悩み
御座所を辞して、貴子は困ったと額に手を当てた。
「ヤンヒかメイリャンになりたいのに」
ヤンヒは王の下級夫人、メイリャンは愛人である。もちろん急になれるわけもなく、まずは下積みが必要であった。美人である噂を立てたり、後宮を権力で制圧して王を呼び寄せなければならない。それが、出来るかというのだ。
「おれはこれから、なんとしても寵愛を得る機会をもたなければならない。首を刈るために」
貴子はでたらめに仮宮を歩き回る。
寵愛を得るためにはなんだってする。龍をまず利用して、ここまで来ているのだ。今更あとには引けない。
そこでふと、明鈴の姿を見かけて足を止める。
きらきら輝く池のほとりを、二つの影がまとわりついて歩いていく。
「明鈴と富山さまだ」
木陰からじっと見ていると、二人は抱き合って、富山が頬を寄せる。
この時明鈴の目が、死んでいた。
抱かれたくもない男に抱かれた彼女の目は、光がなくなっていた。
「明鈴、なぜ」
口にしかけた疑問の理由を、彼は思い出した。自分が龍を巻き添えにしてまで王を付けねらうと聞き、龍を守るために彼女は富山に身を売り、権力にすり寄ろうとしているのだ。
髪を乱すほどに抱擁をしあう二人の影から貴子はそっと離れた。
「俺は既に人を不幸にしたのだ」
これ以上誰も傷つけたくないのが本音だ。だがそれはきれいごと。
「おれはこれから誰もを利用するだろう。龍も、明鈴も、内府も、それに——」
喉を鳴らして、つばを飲み込む。
「それに、星さまも」
なぜかつと涙が流れた。
「この涙で最後だ。人の心はもう持たぬ。あの方のことは考えるとなぜかつらくなるが、考えなければ感じまい。どうということはないのだ」
風がごうと鳴ってその答えをはねのけようとする。その道を行ってはならないというかのように、口を塞ぎ目を塞いだ。
一瞬、男の自分が見えた。彼は誰か女を抱きしめて、幸せそうにしていた。
しかし次の瞬間、びゅうとうなって消えた。
貴子は、ただ一言「すまない」とつぶやいた。




