第19章 見えてしまった距離
「……いらっしゃいませ。今日はどうしますか?」
声が、少しだけ上ずった。
一瞬だけ、バルスと視線が合う。
「あぁ、では、おまかせで。これと、これを頼む」
「かしこまりました」
私はそう言って水を二人の前に置いた。そのとき――
「こちらは?」
彼女がバルスへと視線を向ける。綺麗な笑顔だった。
「友人です。ミドリ=タナカという」
「まぁ」
彼女はゆっくりとこちらへ顔を向ける。
「バルスさんには、よくしていただいています。よろしくお願いいたします」
向けられた綺麗な笑顔に、一瞬息が止まる。
「え、いえ……あの……こちらこそ」
どうにか言葉を絞り出す。
「こちらは、リリア=ギルだ。町の案内を頼まれてる」
「……あ、はい」
なんとか頷き、「ごゆっくりどうぞ」とぎこちないまま笑みを作ってその場を離れた。
――――――――――
注文を伝えて厨房に戻ると、リースさんが心配そうに声をかけてくる。
「ミドリちゃん、大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です。もう、全然平気ですから」
少し強めに答えてしまい、自分でも分かるくらい不自然な笑い方だったと思う。
もう何度も想像した場面だから、泣いたりはしない。だから大丈夫――大丈夫な、はず。
いつかきちんと紹介される日が来るのだろうし、そのときはちゃんと笑って祝福したい。バルスには本当にお世話になったのだから、彼が幸せならそれでいい。その気持ちに嘘はない。
……本当は。
ちらりと視線を向ける。
二人の姿が、どうしても目に入る。
バルスって不愛想なところがあるけれど、無自覚に面倒見がいい。
リリアさんのことを、甲斐甲斐しく世話しているのが嫌でも目に付く。
リリアさんも、それが嬉しいのか楽しそうに笑みを浮かべている。
……何だろう、これ。
想像していたより、ずっときつい。
グサグサと胸に突き刺さって、息が少し浅くなる。
――あ、これ、まずい。
何か別のことを考えないと、このままだと普通に立っていられない。
明日は休みだし、最近できた甘味屋のクレープを買って、公園で食べよう……そうやって、無理やり思考を逸らす。
それにしても、何も元婚約者の前であんなに仲良くしなくてもいいのにと、少しだけ腹が立つ。
……まぁ、バルスにとっては大昔のことなのかもしれないけれど、私にとってはごく最近のことなのに。
いつも私はどうしてたんだっけと考えかけて、昔のただ甘えていた自分を思い出してため息をついた。
「……これは、ダメでしょ」
小さく呟く。
今さらになって穴に入りたくなる。
……いつから、私のことを好きではなくなっていたのだろう。
少なくともその時点からは、ただ迷惑なだけだったのだと思うと――少しだけ、申し訳なさが残る。
あの頃の私は、バルスとの未来しか見ていなかったし、それしか考えていなかった。
……それでも、よくここまでの心境になれたなと、ぼんやり思う。
最初から分かっていたのかもしれない。
いつか終わるって。
だって――私みたいなのが、バルスの隣にいられるわけ、なかったのだから。
そう思っているのに、
視線を外そうとして、できなかった。
気づけば、また――二人の方を見ていた。




