理由
「ネイファンには宿坊がいくつかあります。希望して選ぶことも出来るけれど、あなたは私とこれから寝食を共にしてもらうわ」
星はころころ笑って、肘掛けに体をもたれさせる。横に女性が二人座っていて、一人は年増で一人は老女だった。彼女たちは上等の赤い衣をまとっていた。
「珍しいかしら、赤衣よ」
星は横の女のも裾を指して、「この色が濃いほど位は高く、薄れるほど低くなります。宮中の女官の正式な着物よ。でも最近は、何か式典がないと皆着ません。その代わりに、耳飾りと領巾で色を現します。その方がきれいだから」
いたずらっぽく星が笑う。
「でもこの者は王妃付きだからと肩肘を張っているのです」
「王妃さまが恥をおかきにならぬようにとのことです」
老女が口を開く。
「あら、私がどうして恥をかくの? 後宮は私のものなのに」
「まあ!」
「ばあやはうるさいのよ。先生は、そんなことおっしゃらないでしょう?」
「わ、わたしはただの家庭教師で、ですもの。な、なにも」
「つまらないわねえ」
ため息をつく星を、貴子は優しい目で見つめながら、内心ずっと観察を行っていた。天真爛漫というか、すこし自由が過ぎるように思えた。
きれいだけれど、それだけだ。ときめくほどのことはない。
そう思っていても、折に触れて心に感じるときもあり、貴子は困っていた。
例えば彼女と目が合うたびに体が熱くなったし、彼女が髪飾りを指でいじるたびに唇が濡れた。
こんなことは、未だかつてなかった。
この感情がなんであるのか、貴子は気づかない。せいぜい欲をかいているのだぐらいにしか、彼は考えていない。
(欲望に忠実になれと誰かがささやいているようだ)
誘惑などには負けない。貴子は咳払いをすると、礼をした。
「わたしをなぜお側にお呼びになられたのですか?」
訊ねると、星の部屋がしんとなった。
「わたしは産まれてからずっと仮宮で過ごしているでしょう? 皆私に従って、思い通り。でもあなたは、少し違って見えたの」
「違う?」
星はすっと立ち上がり、貴子の前に立つと、耳たぶに触れそうじゃほど唇を近づけ、ささやいた。
「反逆者の目よ」
ぎくりとする貴子の横から、星は体を離す。
「昔、十五年ほど前に反乱が起きました。前王は女性で、現皇王の実母でしたが、時の摂政秀弓がこれを軽んじ国政を思いのままにしていました。それを是正した我が父楽章をうらみ、秀弓は反乱を起こしたのです」
「それと私がどう関係するのです?」
「あなたも、王宮をかき回しそうよ」
「それをお望みなのですか?」
「つまらないのよ」
いぶかしげに貴子は星を見上げる。
「つまらない」
再びつぶやいて、星ははらりと涙を落とした。