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落星物語  作者: 間々 ようこ
旅程
5/42

 ネイファン(内府)の役人は皆女人である。内府長の部屋は女の髪のにおいがした。

 中は四方明かりがともされ、さほど暗くない。そしてその明かりが内府長の白い肌を室内の景色に浮かび上がらせている。

「よくつれて参られた。これが百山の美姫と噂の女子じゃな」

 赤い衣に紅を差した内府長は、もったりとした口調で話す。見たこともないほど歯が白い。貴子はじっと見入っていた。

「まあ座りなさい」

 部屋の中央まで進んで、龍が貴子を呼ぶ。二人が座ると、その後ろに、明鈴が控える。あぐらをかいた膝に手を乗せ、思いもかけず震えていることに貴子は気づいた。案外情けないものだ、と思いながら、だが! と胸の内で叫ぶ。

(止められぬはずがないのだ。十四年間の屈辱を思い出せ。父のないことをどれだけからかわれ、詮索され、裏切られて来たか。女として生きねばならなかった理由を思い出せ。すべては王の寝首をかくために捧げて来た。止められぬはずがない)

 肌は上気し湯気を上げる。

「照れておるのか」

「は、少々」

 女官たちがくすくす笑う。

 一方で、後ろでカチカチと言う音が小刻みにしていることに貴子は気づいていた。明鈴が歯を震えて鳴らしているのだった。

 可愛い人だ、と貴子はなぜか胸にジンと来るものを感じた。人の情を捨てようという自分と、人の情そのまあの明鈴。もしかしたら、龍に彼女が惚れていなければ、自分も彼女を好きになっていたかもしれないな。

「そなたは書が読めるか」

「医学書を読む程度です」

「音楽は」

「葦で笛をつくったりいたします」

「では、女子に必要なことを答えてみよ」

 問いに驚きもしたが、貴子はまっすぐに前を見た。

「王への忠誠と猜疑心です」

「猜疑心?」

 ほう、としわのある目元を引きつらせると、「述べてみよ」と内府長が手を広げる。

「王は本当に喜んでいらっしゃるのか。泣いていらっしゃるのか。怒っていらっしゃるのか。猜疑こそが愛の形でございます。もっと喜ばせたいと考えたならば、この気持ちは必要不可欠です。そしてこの生活をはじめるにしても」

「しても?」

「同僚とうまくやるには、裏を読んで仲良くするほかありません。これを怠れば必ず不和が起きて王様に不忠となります」

「ふむ」

 うなる内府長と向かい合う龍は、ハラハラしている風でなく、どっしりと構えている。

「よろしい。そのまま座っていなさい。侍女は下がりなさい。ネイファンの女官に、危険なものをもっていないかだけ、体を調べさせます」

「はい」

 目をつぶっている間、さわさわと体を撫でられる。髪を解かれ、入念に調べられる。

「服を脱がなくていいのですか」

 堂々と訊ねることで、いいえと言わせようとの貴子の試みである。

「それはいらないわ、この人もう侍女と湯浴みしているもの、私のぞいていました」

「あ、さっきの」

 大きな瓶の裏から、風呂に案内してくれた少女が現れる。

「まあ! いつのまにですか、星さま?」

「ほんのさっきよ。だって面白そうだったから」

 ホホホ、と笑って星と言われた少女がまたひっこむ。風が抜けた。抜け道のようだ。

「あのかたは?」

「皇王様の摂政楽さまのお嬢様でいらっしゃいます。妃がねとしてここに育てられ、この春に入内なさいます」

「では、王妃さま……!」

 ずきんと胸が痛んだ。どういうわけだと動揺が隠せない貴子は、歯を食いしばって興奮を押さえ込もうと必死だった。

「おきれいでしょう。皆あの方を見ると理性を失うのです」

 皆がじっと貴子をなぜか見つめる。

「あなたを王妃付きの女官になるようにと王妃さまに仰せつかっています。合格です。これからしばらく、ここで生活して宮中になじむように鍛錬なさいませ」

 内府長の部屋を辞しながら、ずっと貴子はドギマギしていた。

(湯浴みをのぞいていたというのは本当なのだろうか)

(もしかして、弱みを握られたのか? なぜ通報しないのだ。からかっているのか、畜生)

 明鈴があとをついてくるのを気にして、貴子はゆっくりと歩いていた。その横を龍が歩く。

「これでしばらく別れだな」

「はい」

「寂しくなる」

「そうですね」

 そっけない答えに苦笑いして、龍が歩を止める。

「たまに会いにくる。内府につとめる内吏だ、可能だし——それに」

「王の女に手を出されるつもりですか」

「いや」

 ポンと貴子の頭に手を置き、龍は微笑んだ。見たこともない優しい笑み。愛馬に寄せるような慈愛に満ちた笑みだ。

「がんばれよ」

「あなたらしくもない」

「ふん、可愛くない奴だ」

「頑張ります」

 そのやり取りを、少し離れて明鈴が眺めていた。

「明鈴にも、何か」と言おうと思って、貴子はやめた。明鈴のプライドを傷つけたくなかったから。


 こうして、新しい生活がはじまるのだった。

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