏の胸肉を美味しく柔らかく煮る方法、佐野さんに教わってくるね。安くても、小春ちゃんが『ご馳走だ!』って笑えるメニューを増やすから」

 律子は、ノートの最後に一行書き加えた。

『家族の娯楽費:プライスレス(おにぎりと、西新の風)』

 電卓の叩く音が、どこか軽やかなリズムに変わった。

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