八話・Part1 人の間 略せば人間
とある街中の店内。客は地元の顔馴染みで構成されている、よくあるタイプの個人経営系酒屋のカウンター。二人並んで座る若い男女が酒も飲まずに会話をしている姿がうかがえる。
酒屋にしては少々歪な光景だ。明らかに両者が若すぎる故の歪さだ。
方や小綺麗な衣服に身を包む十代中頃と思わしき女性。方やでかすぎる帽子を目深に被っている若い男性。
ただの水が入ったグラスを口に傾け、美味しそうに喉を鳴らす後者はさらに注目を引いている。
目深に被ったデカ帽子、ちらりと帽子からはみ出た黒髪、目に刻み込まれたくま。なにより目を引くのは、カウンターに立てかけられた成人男性が見上げるほどの大きさの棍棒だろう。コレはスタット大陸内でも類を見ないタイプの武器である。ソレを見ないものなどいないだろう。
「もう、あと何杯飲むおつもりですか!休息なら十分に取れたでしょう?私が急いでいることを知っているでしょう、リマツ!」
「いやいやいやいや…これで〝まだ〟六杯目だぞ?」
「六杯〝も〟飲んでいるのです!」
「はぁ〜あ…まぁ、六杯でも良いか。うしっ、それじゃあ護衛の続きと行こうか。シャウナロッペン姫」
「ば、馬鹿っ!?こんなところで名前で呼ばないでくれないかしら…!」
「うぃー」
八尺はある棍棒をカウンターから手に取り、気怠げにズルズルと床に傷跡を残しながら店を出ていくのは、リマツと呼ばれた男。どうやら彼は、周囲をチラチラと気にして挙動不審な女性を護衛しているらしい。
「ほら、代金よ。お釣りはいらないから受け取りなさい」
そう言い、あからさまに必要以上の代金を置いてリマツの後を急いで追うのはシャウナロッペン姫と呼ばれた女性。短く整えられた白髪、色白の肌、黄色い瞳に肌触りの良さそうな衣服。顔立ちもなかなかに整っており、内側へ向かい丸まった毛先を定期的に払い除けている姿はなんとも絵になる美しさか。
店内にいた客は姫という単語に首をかしげるが、姫という呼称の仕方自体が珍しいわけではないため興味は続かず。深く考えることなくもともとしていた話の続きをすぐに楽しみ始めた。
店主はといえば、受け取った代金を信じれないといった顔で何度も何度も繰り返し数えている。数えるたびに驚きに染まる表情は、常連の客からすればいい酒の肴になるようで。後々、その金額を見て彼らも同じ顔になるのだが。
「今日は街を二つ越えるぞ」
「二つも……はぁ~、もう歩くのはこりごりだわ。でも、こんな状況だもの、とやかく言ってらんないわよね」
「平気だって。ついてきてたら今頃、俺の身体は返り血でまっかっかよ。全員ぶち殺して、追加料金をいただかせてもらうわ。ほんと、いい仕事見つかって良かった〜」
「こ、殺さないでくれないかしら?一応は彼らも私の家族なのよ。どれだけ嫌いでも、悲しい気持ちになってしまうわ」
「はー、難儀なもんだ」
いまだに八尺棍棒は地面にラインを引いている。ガガガガガと木が削れてゆく音が確かに聴こえるのだが、木片が散っている気配はないし、周囲の人々も気にした様子はない。隣を歩くシャウナロッペン姫でさえも。
因みに、今は朝方。現在地点はヘスターという街。特産品もなく、特徴的なものもない普通の街である。元々はもう少し大きな街だったのだが、数年前の悲劇により人口ごと面積が縮んでいる。
露店が立ち並ぶ中を歩む二名。ときおり果物に目移りするリマツと、その度に「駄目よ」と服の裾を引っ張る姫。客観的に彼らを見ていると、さながら双子の兄弟のようで微笑ましく映る。きっと長く行動を共にしているのだろう。
と、リマツが途端に足を止める。また露店の食べ物に目が引かれたのかと、うんざりそうに姫は裾を掴むがビクリともしない。まるで巨木に布がかけられているかのように、その布を引っ張っているかのように。
「…臭うな」
「へ?臭う…?」
