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五万七千円の安息香(あんそくこう)  作者: 水前寺鯉太郎
シーズン3

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緑の産声、あるいは前夜の静寂(しじま)

九月の終わり、西新の夜気には確かな冷たさが混じり始めていた。

 リビングのテーブルには、明日から天神の洋館で展示される愛の作品群が、出番を待つ役者のように静かに並んでいる。中心に据えられたのは、あの深い緑色のブローチだった。

「……一番目立つ場所に、これを置くの?」

 愛が、少し不安そうに尋ねる。

「ええ。これは、私たちの『根っこ』の色だもの。重雄さんの昆布、筑後の土、そしてこの部屋で私たちが引き続けてきた出汁の色。……この深い緑から、あなたの物語が始まったことを、一番最初に知ってもらいましょう」

 律子の言葉には、法廷で弁論を述べる時のような迷いのない強さがあった。愛は、その緑色の小さな塊を愛おしそうになぞり、ゆっくりと頷いた。

「わかった。……私、この色と一緒に、明日から戦ってくるね」

 今夜、キッチンに立っているのは律子だった。針を置き、燃え尽きたようにソファに座る愛のために、律子は一言も言わずにエプロンを締めた。

 筑後のぬか床から丁寧に取り出した、色鮮やかな茄子。愛が佐野から教わった甘めの味付けを施した、牛肉と牛蒡のしぐれ煮。

「……お待たせ。大したものは作れなかったけれど」

 食卓に並んだのは、派手さはないが、一品一品に重心の据わった料理たちだった。

 愛が、一口、しぐれ煮を運ぶ。

「……あ、美味しい。……りっちゃん、これ、すごく優しい味がする」

「そう? レシピ通りに作っただけよ」

「ううん、違うよ。……りっちゃんが作ってくれる日は、なんだか特別な味がする。……守られてるっていうか、このままでいいんだよって、お腹の中から言われてるみたい」

 律子は、少し照れくさそうに視線を外した。

「明日、私も会場へ行くわ。……仕事の合間に、一番乗りでね」

「ふふ、一番乗りは困るよ。……でも、待ってる。りっちゃんがいてくれたら、私の緑色は、もっと強く光る気がするから」

 西新の夜は、どこまでも深く、静かだった。

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