結びの産声、あるいはラルクの琥珀色
天神の片隅、大正時代の趣を残す洋館の一室。「現代工芸・若手クリエイター展」の初日、愛の展示ブースは、朝から不思議な熱気に包まれていた。
白いリネンの上に置かれた、深い緑色のブローチ。重雄から託された昆布の色を宿したその小さな塊は、窓から差し込む秋の光を吸い込み、静かに、けれど強く主張していた。
開場してまもなく、一人の女性がその前で足を止めた。あの日、事務所を訪れた陽葵だった。彼女は隣に立つ紬の手をぎゅっと握りしめ、食い入るように緑の糸を見つめている。
「……これ、あの時の『出汁』の色と同じだね」
「うん。……なんだか、見てるだけでお腹の底が温かくなるみたい」
陽葵は迷わず、震える手でそのブローチを手に取った。
「これ、ください。……私たちの新しい食卓に、一番に飾りたいんです」
愛の視界が、一瞬で滲んだ。自分が救われるために動かしていた針が、今、誰かの生活の砦になろうとしている。売れたのは、最高級のシルクを使った華やかな作品ではなく、最も泥臭い、生活の根っこを描いた昆布色だった。
展示会が無事に幕を閉じた夜。打ち上げの場所は、やはりラルクだった。宮脇、佐野、そして駆けつけた律子。カウンターには、愛が夕方に自宅で握ってきた、大きくて不揃いなおにぎりが山のように積まれていた。
「……お祝いなのに、おにぎりなんて。ごめんね」
愛が照れくさそうに言うと、宮脇が豪快に笑って一つを手に取った。
「何を言ってるの。表現者の手料理ほど、贅沢な肴はないわよ」
律子も、愛の隣に座り、おにぎりを一口頬張った。中身は、筑後から持ち帰った重雄のぬか漬けを刻んだものと、よし子から譲り受けた久留米の乾物の佃煮。あの頃の孤独な夕食からは想像もできないほど、そこには豊かな時間と繋がりが凝縮されていた。
「……美味しいわ、愛。……あなたが今日、誰かに手渡したのは、ただのブローチじゃない。このおにぎりと同じ、明日を生きるための力そのものよ」
律子の言葉に、佐野も深く頷いた。
愛が握ったおにぎりの、少し多めの塩気が、心地よく喉を通り過ぎていく。