「あ?何してんだ、お前じゃねぇよドアホ」
「なっ…!当たり前じゃないのよ!私が臭うわけないじゃないの…!まちなさい、どんな臭いがするの?」
何かを察したように顔を引き締める姫。
「近いぞ。それも…かなり…いや、近づいてきているんじゃない…!」
咄嗟に空を仰いで棍棒を握る手に力を込める。目標ははるか上空、現在進行形でこの街中へと進むものがいる。嫌な臭い。慣れた臭い。しかし慣れざる臭い。
「落下してきているぞ…!」
「なんですって…!空からってそんな、また、またあの…」
数年前の悲劇。未だに復興がなされない地域は珍しくない。この国内には数多の死体が積み重なり、死の匂いが染み付いた土地が、村が、街が両の手を使用しても足りないほど在る。
その時も、その時も、戦線の火蓋は落下してきたブーイで切られて。
皆それを覚えている。衝撃は忘れられない。白い悪魔が振り注ぐあの地獄の日を。
『ギィィィィア……!』
聴き慣れたくないあの声。同時に地面が大きく揺れる。石造りだったはずの道が掘り返され、かろうじて残ったところも亀裂に侵されている。
空から視線を移した先。
「ペレグリンっ…!離れてろシャウナ!」
隼の瞳がリマツを捉えた。
『ギィアァア…?』
八尺棍棒を突くようにして一撃振るう。空気を掻き分けるズォンとした音と共に、棍棒の重さを全て乗せて一撃を振るう。
だがそこにブーイは居ない。
代わり、白いにやけっ面が視界いっぱいに。
『ギィァギギゥ』
「リマツ…!」
「わかってるから黙ってろ!ウオオアアアアアァァァ………!!」
棍棒を離して拳を繰り出す。ムカつく面を横から殴り抜けるように。
やはり居ない。
代わり、
『ギイアギギギグゥ』
「が、がが……かはっ…!」
その鳥の足で地面に押さえつけられ、頭を強く踏まれてしまう。
ぐらつく視界に鈍い痛み、吐き出した血、背中の上から潰されゆく肺。やっぱ強え…!どうしてよりにもよってペレグリンが来るんだよ畜生…!
俺はまだ死にたくねぇぞ…!まだ報酬を受け取ってねぇんだからよ!
「……あ?」
急のことだった。
『ギィァァ……!?』
ガンガンと痛みの響く頭じゃ、理解するのに時間がかかったが、理解してもなお信じられなかった。だって、あり得ないだろ?あり得ないんだよ。そんな芸当の出来る人間なんて俺は知らない。いや、もういない。そのはずなんだよ。
なのに。
「おい、そんな体たらくで上位種を相手取ろうとしていたのか?鍛え直すんだな。最低限、負けない程度に」
『ギィィィゥゥ…!!』
「………ここか」
腰から剣を引き抜いて、一体どんな怪力なのか…あのペレグリンを地面へ押さえつけながら、その人間は背中の上から剣を深く突き立てた。
『ギ……』
「はぁ、レベルが落ちたな。兵士という言葉に負けている」
「う…るせぇ…!誰だあんた…!どうやってペレグリンを…………」
駄目だ。力が抜けていく。認めたくはないが、はなから解ってんだよ。俺が上位種に勝てないってのはよ。せいぜい普遍種のヘイトを買う程度しか出来ねぇってのはよ。嫌というほど、解ってんだよ。
「だが、反応速度は悪くない。喜ぶんだな、人間は死地という経験を乗り越えて生まれ変わる。貴様程度の兵士でもこの先…」
「俺…は、へーしじゃ、ねぇ…!」
地面を叩いて身を起こす。やっと身体が回復した。
「おお、復帰が早いじゃないか」
「誰だあんた。場合によっちゃあぶち殺すぞ」
「ペレグリンにすら負ける雑魚が何を言う」
「決めた、今だ。たった今から貴様をすり潰してやるよゴラ」
棍棒を拾い上げて、そいつに向かって大きく振り落とす。
「ちょちょ、ちょっとリマツ!何をしているのかしら!?」
「なかなかに面白い武器だ。…この大陸で見かけるなんて思いもしなかった」
こ、こいつ…!こいつこいつこいつこいつ……!!何なんだこいつ!何なんだいったい!?あぁ!腹が立つ!なんで、なんで…!?
