第9話 優真さんも?
数日後。
「神谷社長」
「はい」
「一つ、お願いがあります」
打ち合わせを終えた柚月が。
資料を閉じながら言った。
「なんでしょう」
「次の商談に、同席させていただけませんか?」
「次の商談?」
「はい」
優真が。
隣に座る澪を見る。
「来週の新規のところ?」
「そうです」
柚月が頷く。
「今回の案件とは別件ですが、先方とは今後、私の会社も関わる可能性があります」
「ああ、なるほど」
「それと」
柚月が。
優真を見る。
「神谷社長の営業を、一度見てみたいと思いまして」
「俺の?」
「はい」
「……そんな面白いものじゃないですよ?」
「面白さを求めているわけではありません」
「ですよね」
「はい」
即答だった。
「……」
優真が苦笑する。
澪は。
そのやり取りを見ていた。
「一条さん」
「はい」
「なぜ、優真さんの営業を?」
「興味があるからです」
「興味?」
「はい」
柚月が。
今度は澪を見る。
「以前から、少し不思議だったんです」
「何がでしょうか」
「神谷さんです」
「私?」
「はい」
柚月は。
淡々と続ける。
「最初にお会いした時、私は神谷さんと自分が似ていると思いました」
「そうでしたね」
「判断が速い。無駄を嫌う。必要性を重視する」
「はい」
「ですが」
柚月が。
少し間を置く。
「今の神谷さんは、違います」
「……」
「必要性が低くても、参加したければ打ち合わせに参加する」
「……はい」
「雑談も楽しむ」
「はい」
「仕事に必要のないことにも、価値を認めている」
「……そうですね」
「それでも、仕事の能力が落ちたようには見えません」
「ありがとうございます」
「むしろ」
柚月が。
澪を見る。
「以前の神谷さんを直接知っているわけではありませんが、今の方が柔らかい」
「柔らかい?」
「人に合わせるという意味ではありません」
「はい」
「合理性以外のものも、判断材料に入れられるようになっている」
「……」
澪が。
少し考える。
「それは」
「はい」
「良いことなのでしょうか」
「少なくとも、私は興味深いと思っています」
「そうですか」
「そして」
柚月の視線が。
優真へ移る。
「その変化には、神谷社長が大きく関係しているのでしょう?」
「俺?」
「はい」
「……どうだろう」
優真が頭を掻く。
「俺は別に、澪を変えようとしたことはないですけど」
「でしょうね」
「即答ですね」
「意図的に変えようとしたのであれば、もっと不自然になると思います」
「なるほど……」
「だから興味があります」
柚月が言う。
「神谷さんに影響を与えた人が、仕事ではどう人と接しているのか」
「……」
澪が。
優真を見る。
「優真さん」
「なに?」
「観察対象になっています」
「俺もそう思った」
「問題ありませんか?」
「まあ」
優真が笑う。
「見られて困るような営業はしてないから」
「では」
柚月が言う。
「お願いします」
「分かりました」
◇
一週間後。
新規顧客との商談。
優真。
澪。
そして。
柚月。
三人で先方の会社を訪れていた。
「本日はありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
名刺交換を終える。
席につく。
そこから。
優真が話し始めた。
「まず、事前にいただいた資料なんですけど」
「はい」
「全部を一気に変える必要はないと思っています」
「え?」
先方の担当者が。
少し驚いた顔をする。
「御社としては、全面的に新しくしたいというお話でしたよね?」
「そうですね」
「もちろん、それもできます」
「はい」
「ただ」
優真が。
資料の一部を指す。
「ここは今のままでも、現場の方は困ってないんですよね?」
「……そうですね」
「逆に一番困っているのは、こっちじゃないですか?」
「ああ」
担当者が。
身を乗り出す。
「そうなんですよ」
そこから。
空気が変わった。
「実は現場からも、ここをどうにかしてほしいという話が多くて」
「ですよね」
「ただ、せっかくシステムを変えるなら全部新しくした方がいいのかと」
「それも一つの方法です」
優真が頷く。
「でも、使ってる人が困ってないところまで変えると」
「はい」
「慣れるまで大変じゃないですか?」
「……確かに」
「だったらまず、本当に困ってるところを直しましょう」
「なるほど」
「それで使ってもらって」
「はい」
「もっと変えたいところが出てきたら、その時にまた相談してください」
「……」
柚月が。
優真を見る。
澪は。
それに気づいた。
「予算についても」
優真が続ける。
「最初から全部使い切る必要はないと思います」
「そこまで言っていいんですか?」
「いいですよ」
「神谷社長の会社としては、売上が減りますよね?」
「今回は減りますね」
優真が笑う。
「でも」
「はい」
「使わないものを作ってお金をもらっても、次の仕事はもらえないと思うので」
「……なるほど」
「長く付き合ってもらえた方が、俺たちも嬉しいですから」
「……」
先方の担当者が。
笑った。
