きっかけ
その晩ひと騒動が起きた。放火がされたのである。場所は星の昼の御座所で、女官の影はなくけが人はなかったが、そのために発見が遅れた。風もあったせいで、御座所は全焼の勢いであった。
すぐに咎人が星の前に引き立てられた。その者は首になった女官見習いだった。
「うらみますぞ、星さま! わたしはあなた様の一番のお気に入りであったのに、あの者を重用しおって!」
「あなたは、わたくしを使って王様に取り入りたがっていた。吐き気がする」
「そうだろうとも、あなた様は私に負けるのが恐ろしいのでしょう! だから、そんな女官になりたての小娘どもを重用なさるのでしょう! 恨みに思いますぞ!」
女はわめきちらして、制止を振り切って星に飛びかかった。
星の目に力がこもる。
「殺せるものなら殺してご覧なさい! 私は将来の国母ですぞ!」
「うっ」
一度女は動きを止めたが、「ふざけるな」とかんざしを抜き払った。結っていた髪がばさりと落ち、鬼神のもののように広がる。いけないと思ったとき、貴子は胸元にしまっていた小刀を女の首に突き立てていた。
血しぶきが貴子の上半身を真っ赤に染める。
「貴子!」
星が驚きの声を上げる。
「恨むぞ、貴子よ。お前のために私は星さまの寵愛をなくしたのだ。恨むぞ……」
女はがりっと貴子の足首を噛むと、そのまま息絶えた。
呪いをかけられた、と誰もが思った。
「すぐに術師を呼んできなさい、祈祷を今すぐしなければ、死の呪いがかかってしまう」
星が声を張り上げる。貴子は血のながれる足を抑えながら、うめいて一言発した。
「どうぞ、このままで。傷も自分でなんとかします」
「何を言っているのですか」「死んでしまいます」
「だれか、蓮茶をもって来て! 死穢をはらうのです!」
女官たちはわあわあと言い合って、各々動き始める。その隙をついて、足を引きずりながら貴子は小刀を拾いもせずその場を去る。
赤々と御座所は燃えているが、一晩で燃え尽きるだろうと火役たちが建物を打ち壊して天を見上げる。
炎のために生まれた大きな影に隠れて、貴子は傷口を強い酒で洗う。
「おれは人を殺してしまった。——初めて」
一人ごちて、彼はへなへなと座り込む。
「それも、星さまのために、とっさにだ」
乾いた笑いが喉を突いて出る。
「おれはそうなのだ。星さまのこととなると見境をなくす。あの人を裏切っているのに、味方面だ。おれはなんて嫌な奴なんだ」
「反吐が出るわね」
はっとして見上げると、明鈴だった。
「刀、いいの?」
「父の形見だ。置いて来てしまったのか」
「よほど思いつめているのかと思って、探しちゃった」
明鈴は、少し変わったかもしれないなと貴子は思っていたので意外だった。
「友達だからね、一応」
「明鈴」
「たぶん事件を検分することが終われば、刀も帰ってくると思うわよ」
「そうか」
そういうと、明鈴は背を向ける。
「わたし思うんだけど、あんたはこれから大変よ」
「ふん?」
「星さまを救った英傑として重用されるでしょうし、そのために嫉妬や羨望の的になるでしょう。そしてあんたは王様に取り入って、殺したいと思っている。いっぽうでその王妃さまのことを」
「星さまのことを?」
「いえ、これはあれ推量だから言わないわ。ただ一つ聞かせて」
「なんだい」
「なぜ王様を殺そうと思っているの」
その問いに、貴子はにやりと笑って答えた。
「復讐だ」
血の付いた衣が一瞬炎がはぜて闇に浮き立った。血のりのついた顔を拭いもせず、貴子は立ち上がる。
「父と母の、復讐だ」
「あんた……」
明鈴がつばを飲み込む。
「あんた、わかっているか聞くけれど。王を殺したら、王妃に憎まれるのよ」
「え」
「王妃に、殺されたいほど憎まれる。それでも、するの」
「なんで、王妃にこだわるんだ」
「あなたが星さまのことにこだわっているからよ。星王妃のことを、あんたは好きだから!」
「……!」
よろめいて、噛まれた足がズキリと痛む。
「あんたは、王妃のために人まで殺すのに、気づいていないなんて」
「おれが、星さまを好き?」
「よく考えるのね。まだ今なら、宮中に入る前よ。辞退出来るかもしれない」
貴子は困惑した。頭ががんがんして、めまいがした。
「おれは、星さまを好きなのか……?」