片手で普通に止められんだよ!?
しかもどこ見てやがる!俺を見ろ!今お前に殴りかかってんだぞおい!見るまでもねぇってのかこのクソがぁ!
…いや、違う。本当にこいつは、どこを見つめて…?
「雑魚がよそ見とはなんと愚かな」
「ぶっ…!」
ゆ、誘導された!視線を向こうへ…!おかげでいつ居なくなったのか分かんなかったわ畜生…!腹に一発…いいの貰っちまった…!
棍棒は握ったまま、地面に膝を突き腹を押さえる。ジクジクとした内出血の感覚が不愉快極まりない。
「………」
「て、てめぇ…!さっき…どこ見てやがったんだよ…今もだ!何を気にしてんだっ!」
「あぁ?あぁ、嫁を待っているんだ。随分とこの人だかりに手間取っているらしい」
「人だかりぃ…?」
周囲を見渡すと俺達を覆うように野次馬どもがサークルを作っていた。ムカつくぜ。まるで見世物小屋の中にいるみてぇだ。あぁ!ムカつく…!
回復した腹から手を離して立ち上がり咆える。
「何見てんだぁコラ!?あぁん…!?」
「リ、リマツ…逃げるわよ!」
「…あ?なんでだよ…?」
「帽子が取れているじゃないのよ…!角が、丸見えなのよ…!」
「それを早く言えシャウナ!!」
「だ、だって貴方気が立っていて声がかけづらかったのよ…」
くそ…!いつだ?いつ外れた?ペレグリンに乗っかられたタイミングで…?くそ…しくじった!だが今はシャウナと遠くへ逃げねぇと…!
この変な奴はもういい。
姫を片腕で抱き上げ、棍棒を引きずりながら走り出す。邪魔なやじ馬を跳躍で飛び越え、その勢いのまま屋根の上に乗り上げた。
一度足を止めて奴を一瞥し、そしてそのまま街の外へ走り去る。
「貴方ったら、帽子が外れたのに気がついていないんだもの。こっちがびっくりするじゃないの」
「いってぇから触んなって。触んなら服の裾だけ掴んでろよ落とすぞシャウナ」
「仕方ないじゃないの、ここ高いんだもの。私は落ちたら死ぬのよ?貴方と違って」
額に生えた控えめな角。しかしそれだけで、確かに彼がブーイであるという証明となる。カオスブーイであるという、証明となる。
「にしても、本当に臭かった。なんなんだあいつ」
「あら、そんなに記憶に残るペレグリンだったの?」
「ちげぇよ」
一瞬だけ理解が遅れちまったじゃねぇか。まったく…あんなレアなケース、この先、生きられたとして二度と起こり得ないだろうな。
「ペレグリンを剣で突き刺した、あのブーイだよ」
気色わりぃ感覚だ。見た目は人間のようになっていたが、臭いはブーイそのもの。戦線帰りの血塗れの人間でも人間の臭いがするってのに。
それに、身体の芯から震えちまった。
圧倒的すぎんだ、あいつの格が。上位種?いや、それよりも上…何なんだよあの奇妙な生物はよ。
一番理解し難かったのはこの一点。なんで角が生えてねぇんだよ。カオスでもねぇくせに。