「神谷社長」
「はい」
「正直」
「はい」
「最初に相談した会社では、全部作り替えた方がいいと言われたんです」
「そうなんですね」
「予算も、ほぼ上限までの見積もりでした」
「なるほど」
「だから」
担当者が。
資料を見る。
「御社の方が、信用できます」
「ありがとうございます」
「ぜひ、お願いしたいです」
「こちらこそ」
優真が。
頭を下げる。
「よろしくお願いします」
◇
商談を終え。
三人で建物を出る。
「……」
柚月が。
黙って歩いている。
「一条さん?」
優真が声をかける。
「はい」
「どうでした?」
「何がでしょうか」
「俺の営業」
「ああ」
柚月が。
少し考える。
「想像と違いました」
「悪い意味で?」
「いいえ」
「よかった」
「もっと」
柚月が言う。
「話術で押す方だと思っていました」
「俺、そんな感じに見えます?」
「営業成績を聞く限りでは」
「……」
「ですが、違いました」
「そうですね」
澪が口を開く。
「優真さんは、相手に無理をさせません」
「澪」
「事実です」
「……」
「必要以上の契約を勧めることもありません」
「はい」
柚月が頷く。
「そこが興味深いです」
「そうでしょうか」
「短期的な売上より、継続的な関係を選んでいる」
「まあ」
優真が。
少し照れたように笑う。
「結果的にその方が仕事も続きますから」
「合理的ですね」
「そう言われると、そうなのかな」
「ですが」
柚月が。
澪を見る。
「神谷さんとは違う合理性です」
「私と?」
「はい」
「神谷さんは、数字や業務から合理性を組み立てる」
「……そうですね」
「神谷社長は」
柚月が。
優真を見る。
「人から組み立てている」
「人?」
「この人なら、どう感じるか」
「……」
「この会社なら、何を嫌がるか」
「……」
「何をすれば、次も自分たちに相談してくれるか」
「そこまで考えてるつもりはないですけど」
「だからこそでしょうね」
「?」
「自然にできている」
「……」
澪が。
柚月を見る。
「高く評価しているのですね」
「はい」
即答だった。
「非常に」
「……」
なぜだろう。
澪は。
少しだけ。
嬉しくなった。
優真の営業力を。
自分が褒められたわけではない。
それなのに。
「そうですか」
「はい」
「優真さんの営業力は、弊社の強みです」
「澪」
「事実です」
「今日それ二回目だよ」
「事実ですので」
「……ありがとう」
「はい」
柚月が。
二人を見る。
「なるほど」
「何でしょうか」
「いえ」
柚月が。
少しだけ笑う。
「神谷さんが変わった理由が、少し分かった気がします」
「……そうでしょうか」
「はい」
「俺、何もしてないですよ?」
「おそらく」
柚月が言う。
「何もしなかったからでしょう」
「……よく分からないです」
「私も、完全には分かっていません」
「分かってないんですね」
「はい」
そのまま。
三人で駅へ向かう。
しばらくして。
柚月が。
何気ない口調で言った。
「欲しいですね」
「?」
優真が振り向く。
「何がですか?」
「神谷社長です」
「……俺?」
「はい」
澪の足が。
一瞬。
止まった。
「……優真さんを?」
「はい」
柚月が。
当たり前のように答える。
「その営業力は、私の会社にも欲しいです」
「いやいや」
優真が笑う。
「俺、社長なんですけど」
「知っています」
「引き抜けないですよ?」
「それも分かっています」
「じゃあ、なんで」
「欲しい能力だという話です」
「ああ……」
優真が苦笑する。
「びっくりした」
「実際」
柚月が続ける。
「神谷さんの実務能力と」
「はい」
「神谷社長の営業力」
「……」
「両方あれば、かなり仕事がしやすいでしょうね」
「……両方」
澪が。
小さく呟く。
「はい」
柚月が。
澪を見る。
「御社は、少人数なのが惜しいくらいです」
「そうでしょうか」
「人材の質が高い」
「ありがとうございます」
「特にお二人は」
「……」
「欲しいですね」
「……」
澪が。
優真を見る。
優真も。
澪を見る。
「澪?」
「はい」
「どうしたの?」
「いえ」
「……」
「何も」
澪が。
前を向く。
以前。
自分が。
柚月から誘われた時。
転職するつもりはないと。
すぐに答えられた。
そして今。
柚月は。
優真のことも。
欲しいと言った。
「……」
「澪?」
「はい」
「歩くの速くない?」
「通常です」
「ちょっと速いよ」
「通常です」
「……そう?」
「はい」
少しだけ。
歩幅を小さくする。
その横へ。
優真が並ぶ。
「でも」
「?」
「澪と俺、二人とも欲しいって」
優真が笑う。
「すごい評価されたな」
「……」
「嬉しくない?」
「……嬉しいです」
「だよね」
「はい」
それは。
本当だった。
自分を評価されるのも。
優真を評価されるのも。
嬉しい。
嬉しいのだが。
「……」
「澪?」
「何でしょうか」
「いや」
「?」
「またちょっと速くなってる」
「……気のせいです」
澪は。
そのまま歩いた。
少しだけ。
いつもより。
速い歩幅で。




