第三十九話
今回はパーティー後の話です。
パーティーが終わりを告げ、いつもの三河家に戻った。その筈なのに招待客がいなくなったリビングは閑散として、どこか寂しさを感じた。
今私達は後片付けの最中である。秋夜とお父さんが食器を片づけて、私がその食器を洗剤つけて洗っていき、お母さんが洗い終わった食器を棚に戻していくという流れ作業中だ。家族でこういう作業するの、悪くないかも。
この後片付けがひと段落したら、チョコ作らないと。本当はもっと後でも良いと思うんだけど、なんだろう。ものすごく胸騒ぎがする。今日中に作っておいた方が良い気がする。チョコを作って冷やしている間に、手紙を書いて――。
と、誰かがこっちに向かってくる足音が耳に入った。お父さんと秋夜のどっちかだと思う。
「姉ちゃん……」
秋夜の方だったか。でも声が沈んでいる気がする。パーティーではしゃいでいた時と大違いのテンションだ。
「なぁに? どうかした?」
「……」
私は洗っていた手を止めた。カチャリと皿がぶつかる音がする。
弟の方を見ると、秋夜は重ねた皿を両手で持ったまま俯いていた。
「秋夜? どうしたの?」
「姉ちゃん……ハルにぃのこと、どうするの? ハルにぃと喧嘩したんでしょ?」
「もしかして私達の話、聞いていたの?」
私の言葉に、秋夜が両頬を膨らませる。
「だって、仕方がないじゃん。あの時お父さんに『麻奈と帰ってきて』って言われていたからあの丘に行ったら、姉ちゃん達の会話が聞こえてきたんだもん」
「そっか……」
今度はお父さんがやってくる。
「どうしたんだい。また喧嘩かい?」
「違うよ。喧嘩しているのは姉ちゃんだよ。ハルにぃと喧嘩したから姉ちゃんが悩んでいるんだって」
「ちょっ……なんでまた言っちゃうのよ!」
「今更すぎるよ、姉ちゃん。ていうか、別に隠すことじゃないじゃん。姉ちゃんがハルにぃ好きなの分かりやすいし」
「そうなのかい?」
「まぁ、青春ね~。で、麻奈はその春也君って男の子が好きなのね」
「うっ……そう、だけど」
お母さんが食器洗いの手をピタリと止める。
「別に恥ずかしがることじゃないわ。誰かを好きになるって素敵なことよ。堂々としていればいいの」
お母さん。
「うん……ありがとう。そうだ、お母さん。好きな人にバレンタインのチョコをもう一度渡したいから、後で台所借りてもいい?」
「それは別にいいけれど、バレンタインの時期はもう過ぎたはずよね?」
「あー、うん、お母さんのことがあったから渡せなくて……リベンジしたくて」
「そうなの、悪いことしちゃったわね」
お母さんの言葉に、私は思わず首を横に振った。
「あ、いや! お母さんが悪いんじゃなくて、あの時私に告白する覚悟がなかったからだし……でもそれだけじゃ駄目なんだって気づいて。きちんと自分の言葉で好きな人に告白したいと思って」
お父さんが屈託のない笑顔を浮かべた。
「麻奈が決めたのなら、私達の事は気にしなくていいからやってみなさい。応援するよ」
「そうよ、麻奈。好きな人に告白出来ないまま終わるより、好きな人に自分の思いをぶつける方がいいわ。私に申し訳ないと思っているなら気にしなくていいの。今回のことはお母さんの管理不足だったのが悪いんだし……あなたはあなたの思うようにやりなさい」
お母さんの微笑むような優しい笑顔が目に入った。お父さん、お母さん……。
「お父さん、お母さん……ありがとう」
「姉ちゃんならきっと上手くいくよ。俺、応援してるから」
いたずらっ子のような笑顔を見せる秋夜。
「秋夜……ありがとう」
「それに。何も言ってくれなかったハルにぃに俺、怒っているんだ! 姉ちゃん、ハルにぃとお喋り出来たら俺が怒っていたって伝えておいてよ!」
「分かった、必ず伝える」
私は家族に向けて、笑顔で答えた。
*
後片付けが終わり、誰もいなくなった真夜中の台所。
私はというと、チョコレートをもう一度作っている最中だった。ステンレス製ボウルの中に溶かしたチョコを流し込み、ゴムベラでかき混ぜていた。かき混ぜる度に、ゴムベラとステンレスボウルがぶつかる音がキッチンに響く。
このチョコと一緒に手紙を添えて、自分の気持ちをありのまま伝えるんだ。たとえ振られたとしても悔いはない。春也に私の気持ちを知ってもらうんだ。
と、リビングの扉が開く音が聞こえてくる。誰か来たのかな、顔を上げて視線を移すと。
「あれ? お母さん?」
部屋に戻った筈のお母さんがやって来た。何か忘れ物なのかな? どうしたんだろう。
「麻奈の様子を見に来たのよ。進んでいるのかなと思って」
「お母さん……」
「どう。今どんな感じ?」
「今溶かしたチョコを混ぜているところだよ」
「あら、良い感じね。そうだ、思い出したわ」
そう言って台所に入って、棚を探っているお母さん。何しているんだろう、と思ったら、袋を取り出して、ハートの型を取り出した。
「はい、これ。使ってみたらどうかなと思って」
取り出したハートの型を、私に手渡してくれる。
「退院した時にお父さんから麻奈がバレンタインのチョコを作っていることを聞いてね。何か手伝えないかなと思って、いつかの時の為にって型を買ったの。で、今日麻奈がバレンタインのチョコをもう一度作るって聞いて思い出してね。良かったら使って」
お母さんの心遣いに、私の目に涙が溜まる。
「お母さん、ありがとう……」
「それでね、麻奈の話を聞いてね、思い出しちゃったのよ。お父さんに初めてバレンタインあげた時のこと」
「えっ!? お父さんに!?」
私の言葉に、お母さんは頷く。
「そう、初めてのバレンタインはお父さんにあげたの。もちろん最初はそう簡単に上手くいかなかったわ。でもあの時は『好きな人にあげるんだ』って一生懸命作っていたわ」
初めて聞くお母さんの話に、思わず手を止めた。
「へぇ! お母さんにもそんな時代があったんだね!」
「失礼ね。そりゃあ、あるわよ。だから失敗してもいいのよ。大事なのは経験なの。自分はこんなことをしたなという思い出や経験が自分の知識になるのよ。だから失敗を恐れず進みなさい」
「うん、ありがとう。ところで、お母さんってバレンタインにどんなのあげたの?」
「シンプルなハートの形に『好きです』ってチョコで書いて、手紙と一緒に送ったの。それがお付き合いのきっかけ」
「……!!」
私は思い出したかのようにハッとした。
「手紙! 私も! 私も好きな人に手紙を送ろうと思ってて!」
「あら、いいじゃない! じゃあ、尚更気合いを入れてチョコを作らなきゃいけないわね」
母の笑顔に、私も笑顔で返した。
「うん、頑張る!」
私は気合いを入れると、再び混ぜ始めた。
次回も乞うご期待!




