八話・Part2 李松
昨日は散々な目にあった。…が、あいつの言う通りだった。ムカつくぜ。感覚が冴えてんだよ、前よりもずぅっとな。死地ってのを越えたから?
…今なら勝てるか?いや無理だな。ペレグリンブーイをぶち殺せる程度の力を得るまでは、あの人間に擬態したキモキモブーイに勝てっこねぇ。死地という経験をもっと味わいてぇな。その度に吸収して、力とする。
だが、知識もつけねぇとな。当然、相手の動きを見る眼も鍛える。俺は出来るだけ近づきてぇのよ、あの人に。
結局二つ先の街まで走ってきた訳だが、ここは良いな。宿の質がいい。かび臭くねぇし湿っぽくもなんとも。風呂にも入れて良い宿だ。
「しかも混浴…でへへへへ!逃げいるように入った結果、いやぁ〜僥倖も僥倖〜」
「……朝から元気そうね」
「いやほんと、ブルンブルンだったぜ。あんたには到底不可能な爆弾二つ抱えててよぉ〜!でも触れないからよぉ〜……」
「へー。かわいそーねー」
ほんじゃ、姫も起きてきた。次の街までの距離を調べつつ、朝飯食えるとこ探すか。それと新聞もあったら買っとこ。こちとら逃亡補助している身だからよ、情勢の変化とか色々知っとかないと自ら敵陣に向かっちまう可能性とかあるわけ。
意外と知的なのよ。
さっさと荷物をまとめるよう姫に指示を出し、俺は棍棒を片手に握りしめた。混浴は名残惜しいがチェックアウトを済ませて飯屋を探す。
角は頭に布を巻いて隠しているが、限度がありそうだ。あちぃ。この日照りの中で頭に布巻くとかよ、熱中症になりてぇー!っていうアホか体温低いやつだけだぜ。
…………はぁ?だる。
「シャウナ、一ついいか?」
「あら?何かしら改まって。気持ち悪いわ」
「奴だ。臭いが近ぇ…摩訶不思議な気分だぜ。二つも街を越えたってのによぉ」
「な、何ですって…?」
あえて振り返らず。いや、振り返る必要がない。で、相手方も俺が気がついたことに気がついているはずだ。なんせ、数メートルの距離しかねぇんだからよ。
クソ…朝の混浴のせいだ。俺がこの距離になるまで気がつけなかったのはよぉ。いつからだ?いつからつけられてた?分からねぇ。
適当な薄暗い路地が目に入り、姫にアイコンタクトで伝える。はぁ…こいつ馬鹿だから伝わんねぇわ。半ば強引に姫の服を引っ張り連れてゆく。ようやく向かう場所を理解したらしい。
「ここを使ってまくのね?そういうことでしょ」
「………」
後ろを臭いで確認するとやはり近づいてきている。これで確定した。相手が俺達を追っていることが。
細い路地の角を曲がり視覚による情報を絶つ。すぐに跳びはね壁を蹴りつつ屋根の上へ。姫を降ろした後、息を潜めて奴らを待ち伏せる。
「はっ。なかなかに頭を使えるらしい」
「………っ」
「……俺の目が慣れたのか、世界全体で武力の質が落ちたのかは知らないが、なんとまぁ…」
「クソがぁ……!」
いつからそこに居やがったんだ…!
キメェことに既に屋根の上に奴は居た。裏を突いたと思ったら、裏を突かれていたのは俺だったらしい。なんて野郎だ…悪態を口からつかないとやってらんねぇ〜。
振り返りざまに拳を振るう。が、簡単に避けられて腹に良いのをもらっちまった。上位種の中でもかなりの上澄みだと推測出来るが……果たしてこいつぁ…上位種の枠に収まってんのか?
「ガハッ…!ゴホッゴホゴホッ…!」
「リマツ…!!」
「来んなシャウナッ!……そこでアホみてぇに眺めてろ…」
「なっ!?アホ…!?貴方、今私のことをアホって言ったのかしら…!?」
「あーもぅ…!ガチ下がってろッ!!」
ピーピーうるせぇガキだぜホントッ!!!
腹を抱えてうずくまる体勢から立ち上がり、ブーツを脱ぎ屋根の上に雑に投げ置く。本来の力を使いたくはねぇが致し方ねぇ。ブーイと追ってくる奴は皆殺す。怪しいやつも殺す。俺と依頼主にとって危険となりうる存在も殺す。そうだ、こいつは当てはまりすぎてんだよ。
だから…本気で殺しに行く。
「なんだ…?あんた、鳥型のブーイだったのか」
「あぁ…!?悪ぃかよ、鳥が地上を闊歩して!」
「その鳥の特徴…俺は見覚えがある…」
「当てられっかよ、スタット大陸育ちの魔物風情に俺のモデルが…!」
身体の芯に力を込める。
白い肌がほんのりと青く染まる。喉のあたりで涎掛けのように、赤く染まった皮膚が伸びる。頭に巻いていた布をバサリと取ると、トサカのような角があらわとなる。黒い髪が白く染まる。
くまが染み付いた眼が紅く煌めく。
「「火喰鳥」」
キモブーイと声が重なり驚く。なんでコイツはその名前を知っているんだ…?何処かで見聞きするはずもねぇ鳥の名前だぞ?少なくとも…近隣諸国じゃあ聞かねぇ単語だ。
「蹴られたら俺でも危ういかもしれんな」
「へぇ~、そいつぁ良いコト知ったぜ。さっそくで悪いがよ、今からあんたをぶっ殺す!」
「アホかお前は。下を見てみろ、注目の的だぞ?やるなら場所を変えて闘った方が良いだろう。それとも、無様な負け姿を民衆に晒したいのか?いや…まてよ?ソッチのほうが俺的にも好都合だな……」
ぶつぶつと五月蝿いキモブーイと目が合う。さぁ…いつ蹴り殺してやろう?タイミングが掴めねぇ。隙が見つからねぇ。勝てるようなビジョンが浮かばねぇ。
実際、本気の姿でもペレグリンとタイマン張れる程度のパワーアップにしかなんねぇからよ。ペレグリンを赤子のように扱えるコイツに勝てるかと言われればそれまでだ。…が、当たれば勝ち。それが俺の本気だ。
「民衆の前で無様を晒すのはアンタだッ…!」
「はぁ…分かったよ。全く、困ったものだ…」
……あぁ…?いつからそこに人間が居た?気が付かなかった。こいつも実力者?いや、怯えきっているし敵意も殺意も何もねぇ。武器も持ってねぇ。何でここに居るんだってくれぇに雑魚的雰囲気が溢れ出てやがる。
少し離れた位置から不安気に様子を見てるシャウナ。コイツも雑魚だがアイツ程じゃねぇ。
まて、キモブーイも人間と行動してやがるのか?何故?理由が分からない。目的は?……はぁ、こういうのは性に合わねぇな。戦闘ってのは何も考えずに相手を殴るんだよ。なら、今俺は戦闘してねぇ。
なんか、萎えたな。
「ほう…姿が戻った。最上位種のように容易にフォルムが変えられるのか。便利そうで心底羨ましい限りだ」
「やめだやめだ。もうアンタは敵じゃねぇ」
両手を上げて戦闘の意思が無いことを示す。
「で、なんで人間と行動してやがる?俺は逃走補助。アンタはなんだ?」
「そんなに流暢に会話が出来るほど、民衆は落ち着いてはいないらしいぞ。見てみろ、鎧に身を包んだ騎士がやって来たぞ。アレは確か……サンライト騎士団の紋章だ。一人で来たあたり、私用ついでにこの街を巡回していたといったところだろう」
「けっ!殺してやろうかアイツ」
「いや、やめておけ。貴様のような愚鈍では勝てるだろうが深手を負うぞ?ここは素直に逃げるのが吉だ。変なプライドが思考を遅らせて、そこまで辿り着けないのか?」
「あぁッ…!?今何つった!!!」
「煽り耐性もないのか。ならますます………あぁ、すまんな。地底での生活が長くてな、ブーイはついつい罵り寄りの煽りをかましてしまうんだ」
煽り耐性がねぇのは精神的な余裕がないときだけだっての!クソっ!精神的余裕ねぇな俺…コイツに気付かされたのが一番ムカつくぜ。
「シャウナッ!!」
「は、はい!じゃないわ……何よリマツ!って…な、ななな…なな…!?」
「イテテテテテテテテテ…!!俺に触んな!?逃げるぞここから…!アンタも来るんだろ…あー…」
「キングとでも呼んでくれ」
「ムカつく名前だぜ…キングッ!先に行ってっから俺のラインを追えよな!」
棍棒でなぞった場所は俺と許可した奴しか見えないラインが引かれる。この棍棒の権能はそんだけだ。自分の軌跡が分かるってだけ。だが…迷子にはならねぇ。そんだけの棍棒だ。
シャウナを触る場所を気にせず抱きかかえ、屋根の上を飛び移りながら街の外へガンダッシュ。民衆から聴こえてきた「逃げたぞ!」が、かなり癪に障るが無視だ無視!サンライトはマズイんだよ!
シャウナの家はサンライトを専属警護として雇っているらしい。サンライトは五代氏族とか言う凄え立場なはずだが…まぁ、それは爵位の差を打ち消す権威にはなりえねぇってこった。シャウナの家はサンライトの長より爵位が高いからこその横暴だろうよ。
サンライトといやぁ…防衛のサンライトだ。グランドライト大帝国の防衛の基礎となるほどのガード力だ。ソレを専属警護として占めるなんざ度が過ぎる行動なんだよ。…まぁ、正当な契約を結んでいるから、コレを取り締まる法律がねぇのが悪ぃ〜な。
つまり、サンライト騎士団は高確率でシャウナの家と繋がっている可能性があるんだよ。逃げただぁ…?逃走補助として雇われてんだよこちとら!逃げるのがメインの仕事なんだよコラ…!顔覚えてたら殺しに行ってたが…生憎見てねぇ。惜しいことしたな。
腕のなかで大暴れなシャウナをより強く固定。すると声にならない声を上げて来た。虫の鳴く声みてぇなそんな声。別に良いだろぺぇの一つを鷲掴んでたってよ。どうせ逃げに徹して体勢直せねぇんだから、諦めりゃ良いのに。
……あ?
「シャウナ、今俺に触れてるか…?」
「うう……もうお嫁に行けない…」
「駄目だこりゃ」
意思のねぇ接触はノーカンってか?分かんねぇけど、触られてるはずなのに痛くねぇぞ。まぁ、深く考えんのは後だ。マルチマスクは苦手なんでね。




